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267.それは、微笑みの真髄

5/28の更新はお休みします。次回は5/29の予定です。

 無事に取り返した卵を持って、俺達は山頂湖の(ぬし)こと大亀のところへ戻った。

 途中で卵が孵化する──なんてベタな展開もなく、無事に依頼達成だ。だが返却された卵を見て、大亀が何かに気付いたように聞いてきた。


『この卵、もしや更なる厄介事にでも巻き込まれていたか?』

『えっ……。まぁ、そう言えなくもないかも。実は──』


 俺は先ほどの出来事を話した。コボルトの棲み家の洞窟を見つけ、そこから逃げてきたコボルト達。その中には黒い霧でゾンビ化していたコボルトロードと、その霧にまとわりつかれていた卵。

 それらを話すと、大亀は改めて御礼を述べた。


『重ねて感謝する。しかしそうか……ならばその黒い霧は、あの時のものか』

『あの時とは?』


 詳しく話を聞いてみることに。それは大亀が湖面に漂う黒い霧に難儀していた頃の話だった。最初に黒い霧が近寄ってきた時、大亀はすぐに水中へ退避した。水の中にいても湖面の様子は分かるので、そのまま時が過ぎてどこかへ行ってしまうことを期待していた。だが大亀がある程度の深さまで潜ったとき、真上に停滞していた黒い霧がすすっと動き出したことに気付いた。そして、すぐのその方向の水辺には卵が置いてあることも。瞬時に狙いが卵に向いた可能性を察して、あわてて浮上した。するとまだ水面に出てないのに、黒い霧が反応してもどってくるのがわかった。そこからは、卵の方へ行かないように少し浅めに潜りながら、どうやって追い払おうかと考える時間となった。

 そんな状況がしばらく続いていた時、俺たちがやってきて駆除したという。そんな中、待っている間のことだが、少しだけ黒い霧から受ける圧がほんのかすかに減ったような気がしたとか。その時は時間経過で薄れていく、いわゆる経年劣化みたいなものかと思っていたらしいが──


『今にして思えば、盗まれた卵に霧の断片がついていたか、誘導させられた……と』

『おそらくは』


 つまりあの洞窟の中に黒い霧があったのは、コボルトたちの自業自得だという事か。もっともそれが原因で、コボルトたちは自分達のリーダーを失ってしまったのだけれど。


『それにしても、よく何かあったのがわかりましたね。もしや卵になにか問題でも?』

『問題という訳ではない。ただ、どこか喜色を帯びているような気がしたからな』


 卵といっても生物ではないが、大亀が力を吹き込むことにより感情に近いものが生成されているのかもしれない。そんな状態で、卵が喜ぶようなことといえば……やはりアレだろう。


『実はですね、あちらにいるフローリアとミレーヌは……あ、ちょっとこっちに来て』


 少し離れてヤオ経由で俺と大亀の話を聞いていた二人を呼ぶ。二人は水辺に立ち、そっと大亀に触れて話かける。


『はじめまして。グランティル王国第一王女、フローリア・アイネス・グランティルです』

『はじめまして。ミスフェア公国領主が娘、ミレーヌ・エイル・アルンセムです』


 おおっ、なんか久しぶりに二人の正式な挨拶を聞いた気がする。接触による念話のため、片手をつかえないのでそっと片方のスカートだけをつまみカーテシーをしながらの挨拶をした。


『『そしてカズキ(さん)のお嫁さんです!』』


 えっ、それも言うの? いやいや、付け足すならもっと別の事があるでしょうに。


『え、えっと、それはそうなんだけど。こちらのフローリアは聖女で、ミレーヌも聖女の素質を持っていまして。その二人が纏い付いてきた霧を浄化した際、なんらかの力を卵に与えてしまったのかもと』

『……なるほど、そうでしたか。いや、気にしなくても大丈夫です。良い事はあれど、悪き事は何もありませんから』


 そう言われてほっとする二人。まあ、自分たちの年齢……というか寿命よりも長い年月かけて蓄積したものが、不手際でおかしくなってしまったらと思うと不安だったのだろう。


『ともかく、お主たちには世話になった。だが、見ての通りわしはこの湖からまともに動けない。動けないこともないが、ヘタに歩き回るとちょっとした災害が徘徊するようなものだ』

『なあ、その大きさですからね……』


 手つかずの自然の山に、突如直径30メートルほどの物体が歩き回れば、それだけで色々と問題になるだろう。それにそれだけの大きさなら、重量も相当なものだ。それが地盤の脆い山頂付近で動けば、地盤陥没や崩壊、ヘタをすれば山崩れの危険性もある。


『何かお礼をしたいと思っても、出来ることは限られてしまう。申し訳ない』

『いえ、見返りが欲しくてやったわけじゃありませんので……』

『そうか。何か思い付いたのであれば遠慮なく言ってくれ。……もっとも、わしができることなどそうは無いが』


 そういって少し残念そうに言う。まあ、湖の(ぬし)と呼ばれるほどの存在に、何をさせたらいいんだって話なんだけど。いずれ何か思い付くだろうから、その時にでもって感じかな。


『わかりました。機会がありましたら、また』


 そう言って俺は触れていた手をそっと離す。その後、フローリアとミレーヌも何か話したようで、しばらくしてからそっと頭をさげて手を離した。

 ただ、何故か二人が話しかけた後、どこか笑みをうかべたような雰囲気があった。当然相手は大亀なので、そこに笑顔が浮かんでいたかどうかは不明なのだが。




 帰路においては、またフローリアをスレイプニルに乗せた。というのも、やはり聞きたい事があったからなのだが。聞きたい事というのはもちろん最後に何を言ったのか。まあ、言いたくないのであれば別にかまわないと言ったのだが。


「そう言われて、言わないわけにはいかないです。カズキはわかってて言ってますね」


 はい、そういう部分も多少あります。俺が素直にみとめると、少し溜息をついて話し始めた。


「それほど大した話はしてないですよ。ただ、やはりずっと御一人だと寂しいのではと、少し心苦しかったですがお伺いしました」

「……返答は?」

「寂しい……という言葉の意味を暫し忘れていた──と。時々やってくるコボルトも、目障りだと思いながらも日々の退屈を紛らす存在だったかもしれないとの事でした。だから、久しく今日のように言葉を交わすこともなく、とても……楽しかったそうです」

「そうか、楽しかった……か」


 空高く飛んでいるスレイプニルに乗りながらも、さらに上を見上げる。そこには雲一つなく、抜けるような青空しかなかった。こんな青い空も、一人で見るのと誰かと一緒に見るのでは、きっと違う色に見えるのかもしれない。そんなことを考えていると、俺の前に座ったフローリアが背を預けるようにもたれかかってきた。


「時々、お会いしに行きたいですね」

「そうだね。一応あの山頂にポータルは設置したけど、今日みたいに川を遡っていくのも悪くないかもしれないな」


 持たれてきたフローリアをそっと後ろから腕を交差して抱きしめる。何故か、今少しだけだれかに触れていたい気分になったから。

 フローリアは俺のそんな行動に一瞬驚いたものの、すぐに笑みを浮かべて腕に手をそえてくる。


「なんだか、今日のカズキは甘えん坊ですね。くすっ」

「そうだな。でも、もう少しこうさせてくれ」


 そう言って、もう少しだけ強く抱きしめた。とても小さく感じたフローリアの身体が、なぜかとても大きな存在に感じた。大亀の卵じゃないけど、フローリアの聖女の力に惹かれたのかな。


「もう、カズキったら。でも仕方ありませんわね、なぜならば──」


 苦笑しながらも俺を優しく許してくれるフローリア。なんか、今までで一番聖女様っぽい感じがするような気がする。

 そんな事を思っていたのだが、次のフローリアの言葉で俺は一瞬にして我に返ってきた。

 ……なぜならば。




「──あと10日で、私もついに15歳ですからね」




 ………………えっ。


 驚きで体が固まる。そんな俺を訝しげに……ではなく、微笑んで振り返るフローリア。どうやら俺が知らなかったことをわかっているらしい。いきなりの情報に焦っているところへ、フローリアからの追撃の言葉は。


「15歳は、こちらの世界では大人なんですよ。その意味、わかりますよね。うふふっ」


 そういって微笑んだ。すごく綺麗で、すごく惹かれるその笑顔は……先程俺が一番だといった聖女の微笑みとは、まるで違うものだった。


 ……どうしよう、本当にどうしよう!



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