284.それは、安らぎの家族と居場所
出来上がったばかりの新居を見て回る。この行為は予想通り──いや、予想よりもはるかに楽しい。俺自身は設計もさることながら、仕上がりまで既に確認済だが、やはり皆と一緒に見て回るのは新鮮な気持ちで盛られる。
たとえばキッチン。この世界には無いらしいアイランドキッチンにしてあり、流しに向かったままリビングを向けられる事に皆驚いていた。特に一番ここを使うであろうエレリナさんは、そこと背面の壁側にある2つの流しを確認したのち、壁や棚の収納を確認、そして氷の魔石を使った冷蔵冷凍庫をチェック。そのできばえに大変満足していた。
当初は領主という立場上、メイドでも雇おうかと思っていたのだが、
「カズキ。私がアルンセム公爵家で何をしているのか忘れましたか?」
とエレリナに凄まれ、結果家事全般はお任せすることにした。エレリナも後々は領主婦人という立場になるので、そういった事をするのはどうかな……と言ったのだが、本人曰く家事が好きなので他人にまかせたくないそうだ。まぁ、ぶっちゃけエレリナよりも優れたメイドなんて居るとは思えないしな。
キッチンと繋がっているリビングは結構広く、学校の教室くらいはある。これは皆の家族が一度に集まって十分な広さを確保できるようにと設計した。
その隣に別途応接間があるが、こちらも同じくらい広くなっている。こちらはゆったりとしたリクライニングや、畳の小上がりなんかがあって来客がいない時はのんびりくつろぐ部屋になっている。特にこの部屋には大きなガラス扉があり。そこからベランダへ出れるようになっている。そこからの景色はヤマト領随一の景観になっている。この建物が特別な作りの為、これ以上の高さの建造物はヤマト領には作れないと思う。だからこれよりも高いところから景色を見るのなら、ここの屋上にでも行くしかない。
ちなみにこの大きなガラスだが、これはドワーフ達の渾身の作品だ。細やかな装飾を得意とするドワーフに、こんな無地の大ガラスの生成なんて嫌がられるかな……と思ったが、これほど大きなガラスを綺麗な平面で仕上げるのはかなりの技術らしい。結果かなり意欲的に仕上げてくれたそうだ。そんな訳で、ガラス窓やガラス扉は基本的にこの建物でも我が家のみ。階下の宿部屋は、扉をあけるとベランダへは出られるようにはなっている。なので外の景色は十分堪能してもらえるはずだ。
その先には廊下がある。向かって右側の部屋は来客用で、左側が俺や皆の個人部屋だ。なぜ左に集めたかと言うと、そちら側がヤマト領を一望できる側であり、なおかつベランダの境目がなく外からも繋がっているからだ、
ちなみに部屋の並びは、一番奥からエレリナ、ミレーヌ、フローリア、俺、ミズキ、ゆきとなっている。当初は俺の隣が誰になるのかもめそうになったが、ベランダで全部屋繋がってると判明するとその後は特にもめることなく決まった。
まだ家具を運び入れてはいないが、皆自分の部屋を見てすぐさまどう模様替えしようかと思案しているようだ。しばし自分の部屋を見ていたようだが、なんとなく同じ頃合いに皆廊下へ戻ってきた。
「そういえばカズキさん、今日はヤオさんはどうなさったのですか?」
「あ。ソレ私も気になってた」
ふいにミレーヌが口にした疑問にゆきも相槌をうつ。みれば他の皆も同じ疑問をもっていたようだ。
「最初は、ヤオさんが私たちに気をつかって夫婦のみで新居見学を……という事かと思っていましたが」
「ヤオちゃんにそんな気遣いないって」
フローリアの言葉をあははと笑い飛ばすミズキ。お前、一応ヤオの弟子なんだろうに。バレたらしらねーぞ。
「それで、ヤオさんはどうされたのですか?」
「んー……それはだなぁ……」
「ああーっ!? ヤオさんずるいですよ!」
「そうですよぉ! 私達もまだ入ってないのに!」
「おお、なんじゃお主ら。もう新居見学はええのかえ?」
皆の文句が飛び、それを涼しい顔で受け流すヤオがいる場所は──そう、屋上温泉だ。
これも当たり前の事だが、ヤオもほぼ俺と行動を共にしているため、新居の完成度合なんかは熟知していた。だから今日皆で集まるというときも、
「それならわしは上で温泉にでもはいっている故、終わったら皆でくればよかろう」
そう言って一人先風呂を決めてしまった。ちなみにこの屋上露天風呂だが、完成後に湯で満たしたことはあるが、実際に誰かがはいったのはヤオが初めてだ。
そのヤオが徳利とお猪口片手にまったりとしている。そして軽く傾けて口を湿らすと、
「おいエレリナ、主もはやく酌み交わそうぞ」
「え……あ、はい」
呼ばれたエレリナは一瞬きょとんとしたものの、すぐに笑みを浮かべて脱衣所の方へ行く。それ以外の人達は、何か違和感を感じたのかじーっとヤオを見て折る。
「ん? どうかしたかフローリアよ」
「あ、はい。その何か違和感といいますか……」
「わかった! ヤオちゃんが、お姉ちゃんやフローリア様を名前で呼んでるからだ!」
ゆきが違和感の正体に気付いたと叫ぶ。これまでヤオは、フローリアであれば王女という呼び方をしていたし、名前で呼ぶということがほぼ無かった。だが今回住居を改めて、共に同じ屋根の下で暮らすことになることを機に、ヤオも皆を名前で呼ぶことにしたらしい。まあ、十分すぎる信頼ができたってことか。
「ともかく、お主らも早く服を脱いでこい。皆で温泉にはいろうではないか」
そう言われて少し逡巡するも、結局皆温泉の魅力には勝てないのか脱衣所へと行ってしまった。
「ん? なんじゃ主様よ。はやく脱いでこいやえ」
「あ、やっぱり俺もなんだ」
「主様がおらんとはじまらんじゃろうが。それともなんじゃ? まさかこんな昼間から盛る気か?」
「なっ! そんなつもりはない」
「ならよかろう。ホレ、女子が皆肌をさらしてる中、一人空気を読めぬのはどうじゃろ」
「……はぁ、わかったよ」
ヤオに諭されて、仕方なく……そう、仕方なく俺も温泉へ入ることに。そりゃまあ、嬉しいかどうかって言えば嬉しいよ? でもいきなりすぎて少し落ち着かないと。
だが、男の脱衣なんて一瞬だ。ささっと脱いでおしまい。脱いだものはカゴにいれて、手ぬぐいをもってすぐに外へ。
「……おお早いな主様よ。まだあやつらは誰も出てきておらぬのに」
「全員一緒にでてくるからだろ。なんか待ち構えてるみたいで心苦しいけど」
「かかかっ、そんな事を気にする間柄でもあるまいて」
水面をペチンペチンと叩いて笑うヤオ。まあ、二度の温泉旅行で大分そういった方面への免疫はついたような感じではあるけど。
とりあえずそそくさと湯船につかる。実際のところ、俺もここから見る景色というのを楽しみにしていた感があるから。そして、眼下に広がるのは。
「んー……これは、思った以上にいいかもな」
「そうじゃな。お天道様を見るに、夕方はあちらの山向こうに沈んでいくのじゃろう。そんときの夕焼け空はまた楽しみじゃな」
「そうだなぁ……って、ええ? まさかそれまでずっと温泉に入ってるの?」
時刻的にはまだお昼にもなってない。以前の経験則から、ヤオはそんな長時間温泉に入ってるとのぼせてしまうハズだ。……あれ? でも、今日既に結構長いこと入ってる気がするんだが。不思議に思いヤオに聞いてみると、
「ここの温泉は、浄化された水にさらに大亀からの魔力など、さまざまな効果が付与されておるじゃろ。その中に体調改善につながる効果もあるようでな、それで本来ならのぼせてしまうような状況でも打ち消されてしまってるみたいじゃ」
「なんとまぁ、風呂好きには都合のいい」
他にも長時間湯船にいると、皮膚がふやけてしまうというような事も打ち消されてるらしい。なので入っていても、只々健康になっていくとのこと。問題があるなら、食欲ばかりはどうにもならないのでお腹がすくとか。いやいやそれはさすがに食べに行きなさい。
「あれ? お兄ちゃん、もう入ってるの?」
「くっ、カズキにも先を越されましたわ」
更衣室から皆が出てきた。とりあえずバスタオルを巻いてるが、温泉ではあるがここは自宅風呂なのでそのまま入っても良いことになっている。
なので皆軽く湯を身にあびてから、すぐ湯船につかる。本来なら体を洗ってから湯船に入るのだが、今日だけは特別だ。まず全員で湯船につかりたかったからな。
「……綺麗ですね」
「ええ。このような景色を見ながら温泉とは……」
ミレーヌとフローリアが感嘆の息を漏らす。現実の世界でも、高い位置の露天風呂って少ないからな。
「ほれエレリナよ、かけつけ三杯じゃ」
「では、失礼致しますね。……んっ、良いお酒ですね」
「そうじゃろう! 今日のためのとっておきじゃ!」
「では……私も、とっておきを」
「おお! さすがじゃのぉ」
早速あっちは、酒飲み仲間らしい酌み交わしが始まっている。まあ、悪酔いしない温泉でもあるっぽいからそういう心配もないんだけどね。
「なんか、楽しいね」
「本当にねぇ~」
ミズキとゆきは、湯船の一番端っこまで行きそこから広がる眼下の景色を眺めていた。ここから見ると、電車の長席に膝立ちで外を見てる子供みたいだ──なんて事は口には出来ない。
「本当に、平和だなぁ」
空を見上げならポツリと粒たいたその言葉は、ゆっくり空気にとけこんでいった。




