268.それは、素直な想いを添えて
「………………」
困った。正直困った。端的に言えば……困った。
青天の霹靂が如く受けた情報は、なんと10日後……いや、昨日しったのであと9日後に迫ったフローリアの誕生日。
そういえばここ最近、王都がなにやら活気づいていたのは、王聖女であるフローリアの誕生祭のためだったのか。この世界では基本15歳で完全な大人とみなされる。一部の優れた王侯貴族は、その年齢に達するまでにもある程度の権利は保持できるが、完全に大人とみなされるのは誰区別なく15歳だとか。
そんな大事な節目の年齢。日本でいうところの成人と考えれば、自己意識の話だけでは済まないレベルでの変化ということだろう。
だが、そんな大事なことを俺は知らなかった。明らかな失態失敗だ。正直かなりへこんだし、知った直後はフローリアの顔が見れなかった。だが、どうやらフローリアは俺が誕生日を|知らない事を知っていた《・・・・・・・・・・・》ようだった。そのため、含みのあるような言葉と笑みを見せて許してくれたが、それが逆にプレッシャーになった。
ちなみに、あの後すぐ皆の誕生日を聞いた。幸いにも出会ってから誕生日を経過してしまった……という人はいなかった。不幸中の幸いとでも言うべきだろう。だが今は──
「ねえ、カズキ。それでどうするの?」
「………………」
──思考停止。
ちょっとばかり余所事に意識を向けていたが、それをとがめる声がした。
「そうですよカズキ。助言が欲しいとカズキが言うから、私もゆきも今ここにこうして居るのですよ」
「………………」
そしてもう一人俺に苦言を呈する人物あり。今俺は、ゆきとエレリナの二人と一緒に、現実世界の俺の家にいた。フローリアの誕生日の話を聞いた翌日、俺はこの二人に頭を下げて今こうしているわけだ。
まず何故かこちらに来ているのか。それは単純な話だが、考える時間が欲しかったからだ。ズルだといわれようが、ともかくこちらに来れば猶予が伸びる。
そしてこの人選。まずゆきがいる理由は、はやりこちらの世界を知っている故、アドバイスを期待してのこと。そしてエレリナは純粋に5人の中での年長者としての意見を求めて。前世の分を足すとゆきのが年上だが、精神年齢という括りになれば当然エレリナの方が上だ。
「で? いつまで悩んでるの? わざわざ私とお姉ちゃんも連れて来たんだし、そろそろ前向きに話でもしたほうがいいんじゃない?」
「そうですよ。こちらでなら時間があるとはいえ、さすがに進展がないのではどうかと」
「……そうだな、すまん」
まずは素直に謝る。それを見て、ようやく二人も苦笑ながら笑みを見せてくれた。そうだよな、悩むにしてもちゃんと考えて悩まないと意味が無い。
「それでだな、何て言えばいいのかわからんが、その……」
「ハァ……何をいまさら。私達の間で、そんなもって回すようないい方しなくても」
「そうです。普通にフローリア様が泣いて喜ぶ贈り物は何だろうか、と聞いてくだされば」
遠慮するなよと言ってくれる二人。まあ、取り方によっては「いまさら恥かしがってんじゃねえ」と言われてるようなもんだけど。しかしまあ、二人の言葉はごもっともで。
「それじゃあ……えっと、何をあげればフローリアは喜ぶかな?」
「さあ、わかんないわよ」
「ご自分で熟考下さい」
「おいいいぃッ!?」
バッサリだ!? 助言してくれるんじゃねえのかよ!
驚愕に顔を染める俺を見て、ゆきもエレリナも大きくため息をつく。いや、ため息つきたいのは俺のほうだってば。
「あのねえカズキ。古今東西、女の子は好きな人からは何をもらっても嬉しいの。そんな事は、マンガでもアニメでもゲームでもラノベでも、散々言われつくしてるでしょ?」
「いやでも、それは創作物だから……」
「じゃあカズキ。もしフローリア様が何かプレゼントをしてくれたら、嬉しい? それとも貰った品物で嬉しいかどうかを区別する?」
「あ、いや……とりあえず嬉しいと思う」
「ほれみろ」
わかってるじゃないかと半目で呆れるように睨むゆき。
「でもさ、やっぱり受け取ってもらえた上で、さらに喜んでもらえたらと思うだろ? 何を貰っても喜んでもらえるといわれても、やはり本当に喜んでもらうには──」
「──カズキ。あなたは少し思い違いをしています」
俺の言葉をエレリナが遮る。こうやって俺の発言に割り込むような性格じゃないので、この行動には少し驚いた。それほどまでに、何か訴えたかったことがあるのか。
「多分あなたは“何を貰っても喜ぶ”という言葉を、その文字列のまま素直に受け止めているのでしょう。でも、そうではありませんよ」
「えっと、それはどういう意味だ?」
「だーかーらー」
ゆきが呆れたように言う。さすが姉妹だけあって、同じことを考えているようだ。
「今話してる“何でもいい”は、ただ単純に何でもいいってワケじゃないの。カズキが送り相手であるフローリア様の事を考え、それで一生懸命悩んで選ぶ……そういったプロセスを経て初めて成立する“何でもいい”なの。わかる?」
「あ、えっと、はい」
軽いお説教でもするように、子供に教えるように言うゆき。その真剣な態度と言葉に思わず頷く。
「たとえば……そうね、服にしたとするね。その中でもレディースドレスとかだとして、カズキなら何色のドレスを送る?」
「へ? あ、あの……」
「ホラ早く答える! フローリアに似合いそうな色は?」
「えっと、白?」
「うん、似合いそうだね。でもここで、もしカズキが真剣に悩んだあげく、黒と赤を基調としたゴスロリを選んだとする。そして、そのドレスを受け取ったフローリア様はどんな反応をすると思う?」
そう言われて少し考える。結論は──出すまでもない。
「喜んでくれると思う」
「正解。そこには『カズキはこの服を選ぶのに一生懸命になってくれた』という信頼も上乗せされているのよ。それに、実際カズキはそうするでしょ?」
「そりゃまあ、出来るだけ喜んで欲しいから」
そう俺が返事をすると、二人はふっと表情をゆるめて笑う。
「そういう事ですよ。カズキがフローリア様の事を想って、色々と悩んだ末に出した結果ならば何を贈っても喜ぶ、という事です」
「なのでカズキ。私達はアドバイスとかはしてあげるけど、贈りたい物はちゃんと自分で決めてね」
「……そうだな。うん、二人ともありがとう」
そう言って頭をさげると、二人は満足したようにうなずいた。だが、すぐに表情にニヤリと笑みを浮かべてゆきがよってきた。何が言いたいのかわかるのか、エレリナはそれを苦笑して見ている。
「それでねカズキ。ちょっと相談なんだけどぉー」
「……何だ?」
「さっき思い付きで言った黒赤のゴスロリだけど、それを着てるフローリア様を見てみたくない?」
「黒赤のゴスロリ……」
言いながら想像する。基本的に白を基調にしたドレス姿しか思い浮かばない。なんとなく脳内で、ゲームキャラのコス切替の要領で思い浮かべるも、実際にいる人間だとちょっと想像が働かない。
「ちょっと、興味あるかな?」
「でしょでしょ! もしよかったら、それも贈り物に入れてくれないかな? なんだか見たこと無い感じのフローリア様が見れそうだし」
「私からもお願いします。品に関しては私とゆきで用意しますので、カズキは自身の贈り物をする祭に添えていただければ」
という訳で、自分からの贈り物を決めてもないのに、何故か狩野姉妹からのプレゼントの受け渡し役を受けてしまった。
だが、これはこれで色々と参考になるような気がする。そう思って、ネットで色々なゴスロリやドレス画像などを検索してみる。ゲームを作っている時など様々な服装を目にするが、誰かへの贈り物の参考として見るというのは初めてだ。
しばし見ているうちに、色々なことを思い付いてくる。その中で幾つかを吟味して、それが異世界で可能なことかを検討していく。
しばし考え、そして調べる。何度かそうしたあたりで、ある程度自分の考えがまとまってきた。
「ゆき、エレリナ」
「おおっ?」
「まとまりましたか?」
俺が悩んでいる間もずっと待っていてくれた二人に感謝しながら、
「二人には手伝って欲しいことがある。それは──」
次回より何話かは主人公視点ではなく進行します。




