271.そうよ、誕生日へ感謝をこめて(3)
今回もフローリア視点です。
フローリア王女15歳の誕生際前日。
グランティル王国は既にお祝いの色に染まり、城下は無論のこと国を囲む壁の外側ですら華やかしい雰囲気となっていた。
そんなお祭り空気の中、一番の主役である私ことフローリアは……少し寂しかった。多くの方々が笑顔で祝福をしてくれ、大切な従妹で妹のように愛しているミレーヌから祝福を受け。
だが、ここしばらく……正確には9日ほど、一番会いたい人に会ってないのだ。その理由は知っている。だけど、やはり寂しいと思ってしまう。それを知ってここ最近ずっと一緒にいたミレーヌが、心配そうな顔をみせる。ごめんなさいね、貴女も私と同じように寂しいはずなのに。
そんな事を考えていると私の部屋のドアをノックする音が。侍女が何か用事で来たのかと思ったのだが──
「フローリア様、ミレーヌ様」
「エ、エレリナ!?」
ドアを開けて入ってきた人物を見て、ミレーヌが驚き駆け出していった。私も驚いて腰を浮かしたが、さすがにミレーヌの反応にはかなわない。
「ミレーヌ様、ただ今戻りました」
「はい。お帰りなさい、エレリナ」
嬉しそうに抱きつくミレーヌを見て、私も何か優しい気持ちになる。しばし抱き合って喜びを伝えていたが、こちらを見たエレリナが今度はこちらにやってきた。
そして私の前で丁寧なお辞儀を見せるエレリナ。
「フローリア様。此度はミレーヌ様をどうもありがとうございました」
「こちらこそ、久しぶりにミレーヌと一緒出来て楽しかったわ」
そう言って微笑むも、意識は既に少し別の方向へ進んでいた。
「それで、その……」
思わず質問を言いよどんでしまう。しかしソレだけで優秀なエレリナは意図に気付いたようで。
「……申し訳ありません。カズキは今ここにはいません」
「そ、そうですか……」
今この部屋にいるのは私達だけなので、エレリナは普段通りカズキを名前呼びする。そのカズキだが、どうやらまた別の場所へ行ってしまったとか。とりあえずエレリナとゆきさんを王都に連れてきて、その足ですぐに移動してしまったらしい。
ちなみにゆきさんは、今頃ミズキさんの所へ行ってるだろうと。では今日はそこで宿泊かと聞いたら、なんでも“マイルーム”という個人宿泊部屋を王都に持っているらしい。これはカズキが現実で造ったシステムの機能だとか。残念ながらこの機能を使えるのはゆきさんだけらしい。
「ですが明日……フローリア様の誕生日には、きちんと姿を見せるとの事です」
「…………わかりました」
少し残念ですが、それでもあと一日たてば久しぶりにカズキに会える。そう思うと、少しだけ寂しいという気持ちが和らいだ。
その後はエレリナも加えて、3人で過ごした。食事は流石に皆の手前、エレリナが同席することは出来なかったが、お風呂はミレーヌの強い要望で一緒に入った。
そして夜も更け、そろそろ寝なくてはという頃合になると、ミレーヌは段々とうつらうつらしてきた。エレリナが帰ってきて嬉しかったのか、普段よりも少し遅くまで起きていたからだ。その様子を見た私とエレリナは、今日はもう寝ましょうと合意に到った。そして部屋には私だけとなった。
部屋の窓から見える空は、星が綺麗だった。視線をそっと城下に向ければ、明日に向けての前夜祭とでもいうべきなのか、夜なのに多くの人が盛り上がりをみせていた。あの光景は今日は明日まで続く。
とても楽しそうで、それゆえに私はちょっと切ない。
明日になればカズキに会える。そう考えて私はベッドへ横になった。ミレーヌが居た間は、畳の小上がりで一緒に寝ていたのでベッドも久しぶりだ。寝慣れたシーツなのに、今日はやけに冷たく感じた。
ベッドに入り一度寝たが、ふと急に目が覚めた。
特に用事を思い出したとか、何かをもよおした訳でもない。何故か急に──だ。
上半身を起こして部屋を見るも、何も変わった様子のない私の部屋だ。深夜ということもあり月明かりしか届かない部屋で、私以外動くものは何もない。
そう何もなかった。──その時までは。
「!?」
ふと部屋の隅に、何かの力を感じて目を向ける。そしてそれを見た瞬間、私の驚きは一瞬にして歓喜の気持ちへと変化した。
部屋の隅に、転移サークルの光が立ち上っているからだ。
私の部屋のあの場所。あそこに転移してくる人物は一人しか居ない。そして、その光の柱の中から一人の人物が出現した。ゆっくりとこちらに振り返り、私が起きているのを見て少し驚く。
その姿を見て、私は少し浮かれてふざけることにしてみた。
「どなた?」
もうっ、こんな夜中にレディの部屋に忍び込むなんて……ふふっ。
私の質問に少し面食らったような表情を浮かべるも、苦笑したあと、
「泥棒です」
くすっ。思わず噴出してしまった。なんでしょうか、その返し方は。私がくすくす笑っていると「あれ、やっぱり通じないか」と頭をかいている。おそらくは現実世界の有名はお話のワンシーンなのでしょう。残念ながら存じませんが、今度拝見したいものです。
笑っている私の方へやってきた彼は、ベッドの上に起き上がっている私の元で膝をついて頭を下げる。
「ただいま。そして、お誕生日おめでとうフローリア」
「お帰りなさい。はい、ありがとうございますカズキ」
顔をあげたカズキと目があうと、二人で笑みを交わした。照れくさい以上に嬉しい。
すると、カズキがどこか安堵したように息を吐く。どうしたのかとたずねると、
「フローリアの誕生日当日、一番におめでとうって言いたかったんだ」
とのこと。そういえば今何時だろうかと時計を見ると、深夜0時を過ぎていた。丁度カズキがこの部屋へポータルを繋いだ頃が日付が変わった頃らしい。まさかこんな方法で、一番にカズキにお祝いされるとは思っても見なかった。
「もちろん贈り物もあるけど、それはちょっとだけ待ってもらえるかな。夜が明けて、それからで」
「……ふふ、わかりました。それにも、何か意味があるのですね?」
「ああ」
今ここでプレゼントをもらえないのは少しだけ残念ですが、そこにも意味があるとの言葉で改めて期待が膨れてしまう。でもきっと、こんなにもじらされてしまったのでは、何を貰っても私は喜んでしまうのではないのでしょか。
「それなので、今は……」
「あっ」
近寄って手を引き、そっと抱き寄せられる。優しく抱きとめられた腕の中で、久しぶりにカズキに抱きしめられた喜びを感じた。私から抱きつくことは多くても、カズキから抱きしめられることは中々ない。
そして少し抱きしめた腕がとかれて、顔を見つめあう。月明かりの青い光の中、少し顔が熱いのを自覚する。そして、
「……っ!」
頬にそっとキスをされた。
抱きしめられて驚いたが、まさかキスをしてくるとは。
驚いて固まる私に、カズキが恥かしそうに。
「今はこれが精一杯」
そういって視線をそらす。
まったく! まだ軽い寝起きで目が覚めきってなかったのに、すっかり覚めました。
なのでしかえしとばかりに言ってあげます。
「ふふ、なんでしたら唇でもいいですわよ」
「……それはまた今度」
そう言いながらも、単純な逃げではなくどこか覚悟があるような言葉に聞こえた。
「“今度”の期限は──今日中ですわよ?」
「…………善処します」
「ええ。期待してます」
そう言って私はニコリと微笑んだ。
15歳の誕生日。……きっと忘れない一日の予感がします。




