288.そして、領地はじまります
7/9追記:本日更新予定でしたが、明日(7/10)に変更します。申し訳ありません
『ヤマト領地』の正式な運営が開始された。
……とはいっても、別段仰々しくオープンイベント開催とか、そういったことはしない。何より、この領地が国家間の中継街としての機能をもつため、正式運営よりもかなり前倒しでとっくに稼動しているからだ。旅行者にとって都合のよい中間地点ができたというのもそうだが、ヤマト領に繋がるグランティス王国とミスフェア公国の商人にとっても、大変ありがたい交易街となっている。
このヤマト領で商業ギルドが行っている『物品の途中買取』が、訪れた商人たちにかなり好評だ。例えばミスフェア公国からグランティル王国へ、商品を運んで売ると仮定する。そうなると普通は馬車などに荷を積み込み、目的地である王国まで運ぶことになる。そして運んだ後、大抵の商人は王都の商業ギルドにて取引をし、それが済んだらミスフェアへ帰還するのだ。もちろん帰る時の馬車には、新たに王都で手に入れた商品を積んで帰ることとなる。
だがヤマト領にて、途中買取をしてもらえばその手間が大幅に削減できる。本来は王国まで運ぶ必要があった商品を、ヤマト領で適正な値段で取引が出来るのだ。値段としては、自分で現地までいって取引した場合より、少しだけ多目に取られるのだが、この少し多目という所が重要だったりする。その少しだけ多く出す事により、ヤマト領から目的地までの往復肯定がカットできるからだ。つまりミスフェアから持ってきた商品を、王国まで持っていかず途中のヤマト領で取引ができるというもの。商人にとって、少しの上乗せ額と、肯定半分の往復+それにかかる費用総計を考えるなら、どちらを選ぶかは考える必要もなかった。
これにより、ヤマト領内でもかなりの商品やり取りが発生するうえ、領にある温泉宿などで一泊二泊と、休んでいく人も多い。結果として、正式運営が開始される頃には、既に商品が多くの品と金をやり取りする貿易街として確率していたのだった。
そんな盛況な商業ギルドと比べ、冒険者ギルドはゆっくりと正式稼動をはじめていた。
ヤマト領での討伐系クエストは、主に領地西に流れるノース側の対岸で行う。領地と川の性質により、魔物が領地の方へやってくることは無い。そのため冒険者は、領地から端で対岸へ行きそこから各種クエストへ向かうようになっている。今のところヤマト洞窟と呼ばれるダンジョンと、その周辺に住み着く魔物を討伐するクエストが主なようだ。
それ以外には、こういった交易の中継街特有の護衛任務がある。これはバランスの取れた数人のパーティーで、領へ出入りする馬車の護衛をする任務だ。商人がここで取引をし、何日か滞在して帰るという話そしたが、同行してきた護衛が別件で分かれても予め申請しておけば帰る時には新しい護衛パーティーが雇えるという仕組みだ。
あと、地味だが結構ありがたいのが採取クエストである。領地の東に広がる森林だが、ここは領地の守護の他にバフォメットによる魔物排除がされている。そのため結構広い範囲で、安全且つ育ちの良い薬草などの採取が可能になっている。
「あ、カズキ。おはようございます」
「おはようございます、カズキさん」
「おはよう、フローリア、ミレーヌ」
朝起きてリビングへ行くと、朝食をとっている二人がいた。俺も自分の朝食を……と思っていると、丁度キッチンにいたエレリナが持ってきてくれた。
「おはようございますカズキ。こちらが朝食です」
「ありがとう。あと、おはようエレリナ」
朝食をとりながら辺りを見るが、ミズキとゆきの姿はない。
「ミズキとゆきは? まだ寝てたりする?」
「いえ。二人はもう起きて、領内を見に行くと出て行きました。やはり正式運営という事で、空気が微妙に違うのを感じたのでしょう」
なんか遠足が楽しみで早起きした子供みたいだなぁ……とか思っていると。
「それでカズキ。私も少し見ておきたいところがありますので、お二方の事お願い致します」
「ん、わかったよ。何を見に行くの?」
「本日より、以前から開発していた冒険者用簡易食──インスタント麺等が正式に一般販売されますので、その様子を見てきたいと」
「あー……うん、わかった。後で話を聞かせてね」
あれは俺もちょっと気になるな。現実のインスタント麺にくらべればまだまだ稚拙だけど、こっちには無い文化だからなあ。
俺の言葉に頷くと、エレリナは玄関の方へ行きそのまま転移していった。
「ヤオさんはまた屋上露天風呂ですか?」
「だと思う。アイツ、こんなに入っててふやけたりしないのか?」
「どうでしょうか……。蛇が温泉好きなんて話は聞いたことありませんけど」
とりあえず今日もヤオは温泉浸りだ。もし何かあって呼び出したら、素っ裸で呼び出してしまう確率が9割超えてる気がする。
「とりあえず、朝食とったら領地を見て回ろうか」
「はい、わかりました」
「では準備してきますね」
食べ終えた二人は、食器を持ってキッチンへ。本来は食器を片付ける事などする身分ではないのだが、皆で一緒に住むと決めたとき「王族だからと差別はしないで下さい」といわれた。結果今のようになったのだが、二人ともそういった行為に対し不満もなく、案外手馴れた感じでこなすので驚いたほどだ。
ちなみに食器はキッチンへ持って行くが、水につけておくだけに留めている。実際に食器を洗うという仕事はエレリナが自分の仕事と言って譲らなかったからだ。
朝食を取り終え、ベランダへ出て領地を見る。普段とかわらない思っていたが、やはり気持ち人が多いようにも見える。駐車場にとまっている馬車なども、今日は少し多いかなと思った。んー……俺も鳥の召喚獣とかで、ここにいながら領内を見れる手段用意したほうがいいかな。そんな事を思っていると、
「おまたせしましたカズキ」
「行きましょう、かずきさん!」
フローリアは白の、ミレーヌは薄いピンクの上品なワンピースドレスだ。その清楚な着こなしは、彼女達を知らなくても高貴な身分だなと理解できるほどだった。……まあ、今日あたヤマト領に居る人で、二人を知らないなんて人ほとんどいないだろうけど。
「じゃあ行くか」
「「はい」」
俺も自分の食器をキッチンに運び、そして玄関から外へと転移した。
自宅兼温泉宿を出て、中央道沿いを南下していく。そんな中周りを見てみると、そこかしこからゆらゆらと白い湯気が出ている。スレイス共和国などの本格的な温泉国ほどではないが、中々に風情をかもし出してくれる良い光景だ。
そのお湯の流れが、所々で少し広い溜まりがあって脇に座れるようになっている。要するに足湯だ。これは自由に入って良い場所で、旅行者や馬車の御者などもよく足を休めている光景を見る。尚、馬は厩舎に馬専用の少しぬるい足湯……というか、浅いプールにようなものがある。そこに入り、しっかりと馬を流してやるのもいいし、それを仕事にしている係員もいる。馬もすっかりリラックスできるようで、こちらも好評だ。
「あ、領主様だ。姫様たちもー」
「おはようございます、領主様、フローリア様、ミレーヌ様」
あおの足湯につかっている親子が、俺たちを見て声をかけてきた。どうやら早々に引っ越してきてくれた領民のようだ。
「おはようございます。いかがですか、湯加減は?」
「はい。とても気持ちがいいです。こちらに来てから毎日使わせていただいております」
「そうですか。私も好きですよ足湯」
母親の言葉にフローリアが笑顔で賛同する。元々王都にいたときから距離の近い王女だったが、ここヤマト領では更に身近な感じになってきている。
2、3言葉を交わしてその場を後にする。別れ際に子供が楽しそうに手をふっていたので、皆で手を振り返した。
そのまま南へ道路を歩いていくと、段々と賑やかさが活発になってくる。もう少し先には、領内で一番賑やかな十字路である。
そしてその場へ到着すると、普段よりも更に多くの人々の往来に出くわした。やはり正式に稼動しはじめた領地ということで、皆どこか心持違うというのだろうか。
「……なんだか、凄い人ですね」
「ちょっとしたお祭りかと思いますわね」
フローリアの言葉に頷く俺。土産屋が並ぶ──通称土産街道──は、どの店も客が引っ切り無しな感じで盛況だ。もし道路にお祭りとかかれた旗や垂れ幕が下がっていても、なんら違和感を感じないほどに。
「ちょっと人が多いな。ミレーヌ、ホルケをお願いできるか? フローリアもアルテミスを呼んでおいてくれ。もしものときは上空からの視界を借りたい」
「はい。おいで、ホルケ」
「ええ、アルテミス、お願い」
二人が召喚獣を呼び出す。フローリアのアルテミスは小柄なのでさほど目立たないが、ミレーヌのホルケが突然出現したので周りの人は一瞬驚くような顔を見せる。ただ、それが俺やミレーヌだと知り「あ、領主さま」「おはようございますー」などという挨拶になって、すぐに収まった。
「それじゃあ、どこか見たい所とか──ん? ミレーヌどうした?」
「あ、いえ。ホルケが先ほどからじーっと向こうを……あ、エレリナです」
「ん? あ、本当だ」
「多分アレですね。エレリナが見ておきたいと行ってた商品が売ってる場所では」
なるほどそういえば。とりあえず近寄っていくと、俺たちに気付いていたのか、エレリナはこっちを向いて頭を下げる。
「ここが見たかったところ?」
「はい。ここで冒険者用簡易食を販売しています。少しばかり心配していたのですが、杞憂でした」
そう言ってエレリナが視線を向ける先を見ると、販売員が説明とともに商品を売っていた。冒険者の簡易食として、インスタント麺とそれに使え乾燥具が幾つか売られている。それらを定期的につくり、冒険者だけじゃなく旅人などに試食させながら説明をしていた。それを食べたものたちの反応は好評で、目の前でお湯を入れて待つだけで出来上がる商品にかなりの興味を示していた。一応一人が購入できる数の制限をしていたが、結果この日の販売は夕方前に売り切れになってしまった。それを踏まえて、今後少し増産してくのだが、それよりも噂が広まる速度が早く、暫くは品薄が続いてしまう事になるのだが。
「そうだエレリナ。どこかでミズキ達を見なかった?」
「あ、そういえば……」
ん? どっかにいたのを見たのかな?
「先ほど私が冒険者ギルドの向かいを歩いていた時、ミズキさんとゆきが冒険者ギルドから出てくるのを見ました。たしか……アリッサさん達4人と一緒でした」
「ふむふむ、さっそくこっちでのクエストに一緒に行ったのか」
そういえば以前ユリナさんにお願いしたっけ。アリッサさん達に少しクエスト優遇して欲しいと。その場にミズキとゆきも一緒にいれば、どこからも文句なく優先してクエスト受けれるだろうな。……まあ、二人がそれを見越して一緒にクエスト受けたかは知らないけど。
「了解だ。じゃあ俺達はまだ領地を見て回るけど、エレリナはどうする?」
「私はもう少しこの辺りで視察しております。お二人をお願いします」
「わかった」
「ではエレリナ、また後で」
エレリナと別れまずはいつもの様に土産街道を東へ。
「あ、あそこのスイーツ美味しそうですね」
「本当ですね。あ! 正式オープン記念ですよカズキさん!」
「あーはいはい。行きましょうかね……」
うーん、さっそくデザートは別腹攻撃にあってしまうようだ。頑張れ、俺。




