287.そして、あとは待つだけです
『ム。樹カラ何カ強イ力ヲ感ジルゾ』
「え?」
バフォメットの声に、思わず俺たちは祝福の樹を見る。視線に先には領地東側の祝福の樹。その樹が……いや、よく見るとその樹の少し後ろの空間にがなにやら淡く光っている。何だろうかと思ってみてると、
「ふぅ、出てきたけどここは……って、アレ!? カズキさんですか?」
「どうかしたの? ……へ? カズキさん? 皆も?」
光の中から出てきた正体を見て、俺たちは驚いた。なんせ──
「マリナーサにエルシーラ!?」
現れたのは、ハイエルフのマリナーサとダークエルフのエルシーラだった。驚いている俺たちを見て、エルシーラが笑いながら、
「ひょっとして忘れてた? 一緒に火吹き山へ行ったとき話したじゃない。里の神木と、この祝福の樹を縁で結びたいって。そしたら承諾してくれたでしょ?」
「あー……そういえば……」
そんな話もしたっけ。特に問題もなさそうだとすんなり承諾したから忘れてたよ、ハハハ。
でもこれで、この二人はいつでもここと里を往復できるわけだ。尚、今の所こちらに転移を認めてるのは同族の中でもこの二人だけ。後々もっと交流をしていきながら、その辺りの制限は緩和するつもりだ。
「あ、そうだ。二人にこのカードを渡しておくよ」
「ん? なんですかこれは?」
マリナーサとエルシーラに少し硬いカードを渡す。材質はプラスチックのようなもので、この世界にある素材から生成したものだ。
「それはヤマト領が経営している温泉宿の関係者カードだ。それがあれば、温泉宿にいつでも泊まっていけるようになっている。後その温泉宿の最上階が俺達の家だから、そっちに来てくれてもいいぞ」
「おお、それはありがたい」
「感謝するわ、ありがとう」
その後少し話して二人とは分かれた。どうやら以前話していたヤマト領の土産などが気になっているらしい。ふと目で追えば、さっそく並びの土産屋へと吸い寄せられていた。観光客が土産屋にくいつく姿は、領主としては安心する瞬間だ。
とりあえず俺達は東側の祝福の樹へのお参りをする。いつも思うけど、領地内でもここと反対側の祝福の樹の近くは、特に空気が穏やかに清められている気がする。元々木々は空気を浄化するけど、この樹はやはりその特性上最上級の空気清浄器みたいになってるんだろう。気けば、バフォちゃんは毎日根本で昼寝をしているそうだ。その光景は、早くも領民の中で話題になってるとか。SNSとかあったらあっという間に写真が拡散されてるかもしれん。……今度スクショ撮りに来るかな。
続いて俺達は、“土産通り”こと領を東西に走る道を西へ。周りの店も気になるけど、まずは西の祝福の樹へお参りをして……ということで、まっすぐと向かったのだが。
「あ。あそこでアリッサさん達がお参りしてるよ」
「本当ですね。これから川の向こうへクエストに行くのでしょうか?」
「……いえ。あれはクエストから帰ってきた所のようです」
どうやらクエストから帰ってきたアリッサさんたちが、祝福の樹にお参りをしているようだ。おそらく無事帰ってきた報告をお参りしながらしているのだろう。
俺達が近づいて行くと、お参りを終えて振り向いた彼女達と目が合った。
「あ! カズキさ──っと、領主様こんにちは」
「うん、こんにちは。それと、畏まった場じゃなければカズキでいいよ。俺も気楽だしね」
「わかりました。カズキさん、ただいま」
「あ。やっぱりクエスト帰りだったの?」
「はい、フリー探索です。ヤマト洞窟の周辺を少し見てきました」
ミズキの質問に、アーチャーのミレイさんが返事をする。残りのヴァネットさんとフラウさんも、フローリアやミレーヌと話している。そういえば彼女達は魔法使いと僧侶だから、フローリア達とは色々話したいことも多いのだろう。
「これからどうするの? 冒険者ギルドへ帰還報告?」
「はい。フリー探索の帰還報告をしに。あ、正式なクエストって何時ぐらいになりますかね?」
「それならあと少しだけ待っててくれ。領地が正規運営開始したら、すぐにエリカさんが出してくれるから。アリッサさんたちは色々縁もあるし、面白そうなクエストは少しくらいなら優先するよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「んじゃ、俺達もお参りするからちょっと待っててもらえるかな」
「了解でーす」
まずは当初の目的、西側の祝福の樹へのお参りを済ませる。
「えっと、勝手にアリッサさん達と冒険者ギルドに行くことにしちゃったけど、いいかな? もしどこかいきたければ、そっちに行ってくれてもいいけど。どうせ指輪ですぐ話せるし」
「いいえ、大丈夫ですよ。今は“どこへ”ではなく“カズキと”という事が重要なんですから」
「そういう事ですよカズキさん」
フローリアの言葉に賛同しながら、ミレーヌが腕に抱きついてきた。許嫁5人の中では、やっぱりミレーヌが一番こうやって甘えてくることが多い。おかげで俺もあんまり照れずにそのままにするような癖がついた気がするけど。
お参りを済ませアリッサさんたちと冒険者ギルドへ。冒険者ギルドと商業ギルドの建物は、領地の中央十字路の角に立っている。十字の南西区画が冒険者ギルドで、南東区画が商業ギルドだ。ちなみに北西区画に一般宿屋があり、北東区画には大食堂がある。そういった施設が集中しているため、この区画の周囲は土産屋などの他は馬車止めの広場などがあり、住居などは設置していない。街道に面した部分は夜中でも場合によっては馬車が走ることもあるので、居住区とはしていないのだ。
……ちなみに。領地内では商業区と居住区は、幅数十センチほどの小川で境目をつくっているが、じつはこの川に棲むウンディーネとシルフにお願いして、深夜は川の上に風と水の壁を作ってもらっている。そのため空気振動を遮断してかなりの防音となっており、居住区は田舎並の静けさとなる。
その事をアリッサさんたちに教えるとフラウさんが、
「それで夜は静かだったんですね。まだ移住してきた人が少ないからだと思ってました」
との事。まぁ、基本的に深夜は先を急ぐ馬車や、呑兵衛くらいしか音を出さないからね。
まったりと雑談をしながら冒険者ギルドへ到着。
用事があるのはアリッサさん達なので、俺達は後について建物へ入っていく。
「ただいま~」
「あ、はいっ、おかえりなさい……へ? 領主様っ!?」
出迎えた新人らしい受付さんは、後から入ってきた俺を見て驚きの声を上げてしまった。こうやって顔を見せると驚かれるってのは、やっぱりまだ慣れないものだ。
「あぁっとゴメン。俺はちょっと立ち寄っただけなんで気にしなくていいよ。そちらのパーティーの報告を受けて」
「は、はいっ、すみません」
慌ててアリッサさんたちに向き合い頭をさげる受付さん。その様子を見てゆきが、
「ダメだよカズキぃ。何かの小姑みたいに、新人さんイビリとかしちゃあ」
「体裁の悪い事いうなよ、何もしてないだろうが」
少しばかり脱力して苦言を向けるのだが、
「こーら、カズキくん。ギルドの新人を脅かしちゃダメだよ」
「や、ちがっ、違いますユリナさん」
丁度カウンタの奥からやってきたユリナさんが、ニヤニヤしながら話にのってくる。あぁホラ、その新人受付さんがまたこっち見て驚いちゃってる。自分の上司が領主をからかってるのを見て困惑してるぞ。
「それよりユリナさん、ちょっといいですか。今カウンターにいるアリッサさんのパーティーなんですけど……」
「うん?」
「領地運営が開始して、正式なクエストが配布されたら少し優先してもらえませんかね? 彼女達は俺との話でヤマト領に移ってきてくれたので」
「いいわよ。こちらとしても、優秀かつ素直な冒険者パーティーは大歓迎だし、何よりここのギルドに一番最初に所属してくれた冒険者だものね」
俺達の話がきこえていたのか、アリッサさんたちがこっちを見ていた。そこへユリナさんが「ねー?」と声をかけると「はい!」と返事が返ってくる。あれま、ヤマト領ギルドにおいての信頼関係も、すっかりできてるじゃない。これなら何もしなくとも便宜を図ってくれそうだな。
「そうだったんですね。それなら問題ないです」
「ミズキちゃんたちの冒険仲間でもあるしね。カズキくんたちを除いたら、今んとこ領地で一番頼りになるパーティーよ」
ユリナさんの言葉にアリッサさんたちが照れて頭を下げる。冒険者ギルドはユリナさんがいるおかげで、何の問題もなさそうだ。
この後、商業ギルドなど幾つかを見回ってみたが、特に問題はなさそうだった。これでいつでも領地運営が開始できそうだな。
あとは当日を……待つのみだ。




