276.それは、お山の調査隊
広忠様を彩和の城へと戻し、俺たちも城を後にした。
フローリアの召喚獣であるサラスヴァティの能力で、意識だけとはいえ城外にも出られるようにはなったが、さすがにあまり長い時間一国の君主を連れまわすのはよくない。そういう事もできる、というレベルに押し留めておきどうしても必要なときだけは……という事にするようにした。まぁ、多分次はヤマト領の温泉などに招待する、という辺りが良いのだろう。
そんな訳でまず一番目的である広忠様との用件は無事終了した。
「ねぇカズキ。この後は特別に用事は無いんだよね?」
「そうだな。特には何もけど……」
「けど?」
ゆきの質問に肯定の返答を返す。実際、何も予定は無いのだが。
「ここ最近ちょっと、いわゆる普通の“冒険者”してないなぁとか思って」
「ああー……まあ、そうかもね。どっちかというと、“職人”っぽいことしてたし」
フローリアの誕生日に向けて花火作りだ宝石製作だと、どうみても冒険者が行う仕事ではないことをしていた。その前に遡っても、いわゆるダンジョンに潜って冒険するって感じはほとんどなかった。
「なので、また彩和の冒険者組合に行ってみようかと。以前アリッサさんたちと来たときは、特にめぼしい依頼がなかったけど今日はどうかなぁって」
「そうそう、お兄ちゃん。アリッサさんたちだけど、誕生際が終わったら4人でヤマト領へ移動するって話をしてたよ。もちろんエリカさんとユリナさんも、準備が出来たから移動する……っていうか、二人はもう既にヤマト領での自分の部屋を整えてるよ」
「え、そうなのか? でも二人とも正式に移動するまでサブマスターなんだろ? そんな立場の人間が誕生際に……って、アイナさんとルミエさんか」
「カズキさん。アイナさんとルミエさんとは、どなたですか?」
なんとなくからくりを察した俺から出た名前に、ミレーヌが反応した。ああ、まだ全員に名前までは言ってなかったか。
「アイナさんとルミエさんは、それぞれ次の商業ギルドと冒険者ギルドのサブマスターだよ。二人とも若いけど、エリカさんとユリナさんにしっかり鍛えられた有望な人材だ。それで、二人には王都とヤマト領の2箇所を転移できるように小さな魔輝原石を渡してあるんだ。おそらく二人に手伝ってもらって、ヤマト領の自分の部屋を準備したんだろうね」
そう言うと、皆がなんとなく目を輝かせてこっちを見る。だが、どうにも言い出せないような、そんな雰囲気がしてきた。
「……皆の言いたいことはわかるよ。自分たちも転移できる魔輝原石が欲しいんだよね。もちろん、皆にも渡すつもりだよ。場所に関しては俺がいける場所全て登録して、増えればその都度追加していく。でも、それももう少しだけ待って欲しい。気持ちの問題だけど、ちゃんと領地で生活するようになってからで」
「……わかりました。では、その日とお待ちしてますわね」
フローリアの言葉に皆も頷く。なのでその話はそこで終わったが、おそらくフローリアはその理由もわかってるんだろうなぁ。
そしてやってきた彩和の冒険者組合。
室内に入ると、俺たちの方を見てる人達が結構いる。これは狩野姉妹と時折一緒にくる人物、という感じで認知されてるっぽい。何よりエレリナ──狩野ゆらは、とある事情でミスフェア公国にずっといたから、何年か前からいる冒険者にとっては、急にここ最近よく見るようになって驚いてるのかもしれん。
「こんにちは~」
「こんにちは」
「ゆきさん、ゆらさん、それに皆様。こんにちは」
ゆきとエレリナが受付に声をかける。どうやら二人の知り合いのようだ。……もしかして、受付嬢の姿をしてるけど狩野一族の人かな。
「何か面白そうな依頼って無い? 国家が転覆しそうな魔物が出現したとか」
「さすがにそれは……。もしそんな案件がありましたら、とっくに大騒ぎですよ」
「それもそっか」
多少物騒な話に聞こえなくもないが、雰囲気としては「何か美味しそうな店ある?」「ない~」みたいな感じだ。きっと普段からこんな感じの仲なんだろう。
それじゃあ今回も空振りかなぁ……と思っていたのだが。
「そういえば、魔物とかじゃなくて……」
「うん」
「ええ。先日の地震で一部山崩れがあって、それの調査依頼が出てるんだけど、その……」
「何か問題でもあるのですか?」
何かを感じたのか、受付嬢にエレリナが質問をする。おそらく隣で話を聞いてる俺やフローリア達も同じ疑問をもったのを感じたのだろう。
「場所が、その……かなり山奥なんです。あまりに山奥で、おそらく集落なども存在しないと思いますが、それ故に何が起きたのかを調査する事も困難で。本来であればきちんと調査隊を設け、最低でも現状の把握をしておくべきだとは思うのですが……」
「……山奥の調査依頼か……」
「カズキ」
エレリナが俺を呼ぶ。ゆきもこちらを見るし、他の皆も同様だ。まあ、要するに『受けよう』って事だね。なんせ俺たちは山奥だとか、そういう地形問題は関係ないし。
俺がゆきに頷く。それを見て笑顔になるゆき。
「了解! じゃあそれ私たちが受けるよ」
「え? で、でも大丈夫なんですか? まだどの辺りかさえも教えてないのに」
「大丈夫だよ。ね、カズキ」
「ああ、問題ない。そういう訳なので、受けさせていただきます」
「は、はい。それでは組合登録証をお願いします」
「組合登録証……ああ、ギルドカードか」
ゆきが組合登録証、他のミレーヌ以外がギルドカードを提示する。それを見ながら受付嬢は依頼登録をしていくのだが……
「ふえええぇっ!? こ、こ、これって……」
ふいに驚きの声をあげる。何かとおもえば、どうやらフローリアのカードで驚いたようだ。あれ? でもカードには王女とか聖女とか、そういうのは記載されてないはずでは。
「え、え、EX-Sって……」
あ~っ! そういえば、フローリアのランクって、特殊ランクだったな。元々がLoUのイベント参加キャラだから、プレイヤーのようなランク分けに含まれてなかったんだった。
おそらくどう対処していいのかわからないのだろう。それに、おそらく彩和で使われている“等級冒険者”呼びでは該当クラスは無いと思うし。
「あの、実はですね……」
「は、はい」
カウンターに寄り、こそっと小声で話しかける。それを見て、できれば秘匿すべき内容なんだろうと受付嬢も小さい声で返事をする。
「こちらのフローリア・アイネス・グランティルですが、名前でわかるかもしれませんがグランティル王国の王族です。正式には第一王女で、聖女の資格も有してます」
「おう……せい……!」
驚いて口にしそうになって、あわてて飲み込む動作を2度ほど繰り返す。ちょっと面白い。
「それでですね……本人が持つ特殊な力も相まって、国では全ての依頼を難易度関係なく受領できます。なので、そちらが今回の依頼も受注可能なのでお願いします」
「わ、わかりました!」
俺の説明を聞いたあと、頷くゆきとエレリナを見て、受付嬢はテキパキと受注作業をしてくれた。
待つ間少しばかり室内を見渡してみると、こちらを見ながら話をしている人が増えたようだ。ヘンな悪目立ちをしたかもしれんな。
「はい! これで皆さんの受注を受けました。それでは詳しい説明をします。よろしいですか?」
「うん、お願いする~」
ゆきの返事に俺たちも頷く。そして教えられた依頼の詳細は、既に先ほど聞いた内容とほぼ同じだった。というか、山崩れが起きたらしい情報はあるが、その規模などの現状把握ができてないのだ。そのためまずはそれの確認が最優先らしい。それで得た情報により、次の依頼の有無なども決まるとか。なので、先ほどの話+おおよその場所を聞いて終わりだ。まあ、無理もないけど。
「そういう訳ですので、色々と情報は少ないのですが……どうかよろしくお願いします」
「大丈夫だよ。んじゃ行ってくるね」
「行ってきます」
ゆきとエレリナが頭をさげる。それにあわせ俺たちも頭をさげて、建物を後にする。
歩きながら、目的地までのおおまかな話を確認する。
「えっと、その目的地の山はここからだとどの位?」
「それは召喚獣による飛行での目測ですか?」
「あ、うん。その方法でおおよそ時間はどのくらいかな」
「そうですね……。無理なく飛んでも1時間かからないほどかと」
なるほど。それならすぐに向かっても問題ないか。……でも。
「それじゃあ、まずは何かを食べてから出発しようかと思うんだけど、どうかな?」
「賛成!」
全員一致で賛成を得る。腹が減っては戦はできぬってね。まあ、戦闘行為をする予定は無いけど。
…………無いよね?




