266.それは、取り返した探し物
「!?」
飛び出してきたコボルト達は、洞窟の外で待ち構えていた俺たちを見て驚きの様子を見せた。どうやら、外に他者がいることを警戒する事も出来ないほど慌てていたらしい。何より、出てきたコボルト達はろくに武器ももたず、ただ闇雲に逃げてきたような様子だ。
元々コボルトくらいの魔物であれば、武器をもっていようがいまいが何の変化もない。さっくり討伐は出来るのだが、どうもコボルトの様子がおかしい。今すぐにでもここから離脱したいという、そんな感じにしか見えなかった。ただ、俺たちがいるためにどうしていいかわからずに立ち往生している様子だ。
「しかたないか。ミレーヌ! ホルケをけしかけて追い払ってくれ!」
「は、はいっ」
魔物ではあるが、今目の前でオロオロしているコボルトを討伐すのは、いくらなんでも良心が痛む。なので同属種というわけではないが、犬狼種という括りで考えるに、フェンリルであるホルケならばコボルトどもを脅して退去させるのは容易だろう。
そんな訳でミレーヌ頼んでホルケに少し、追っ払ってもらうことにした。結果は……成功。ホルケが強く雄叫びにもにたひと吠えをして歩み寄ると、今まで以上の危機感を顔ににじませあっという間に逃げ去ってしまった。
「……無駄な殺生はしないという感じかの?」
「うん。流石にあの状態のコボルトを叩きのめすのは気が引けるから」
とりあえず出てきたコボルトたちは追い払った。ヤオに確認してもらったが、この場から立ち去っていくコボルト以外には周辺には何もいないようだ。ただ、やはり洞窟の奥になにかいるらしい。
そこで先ほど逃げてきたコボルトたちを思い返すが、ごく普通のものばかりだった気がする。
「ということは、洞窟の奥に……」
「いるんじゃないかな? キングかロードが」
俺の疑問をゆきが肯定する。となると、先ほど洞窟から響いてきた音、あれはそいつの雄叫びだったのかもしれない。どっちにしろ、この奥に大亀から頼まれた卵があるのだろう。ならば入らないわけにはいかない。“虎穴にいらずんば虎児を得ず”とも言うじゃないか。虎要素皆無だけど。
隊列を組んで洞窟を進む。幸いにもほぼ一本道で迷う事は無い。時折落ちている武器や道具は、コボルト達が使っていたものなのだろう。
洞窟の奥からは時々うめき声のようなものが聞こえる。暗い洞窟ではあるが、俺達は可能な限り足を速めて奥へと向かった。そしてある程度進んだ先に、大きく開けた空間が広がっていた。天井等に群生したヒカリゴケの光なのか、洞窟内にもかかわらず随分と明るい。
そんな洞窟広間に──いた。
頑丈そうな躯体をもち、コボルト種特有の頭をした魔物で、その様子からしてやはりロードクラスのボスモンスターだろう。
と、ここまでは予想通りだった。だが──
「カズキ。あれは……」
目の前のコボルトロードらしき姿を見たフローリアが、驚きながらも聞いてくる。
「ああ。おそらく、あの黒い霧による影響だろう」
そこにいるソイツは、全身がただれたようになり悪臭を放ちながら立っていた。うめき声をあげならが、侵入者である俺たちを見ておそいかかってくる。
それを見て、沈痛な面持ちを掲げるフローリア。彼女が聖女である……という理由以外にも、そんな顔をしてしまう理由はある。それは彼女の獣魔であるサラスヴァティ──ヒュドラとの出逢いの事だ。当時のヒュドラは黒い霧にまとわり疲れ、俺たちが見つけなければ火竜のところで見たドラゴンゾンビのようになっていた可能性がある。そして今目の前にいるこいつは、既にその意思が失われ身体も侵食されていた。その事は別にフローリアが悪いわけじゃない。それでも目の前でその光景を見てしまうと、自分の責任を感じてしまうのだろう。
どう声をかけたらいいのか、そう思っていた時だった。
「お兄ちゃん! 奥になにかあるよ!」
「何っ! ……あれがっ!?」
この中で群を抜いて身体能力が高いミズキが、洞窟奥で仄かに輝いている物体をみつけた。ここからだとよくわからないが、多分あれが“卵”なのだろう。
だが、驚いたのそれだけじゃなかった。
「カズキ! 卵の周りにも霧がある!」
「何だと!?」
ゆきの指摘に驚き、遠くの卵を凝視する。暗くてわかりにくいが、たしかに卵の周りの空気がよどんで囲むようにしているようだ。どういうことだ? まさか盗まれた卵を追跡してきたのか?
いや、今そんなことを考えてる時間はない。
「フローリアとミレーヌは、卵のところへ行き霧を浄化してくれ!」
「はい!」
「わかりました!」
「エレリナとゆきは二人の護衛に! 武器は魔力を通した双短剣で!」
「「承知!」」
指示をするとホルケに乗ったフローリアとミレーヌ、それを追随する狩野姉妹はすばやく卵の方へ。霧の浄化は二人にしかできないが、寄って来た霧を追い返すのであれば、魔力を通した武器でなら可能だ。幸い狩野姉妹にはギリムにつくってもらった双短剣があったので、それでフローリアたちのサポートも出来るだろう。
「俺達はあのコボルトゾンビの討伐だ。だが状況がわからないから、一応フローリアたちが霧を浄化するまでは大きな攻撃は控えてくれ」
「わかった」
「ふむ、了解じゃ」
二人に指示を出してから、改めてフローリアたちを見る。ホルケにまたがって一足飛びで向かったおかげか、すでにまとわり着いていた黒い霧は見当たらなかった。今はゆきとエレリナが二人を挟んで周囲を警戒しており、フローリアとミレーヌは卵にそっと手をかざしていた。先ほどの様子では少しばかり卵にも霧がまとわりついていたので、それらを浄化しているのだろう。
今だあの“黒い霧”の正体はわからないが、どうにも嫌な感じだ。俺のこのカンみたいなものは、こっちの世界では残念ながら結構あたる。なのであまり考えないようにしていたのだが、いつか面倒な災いにでもなられたら厄介だな。……なんていう思考がフラグにならないことを祈ろう。
ともかく、もうあっちは大丈夫そうだ。
「ミズキ、ヤオ。もう大丈夫そうだ、倒してもいいよ」
「うん! では、見てください師匠!」
「うむ! やってみせよ」
……また不定期師弟関係してるし。たしかにもう緊急を要する場面じゃないからいいけど。
「はぁぁぁ……」
腕に拳を装着して、息を吸いながら右手を後ろに引き構える。そして、
「やあああッ!!」
掛け声とともに、一瞬で踏み込み左足を軸にしながら上半身の回転と共に右腕を前へ出す。その拳がコボルトゾンビの正面にぶち当たり……打ち破って貫通した。一瞬「へっ?」と思ったが、ゾンビであるならその身体は脆くなっているのかもしれない。とはいえ、元素材がコボルトロードなら、そこそこの強度ではあったとは思うのだが。
だが、そんなミズキの一撃をうけたコボルトゾンビは、ボロボロと崩れるようにして体が端から崩れ霧散する。空手でいう残心の時間ほどで、すでにその姿は半分以上消えていた。
はぁーっと息を吐くミズキの拳を見て、俺はあることに気付く。
「ミズキの拳……ひょっとして誰かの魔力が?」
「そのようじゃな。あれはおそらく聖女の魔力じゃろう」
「フローリアの……なるほど、それであんなに……」
どうやら予めフローリアの魔力を込めておいたらしい。たしかにそれなら、ゾンビなどのアンデッド系には何倍もの効力を発揮するだろう。
とりあえず、この洞窟にすんでいたコボルトのリーダーはいなくなった。逃げていったコボルト達が戻ってきても、今までのリーダーはいないのでどうするかは知らないけど。
ともかく今ここでの危険因子は排除したので、まずは卵のことろへ行こう。
フローリア達のところへ行くと、ミズキがじーっと卵を見ていた。
「何か見える?」
「いいえ、特には。やはり生物ではないので、私の魔眼では推し量れないようです」
全員の視線が卵に向けられる。便宜上卵とは言ってるが、これは大亀の記憶で記録を残したものだ。なので当たり前だが、ここから何かが生まれるわけではない。
もしこれが本当に生物の卵なら、こういう状況になるといきなり殻にヒビがはいって、そして赤ちゃんが生まれる……なんてお決まりの展開もあるだろう。……そんなの御免だ。
「……割れないね」
「慌てるカズキが見たかったです」
ゆきとエレリナが厄介そうな話をしている。どうもこの二人は現実の旅行で、前以上に結託しておれをいじるようになった。具体的に言うと、エレリナが俺に対して色々遠慮しなくなった。いいことではあるが、ゆきと姉妹そろうとどうにも太刀打ちできない。
「とりあえず戻ろうか。この卵は……」
「私とミレーヌで持っていきます。戻りは二人でホルケに乗ります」
「はい。私とフローリア姉さまに任せて下さい。それでは、ホルケお願い」
すっと背を低くし、卵もったフローリアが乗り、その卵をはさんでミレーヌがのる。
「それでは皆さん、戻りましょう」
そう言ってそっと卵をなでる。
すると卵が、仄かに明度を変えて明滅する。気のせいか、少しふらふらっと揺れたようにも思える。
……えっと、これ生物の卵じゃないんだよね? 大丈夫だよな? 移送中に生まれたりしないよな?




