289.そして、冒険者ギルドでトラブルだそうで
土産屋の中に、少しばかりおしゃれなお店がある。そこはスイーツパーラーとでも呼ぶべきか、そういう女の子が喜ぶスイーツなども軽食のお店だ。店内にも食べる場所はあるが、店頭販売もやっているため店先にはスイーツの見本がならび、前を通る人の足を止めるのに一役かっている。
フローリアとミレーヌが小走りで向かい、俺もその後ろをついていく。
「いらっしゃ──これはフローリア様とミレーヌ様。いらっしゃいませ!」
「ふふ、いつも美味しそうですね」
「だから迷ってしまいますね」
二人の訪問に店員は驚くも、既に何度も通っており行ってしまえばお得意様であるお二人。元々市民にも人気があるが、こうやって普通に領地の店にも足を運び普通に接してくるので、すでに領民にとっても愛すべき存在になっていた。
「こんにちは」
「あ、領主様。いらっしゃいませ」
俺に気付いた店員さんは、こちらにも笑顔を見せる。当たり前だが、フローリアたちが買うケーキやらは全部俺がお金を出している。当初は店員さんに「領主さまからお代など」と言われたが、逆に俺は「領主だからこそだよ」と支払いをした。ここの領主である俺が、フローリア王女や公爵令嬢のミレーヌのお金を払うということは、ただ料金を支払うという以上の意味が生まれる。延いては、それがこの辺りの店全ての為にもなり、領地の為にもなる。……まあ、そんな理由はなくても支払は当たり前なんだけどね。
なんてことを考えている間に、フローリア達は欲しいものが決まったようだ。
「私はこれにします」
そういって指さすのはシンプルながら美味しそうな白いチーズケーキ。
「それでは私はこちらで」
ミレーヌが指さすのは、定番のショートケーキ。上にはいちごに良く似た甘い果物がのっている。
「では私は抹茶ケーキを」
ふむふむエレリナは抹茶ケーキ……。
「えっ!? エレリナ、何時の間に?」
「カズキがケーキをおごってくれると言うくだりからですが」
「あれ? 俺そのこと口にだしてないよね?」
いつのまにかちゃっかりと参加してきたエレリナに驚くも、まあこうなったら全員分買うかという事になり、今ここにいる3人分以外に持ち帰り分6個を購入した。ちなみに+1はヤオの分。俺は女の子ほどスイーツに目が無いわけじゃないので。
ちょいとしたケーキ&ティータイムになり、俺も紅茶を飲みながらエレリナの話を聞いた。とりあえず領地を見て回ってきたが、大きな問題もないそうだ。
もんびりした時間を過ごし、もうちょっと見てから帰ろうか……という時。
「カズキ、なにか冒険者ギルドが少し騒がしいようです」
エレリナが立ち止ってそう言った。基本的に冒険者ギルドは荒くれ者が多く、常に騒がしいものではあるが、彼女が言ってるのはそのレベルではないという事か。冒険者ギルドが正式稼働初日からトラブルというのは、領主としてもギルマスであるユリナさんの知人としても、放置するわけにはいかないか。
「わかった行こう。エレリナは二人の護衛を最優先で。あとホルケも頼むぞ」
「はい」
エレリナが返事をし、ホルケも頷くように鳴く。そして先程よりもミレーヌの傍に寄り添う。よし、それじゃあ建物に入ってみるか。
「だからよぉ、なんでこいつらに新規クエスト受けさせて、俺には許可しないんだよ!?」
建物に入るなり、耳に男の罵声が飛び込んできた。声のする方をみれば、クンターにいる受付嬢……あれ? ユリナさんだ。そのユリナさんに、くってかかっている男冒険者がいる。結構ガタイのいい感じで、なんか冒険者というより町の荒くれ者って感じだ。
「ですから、彼女達は本冒険者ギルドの所属者で、かねてより該当クエストをお願いするよう話が通っておりました。それにご指摘のクエストは、参加可能ランクがパーティーならばB以上、ソロであればAランクオーバーという規定です。ザナックさんはCランクですよね? パーティー参加だとしても同行者次第では参加不可なのに、ソロでなんて問題外です」
「な、なんだとぉ? 俺はなぁ、記録にのこらねえ戦果が多いからCランクなんだよ。腕だけならAランク相当だぜ」
……うわ、面倒くさい人だ。よくよく見ると、カウンターにいるユリナさんの隣に、少し怯えている受付嬢がいる。おそらく最初はあの人が座っていたんだろうけど、困っているのを見てユリナさんが対応したのか。ギルマスだし当然なのかもしれないけど、度胸あるなぁ。
「ぐだぐだうるせえな! とにかく俺にそのクエストを出しやがれ!」
正式な依頼をうけず冒険者ギルド管理のダンジョンに入った場合、そこで入手したアイテムなどはすべて没収されてしまう。だから冒険者は、きちんと冒険者ギルドからクエストと受ける。これには、不相応な難易度のクエストに行かないようにという配慮も含まれている。中には、その配慮を無下にしようとする者もいるのだが。
ちなみに俺は特殊なフラグでもたっているのか、どのダンジョンにどう入っても御咎めはない。その辺りは内部でこっそりGM権限でも発動してるのかな?
「……何度も言いますが、貴方では力不足ですよ。はい、次の方──」
「おい! まだ俺のは話は終わってないぞ!」
付き合いきれないというユリナさんに対し、ついに冒険者──さっきザナックとか呼んでたな。そのザナックが切れだした。これはまずいかもと、フローリアたちに頷いて俺はそちらへ近寄っていく。人垣をぬけるとするとカウンタの前には、アリッサさんたち4人とミズキとゆきがいた。ああ、この人が言ってたパーティーってアリッサさんたちか。今回は特に強さが違いすぎるな。ミズキとゆきもいるんだから。
「あ、お兄ちゃん」
「あぁ!? なんあお前ェ、こいつらの仲間か?」
「まあ、仲間ではあることには違いないかな」
「あ、……カズキくん」
俺の姿を見た周囲の冒険者から、先程とは違うざわめきがおきる。おそらくは俺が領主であるという事を知っている者達だろう。ということ、このザナックという男には俺は顔を覚えてもらえてないのか。うーん、もっと認知されないとダメだね。
「なんだぁ? 女の子ばっかりだから、いいとこ見せたくて出てきちまったのか? ここは冒険者ギルドだ、何弱者はとっとと出て行け」
ザナックの言葉に周囲から溜息と、ちょっとした苦笑が聞こえた。それにザナックが気をよくするが、当然それは勘違いだ。周りの人たちは、俺が領主である前に、Sランク冒険者だという事を知っているのだろう。
「悪いけど、そういう訳にもいかないんだ。なんせ俺はここヤマト領の領主だから。正式運営を開始した初日から、こんなつまらないことで冒険者ギルドの仕事を滞らせるわけにはいかないんだよ」
「はぁ……!? お前みたいなのが、ここの領主だと? ふざけた事を……」
「ふざけているのはどちらですか? 規定も守れず何が冒険者ですか」
反論しようとするザナックに対し、聞き覚えのある声が叱咤する。まあ、仕方ないか。
振り返る俺の目に、ゆっくりとこちらに歩いてくるフローリアの姿が。その後ろにミレーヌとホルケ、そしてエレリナも。
「んなぁ……フローリア王女……」
「私の事はご存じでしたか。では、私の婚約者でありこのヤマト領の領主であるカズキ──カズキ・ウォン・ヤマト公爵の事も覚えておいてくださいね」
「ぐ……は、はい……」
不服そうに返事をするザナック。さすがに王女の申し出を断る冒険やなど、そうそういるわけがない。……多分俺くらいだろ。
まあ、いいや。これで話はしやすくなっただろうから、本題だ。
「さて、ザナックといったか。お前は自分の方が強いのに、彼女達にクエストを優遇したのが不満だということなのだな?」
「……そ、そうだ……です」
「話にくいだろう、普通にしゃべってかまわない」
サラっと言えたけど、この『楽にしてくれてかまわない』みたいな上から目線セリフって、ちょっと好きなんだよね。
「なら試してみるか?」
「……へ?」
「お前が指名した相手と、ギルドの闘技場で模擬選をしてみればいい。そうすれば、おのずと力量差がわかるだろ」
そう言いながらアリッサさんたちの方を見る。ミズキやゆきはこういう事は平気だけど、彼女達は……と思ったが、思いの外やるきだ。さすがに冒険者だ、根性すわってる。
「……いいだろう。俺もその方が分かり易くていい。それで、相手は俺が自由に選んでもいいかの?」
「ああ。但し、この諍いの関係者のみだ。残念ながら俺を指名しても不成立だからな」
「……本当に関係者なら許可するんだよ? その言葉取り消すなよ?」
「わかっている。それで、誰を指名するんだ?」
俺が了承の言葉を述べた瞬間、ザナックは卑しい笑みを浮かべた。そして指名したのは──
「俺の相手はなぁ……お前だ! そこのいけすかねえ受付の女ァ!」
「……は?」
思わず間抜けな声がでた。俺以外にも「はぁ!?」という声が飛び交っている。そりゃそうだろう。なんだそれはっていいたい。
だが、一人だけそんな空気どこふく風の人物がいた。
「……私が相手で、よろしいでしょうか?」
笑顔で──そう。何故か笑顔でそう答えるのは……ユリナさんだ。
その返答を聞いて、またギルド内が蒼然とする。というか、困惑の方向性がごちゃまぜな空気だ。今は何に驚けばいいのかという感じになっている。
「おもしれぇじゃねえか。度胸だけは褒めてやるぜ」
「貴方に褒められても嬉しくありません。そもそも度胸すらない貴方などに」
「くっ……! いいだろぅ、ぶっ殺してやる! さっさと闘技場へつれてけ!」
「分かりました。ではこちらです」
そう言って道を案内して立ち去るユリナさんとザナック。
俺の横を通りすぎるときに小声で、
(後でフォローお願いするねカズキくん)
と言われた。
ミズキとゆきにはその声が聞こえていたらしく、二人が立ち去った後すぐに俺のところに来る。
「ねえお兄ちゃん。さっきユリナさんが言ってたフォローって?」
「この試合でカズキがなにか手助けするの?」
「いや、俺は試合では何もしない。試合が終わった後に、いろいろとフォローするってだけ」
「試合の後?」
「ああ。まぁ、とりあえず闘技場へいくぞ」
「う、うん」
俺の声で、ミズキたちが闘技場へ向かう。途中エレリナがすっと隣にくる。
「色々と大変ですねカズキ」
そう一言言って離れていく。なるほど、さすがエレリナはわかってるようだな。




