280.それは、正規で純正なインチキ
6/15の更新はお休みします。次回は6/16の予定です。
本来の目的は氷結不死鳥に会いに来ただけだったのだが、妙な成り行きで戦う事になった。その強さはまだ未知数だが、ヤオの実力を推しはかりながらも平然としている様子や、古い知り合いが火竜たちだと考えると、おそらくはこの世界でも最強クラスだろう。
とはいえ俺がこの世界では、存在が文字通りの反則。油断するつもりはないが、万が一にも負けるようなことはないだろう……と思う。
特に羽ばたきもせずに、空に翼を広げて対空している氷結不死鳥が俺を見る。
『空を飛べぬのでは不利が大きいだろう。我が地表まで降りてやってもよいぞ』
そう言ってきたが、別段こちらを挑発するつもりではないらしい。ごく普通に本心からの申し出のようだ。……それはそれで、軽く見られているような気もするけど。
なので俺はゆっくりとスレイプニルの鞍上から──降りた。
『むっ?』
「心配いらない。空ぐらい自由に動ける」
そう言いながら、俺は氷結不死鳥に向かって歩いてみた。……空中を。
何のことはない。GMキャラに地形データ不備などによるハマリなどの不具合対策に、座標を自由に移動できるようになっているからだ。
ちなみに歩いているのは、見栄えが悪いからだ。ぶっちゃけると、直立不動のままでも自由に空を移動できるんだけど、それって見た目キモイよね。
『……我が知らぬ力か。……いや、元より起源すら異なるか』
座標をいじって自由に動けるという行為を見て、早々に警戒レベルをあげられたようだ。このGMキャラを最初みた時や今の反応から、早くも氷結不死鳥から余裕の雰囲気が消えた。
その代わりに纏う気配は、強者と相対することによる高揚感だった。なんだ、この氷結不死鳥も戦闘狂?
ともかく俺が空を自由に動けるのが理解できたようなので、歩く動作をやめて滑空するように移動して正面から相対した。
「お待たせした。では、いつでもいいですよ」
『……そうか。ならば──』
俺の言葉を聞いた直後、すぐに攻撃を開始してきた。正直、変にもったいつけずに真っ直ぐ向かってくる視線は嫌いじゃない。
氷結不死鳥は片翼を少し上にそらすと、そこに氷の塊が幾つか現れた。見た目的にはLoUの【アイスジャベリン】に似ているが、出現した氷の塊が濃密な魔力を纏っているように見える。おそらくは全く違うものだろう。
『まずは受けて見せよ』
翼を前へ振るとその氷の塊が一斉に飛んできた。槍というよりは、ラグビーボールのような両端のとがった楕円体だ。だが、そんなもんがこっちに迫ってくるのは中々に怖い光景だ。先端恐怖症の人ならば、かなりの悲鳴をあげて逃げたくなるところか。
そんな攻撃に対して、一応手を前にかざして防御体勢をとってみる。万が一、何かの間違いで、という事を考慮してだ。
だが……その心配は杞憂だった。予想通り飛んできた氷の塊は、俺に触れた瞬間その運動エネルギーをゼロにしてピタリと空に張り付いた。衝撃を止めたのではなく運動エネルギーを完全に消したので、飛来する力は無論自由落下のエネルギーもゼロにしたのだ。
『…………ほぉ、面白い事をするではないか』
だが、俺のこの行動を見て氷結不死鳥は驚きはしたものの、感心したとでもいわんばかりの声を発する。その声がいかにも楽しげで、見分けがつかない表情から笑顔を感じるほど。
「今度はこっちの番か?」
『いいだろう、好きなように撃ってこい』
そう言って今度は、翼を自身の前で広げて交差させる。どうやらこれが防御体勢のようだ。なんとなくだが、ただ硬いだけじゃなく先程の氷以上に力で覆われているようだ。
「それじゃあ……【アイスジャベリン】」
同じような技を撃ってみる。とはいえ、込める魔力を多くして槍の本数も増やす。おかげで槍というよりは、三角錐の形状にちかいミサイルでも飛んでいくかのようだ。まあ、ぶつかっても爆発はしないんだけれど。
そんな氷の槍が何本も飛んでいき、氷結不死鳥の翼に触れると──
「……止まった?」
『何も驚くことあるまい。我も同じことをしたまでだ』
ダメージを与えることはないだろうなぁ位に思っていたが、まさか同じ感じで止められるとは思ってもいなかった。なので少し、本当に少しだけ、驚いてしまった。
その直後に、たたんでいた翼を広げて氷の槍を地表に落とすまでは。
「なるほど、そういう事か」
『……どういう意味だ』
俺の言葉に、少しだけ怪訝そうに問いかけてくる。俺の予想が正しければおそらく。
「俺と貴方がやった事は違うってことだ」
『何だと?』
「そうだな、それじゃあ……たとえば“炎”の攻撃手段は使えるか?」
『無論だ』
当たり前だといわんばかりの返事を返された。その名前から、氷系の技主体だとは思っていたが、炎も扱えるというのは“不死鳥”だからなのか。
「それじゃあもう一度攻撃を受けてみてくれ。……【ファイヤーアロー】」
とりあえず初歩ともいえる炎の魔法を撃つ。先程よりもかなり弱いため、わざわざ翼での防御もせずそのまま受け止めた。だが、特筆すべきはその炎の状態だ。
氷結不死鳥に触れた瞬間、その炎が……止まった。撃ち出した【ファイヤーアロー】が止まったのではない。“炎”が止まったのだ。
それを見て俺は確信する。あれは俺とは別の力だと。
『……もうよいか? では、今度はこちらが撃つぞ』
「ああ、しっかり撃ってくれよ」
そう言って俺はわざわざ片手を前に突き出す。そうすることにより、そこへ思いっきり攻撃をぶちあててこいという意志表示にもなる。案の定、構えて呼びだした炎の塊が、先ほどの氷と同じ様にまっすぐ俺の方へ跳んできた。
それが俺にとどいた瞬間、先程と同じように炎がその場でピタリと動きを止める。
だが、一つだけ大きく異なることがあった。
『…………なぜその炎は止まらぬのだ』
「止まってるじゃないか。空中にピタリと」
『……なるほど。そういう事か』
少しおどけて応えるも、すぐにお互いの行動が異なることに気付いたようだ。
俺がやったのは移動エネルギーの完全消去。これをやると何の制限もなく、その場にピタリと止まる。
対して氷結不死鳥のやった行為、それは。
「物質を、おそらくは分子レベルで完全に固定させた──か?」
『ブンシという言葉はわからぬが、おそらくはその認識であっている』
なるほど。要するに炎を構成する熱や分子など、全ての構成物質を全て固定させているのだ。それだけ聞いてしまえば、俺のように運動エネルギーをゼロにするだけよりもはるかに強力だ。
──そう、相手が俺じゃなければ……だ。
「よくわかった。この勝負は、もう勝敗が決したな」
『ほぉ、そうか。ならば我が──』
「俺の勝ちだ」
『なんだと?』
ほんの数瞬前まで上ずっていた声が、俺の言葉で酷く低い声に切り替わった。もし殺気を測る機会があれば、おそらく本日一番の氷結不死鳥の怒りだろう。
「貴方の技の仕組みはおおよそ理解できた。残念ながら、俺にはそれを真似ることはできない。貴方のソレは、非常に優秀で強力なものだ」
『…………それでも我に勝てると?』
「ああ。間違いなく、俺が勝つ」
そう伝えた瞬間、さほどわからなかった表情が目に見えて険しくなったように見えた。同時に、全身にうっすらとまとっていたオーラのような気が強く立ち込めた。
『面白いよく吠えた! ならばここからは全力だ!!』
大きく翼を広げ、一瞬で更に高く飛び上がる。それを見て、俺も同じくらいの高さまで飛ぶ。少し遅れて、離れた場所に小さな召喚獣の気配を感じた。これはフローリアのアルテミスか。おそらく自分たちがついてくるとジャマになることを懸念し、せめてもの様子見で放ったのだろう。
なので今この場所は、俺と氷結不死鳥しかいないに等しい。
「ならこちらも全力だ。……一つ確認するが、貴方の翼とかは切っても再生するのか?」
『無論。それこそ我らが“不死鳥”である誇りと証しだ』
「そうか、なら──本当に全力だ」
俺はストレージから愛刀『天羽々斬』を出す。やはりこれが一番落ち着く。
そして、当然ながらその刀を見て氷結不死鳥の警戒度合も上昇する。
「悪いが強さの質の違いを見せる為、一度その翼を切り落とさせてもらう」
『よかろう! 出来るものならやってみせろ!』
「いくぞッ」
掛け声とともに、空を滑るように──ではなく、転移するように一瞬で間合いを詰める。氷結不死鳥としては、近寄ってくる所にカウンターでもするるもりだったのかもしれないが、もはやそんな事をする猶予はない。とにかく防御をしようと、翼を自身の前で交差しようとするが。
「──遅い」
その翼で防御を固める前に、俺は刀を振りぬいて氷結不死鳥の後方へと抜けていた。
『ぐぅおおおお!? な、なんだとォォォッ!?』
今日一番の驚愕声をあげる氷結不死鳥。その片翼は、切り離されてゆっくりと地表へと落下していた。
それを見ながら俺は。
「悪いな。やはり俺の方が高かったようだ」
『な、何がだ……?』
何のことかわからないという感じに聞き返してくる。まあ、そりゃそうだよな。なんせ──
「世界の処理優先度だ」
ニヤリと笑ってそう言った。
あ、多分今の俺って嫌ーなドヤ顔してるかも。




