282.そして、一つの節目にむけて
明日から今週いっぱい(6/19~22)は更新をお休みします。詳細は後書きにて。
氷結不死鳥のおかげで、あっさりと黒い霧の浄化は終了した。というか、霧みたいなほぼ気体の混合物の動きを止めるとは、さすがの存在だと言わざるを得ない。
そんな氷結不死鳥がこの山──“火吹き山”にいるのも、それが理由の一つなのだろう。ダークエルフの長から聞いた話では、この火吹き山は文字通りに火を吹く=火山である。しかもそう命名されるほどの活火山であり、その噴火による影響はかなりのものらしい。
文明が発達した現実世界でも、火山の噴火による自然災害は大きな問題だ。ならばこっちではもっと大変なのだろう。空から舞い散る火山灰もそうだが、噴火活動による地揺れに対しても知識がないと思う。
だがこの山は氷結不死鳥が、その火山としての活動を停止させている。先程見せられた物質の停止を使っているようだが、それ以外にも高度な広範囲冷却もしているらしい。いわれてみれば、どちらも結果的には運動エネルギーを0にしているのか。
それにしても火山自体を冷却するのは中々興味深い。現実世界でも海外ではそういう試みを実施しているが、いかんせん時間がかかりすぎるのが難点だと聞いたことがある。それに関しては、やはりこちらの世界の方が何枚も上手だな。
「でも……」
「ん?」
一通り話が終わったところで、フローリアが少し寂しそうに口をひらく。
「でもそれでは、火山が噴火なさらないよう氷結不死鳥様はずっとこの場所に留まっていないとならないのですね」
皆が心のどこかにあった思いを口にする。それが個々に課せられた役割だと言えばそれまでだが、それでも束縛するという事はあまり気分のよい物ではない。そんなフローリアの言葉に対し、
『……いや? 別段ここに留まらず、気ままに出かけておるぞ』
「え?」
驚いて声を上げてしまう俺。皆も同じような反応をしている。だって今の話の流れだと、どうみてもそうじゃない?
『我がこの火山を鎮めてはいるが、常にここで何かをしているわけではない。というか遥か昔にその活動を止め休めた後、火山の余分な熱源を凍結させてある。それは少なくとも我が存在している限り解けることのないモノだ』
「そうなのですか? でも、我ら一族がお会いに来ると必ずいらっしゃるではありませんか」
そうエルシーラが問いかける。彼女達ダークエルフは、かねてよりこの氷結不死鳥とは交流があり、定期的に会っているのだがその都度ちゃんと居ると。
その言葉をうけて暫し考える氷結不死鳥。……鳥頭ってことは無いよね?
『…………ふむ。おそらくは──』
何か考えがまとまったのか、ゆっくりと口を開く。
『おそらくは、我とお主たちの時間感覚の差であろう。たとえそこの──』
「私でしょうか?」
指……というか翼を差し向けられたエルシーラが返事をする。
『うむ。お主は人間よりは長寿ではあるが、時間を感じる感覚は同じであろう。だが我にとっては、時間のながれというものは有って無きモノだ。いつからか我はこうしており、いつまでもこうしている。故に幾回数の星の巡りを迎えても、我にとっては永劫の刹那となる』
「なるほど。つまり貴方が俺達人間でいうほんの十年百年は、一瞬と同じようなものだということか」
『そういう事だ。……だがまあ、今この瞬間は久しく忘れていた濃密な時間だがな』
そう言った声色に、どこか楽しげな色味があった。
『しかし、そうだな……もはやかなり永きに渡りこの場を動くと言う事を、考えることすらしてこなかったが……。久しぶりにあやつらの顔を拝みにいくのも悪くは無いか』
「あやつらというのは、もしかして」
『うむ、火竜たちのことだ。皆余所への影響を気にして、永劫その場所から動くことなく今日を迎えているだろうからな』
なるほど……と思いながらも、今の会話で少し気になることがあった。それは、
「少しいいですか? 今の言葉だと、余所への影響を気にしなければ他の方々も動ける……ということですか?」
『ああ。火竜や大亀のヤツは動くけばちょっとした騒ぎになるだろうし、古代エルフは普段は神木となっているのであろう? 我のように気軽には動けまいがな』
その声に、どこか懐かしむような優しい雰囲気が含まれた。遥か昔からの知り合いというだけでなく、きちんとした信頼関係があるのだろう。
『……ふむ。久しぶりに我の方から訪ねてみるか』
そう言うとバサリと大きく翼を広げる。まるで思い立ったが吉日とでもいわんばかりに、すぐにでも出立しようかという雰囲気だ。
『世話になった。とくにそちら、現在の聖女よ』
「は、はいっ」
ふいに呼ばれて驚くフローリア。確かにあの目障りそうな黒い霧を浄化してもらったのは有り難かったということか。
『もし困った時には我の名を呼べ。我の名は────』
フローリアの耳にクチバシをよせ、そっと名前を告げる。おそらくだが、その名前自体に力が存在して気軽に口にして良いものではないのだろう。だが、その許可をフローリアは得たようだ。
「わかりました。もしもの時は、よろしくお願い致します」
氷結不死鳥の申し出を丁寧に受け取るフローリア。彼女にとっての万が一はなかなか想像できないが、さらに重々な守りが固められたというべきか。
『それでは暫しの間ここを離れる。最後に古代エルフの元を訪れるので、我がここへ戻るのはその後となる。覚えておいてくれ』
「はい、承りました」
丁寧に頭をさげるエルシーラ。それを見て、バサリと翼を羽ばたかせる。それだけで、空の遥かなたまで氷結不死鳥の姿は離れて行ってしまった。
そばらく消えていった方角を見ていたが、さすがにもうすることも無い。
「ええっと……帰ろうか?」
少し困惑しながらの俺の提案に、反対するものは一人もいなかった。
帰り道は、来た道を反対に進むだけだ。
俺が騎乗するスレイプニルには、エルシーラとヤオが乗っている。
「帰ったら、まずは里に言って古代エルフ様に報告しておかなければいけませんね」
「そうだね。多分地理的に火竜の所へ向かってるかな。次は大亀で、最後にエルフの里か」
「皆驚くでしょうね。古代エルフ様と同等の存在がやってくるなんて」
ふふっと笑みを浮かべる様子は、ちょっとしたドッキリでも仕掛けたいたずらっこのようだ。エルフは長寿なので、こういったユーモア云々は薄いと思っていたのだが、彼女はそうでもないのかもしれない。もしかして、俺達とこうして会っていることが影響してたりするのかな。
そんな事を考えていると、エルシーラが「そうだ」と俺に話があると言い出した。
「実はマリナーサが今度カズキに会ったら聞きたいと言っていたのですが」
「うん、何かな?」
「カズキの……いや、ヤマト公爵が納める新領地にある祝福の樹。あれと里の神木に縁を結びたいと言ってました」
「ゲート?」
「はい。その名の通り、エルフの里と領地を移動できるようにするものです。……いかがでしょうか?」
エルフの里からヤマト領を結ぶゲートか。エルフたちによる専用の転移装置ってことだよね。
「うん、いいよ。……あ、でもそれって誰でも使えるの? 例えば人間とか」
「いいえ、誰でもという訳ではありません。ご神木のあるエルフの里に認められた人だけです。ですので、基本的に里のエルフと我らダークエルフのみで、それ以外は皆さんだけかと」
「なるほど、じゃあ安心だ」
もし誰でも使えるのなら、ヤマト領からエルフの里に乗り込む輩がいないとも限らない。そんなことあったら申し訳ないからな。
「それじゃあ帰ったら、すぐにマリナーサや長に話さないと」
「ヤマト領の方にはいつ繋いでくれてもかまわないからね。もう少ししたら正式に領地運営が始まると思うけど」
「わかりました」
とりあえず、気になっていた氷結不死鳥との対話も無事すんだ。
結果としてなんか他の方々に会いに行くという事になったけど、まあ良かったのだろう。
懸念すべきことはもうほとんどないし、後は領地運営に向けての準備をきちんとしておくか。
……そうなると、より一層現実世界よりこちら寄りになる。
一度現実へ戻ろうか。
前書きに記載したように6/19~22は更新をお休みします。
というのも前話の後書きに記載した別小説の投稿を開始したので、今週はそちらを少し優先して話数を増やしておきたいためです。
ジャンルが全く異なるので、こちらの作品を呼んで下さっている人には不向きな内容かもしれませんが、偶然みかけましたら宜しくお願いします。




