29.それは、義務と責任と興味本位
王都広場の件が落ち着いた頃、俺とミズキは久しぶりに冒険者ギルドへ顔を出した。
今日は顔なじみの王都の冒険者ばかりらしく、皆気楽に挨拶をしてくる。とりあえずは受付のユリナさんにクエスト斡旋してもらおうかと思いそちらへ向かったが、途中ミズキが女性冒険者たちに呼びとめられていた。
何だろうとそちらを見るが、どうやらミズキにペットを見せて欲しいらしい。別段断る理由もないので、こんなときミズキはいつも皆にペトペンを見せている。ギルドの一角で女性冒険者たちから歓声があがる。……野郎どもの巣窟である冒険者ギルドが、まさかの女子会会場になってるぞ。
なんて事を考えていると、受付カウンタからユリナさんが呼ぶ。
「カズキくん! ちょっと来なさい!」
……あれ、なんかちょっと怒ってない? 帰っていいかな?
「帰っちゃダメよ!」
ダメみたいだ。しかたないので、おとなしくユリナさんのところへ。
「なんすか?」
「何でそんなにやる気ないのよ。というか、ここ最近なんで顔を出さないの!?」
「いえ、特に用事もないと思って」
「……あのねえ、カズキくん」
あれお冠だ。ユリナさんと双子の妹エリカさんは、プレイヤーにとっては近所のお姉さん的ポジションのキャラだ。それゆえ、こっちでは唯一のプレイヤー=俺にとっての近所のお姉さんになっている。
だからなのか、多少ユリナさんが怒っているかどうかわかったりもする。ちなみに今はけっこう怒っている。
「元々この王都に常駐しているAランク以上の冒険者は少ないんだから、ある程度は顔を出してくれないと困るの。それに今はあんな事があったんだから、その後の確認とかもっと気を使って欲しいんだけど」
「何かあったの? それに言ってくれればすぐに来るのに」
俺の言葉にユリナさんは、大きく深い溜息をつく。その表情からは「ああ、わかってないのねぇ……」という、諦めにも似た色がありありと浮かんでいる。
「カズキくん、最近王都の広場を使っていろいろやってたでしょ。エリカから聞いたけど、あそこって王室管理の土地よね。それをどうやったかは知らないけど、あっさりと使用許可をとってきたとか。それってつまり、最近やってた事は王室の後ろ盾があったってことでしょ?」
「あー……そう言われるとそうかもしれない」
「そんな風に王室との繋がりがあるカズキくんを、ちょっと顔出しなさいって呼ぶワケにもいかないでしょ。だから来てくれるまで待つしかなかったの」
そういう事か。やっぱりこのあたりの感性というか、独特な階級への理解ってのはなじまないね。あれか、学校でいうと校長先生の依頼をこなしている生徒に、他の教師は別の依頼を出すのは無理……みたいな感じだろうか。
「そうだったんだ、ごめん。でもそっちの件は終わったから、安心していいよ」
「あらそう? じゃあ早速やってほしいことがあるんだけど。というか半分カズキくんご指名で」
「何? ひょっとして高ランク依頼?」
Aランク以上のクエストはギルドの依頼ボードには張り出されない。該当ランクの冒険者に直接依頼をするのが普通だ。でも、半分ってなんだ?
「先の事件で、呼び出された魔族に反応したモンスターが活性化してるんですよ。主に王都の外なんですが、種類によっては討伐ランクが変化するくらいに狂暴化して」
「なるほど……。でも、なんで俺に指名なの?」
「それ、本気で聞いてるの?」
呆れたように問いかけるユリナさん。うん、わかんない。多分俺がこの問題を、軽視しすぎてるって事もあるんだろうけど。
「王都の外で活発になっているモンスターは、主に東側に生息するモンスターです。そしてあの召喚された魔族を王都の東外へ誘導したのが、カズキくんだってのは多くの人からの目撃証言があります。もちろん皆、カズキくんのおかげで街への損害は最小限に抑えられたのは分かっています。ですが、もしよければカズキくんには、王都東側周辺の狂暴化したモンスターを討伐して頂きたいと」
「……えっと、狂暴化したモンスターってそんなに強いの?」
もしあまりにも強化されたっていうのなら、さすがにちょっと責任はあるかも。
「いえ、ほとんどのモンスターは討伐ランクは変動しない範囲です。ですが……」
「……ですが?」
「ですが、あの召喚魔族の眷属でしょうか。一部のモンスター……あるいは魔族ですが、統率者を失ってはぐれモンスター状態になっています。近寄る人間はおろか、他のモンスターにも攻撃を加える危険な存在になっています」
そうか、はぐれになっているのか。
このはぐれというのは、簡単に言ってしまえば『行動プログラムが抜け落ちた眷属モンスター』だ。
言われてみれば召喚されたデーモンロードだが、普通ならば取り巻きである眷属デーモンイリュージョンがいるはずだった。だが実際にはいなかったのだが、俺はてっきり召喚石でよびだされたからだと思っていた。
だが今回の話を聞くに、呼び出されたデーモンロードは召喚石の場所に出現したが、眷属であるデーモンイリュージョンは王都の結界の影響なのか、街の外に出現してしまったようだ。
そして、ここからがプログラム的な事が原因かと思われるが……王都内に出現したデーモンロードと、外=ゲームでは切り離された別フィールドで出現したデーモンイリュージョンは、本来あるべきリンクが切れてしまっているのだろう。
実際のゲームでは異なるフィールドに出現することは無い。ただし、デーモンロードを上手に誘導すると、デーモンイリュージョンを時々障害物などにひっかけて、そのまま引き離してしまうことが出来たりするのだ。そうなった場合は強制的に座標を調整しデーモンロードの周囲に戻す仕様なのだが、この調整措置がギリギリ起きない距離でデーモンロードを倒してしまうと、なんとデーモンイリュージョンが命令系統を失ってその場に棒立ちになってしまうバグがあったのだ。
ちなみに、そうなったデーモンイリュージョンは完全な的でしかなく、どんなに攻撃力が低いプレイヤーでも延々殴っていれば倒せるという状況になる。
今回の依頼もそれに近い状況のようだが、実際のゲームと違ってデーモンイリュージョンは活動し続けているようだ。だとすると、確かにちょっとした厄介事だな。少なくとも、ギルドで依頼を貼り出せるBランクでは収まらない内容だ。
「わかった、この依頼受けるよ」
「よかった。……では、こちらに手続をお願いします」
「はい」
ユリナさんはお世話になってる近所のお姉さんだが、こういった手続きはきちんとやってくれる。まあ、それが仕事というものだからね。
「そういえばこの依頼って、クエストランクはどのくらいになりますか?」
「こちらは現在、AもしくはA+相当になっています」
やっぱりそれくらいするのか。それじゃあまだDランクのミズキには無理だな。
実際のところミズキなら十分なんだけど、無理に規則破りするのもなんだし、今日はソロっておくか。
そのうちミズキのランクも上げておきたいな。
「……はい、これで手続き完了です。それではよろしくお願いします」
ギルドカードを返却しながらユリナさんは軽く頭を下げる。そして、顔を上げると少し心配そうな目を向ける。
「ねえ、カズキくんなら大丈夫だと思うけど……本当にソロで平気?」
「大丈夫だって。この前の召喚された魔族よりも弱いんでしょ?」
召喚された魔族……デーモンロードをきちんと名称認識している人物は、今現在はいないようだ。今後こいつが普通にどこかのボスとして出てくる時、色々と考えないといけないかもしれないけど。
「それじゃあ言ってくるよ」
「はい。……気を付けてね」
困ったように笑ってユリナさんが送り出してくれる。設定的に俺は近所のわんぱく小僧が冒険者になった、的な認識をもたれてるから仕方ないか。
受付を離れて外にでる前に、ギルドの一角で不似合な華やかさを醸し出す集団の方へ行く。
「おい、ミズキ」
「あ、お兄ちゃん。クエストは受けたの?」
「おう。だけどこれはランク指定ありの特定依頼だ。俺一人で行ってくるから、お前は今日はのんびりしてろ」
「え? ずるいよ、私も行く!」
あわてるミズキだが、こればっかりはギルドの規定なんで無理だ。こういった基本規則を無理やり調整するとかは絶対やったらいけない事だしな。
「言っただろ。これはランク指定ありで、Aランク以上じゃないと無理なんだ」
「……わかった。じゃあ我慢する」
さすがにミズキもその意味はわかるので、無理にわがままを言うことはない。
まあ、本音では一緒したいけど、規則は規則なので仕方ない。
ちょっとばかり落ち込むミズキだが、周りにいた女性冒険者たちが声をかける。
「よし! じゃあミズキちゃんは今日はフリーなんだね」
「え? え?」
「ふふふーっ、じゃあこれからあたしの家でみんなでお茶でもしようかー」
「おーいいねー! もちろんペトペンちゃんも一緒だよー」
「え? へ? は?」
「そんなワケでお兄さん、今日一日ミズキちゃん達をお借りしますー」
「ささっ、行こう、ミズキちゃん!」
「あ、あの、ちょー……」
気付けばミズキは拉致られていた。ついでにペトペンも集団の中の一人に肩車されて連れていかれてしまった。さすがのペトペンも慣れない視点に「なに? なに?」という感じでキョロキョロしてて面白かった。
というか、ミズキってば仲良さげな女性冒険者の知り合いいるじゃん。
彼女達にもいろいろと便宜を図ってあげたとこうかな。
とりあえず姦し旋風が過ぎ去り、いつものむっさい喧騒にもどった冒険者ギルドを後にする。
外に出て、まずは王都の東側へ……と向かおうとする俺の前に。
「ふふふ。お兄さん、よろしければご一緒してもよろしいでしょうか?」
繊細な細かい刺繍のはいったマントをかぶり、顔をかくした女性……いや少女が俺を見て話しかけてきた。その姿を見て、一瞬だけ胡散臭そうな目を向けたが、すぐさま100%の呆れ顔になってしまう。
「……なんでこんなトコいるんですか、フローリア様」
目の前には、真っ白なマントを羽織り、真っ白な馬を連れ、肩に真っ白な鳥を乗せた人物──すなわちグランティル第一王女フローリア様がいた。
……この人、本当に聖女設定あるんだよね?
9/8の更新は少し遅れて22:00過ぎになります




