269.そうよ、誕生日へ感謝をこめて(1)
今回より何話かフローリア視点で進みます。
もう後9日で、私は15歳となります。それは全てにおいて自己の責任が確立され、大人であるという自覚を確固たるものにする境界でもある。
更に、グランティル王国第一王女である私フローリア・アイネス・グランティルにおいては、政治の場に置いて王の補佐ではなく一個人として扱われるようになる。
……だが。今の私にとって、それは左程気になる事ではない。15歳になる前から、既に政治ごとにも関わってきており、どちらかと言うとようやく名実ともに……という感じになったくらいだ。
それよりも気になるのは、やはりカズキの事だ。昨日、
『あと10日で、私もついに15歳ですからね』
と言ったところ、本気で驚いていた。カズキの性格からして、もしかして私の誕生日を知らないのでは……という思惑を含ませた発言だったが、実際その通りであった。まぁ、その後でカズキがミズキ以外の誕生日を皆から聞いていたのを見て、僅かばかり安堵していたのは内緒にしておきたい。
そんな訳で、ちょっとばかりの進展を望む発言をした翌日。私は城の自室にいた。そして──
「フローリア姉さま、あと9日で誕生祭ですね」
私の大切な従妹であるミレーヌと過ごしていた。なんでも急遽エレリナに重要な用ができてしまい、しばらくはミレーヌの傍──というか、この国を離れる事になったからだ。
だが、それに関して私もミレーヌも何も言わない。というか、わかってしまっているから。エレリナが今一緒にいるのは間違いなくカズキで、もしかしたらゆきさんも居るかもしれない。そしておそらく居場所は──彩和だ。
目的は、それこそ言わずものがなである。十中八九で……否、十中十で私の誕生日に関する事かと。無論こんなに堂々と行動されてしまっては、カズキも“私が気付いている”という事は理解しているでしょう。だからこそ、それをも上回る何かを期待してしまっている。……本当に、悪い人ですね私は。
「今年の誕生祭は、今迄で一番になるのでしょうね」
「それはもちろんです! なんせ、今のフローリア姉さまにはカズキさんがいますから」
隣から覗き込むように見てくるミレーヌに、思わず苦笑を漏らしてしまう。もともとミレーヌとは親しい間柄で、かねてより姉妹のように接してきたが、ここ最近はそれ以上に仲良くなったと思う。無論、カズキをはじめとするミズキやゆき、そしてエレリナという私達5人はカズキの婚約者という立場の絆で結ばれているからに他ならない。
「それにしても、しばらくはカズキやエレリナ達とも会えないのは、少し寂しいですね」
「ですね。でも私達はまだまだ大切な仲間がたくさんいますからっ」
そう言ってミレーヌが、右手にしている指輪をそっと撫でる。そこには召喚獣であるフェンリル──ホルケがいるのだが、特に呼び出さず仄かな光が溢れだす。
「そうね。……アルテミス、おいで」
同様に私も右手のはめた指輪をそっとなで、そこから白インコを呼出し指にとまらせる。指にとまったアルテミスは、鳴きながら頷くようなしぐさを私とミレーヌに向けた。そして手を肩に寄せると、ピョンっと指から肩に飛び移る。アルテミスを呼び出して一緒に散歩するときの、いつもの定位置。
「誕生祭でも騎乗致しますし、少しプリマヴェーラの所へいきましょうか」
「はい、ご同行いたします」
城内にある厩舎。その中にいる特に愛着のある白馬、プリマヴェーラ。私が厩舎に近づくとすぐに気付くらしく、姿が見えるときちんと待てをしているように見えて尻尾が案外忙しない。それがかわいくてつい抱き付いてしまうので、さらにぶんぶんと揺れる尻尾が愛らしい。
「こんにちはプリマヴェーラ」
やさしく手をのばすミレーヌに、プリマヴェーラもそっと頬ずりをする。プリマヴェーラは賢い子で、私の馬でありながらもミレーヌの事もとても好いてくれている。
プリマヴェーラと優しく戯れているミレーヌが、ふと「あ」と声をあげて動きをとめる。その声色から、“ふと何かに気付いた”程度に思ったので、私はごく普通にどうしのかと聞いてみた。
「フローリア姉さまって、一人だけカズキさんから騎乗できる召喚獣を貰ってませんよね? それってプリマヴェーラがいるからですか?」
「……そうね。おそらくは……いいえ、多分それが一番大きな理由かもしれないわね」
「うふふ、そうなんですね。大切に想われてますわね、プリマヴェーラ」
そう言いながら優しく撫でるミレーヌ。それを嬉しそうに受けるプリマヴェーラ。そんな目にも幸せな光景に気分をよくした私は、もう一つの大きな理由も話してしまう。
「あと、私が移動手段を持たないかぎり、カズキが呼ぶスレイプニルの鞍上が私の席になるので」
そう言った瞬間、ミレーヌの手が止まる。そしてゆっくり振り向くその表情は……うん、軽く睨んでいますわね。
「ずるいですフローリア姉さま! 移動中、ずっと一人だけカズキさんに抱き付いて、抱き返されて、あんなことやこんなことして、到着時にはすでに出来上がってたとか、ずるいです」
「……いえ、そこまではしていませんわよ。…………まだ」
「……まだ、ですか」
「ええ。まだ、ですわ」
二人で交わす言葉。お互いに言葉にのせた意味以上の事象を、自身の眼で受け感じる。そこにはちょっとした好奇心と、大きな希望存亡、そして望みがある。そしていつものことながら思う。本当に私とミレーヌはよくにている。そんな彼女との会話はとても楽しい。その行間や裏の裏までもが、等しく楽しみのエッセンスでしかないほどに。
しばらくの間じっとお互いを見つめ合っていると、ふいにその視界の間にぬっと白いものが割り込んできた。なんのことはない、プリマヴェーラだ。それを見て私もミレーヌも苦笑を漏らす。
「それでは、プリマヴェーラの身体を拭いてあげましょう」
「そうですね。私もお手伝い致します」
それから私は、久しぶりにミレーヌと二人で過ごした。思い返せば、カズキと会う前でもミレーヌの傍にはエレリナがいた。確かミレーヌが3歳になるかどうか位の頃、彼女専属のメイドとして雇われたのだ。どこか異国情緒ある人物だったが、その純粋なまでの真摯な人柄にミレーヌも私も彼女をすぐ好きになった。それがエレリナからも同じだったようで、領主令嬢だ王女だという立場でありながらもしっかりとした態度で正面から接してくれた。
そんなずっと長い間常にミレーヌの傍にいたエレリナが、今は居ない。本当に久しく、何年ぶりという単位での話だ。さすがにエレリナも何日もミレーヌの元を離れるのは気になったようだが、カズキの願いと……何より状況を察したミレーヌからの後押しがあったようで。
そんな事が時々頭をよぎりながらも、久しぶりにミレーヌと姉妹のようにして過ごした。そしていつしか就眠時間となったのだが、私とミレーヌはあえて同じ布団で寝ることにした。──そう、ベッドではなく布団だ。
私の部屋には、以前彩和でエレリナたちのお父様である狩野十兵衛様の計らいで、上質な畳を購入して敷き詰めてある小上がりがある。今日はそこに布団を敷いて、二人で一緒に寝ることにしたのだ。寝床の準備をして、部屋の明かりを消す。青くうっすらとした月明かりが照らすなか、布団の中へと入りミレーヌの横へ。
そんな私が寝転がったのを見て、ミレーヌが話しかけてくる。
「フローリア姉さま。今日は楽しかったです」
「そうねミレーヌ。なんだか……昔に戻ったみたいで、面白かったわ」
「はい。まだカズキさんたちもエレリナもいなかった、あの頃ですね」
「ええ」
そういって顔を見合わせて笑う。暗いので表情は見えないはずなのだが、耳にとどく声と隣でくすくすと笑いながら体を揺らすしぐさ、それだけでミレーヌがどんな顔で笑っているのかわかる。そしておそらく、ミレーヌも私がどんな表情をしているのかわかっているのだろう。
「でも、やっぱり……」
「そうね。楽しいけど、日々皆と一緒の生活に慣れてきてしまったわね」
「はい。特にエレリナは、私の思い出とほとんど一緒にいますから」
そう言った声のトーンが少し落ちる。日中ではなかなか聞けなかった声に、すこしばかり私の心にも陰りがおちそうになる。……でも。
「でも、今後はもっと華やかになるものね」
「はいっ。エレリナだけじゃなく、カズキさんにミズキさん、ゆきさんにヤオさんも。それに……」
そう言ってミレーヌが少しごそごそと動く。少し夜目がきいてきたので、彼女がふとんの上にそっと右手を出したことがわかった。でも昼間とちがって、指輪に魔力を通したり話しかけたりはしない。
「私のホルケ、フローリア姉さまのアルテミスやサラスヴァティ……あ、もちろんプリマヴェーラもですよ。この子たちとも一緒の楽しい日々になるのですから」
「そうね。それに……」
私も手を出して、そっとミレーヌの手をにぎる。
「誕生祭が終わって落ち着いたら、また彩和へ行きましょう。久しぶりに、広忠様にお会いしたいですし、きっとアルテミスも雪華に会いたがっているわ」
「はい! 私も広忠に会いたいです!」
ミレーヌが破顔して広忠と呼ぶ。彼女は広忠様本人により、呼び捨てて欲しいと言われた大切な友人としての証。そんなミレーヌとしばし話しているうちに、少し眠気がやってきた。話していると楽しいけど、まだ明日は来るし、明後日もくる。あわてなくても、私達はじっくりと進むことができる。
「おやすみなさい、ミレーヌ」
「おやすみなさい、フローリア姉さま」
お互い、おやすみなさいと挨拶を交わして瞼を閉じる。
その繋げられた手だけはそのままにして。




