265.そして、探し物を求めて
『えっと……“卵”?』
『ああ、卵だ』
俺の聞き間違いかと思ったが、どうもそうではないらしい。いきなりな話題だが、どうにも理由があるようなので詳しく聞くことにした。
尚、俺自身は目の前にいる主こと大亀と念話で直接対話しているが、他の人たちは俺たちの会話の声をヤオ経由で聞いている状態だ。なので一応皆の代表として会話をしている。
『それで、その卵というのは……あなたの卵ですか?』
『ああ、そうだ。正確に言えば、わしの知識や記憶を蓄えて、未来に託す存在だ』
『……詳しく』
そこで話を聞いてみると、卵と言っていたものは大亀の知識などを蓄積していくものだとか。形状は卵に似て、普段は水辺に置いた状態であったと。その卵に、長い年月をかけて自身の記憶などを延々と蓄積していたとか。
「それって、つまり……」
「日記、みたいなものでは?」
「だよね、私もそう思った」
話を聞いていた皆がそんなことを言っていた。うん、俺も少しそんな気がした。でもあれだ、いわゆる鍵付き日記みたいなものだね。他の人じゃ見れないっていうか。
何はともあれ、申し訳ないが俺の中での緊急度合がだいぶおさまった。今すぐ何かしないといけない、みたいな案件ではなさそうだ。
『それで、その卵がどうして無くなったんですか?』
『……盗まれたのだ。おそらくはコボルトどもに』
『コボルト……』
心の中で思わず「ああ、そういえばそんなのもいたなぁ」と思ってしまった。基本的にLoUでのザコモンスターはゴブリン系という認識だが、山などの高地では、コボルトが多く棲んでいるようになっている。だからこのノース山も、中腹より下はゴブリンやオークなどの種族が多いが、それより上ではコボルトなどの半獣系の魔物比率が高くなる。
『ある時、あの黒いのがここへやってきた。どうにか追い返そうと試みたが、宙に浮かびこちらの攻撃がすり抜けてしまう始末。どうにも危険を感じて水中へと退避すると、どうやらそこまでは追いかけてこれないようだった。ならばしばし様子を見ながら、どうしたものかと考えていたのだが……』
『あの黒い霧に足止めされていた間に、いつしかなくなっていた……と?』
『そうだ。以前よりコボルトどもは時々ここに来ては探りを入れていたからな。どうにも宝石や鉱石など光るものを集める習性があるらしい。わしの卵も蓄積された力で、仄かに光を放っていたからな』
俺たちが来て、あの黒い霧を浄化されたことでようやく浮上してきたら、既にそこには卵がなくなっていた……ということか。にしては、全然慌ててないようだと聞いてみると。
『いや、これでもかなり驚いて慌てているのだよ。そう見えないかもしれないが』
うむ、見えない。でもなんか、この思考がのんびりしてるっての、亀っぽいよね。
『しかし、わしが動けばおそらくこの山の地形は変わる。それはわしにも世界にも、決して良いことではないだろう。なので良ければ皆に頼みたいのだが』
『わかりました。少し皆と相談します』
大亀との会話を一旦おわらせ、皆の方を見る。話は聞いていたようなので、すぐにでも決をとろう。
「俺はこの依頼を受けて、卵を探そうと思う。反対もしくは意見のある者は遠慮なく挙手してくれ」
そう言ってざっと見渡す。皆の性格からすれば反対はないだおるけど、何か見落としや疑問があるかもしれないからな。だが、特に誰も挙手しない。
「……ありがとう。それじゃあこの依頼を受けようと思う」
「了解じゃ。それじゃあまず、わしとその大亀でコボルトどもの居場所を探ってみるかの」
そう言ってヤオが大亀の方へ行くので俺もついていく。
『そういう訳で、わしらがお主の依頼を受ける。さしあたっては、その畜生どもの居場所をさぐってみようと思うのじゃが』
『了解だ。わしは何をすればいいか』
『この湖から流れ出る川と、……そうじゃな、山中に伝う水脈にもお主の力を少し流しこんでくれ。その流れにわしの力を加えて、周囲の探索をしてみる』
『ふむ、わかった』
そう大亀が言った瞬間、その全身から強力な力が湧き出して流れていくのを感じた。色や匂いがあったわけでもなく、圧をうけたのでもないが、何かが吹きぬけたように感じたのだ。
『うむ、いい力じゃな』
そう言って今度はヤオが力を放出する。一瞬、山全体が何かを受けたような不思議な感じに包まれる。だがそれも一瞬で、すぐにもとの空気に戻る。
『どうだ? 何かわかったか?』
『主様よ。どうやらコボルトどもは、ここから少し降りた場所にある洞窟におるようじゃな』
『卵もそこに?』
『おそらくは。洞窟の奥から濃厚な力の塊を感じるから、おそらくはソレじゃ』
『というわけなので、これから取り返しに行ってきます』
『そうか、ありがたい。ただ……一つだけ聞いてもいいか。何故わしの願いをすんなりと受けてくれたのだ? まだ条件も見返りも提示していないのに』
言われてみてそういえば、と思った。まあこの大亀が古代エルフや火竜の知り合いだからってのが一番なんだろうけど。それに──
『実は私は、この川の途中にある土地の領主なんですよ。そこはこの川からの水を街に引き、皆が住みよいところへとするように今一生懸命整備してます。なのでここの川、そしてその川の元になる湖には感謝をしています。勿論、その湖の主であるあなたにもです』
『……感謝する』
『はい。でもそれは、ちゃんと卵を持ち帰ってから言ってください』
『わかった。では、お願いする』
そう言って頭をさげる大亀。よし、それじゃあ出発するか。
とはいえ、今度は目的地がある程度わかっている状態での移動だ。ヤオが場所を把握しているので、フローリアと場所を交代して今は俺と一緒にスレイプニルに乗っている。フローリアはどうかなと見てみると、馬ではないが麒麟も外見的に似ているからか、いとおしそうになでたりしてご機嫌だ。
「ねーねー、カズキー」
「ん? どうした」
飛行移動中、すーっと横にペガサスのルーナがやってきた。それに騎乗しているゆきが、何か聞きたいことがあるようだ。
「コボルトって、あの犬みたいな頭の魔物だよね?」
「LoUではそうだな。だから多分この世界でも同じだと思うぞ」
コボルトという魔物は、結構姿かたちが諸説ある。ゴブリンと同義にしている場合もあれば、ノームのような存在だったり妖精だったりと色々だ。ちなみにLoUでは小柄で頭が犬のようになっている魔物だ。獣魔ということで、山間部で生息しているという設定がされている。
「それで、そのコボルトが光物を集める趣味があるから、今回卵をとられたんだよね」
「まあそうだけど……なんかカラスの習性みたいだな。身も蓋もない言い方を……」
「じゃあさ、じゃあさ! なんかその、宝石とかそういうのを溜め込んでるかもしれないよね?」
「あー……そういう事もある、のか?」
確かにない事もないだろうけど、そう都合よくいくだろうか。これがLoUのダンジョンであれば、大きく2パターンに分かれる。
一つは、特別な固定の宝は存在せず、何度もリポップを繰り返すタイプにダンジョン。MMOなんかで延々とプレイヤーが潜って徘徊するのはこのパターンだ。
もう一つは、プレイヤー個人が持っているフラグ管理により、最深部でイベントやら何やらでレアアイテムを入手できるパターン。こちらの場合は多くの場合が個人で挑んだりするクエストのみで出てきたりするものだ。
今回の場合は、あえて言うなら前者だ。もっともこの世界とLoUは違うものだけど。
そんな事を話しながら飛んでいると、
「主様よ、あそこじゃな」
ヤオが言う方を見ると、少し木々に覆われて見えにくくなっているが、岩肌に洞窟が見えた。洞窟の周囲にコボルトたちの姿はないが、あそこへ直接降りないほうがいいだろう。
ヤオによれば風は山頂側から吹いているとの事なので、少し洞窟の下側へ一度降りた。ここから少し昇って洞窟へいくことになる。
警戒をしながら、念のため先頭をヤオにして進む。とりあえず洞窟の外にはコボルトはいないらしく、また周囲に他の魔物もいないとのこと。
洞窟入り口の前に到着した。相手は小柄なコボルトなのだが、入り口の大きさが思いのほか大きい。洞窟というのは魔物が造った物もあれば、自然発生した場合もある。この場合後者かと思ったが、もし前者であるとすれば。
「コボルトのキングやロードがいるかもしれない」
「能力的には?」
かつて冒険者なりたてでオークロードを討伐したミズキは、コボルトならどんなもんかと興味があるようだ。まあ、ミズキの実力からみれば、どれが来ても対してかわらんけど。
「身体的には大幅強化されて、おそらくは魔法を使用してくる。だけどお前の敵じゃないよ」
「そっか」
そう言う顔には、別に不満が出ているわけではなかった。もし、強敵との出逢いにガッカリする、そんなバトルマニアっ娘になってたらとハラハラしちゃったぜ。
「ともかく、引き続きヤオと……そうだな、ゆき。先頭を頼めるか?」
「いいよ。それじゃあ──」
斥候というわけじゃないが、探知係のヤオと隠密行動にすぐれたゆきを先頭にして洞窟へ入ろうとしたその時。
“────!!!!────”
洞窟の奥から、空気が振動するような音の響きが飛び出してきた。音という感じよりも、もしかしたら声なのかもしれない。いわゆる魔獣の鳴き声のような。
「今のは……?」
「うむ。どうやら何かおかしなことになっておるようじゃな。ホレ」
「え? ……あっ! 何か洞窟から来るよ!」
そうゆきが言うと、洞窟の奥から何かがこちらへかけてくるような音と振動が伝わってきた。
「フローリア、ミレーヌさがれ! ホルケを出して側にいろ! エレリナは二人の警護を!」
「「「はい!」」」
すぐさま二人は後方へ下がり、その前にエレリナが立つ。一度送還させたホルケをすぐに呼び出す。
「ふむ、どうやらコボルトたちが出てくるようじゃの」
「コボルト? まさか──」
「じゃがどうも様子が変じゃの。まるで何かから逃げてるような感じじゃな」
「逃げ……?」
どういうことだろうと疑問に思ったが、それを考える時間はなかった。
俺たちの目の前にある洞窟から、コボルトたちが慌て逃げるように飛び出してきたからだ。




