263.そして、川を遡ってみた渡ってみた
それから数日後、俺は皆とクエストへ向かうこととなった。思い立ったのは、先日アリッサさんたちを彩和へ案内した日だが、それから皆に予定を伺って全員が集まれそうな日が今日だったのだ。
といってもまあ、基本的にフローリアとミレーヌの都合がつけば大丈夫なんだけど。エレリナさんはミレーヌと同行してるし、ミズキやゆきは基本毎日自由に過ごしている。時々ヤオが稽古をつけたりしてるようだが、それも自由行動の範疇ということで。
……さて、今回のクエストだが。
「カズキ。今日の目的は、ノース湖に棲まうと言われている主ですよね?」
「ああ。スレイスで会った火竜曰く、どうやら大亀らしいんだけどね」
ノース山の山頂湖であるノース湖。そこに主がいるとう話は有名だが、その正体を把握している人はどやらいないらしい。なのでおそらく亀だろう……という当たりをつけている俺たちが、一番真相に近いのかもしれない。
「カズキさん。行先がノース山の山頂湖ということは、そこまで飛んでいくのですか?」
「その予定だが、真っ直ぐ山頂へ向かうんじゃなくて、ヤマト領から川を遡って行こうと思う」
「どうしてですか?」
「一番の目的はノース湖の主の確認、それと出来たら話をすることなんだが、そこから領地まで流れている川についても、安全性とか視認しておきたいからな。まあ、ノース川は領地より先で王都へ流れているから、行く行くはその付近までも見ておきたいけど」
湖から領地まで流れている区間が、どうなっているかは少しばかり気になる。今の所川途中の地形の影響による氾濫などは起きてないようだが、もし地形的に土砂崩れや過度な降雨での放水が今後ないとも限らない。なので予防視察の意味を込めて、先んじて見ておきたいのだ。
すると話を聞いていたフローリアが笑顔を浮かべてやってきた。
「わかりました。では、私は飛行手段がありませんので……」
そう言って俺の腕をとって抱き付くようにする。
「カズキのスレイプニルさんに同乗させていただきますわね」
「あ、ああ、そうなんだけど……」
そのつもりではあるが、なんで腕を抱いてるんだ? というか、いつもにも増して随分積極的な感じがするのは気のせいだろうか。
正直なところ、こういう感じで接してくるのは主にミレーヌだったと思うんだが。そう思っていると、当のミレーヌがそっと隣にきて耳打ちをしてくる。
「実はその……領地運営の人選で、フローリア姉さまが色々と頑張られまして。結果として王侯貴族の皆さまからの同意と助力は得られたのですが、かなり苦労をしてましたので。それがようやく終わってとにかく甘えたい! という心情なんだと思います」
「そう……なのか?」
「はい。自ら申し上げるのはいかがなものかと思いますが、この数日の私の成果はカズキに褒めてもらいたいという一心でしたので」
「そっか。ありがとう、フローリア」
おそらくは俺じゃできないような事を、色々してくれていたのだろう。こんなまだ14歳という女の子が。そう思うと労いや感謝だけじゃなく、大いに慈しむ感情が湧きあがりそっと抱き返してあげた。その際腕の中から「くふぅーっ」と、どうにも耳慣れない……声? 息? が聞こえたが、まあスルーしよう。
そうして抱きしめて、さてどうしようかと思っていたら「さあ、そろそ行きましょうか」とフローリアが言ってくれたので、すっと手を離して出発することに。どうやら満足してくれたようで。
こうして、フローリアは俺呼び出したスレイプニル、ヤオはミレーヌのホルケに騎乗。他は自分の召喚獣に乗って、川を遡って飛行するというちょっとばかり特殊な登山がはじまった。
川の上を何匹もの獣魔が飛び進んでいくという、思わず二度見三度見するような光景になっていた。
そもそもが、いまここにいる獣魔が全て特殊すぎる存在なのだから。スレイプニル、フェンリル、ペガサス×2、麒麟。並大抵の魔物では、触れる事すらできないレベルの物たちばかりだ。
そんなすぐれた獣魔ばかりなので、いまさらだが飛行は快適だ。しかも、
「空気が気持ちいいですねカズキ! これは川の上だからでしょうか?」
「だと思うよ。水の流れの緩急などで破砕されて空気と混ざると、マイナス荷電粒子が発生するらしいからね」
「マイナスかでんりゅうし?」
何の気なしで発した言葉に、横をとんでいたゆきが聞きかえしてくる。おっと、ゆきが分からない言葉ならば、他の人にももっとつたわらないか。
「別名マイナスイオンだよ。そのため気分が落ち着いたりするらしいけど、まあそう言われてるだけで、明確な説明はされてないっぽいけどね」
「……カズキは時折、学者でも知らないような事を知ってますね。それらは現実での常識なのですか?」
「常識ってほどじゃないけど、まあ皆それなりに知ってるかな」
「そうなんですか。大変ですね、あちらの世界は」
そう言われて少し考えてみる。実際のところ今話した知識は、テレビとかでマイナスイオンがどーたらこーたらと話すのを、何度か見てて覚えたレベルの知識だ。だがフローリアの言うように、学校という施設に義務教育として通っていたため、個人の差異はあるものの一定基準以上の知識は皆もっている。
そう考えた時に、ふと先日向こうで温泉旅行をしていた時の事が浮かぶ。
「やはり、こっちに……というか、ヤマト領に学校みたいな施設が欲しいかもしれないな」
「学校といいますと、以前お話されてました子供たちに勉強を教える場ですね」
「ああ、そうだ。といっても勉強にかぎらず、色々な事を試しながら自分の得意なことや、将来やってみたいことなどを模索したりする。あと、同年代の人との出会いの場所にもなるしな」
「でもカズキ、学校となると教える教科とかどうするの? っていうか先生は?」
「先生は……ほら、以前ゆきにも少し話したことあるだろ」
「そういえば、狩野一族でそういう指導に長けた人を、教師にしてみないかとかいう話をしたことあったね」
別段、最初っから大がかりな学校を目指す必要はない。なんだったら寺子屋的な……いや、最初は塾レベルのものでもいい。まず、子供たちがそろって一緒に勉強なり運動なり、そういう事をしていく場所を提要するのが前提だ。
基本的に王都では、希望者は教会で簡単な読み書きなどを教えているらしいが、そういう事を義務として無駄なく、ちゃんと定着させるべきだろう。
あまり気にしてなかったが、一度王都の教会を覗いてみるか。神官系の転職機能くらいしか実装しなかったから、そんなに見た事なかったんだよな。……あ、でもこっちの世界だと未実装だった結婚関連が、普通に行事として行われる場所なのかもしれんな。別の意味でも見てみたいかも。
そういった話をしながらも、視線はちゃんと川とその両岸を見ていた。川が曲線を描いているような場所では、外側は土などが削り流され大きな岩がむき出した壁になっており、内側はちょっとした河原になっているような感じの場所も多い。
そんな中、ふと前方を見るとけっこう幅広い流れが広がっているのが見えた。川ではあるが、かなりの川幅をとっており、一見ちょっとした湖に見えなくもない。だが、上から見るにどうも全体的に川底がみえるようだ。万遍なく浅いように思える。
「皆、ちょっとそこの河原に一旦降りよう」
別に危険を感じたとかではないが、ちょっとした羽休めというところか。後これは……そうだ! 河原でのキャンプイベントとかで最適な場所だな。実際降り立ってみると、何ヶ所か焚火の跡とかがある。普通に冒険者たちがここで野宿をしたのだろう。
ざっと見て総面積は、学校の運動場くらいはあると思う。河原ということで幅が狭い分、長さが結構あるようだ。
スレイプニルから降りた俺に、皆がよってくる。
「お兄ちゃん、何かあった?」
「いや。ちょっと開けた場所だったから、将来何かにつかったりできないかなーって思って」
そんな俺の言葉を聞いたフローリアは、辺りを見回した後ノース山の位置を確認して言った。
「この河原もまだグランティル王国領土ですね。ということは、後々にヤマト領に含まれるかと」
「もしかして、ノース山も含む辺り一帯がヤマト領になる?」
「おそらくは。ここまでの川の通り道が、思っていたよりも山寄りだったので、多分河川領域も全てですね」
「そっか。そうなると、これだけの河原はやっぱり有効活用したいな」
一番簡単なのは、以前商業ギルドのアイナさんに話したような、魔輝原石に【ワープポータル】を登録し、それの行先をヤマト領とこの河原にし、それを運用するという方法だ。だがそうなると、そういう手段があるという事を大々的に広めてしまうことになる。それは避けたいので、アイナさんにも重々注意するように言い含めてある。
なのでまあ、この地の運用は後々考えるとして。
「フローリア。ちょっとお願い、いいかな?」
「はい、なんでしょう」
川を見ていたフローリアに声をかける。お願いというは、この目の前の川の深さを見てもらいたいのだ。一見河原からゆったりと深くなっているようだが、こういうのは見えない所で川の流れが強くなっており、いきなり深くなっていることも珍しくない。
なのでそれを知りたいと思ったのだが、一番わかりやすい方法はフローリアにお願いすること。なぜならば──
「それじゃあフローリア」
『はい。では行きますね』
そう言ってザブザブと水の中へ入っていくのは、フローリア──ではなく、彼女の召喚獣であるサラスヴァティだ。元々はヒュドラという蛇の魔獣であったが、フローリアの獣魔となり聖魔獣となった。
今回はその力で、以前のようにフローリアの姿になってもらった。それで何をするのかというと。
「おお、随分と歩いてるけどまだ進めるのか」
『はい。川の流れも思ったよりゆるやかですし、何よりまだまだ足が届きますね』
事実川を横切っていくフローリア姿のサラスヴァティは、その水位が腰にかかる程度のまま歩いている。つまり、彼女(?)がいる場所は川幅3分の1ほど進んだ場所だが、まだその辺りは子供でも足がつくほどの深さだということだ。ひょっとしたら小学校のプールより浅い?
「……なんか、川のなかを進んでるの見てると、わんぱくなお姫様みたいだね」
『聞こえてますわよミズキ』
ボソリと発したミズキの言葉にフローリアが反応する。実際いま水の中をあるいているのはサラスヴァティで、フローリア本人は俺が倒れないように抱いている。その本体に聞こえるようにミズキがしゃべったので、聞こえてしまったのだろう。あ、なんで俺をにらむんだよミズキ。
そんな事をしている間にも、いつのまにか川の3分の2を進んでしまっていた。これってやっぱり。
『カズキ。どうやらこの辺りで一番深いのは、川の中心付近ですね。それでも私のお腹に少し触れるほどでした。今はもうまた水位が腰ほどにまで下がってます』
「やっぱりそうか。上空から見て予想はしてたけど、ちょっと面白いな。ありがとう、戻っていいよ」
『はーい』
そう言った瞬間、遠目にみていたサラスヴァティの光がはじけ以前みた聖獣魔の姿にもどる。それと同時に俺が抱えていたフローリアが、がばりとだきついてくる。
「お、とっ……」
「ふふっ、ただいまですわ。さあ、労ってくださいな」
「あっ! ちょっとフローリアまたっ! いくらなんでもちょっと多過ぎ!」
「フローリア姉さま、そろそろ私もカズキさんに抱き付きたいです!」
その様子をみていたミズキとミレーヌも、私も私もと抱き付いてくる。今日はフローリアが少し過剰なせいで、他も誘発されて過剰気味になるのか。……でもまあ、最近コレが照れくさいけど嬉しいんだよな。随分ダメな男になったかもしれん。いかん、ニヤけてる。
そんな俺達をしり目に、サラスヴァティが川を戻ってきた。すすーっと水面を滑るようにきたものの、主が余所事に夢中なので岸辺で律儀に待機している。
そんなサラスヴァティを見てヤオが、
「ご苦労様じゃ。まあ色々あるやもしれんが、困った時はわしに話してみよ」
と声をかけていた。それに対して、深々と頭をさげるサラスヴァティ。
いつしか八岐大蛇であるヤオは、同じ蛇を素とするサラスヴァティとの関係性をもっていたようだ。
そんなヤオの目もどこか優しげであり、サラスヴァティの目も安堵の色が見えるのは、きっと気のせいじゃないのだろう。




