28.そして、やすらぎのさえずり
王都に『憩い広場』を開設して数日が経過した。
初日のような混在はおきなくなったが、子供たちには動物と触れ合える場所、大人たちにはのんびりと羽を伸ばせる場所であった。
何より王室管轄という強固な後ろ盾のある施設を、自身の飲食代金を除けば無料で済むという、一般の平民にはとてつもなくありがたいものだった。
飲食店のメニューもオープン当初は飲み物だけだったが、現在簡単な軽食も提供するようになった。
将来的には、こちらにも幾つかの屋台が並ぶ予定もあるらしい。
とりあえず皆には受け入れられているようで何よりだ。
こっちの世界には娯楽が少ないから、こういった場所も必要なのだろう。
さて。
今回はこっちと現実での作業分担を試してみたけど、元々ゲーム内に存在しない部分の数値とかはこちらで地道にやっていくしかないのだろう。
例えばお金の話。極端なやり方を言えば、俺の資金をごっそり増やすパッチファイルとかを作って適応させれば、それだけで簡単にお金持ちになることは出来ると思う。
しかしそれだけのお金の流通が、実際にあった場合はどういう金の流れが発生したのか……という見方をすると、結果を導き出した原因が存在しない──因果律の不整合が生じてしまう。
そうなった場合、プログラム内で設置した虚偽判定にかかり、最悪そこで停止してしまう可能性も否定できない。
つまりある程度の規模を超えた修正や調整は、即座に世界の崩壊を呼ぶ可能性もあるのだ。
これまでに着手したレベルまでは問題なさそうだが、今後はこちらのルールで対応可能な案件は、きちんとこっちに則って進めていこうと思う。
とりあえず、召喚獣ペットに関しての案件はほぼ完了。
残るは……フローリア様の要望か。
そんな訳で今日は、再び正式にフローリア様に城へと呼ばれた。
ちなみにミズキも一緒だ。それもフローリア様からの希望なんだけど。
前回同様、門兵にカードを提示する。予め話を聞いていたようで、すぐに中へ通される。
今回は場内の部屋ではなく、中庭へ案内される。以前GM.カズキでこっそり言った中にはとはまた別で、噴水のある清涼感のある庭だ。
俺達が庭に着くと、すぐにフローリア様もやってきた。
「お待たせしました。カズキ様、ミズキ様」
「いえ、私達も今来たばかりです。ご招きありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
場所の力とでもいうのか、ミズキは少し緊張している。
今回は場内とはいえ屋外なので、少し遠くではあるが護衛の騎士がフローリア様を見ている。それがどうにも落ち着かないらしい。
「……あら? 本日、ペトペン様はいらっしゃらないのでしょうか?」
にこやかに微笑んでいたその表情が、少しだけ落ち込む。
それを見たミズキが、フローリアの前に歩み寄る。
「……ミズキさん?」
「フローリア様、大丈夫ですよ」
そう言って、そっと右手を前に出す。その中指には石のはめられた指輪があり、ミズキがそれに魔力を込める。
すると石から一塊の光が出現し、すーっと地面に降りて行ったと思ったらポンッとペトペンになる。
「え! ペトペン様!?」
「はい。これは召喚獣の指輪です。普段は指輪の中にいて、好きな時に呼び出します」
これは『憩い広場』のペット用魔石と同じ仕様で、個人用のペット収納になっている。ペットによっては、以前のギルドのように人が多い場所などでは多少問題になるかもしれないので、そういう場所でも問題なく通行できるための手段として用意した。
「それはすごいですね……。あ、ペトペン様、ごきげんよう」
いつものようにペトペンに礼儀正しく挨拶をするフローリア様。
遠くにいる騎士が不思議な物を見るような目でみてるけど、まあいいんじゃないかな。
「それでカズキ様、本日は……」
「はい。先日お話しましたように、フローリア様の召喚獣ペットの件です」
「まあ!」
喜びを溢れさせながら手を合わせるフローリア様。これだけ喜ばれると、逆にプレッシャーだよ。
でもまあ、もう用意しちゃったしなぁ。
「それでは、こちらを……ミズキが付けているのと同じ指輪です」
俺が掌に指輪を乗せて差し出す。ミズキは自分の右手の甲を見えるように掲げ、中指にある指をを見せる。
フローリア様がそっと指輪をつまみあげて、すっと指を通す。……左手の薬指に。
「待って下さいフローリア様!」
「な、な、な……」
「うふふ。ついです、うっかりです、わざとです」
とりあえずこの世界での指輪の意味合いは、現実と同じになっているので今の行動はシャレにならない。
というかフローリア様って聖女設定なのに、たまにやんちゃしてくるよな。……ストレスかな。
どこか愉悦を感じてしまう笑顔のフローリア様は、ジト目のミズキに見られながら今度は右手中指に指輪を通す。
「次は指輪に魔力を流して下さい。そうイメージするだけで大丈夫です」
「指輪に魔力を……」
視線の高さに右手をあげて、指輪に魔力を込めようと視線を送る。すると先ほどミズキがやったのと同じように、石から小さな光の塊が出現する。
光はそのままふわりと、上向きになっている右手の甲へおりてポッと姿を変えた。
そこに居たのは、全身真っ白な小鳥。正式名称はセキセイインコ。
「はわぁ…………」
フローリア様が、王国第一王女らしからぬ気の抜けた声を漏らす。その向かいで、口半開きで声も漏らせないのは俺の妹。そんでもって同じ様な顔をしてながめているように見えるのは、その妹のペット。こんな所でも仲良しさんかよ。
「……はじめまして、フローリアです」
手の甲を顔に近づけ、インコに目線を合わせて挨拶をするフローリア様。
最初はピッと鳴くも、すぐにチッチッチと楽しげな声を漏らしてくる。
「カズキ様。この子は何とお呼びすれば……?」
「セキセイインコという種類の小鳥ですよ。名前はフローリア様が付けてあげて下さい」
「私がですか?」
「はい。それがペット契約にもなりますので」
そう言うとじっとインコを見つめて悩み始める。その間にもインコは、手の上をちょこちょこ動いたり、少し羽ばたいてフローリア様の肩に移動したりする。
「この子の名前は……アルテミス。そう、アルテミスにしましょう」
なるほど。
どうやらフローリア様の名付けセンスは、神話の女神様らしい。まあ、インコには少しばかり仰々しいかもしれないけど、この世界にギリシャ神話とかは普及してないからいいか。
「ふふ。よろしくねアルテミス」
肩に居るインコ、もといアルテミスを掌で持ち上げて頬の横に置く。それをうけてアルテミスがすすっとすりよって健気に頬ずりをした。
どうやらこちらも無事契約をすませ、仲良くなれたようだ。
この後、指輪へ戻す手順や召喚獣についての説明をして、俺とミズキは帰宅した。
どうにもフローリア様がアルテミスと遊びたいという雰囲気だったからね。
後日。
GM.カズキで王都見回りをしていた時、場内の厩舎でプリマヴェーラをブラッシングしている姿を見かけたが、そのプリマフェーラの頭にアルテミスがちょこんと乗っていた。
双方嫌がる様子もなく、どちらかというと楽しげにしており、それを見ているフローリア様もまた慈愛あふれる表情だった。
これで召喚獣ペットをメインした話は一旦終わりです。
次からはまた別の題材を中心にした話になります。




