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273.それは、大好きという真実

6/4の更新はお休みです。次回は6/5を予定しています。

 フローリアが着替えのため、謁見の間から姿を消した。一緒に移動していくエレリナが、俺の方を見てかすかに頷く。


『ヤオ、聞こえるか?』

『うむ。聞こえておるぞ』

『今フローリアが着替えに移動したところだ。そろそろ準備をお願いすると伝えてくれ』

『承知した』


 ヤオの返事を聞いて俺は念話を切る。そして、ふと周りを見渡すと視線が俺に集まっていた。何のことは無い、最後のプレゼントを渡す人物であり、知っている人には王女の婚約者であるヤマト公爵だという興味からだ。

 こちらに向けられる視線の中には、如何ほどの者かと訝しげな目を向ける者もいる。おそらくはこちらの失態や弱みに付け込んで、まだ王女と懇意になろうと狙っているのだろう。今までの自分の生活においては、そういう思考はかなり嫌気がさしていたが、この時代の王侯貴族においては当たり前の思考なのだろう。要するに江戸時代で、ふんぞり返っていた裕福な商人みたいなもんだ。

 薄ぼんやりとそんな事を考えている間に、フローリアが戻ってきたようだ。結婚式のお色直しではないが、先に入ってきたミレーヌとフローリアが、謁見の間の玉座脇の横に向かう。どうやらフローリアだけは入ってくる場所が違うようだ。二人が入り口の幕を左右に分け、フローリアが入ってきた。


 ──静寂、そして────歓声。


 入ってきたフローリアは──ただ純粋に『綺麗』だった。

 今までの彼女であれば、『美しい』『可憐』『愛らしい』といった単語が多々浮かぶのだが、今の彼女に一番適応するのはやはり『綺麗』だろう。

 今迄のフローリアといえば、やはり白など清楚な感じを受ける色合いの服装が主だった。城内で着ているドレスにしろ、王族として国儀に出ている時の服にしろ、何かしら白を基調にしたものが多かった。だが今来ているドレスは、黒を基調にしたものだ。そして、それを彩る縁や柄に使われているのは、赤一色。

 いわゆる黒と赤のゴスロリドレスだ。清楚な白ドレスとは、ある意味で真逆と言ってもいいだろう。そんなドレスを着たフローリアを見た人々の反応というと。


「すごく、キレイ……」

「まるで王女様のためにあるようなドレスだわ……」

「黒なのに、物凄く神聖に見える……」

「素敵です聖女様……」


 圧倒されていた。まるで初めて見た聖者を崇めるように、目をそらすこともできずに。

 そんな視線を受けたフローリアが、ゆっくりと歩いてくる。一歩一歩進める足は、ドレスのスカートで見えにくいがどうやら先ほどの靴──パンプスだろう。その歩みから聞こえる足音は、確かにそこに自身がいることを知らしめながらも、周囲に不快に思わせない響きを鳴らしていた。

 そして、手前に添えている手の左手にあるブレスレット。こちらは先ほどミズキが渡したもの。黒と赤の服装の中、少しだけ異なる色合いを持ち、黒と銀の混ざった色──黒鉄色(こくてつしょく)をしている。それが魔力を帯びているのか、ほんの少しだけ光っている。

 それらがフローリアが元々持つ資質と調和したのか、とにかく目が惹かれる。『思わざれば花なり、思えば花ならざりき』とでも言うか。何より黒──ある意味闇をも暗示する色なのに、そのドレスを着たフローリアが輝いて見えた。

 黒基調のゴスロリを着たフローリアは、きっと似合うだろうなぁとゆきやエレリナと話してはいた。だが、その姿を実際に見せられたら“似合う”なんてレベルじゃなかった。只々綺麗だ。俺の語彙ではこれ以上は言い表せない。

 見惚(みと)れて、見惚(みほ)れて。そうしている間にも、フローリアは近寄ってきて、気付けばすぐ目の前に立っていた。そのままじっとこちらを見る姿は、いつもの可憐な王女様というだけでなく、誰もを魅了する雰囲気をも纏っているようだった。


「……あの?」

「えっ、ああ、申し訳ありません。その……見惚れていました」


 話しかけられて我に返り謝罪する。だがフローリアは、そんな俺を見て機嫌をよくして笑った。

 その笑顔を見て、今目の前にいるのが自分の好きになった人だと実感する。

 軽い深呼吸をして姿勢を正す。そして正面にいるフローリアをじっと見つめる。


「お誕生日おめでとう、フローリア」

「ありがとうございます、カズキ」


 お祝いの言葉とともに持参したプレゼントを差し出す。俺とフローリアが、互いに名前を呼び捨てたことに周囲の人々は往々にして驚く。先程、未だフローリアを射止めんと考えていた者達へのけん制でもある。俗な言い方をするなら『俺の女に手を出すな』である。……もちろん、恥ずかしいからこんな場じゃ言えないけど。

 フローリアは俺が手渡したプレゼントの箱をそっとあける。長細い箱の中身はネックレス。小さな宝石のある清楚な感じのネックレスだ。


「素敵なネックレス……」

「これ、俺がフローリアに着けてもいいかな?」

「はいっ、是非とも!」


 箱からそっと摘み上げ、ネックレスのチェーンを左右の手に持ち、それをフローリアの首に正面からかける。自然と体勢は首にだきつくようになり、見ているご婦人方からは黄色い歓声、若い貴族たちからは悔しげな視線を向けられた。そんな中、俺は先程のドキドキがまたぶり返したように緊張していた。少し手間取ってしまったが、無事フローリアの胸元には俺からのネックレスが。

 そのネックレスをそっと手で触れながら、フローリアが微笑む。


「なるほど。そういう事だったのですね」

「ん? 何が?」


 二人にしか聞こえないほどの音量なので、普段のように言葉を交わす。


「さきほどのお召し替えで、ドレスに対して胸元の飾りが寂しいからと、私は見合うネックレスを探そうとしましたの。そうしたらミレーヌが『そのままで大丈夫ですから』と言うのですよ。まあ、あの子の言うことなので私もそのまま出てきましたが……」


 そう言って微笑むフローリア。一方俺は安堵していた。ミレーヌの機転がなかったら、ネックレスをつけたフローリアが来るところだったんだな。後でミレーヌにお礼をしておかないと。

 フローリアは手で触れていたネックレスを、そっと掬うようにして目の高さにもちあげる。


「それにしても、綺麗な宝石ですね……」

「まあ、ちょっと頑張ったからね」

「頑張った……ですか? この宝石はいったい何と言うものでしょうか」

「…………ダイヤモンド」


 少しだけ恥ずかしくなる俺。だって男が女にダイヤを贈るなんて、そういう意味っぽいじゃないか。まあ、俺とフローリアはそういう関係ではあるんだけど。

 だがこの世界、実はダイヤモンドという宝石は存在しない。もしかしたら“まだ見つかってない”というだけかもしれないが。天然のダイヤモンドが採掘できる場所が、そもそも知られてないのだろう。


「ダイヤモンドというのはね、現実(あっち)では一番人気があり価値も高い宝石なんだ。こっちでは無いのか見つかってないようだけど、ちょっとした手を使って……俺が造った」

「えっ!? カズキがこれを!?」

「うん。まあ、そのあたりはまた今度話すよ」


 そう言ってごまかす。実際のところ、ダイヤモンドの製法云々は広めるつもりもないし、これを商売につなげる気も無い。それに今回、これの為に色々な所へ行き協力を得た。ちょっと夢中になっていたせいもあるが、もう一度同じことをやれと言われても自信がないほどに。

 でもまあ、落ち着いたら皆にお礼を言いにいこう。特にドワーフ族にはしっかりとお礼をしたい。


「それにしても、綺麗ですね」


 そう言って自分の胸元に輝くダイヤモンドをそっと見下ろすフローリア。彼女自身もこの宝石を見たのは初めてのはずだが、どこか視線を惹きつける魅力があるのだろう。うーん、他の男性の視線がフローリアの胸元に集まるのはちょっと嫌だなぁ。

 そんな事を考えている時だった。


『主様よ、聞こえるかの?』

『聞こえるよ。準備できたのか?』

『うむ、そうじゃ』

『それじゃあ始めてくれって伝えて』

『わかったのじゃ!』


 ヤオとの通話を終えて、俺は軽く咳払いをする。それにより、視線は俺の方へあつまる。


「皆さん! これより私からフローリアへの、もう一つの贈り物を致します。是非皆さまにもお見せしたいので、どうぞバルコニーの方へ移動していただけますか」


 俺の言葉に、皆どういうことだと不思議がる。なので予め手配をしておいた騎士団や侍女の手で、謁見の間にいる人々をバルコニーのある方へ移動してもらう。そこから見えるのは、いつもより少し賑やかしい王都の街と──夜空。

 その夜空に。


「あ、アレ何?」

「ん? 何だろう」


 遠い夜空に、地表からするすると上昇する光の玉が見えた。そして、それは空高くまでのぼり──光の大輪を夜空に咲かせた。──花火である。


「何だあれ!」

「魔法……いや、あんな魔法見たことも……」

「でも、すごくキレイ……」

「そうね。空に咲いた花のようだわ」


 この国には、いわゆる観賞用の花火文化はなかった。あっても打ち上げるだけのもので、夜空に火玉が飛び交うといった代物だ。

 だが彩和では、予想通りに花火があった。しかも、既に丸い形にして打ち上げる形式をとっており、夏の風物詩として広く認知されていたそうだ。ならば彩和と交流のあるミスフェアなどにもその文化は伝わっているかと思ったが、船での輸送で火薬物の花火なんてもってくるわけもなく。そのためこちらの世界で、十分な観賞用花火は彩和でしか見れなかった。

 それを承知で、俺は彩和へ行き頼み込んだのだ。頼んだ相手は十兵衛さん──ゆきとエレリナの父だ。花火をフローリアの誕生祭に使いたいと言ったら、二つ返事で了承してくれた。

 こうして実際の花火作成工程の手伝いは無理だったが、それ以外の部分で最大限の強力と、十兵衛さんの手伝いをして花火の打ち上げを取り付けた。そのため、本日十兵衛さん以下、狩野の花火師が何人かこのグランティルへ来ている。昼間の間、準備以外は観光を存分に楽しんでもらった。彩和から出たこと無い人ばかりだったようで、お祭りということも相まって存分に楽しんでもらえたようだ。

 そんな皆が今、ここ王都で花火を打ち上げてくれている。その力強く華やかな芸術に、皆言葉もわすれて空をみあげてくれている。

 フローリアも例外じゃない。じっと空を見上げながら、その瞳は輝きっぱなしだ。色とりどりの花火があがり、そして一際強く一斉に花火があがる。大歓声の中、一瞬空が静寂を取り戻す。

 終わったかな? そう誰かが呟いた瞬間、夜空の中央に一本の光が立ち上る。

 その光は途中小さな華をさかせるも、そのままだらに高く昇る。それが2度、3度。

 そして──今までで一番大きな大輪の華を夜空に浮かび上がらせる。まるで視界すべての夜空を覆うのではと思う程に、大きく見事な華が。

 そして開いた華の花びらが、ゆっくりと垂れ下がるように降りて行く。その花びらもすぐには消えず、まるで枝垂桜を思わせるかごとく。

 そのたれ下がった花びらが、パチパチと光の尾を残しながら夜空に消えて行く。すべての華が消えると、どこからともなく大歓声と拍手が聞こえ、空気が震え立ち、いつしか王都は最高潮を迎えた。


「カズキ、本当にありがとう!」


 ずっと夜空に釘づけだったフローリアが、極上の笑みを向けてきた。その頬は興奮で赤く染まり、見つめる瞳は輝いて、そして服装も相まってとても──魅力的で。

 だから俺は──


「……フローリア」

「カズキ……んっ……」


 そっと抱きしめて、だけどしっかりと抱きしめて、キスをした。

 俺の今の、今迄の、これからの気持ちを伝えるために。

 抱きしめたフローリアの手が、やさしく俺を抱き返す。

 その存在を確かめるように。そして、幸せであると感じるために。

 大好き──だと。



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