275.それは、想で手繰り寄せた可能性
「ミレーヌ! お待ちしておりました!」
「広忠! お久しぶりです!」
挨拶もそこそこ、手と手をとっりあってキャッキャしているこのかわいい×2は、彩和国の君主である松平広忠様と、ミスフェア公国領主の娘であり俺の婚約者の一人であるミレーヌだ。
フローリアの誕生際も終わり、せっかくなので挨拶ついでに皆で会いにきたのだ。とくにミレーヌは広忠様とは本当に仲良くなったので、こうやって会いに行くのが楽しみで仕方ないらしい。
二人で暫し楽しそうにしていたが、少し落ち着いたところにフローリアが近寄っていく。
「お久しぶりです広忠様。本日は、私フローリア・アイネス・グランティルが15歳を向かえ、成人したことをご報告に参りました」
「お久しぶりですフローリア様。グランティル王国では、15歳で元服……いえ、皇女であるなら裳着というべきですね」
「……なぁゆき、“もぎ”ってなんだ?」
「裳着ってのは公家の女子の成人式よ」
「……よく知ってるな」
「お父さんやお姉ちゃんに覚えさせられたのよ……」
当時のことを思い出したのか、すこしうんざりしたような表情をうかべるゆき。んー……現実とちがって勉強とかないと思ってたけど、そういう事はちゃんと覚えたりするのね。
そんなことを考えながらフローリアたちを見ていると、
「弘忠様。後、お会いしたがっていた者がもう一名……」
「あ……そうですね、ふふっ」
そう言って二人は自分の召喚ペットを呼び出す。フローリアは白インコ=アルテミス、弘忠様は白ブンチョウの雪華だ。主の掌にのった状態で呼び出され、お互いを認識すると嬉しそうに鳴きそしてふわりと室内をゆっくりと飛ぶ。
そして……なぜか俺の頭の上に降り立って、仲良く並んだ。
「なんで俺の頭の上に……」
「丁度いい止まり木だったんじゃないの? 面白いからスクショとっておくね」
すぐさまゆきが指輪のスクショ機能で写真をとった。この辺りのフットワークの軽さと行動が、やはり現実慣れしてる感性なんだろうな。
フローリアたちも俺を見て、微笑ましいというか、どこか可笑しげなというか、そんな表情をしていた。いや、いいんですよ笑ってくれても。
この後、俺やミズキ達も一通り挨拶を交わした。そして話題になったのは、やはりフローリアの15歳の誕生日についてだ。ここ彩和では、女子は14歳で成人扱いらしい。ちなみに男性は15歳。まあ、日本では成人は20歳けどど、結婚可能年齢が異なっているのはこれが原因かな?
そして、フローリアが成人したこともあり、俺が納めるヤマト領での皆との生活に関しての話も聞かれた。婚約者5人の中ではミレーヌが一番下で11歳だが、常にエレリナと一緒にいるため領地生活での一番年下的な存在はフローリアであるという認識もあった。それがめでたく成人し、領地整備が終わり次第引っ越して生活できる状況にはなったのである。
そして、その領地ももはや十分生活可能な状況である。なにより俺は【ワープポータル】で各国への移動も可能なので、いってみれば寝場所が変わるくらいの認識だ。……まあ、実際には領主なんだからあまり領地にいないのもどうかって話になるんだろうけど。
まあ、何はともあれそろそろヤマト領が本格稼働する頃合いだろう。
実際宿屋や食堂、土産店などは動き始めてるし。聞いた話では両ギルドの建物もほぼ完成して、あとはそれぞれの従業員と細かい話し合いをして調整していけば完了だとか。
そして、それらを受け入れる独身寮──この言い方どうにかしたほうがいいかも。寮も準備は出来ているので、まずはユリナさんとエリカさんに来てもらおうか。
そんなヤマト領の話を、とても興味深そうに聞いている弘忠様。この子は、国の守護を担う“光の夢巫女”として、この城より出ることを許されないのだ。いってみれば、病気がちの子が夢物語に心躍らせている状況に近い。なんとも……心苦しい。
だから以前、召喚ペットの鳥をあげた。その鳥の視界を借りて、せめて外の世界を見て欲しいと思ったから。そして、それにはものすごく感謝してくれた。たとえ見るだけとはいえ、知らなかった外の世界を見れたのだから──と。
それでも何とかできないものかと、以前こんなことも話した。俺の【ワープポータル】で城内から、別の場所へ転移する方法であれば可能ではないのか……と。
結果は──ダメだった。ポータルを作りそこに入ってもらっても、何も起きなかったのだ。何度か試したがダメだったので、もしやと思い城内の別の場所にポータルをもう一つ設置してみた。その結果、城内から城内への移動は可能だった。行先が城外だとダメのようだ。
だが──
「あの、弘忠様。一度試したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「……はい」
フローリアは弘忠様をまっすぐ見て、真剣な面持ちで窺う。その様子に頷く弘忠様。
「では、今から私の召喚獣を呼出します。外見で驚くかもしれませんが、ご心配には及びません」
その言葉ぬ頷く弘忠様。それを見てフローリアが呼び出したのは、白き聖魔獣サラスヴァティだった。
「綺麗……」
「弘忠様っ!」
「落ち着いて下さい本多殿。大丈夫です」
突然目の前に現れた白い大蛇を見て、綺麗とつぶやく弘忠とは違い、傍に仕えし本多正信は慌てた。だがすぐ横に居たエレリナのかけた言葉で、すぐに落ち着きを取り戻す。
「私はこの子に、自分の意識を乗せることができます。弘忠様ほどの強い力の持ち主であれば、同じ事ができるかもしれません」
「この子に、私の意識を……」
「はい。本多様、意識を乗せている間は身体には力がはいりません。なので倒れたりしないように、弘忠様を支えておいてください」
「心得ました」
フローリアに言われすぐさま弘忠様の後ろにまわり、倒れてきても支えられるように構える。それを見てフローリアは一度深呼吸をしてから、すっと手を弘忠様に置く。
「それでは弘忠様、体の力を抜いて下さい。サラスヴァティ、お願い」
フローリアの言葉に頷くようにして、そのまますっと弘忠様のおでこに触れた。そこから強い光がもれ、そして──サラスヴァティの身体が強く光る。その光がゆっくりと小さくなり、人の大きさほどになって……光が収まる。
そこにあった姿は……仄かに淡く光っているような、弘忠様だった。弘忠様本人は、やはり力がぬけたようになり本多さんが支えている。
「できた……すごっ……」
「あれって私とかでもできるのかな?」
「どうでしょう。弘忠様の強い力があればこそ、なのかもしれません」
ミズキたちが驚きと感心の感想を述べる。だが、まだ姿が変わっただけだ。弘忠様の姿となった者に、フローリアが声をかける。
「弘忠様でしょうか?」
『は、はい。私……ですよね?』
「! 弘忠です!」
隣で見ていたミレーヌが言う。今の一言だけで、ミレーヌは確信したのだろう。
それを聞いて安堵の息を一つついたフローリアは、今度は俺の方を見る。
「それではカズキ。……お願いします」
「……わかった」
促されて俺は以前のように弘忠様の目の前にポータルを設置する。
「行先はグランティル王国の王城中庭です」
そう告げると、表情を引き締める弘忠様。その様子を見てミレーヌが、
「私が先に行きますね」
そう言ってポータルへ入っていった。ミレーヌは向こうでやってくる弘忠を待っている、と。それを見て少し逡巡した弘忠様は、一歩また一歩と踏み出す。
『……行きます』
そう言ってポータルへ────入った。
……静寂。そして、
「行った!? 行ったよね!?」
「私たちも行ってみる!」
「そうですね。行きましょう」
「本多様、少し見てきます」
「あ、ああ。お気をつけて……」
あわてて俺達はポータルに入る。すぐに目の前に広がる光景は、見慣れた王都の中庭だ。
だがその中庭に、見慣れない者が一人立っている。弘忠様だ。
『こ、ここは……まさか……』
「弘忠! ここはグランテイィル王国です! フローリア姉さまの国です!」
『私が外に……』
茫然とする弘忠に、嬉しくて仕方ないという顔のミレーヌが抱き着いている。そのことがゆっくりと実感できたのか、ミレーヌを抱き返しながらもキョロキョロと視線が落ち着かない。
『ここが、外の世界……』
「そうですよ」
まだ理解が追いつかない弘忠に、ゆっくりフローリアが近寄りそっと手を取る。
「ようこそ、我がグランティル王国へ。歓迎いたしますわ、弘忠様」
『はい、歓迎痛み入ります。……本当に、ありがとうございます』
深く、深く頭をさげる弘忠様。決して彩和の城では見せることのなかった姿だ。ゆっくりと上げたその顔は、静かに興奮を秘めながらも嬉しさを隠せない笑顔だった。




