285.そして、受け渡す指輪と想い
追記:6/29は更新予定でしたがお休み致します
屋上露天風呂を十分堪能し、俺達はリビングへと戻ってきた。そして風呂上りにさわやかな果汁ジュースを飲んで一息ついたところだ。エレリナは風呂でヤオと何杯か酌を交わしていたが、まあアレは入浴行為の延長みたいなものだしな。ちなみにヤオは入浴継続中だ。
皆がのんびりとリラックスしている中、俺は少し──否、大分気合を入れ直す。
「あー……皆、ちょっといいかな?」
「んー……なーにー?」
「どうしたのー?」
ゆきとミズキがのんびりした返事を返す。他の3人もやわらかく笑みを浮かべてこっちを見る。
「その……だな。少しだけ、真面目な話をしたい」
そう俺が言うと、すっと空気が変わる様な気がした。ただそれは、不快ではない。何かを察した故に、期待する……そんな気持ちの含んだ空気。
今までの経験則から、おそらくは俺が今から何を話すのは予測できているんだろうな。そう考え、この中でも一番予測を当ててくるフローリアを見ると、何故かわざと視線を合わせないで正面をじっと見てる。そして頬が微かに赤くなっているようにみえる。……やっぱりか。
俺はストレージから小さな箱を順番に取り出し、皆の前に置いていく。それを見て皆の息を飲む音が聞こえ、俺自身顔が熱くなっている気がするが気にしないようにする。全員の前に置かれた小さな箱。何が入っているかは言ってないが、全員がその意味と中身を理解していた。
「今日、こうして無事皆と住む家が完成した」
俺はしゃべりながら、立ち上がる。
「本当はもう少し早くこういう事はするべきかもしれないけど、色々と決心がつかなくて今になった」
まずフローリアの前に置いた箱をあける。
続いてミレーヌの前の箱も。
「待たせてしまったと思う。だけど、いい加減な気持ちで流されるわけにはいかない事だから」
そしてミズキの前の箱。
さらにゆきの前の箱。
最後にエレリナの前の箱をあける。
そして、少し皆から離れて姿勢を正す。
「……改めて、言います。俺と──結婚して下さい」
頭を下げる。内心返事はわかっているのだが、それでもこの言葉の重みを考えると強くこみあげてくるものがある。
ゆっくりと顔をあげると、皆蓋を上げた箱を大事そうに抱えてこちらに微笑みを向けていた。
箱の中身は、もちろん婚約指輪だ。婚約指輪と結婚指輪は、元々LoUに実装予定だったシステムの一部だが、今回その実装をすると同時にシステムが用意した既製品ではなく、自分でカスタマイズできるように調整しておいた。
その指輪を持ったままじっとこちらを見る5人。どうしたのか……と考え、そして思い当る。ああ、こういう所が俺が獏念人っぽとこなんだよな。
皆の目を見て、問いかける。
「今から皆の指に、その指輪をはめてもいいか?」
俺の言葉で全員の顔が一斉に華やぐ。
まずはフローリア。
「フローリア」
「はい」
フローリアの手に乗っている小箱から、指輪を取り出す。そして俺の前に差し出されるのは──左手。以前召喚獣の指輪を渡した時、皆ふざけ半分でつけようとしていた左手の薬指。そこへ今度は、きちんと想いをこめて──指輪をはめた。
「……ありがとうございます、カズキ」
指輪をはめた左手の薬指に右手を大事そうに重ねて礼を述べるフローリア。彼女は随分早くに対外的にも婚約を発表していたから、ようやく渡すことができて良かったと思う。
次はミレーヌ。
「ミレーヌ」
「はい」
同じ様に抱えていた小箱を、両手でそっとこちらに差し出す。その指輪を受け取り、そしてミレーヌの左手薬指へはめる。彼女は時々ふざけて召喚指輪をここにつけていたが、今後はそうする事はなくなるのだろう。
「ありがとうございます、カズキさん」
指輪についた宝石をやさしく右手で包むようにして目をとじるミレーヌ。ようやく本来収まるべき指輪が収まったという感じなのかもしれない。
次はミズキ。
「ミズキ」
「はい」
少し恥ずかしそうに小箱を差し出すミズキ。そこから指輪を受け取り、同じ様に左手薬指へ。その指にはまった指輪を見て、ミズキは本当に嬉しそうな顔をする。まだ今のままではミズキとの結婚は出来ないが、俺ならば後々解決できると信じてくれているのだろう。
「待ってるからね、お兄ちゃん」
そう言って笑う笑顔は、全幅の信頼を向ける笑顔。よく揶揄で『守りたいこの笑顔』なんて言葉があるが、本気で守りたいと思う笑顔が今目の前にあった。
次はゆき。
「ゆき」
「はい」
喜びをにじませて開いた小箱をこちらに向ける。受け取った指輪をそっとはめると、左手を2度ほどグーパーして笑みを零す。そういえば、ゆきは前世では未婚のまま亡くなったんだけ。
「楽しみにしてるからね、カズキ」
そういって指輪を見せるようにい左手を伸ばす。まず最初はフローリアとミレーヌと結婚し3人はその後なんだが、これは早くしろと言う催促かな。
最後にエレリナ。
「エレリナ」
「はい」
そっと礼をしながら小箱を差し出す。それを同じく礼をかえして指輪を受け取り、そっと左手の薬指につける。つけられた指輪を視線の高さにもっていき、じっと眺めている。大きく開いたガラス窓からの光が、指輪の宝石にキラリと反射した。
「この時を心待ちにしておりました、カズキ」
左手にそっと右手を添え、それを胸の前へもっていきぎゅっと握りしめる。そこに浮かぶ笑みと、かすかに見える涙に、普段感情をあまり見せないエレリナの心が垣間見えたように思えた。
こうして俺は、皆に婚約指輪を渡した。とても喜んでくれたし、俺自身も嬉しさで一杯だった。
しばらくし、ようやく皆少し落ち着いてきた所で、俺は改めて話を始めた。
「皆に渡したその指輪なんだけど、んー……まあ気付いてたと思うけど、また色々な効果があるんだ」
「あ、やっぱり?」
「カズキさんらしいですよね」
案の定「ですよねー」的な雰囲気になる。そりゃまあ、俺が渡すアイテムって皆そんなのばっかだもんねぇ。
「それでお兄ちゃん、これにはどんな効果があるの?」
左手の指輪を顔の前にかかげ、笑顔で聞いてくるミズキ。ふふん、ちょっと顔が赤いぞ。まだまだテレているんだな。
そんなミズキを驚かしてやろうと俺は、
『それはだな、こんな機能だ』
「えっ!?」
「今のって……」
「念話ですか?」
『はい、フローリア正解』
そう。この指輪には念話の機能がある。実はこれ、LoU時代の仕様案を元にした機能だ。ゲームでの実装予定だった仕様は『結婚指輪または婚約指輪を着けている相手とのチャット機能』である。チャット機能としては個人チャットと大差ないように感じるかもしれないが、このチャットで会話をした場合は特別なポイントが加算されて……という仕掛けに繋がっていた。今回その仕掛けこそないが、指輪を着けている婚約者間では念話という形での会話が出来るようにしてある。
『……どうだ!? お、いけた気がする』
『ですね。以前体験したのと同じです』
そしてすぐに狩野姉妹が使いこなす。これは以前も似たようなことがあったな。だが、最近はヤオを挟んで念話を何度かしていたため、全員がすぐに使いこなせるようになった。そんな中、
『あ。これってヤオさんにも聞こえたりするのでしょうか?』
ミレーヌがふと疑問を口にする。まあ、それは考えるよね。
『ヤオにも伝わるよ。多分今は“婚約者で”という意識があるから繋がってないけど、ヤオにもつなげて……と考えるといけるよ』
『なるほど。では……ヤオさん、届いてますか?』
『ヤオさん、聞こえますか?』
『ヤオさん、まだ呑んでます?』
『ヤオちゃん、のぼせてない?』
『ヤオちゃん、年寄りくさいよね?』
『どわあぁぁっ!? なんじゃなんじゃ! いきなり幾つもの声がぐわんぐわん響いてきたぞ! あと誰じゃ、年寄りくさいとか言ったのはっ!?』
突然の声に、本気で慌てるヤオの声が返ってきた。驚きすぎて湯船でひっくりかえったりしてないだろなぁ?
この後、まだ濡れたままのヤオがこっちに転移してきて、わいわいと騒がしくなった。
それがまた心地よくて、暫し姦しい時間を楽しんだのだった。




