258.そして、改めてよろしく
追記:5/17の更新はお休みします。平日は仕事の都合で時間がとれない事が多々ありますので、更新出来ないことが多いです、申し訳ありません。
最終日の朝食は、ホテルでのビュッフェだった。何となくビュッフェもバイキングも同じように思っていたけれど、どうにもバイキングってのは日本だけのいい方らしい。後、なんかビュッフェの方が上品に聞こえると思う。イメージとしてはビュッフェ=フリーの立食形式って感じだけど、バイキング=食べ放題って感じだ。やってることはほぼ一緒なんだけど、食べる側の気持ちの問題かな。
朝食を済ませて少し休んだ後、俺達はチェックアウトをした。このホテルは駅の側で利便性はいいけど、温泉宿ってわけじゃないから露天風呂とかもない。いわゆるビジネスホテル的な感じか。
ホテルを出てまっすぐ運河観光へ向かう。予約をしておいた運河クルーズを楽しむことにした。そういえばほとんどの人は船になんて乗ったことなかったそうだ。ましてや、こんな小さいのにエンジン付きで動く船なんてのは、あたりまえだが異世界にはない。おかげで最初は周囲の風景より、船の方にみな意識が向いていたみたいだった。
だが、俺達以外の観光客はちょっと反応が違っていた。やはり目立つのはフローリアとミレーヌ。それぞれ、白と薄ピンクのワンピースを着こなす姿は、まるでどこかのご令嬢かと思わせる雰囲気だった。実際のところご令嬢どころではないのだが、そこはまあ言う必要もないわけで。
ともかく一緒に船にのった他の観光客、外からみていた他の観光客、ついでにクルーズスタッフさんからも注目を浴びていた。まあ、不幸中の幸いとでもいうか……そういう視線に段々と俺達も慣れてきた気がする。向こうの世界ではちゃんと王族貴族と認知されてるし、俺自身が爵位を受けてしまったし。
ただ、少しだけ気になったのでゆきに話しかける。
「けれど、今回の旅行中でもここでの注目度が一番大きくないか?」
「多分だけど、ここが“観光地”って事だからじゃないかな。特に二人は“日本の観光地にやってきた外国のお嬢様”って見られてるんだと思うよ。もともと運河で船にのってる人は、川沿いを歩いてる人から見られてるのに、その中でも目立ってるからね」
「そういうことか。そういや昨日の温泉宿とかだと、あのおばあさん達以外はほとんど話しかけてこなかったな」
「まあね。あそこは宿だからこそ、逆に地元のおばあさん達以外は声をかけずらかったんだと思うよ」
「……なんか日本人っぽい部分かもしれんな」
「そうだね」
そう言いながらフローリアとミレーヌを見るが、やはり注目されることに慣れているのか、時折手を振ったりして歓声を浴びている。なんか王国のパレードと同じ感覚でいるのかもしれん。
ともあれ楽しく運河クルーズも終わった。ちょっとした人だかりになってどうしようかとも思ったが、その後は別に観光客が押しかけるような事もなかった。出先でちょっと珍しい光景に出会った、くらいの感覚だったのだろう。ともあれ騒動を引きずることもなく安堵。
その後は、のんびり徒歩圏内での散歩と観光。小樽は結構雰囲気のある建物も多く、観光客向けに多種なお土産もあって飽きずに見て回れた。
そんなこんなで昼食タイム。小樽での食事に関しては、全てゆきに一任している。その事に関して多少は不安もあったが、さすがに元地元である地の評判を落としたくないのか、フローリア達に不評を買いたくないのか、お遊びもなくきている感じがする。そんなゆきが連れてきてくれたのは──
「ここだよっ」
「……回転寿司?」
「ピンポーン」
そう、回転寿司である。確かにこのメニューであれば、皆も何度か食べてるし安定定番メニューと言えなくもないけど。でもまあ、北海道の新鮮な魚介があるのなら、間違いもないだろう。
「そっか。じゃあ入ろうか」
「ふっふっふ。覚悟すんるんよー!」
今日もテンションたけーなオイ。というか、何を覚悟するんだよ。美味いもんくわしてくれるんだろうが。
そう思って入店した俺達は──思い知った。“北海道の回転寿司”というものを。いやね、ネタが全然違うんだよ。新鮮さとか以前に、大きさがさ。まぐろとかサーモンとか、シャリの上に乗ったネタが前後におもいっきりはみ出て皿にペトッってついてるんだよ。これ東京だと2.5~3貫分のネタだろ。甘エビもさぁ、1貫に2本じゃないんだよ、これ何本乗ってるんだよって。そして何より、ボイルじゃないエビが基本なんだよ。しかもこれまたでかい。他にも色々あったけど、とにかく色々規準が違ってた。
「ありがとうございましたー!」
存分に食べた俺達は、元気な店員の声に送られて店を後にした。
その心には、なんともいえない幸せと……こんなものを食べたら、もう今までの回転寿司へは行きにくいじゃないか、という悲鳴のような思いだった。
そんな俺の心情をしってか、つつっとゆきが近寄ってきた。こやつ、店ではあえて一番離れて座ってたくせに。
「ふふふ……どうだった?」
「……やりやがったな、こいつめ」
美味しかったし、感謝の気持ちはあるが、今後を考えると「やられたー」という気持ちが強い。そして、そうなるだろうと予測していたゆきは、そりゃあもう絵にかいたようなドヤァ顔だ。うん、今なら大事な婚約者であるゆきの顔面をぐーパンチできそうだ。まあ現実世界だと間違いなう避けられるか反撃くらうんだけど。
「まあまあ、また今度来た時にでもね? また食べに来ればいいでしょ」
「……そうだな」
「そうそう。陽光にも、お姉ちゃんと会わせるって約束しちゃったし」
「そういえば、そんな話もあったか。……大丈夫か? 妹さんにはあまり異世界との関係とかは……」
「さすがに話してないってば。うまく説明できないし、こんな不思議な状況にまきこむのはね」
「まあ、そうだな」
さすがに自分の大事な妹の事だ、無用なトラブルを誘発するような事はしないか。そう思っていたら、ゆきが少し笑みを受かる。
「それに……」
「それに?」
「ヘタに話して、陽光までカズキのお手付きにされたらたまらんからね。ダメだよ、あの子はここ日本の人間なんだから。わかった?」
「へぁ? お前何を……」
「──カズキが現地妻を設けるという件について」
「うぉ!?」
ボソリと割り込んできたのはフローリア。この旅行では俺を兄呼びをする遊びを慣行しているのだが、時折マジモードになると名前呼びになる。……マジモード?
「っていうか、なんだその現地妻ってのは。全然そんなつもりはないぞ」
「本当ですか?」
「本当だ」
「なら私の目をしっかり見て下さい。正面から、しっかりと」
「お、おう」
なぜか流れでフローリアの目を見ながら釈明することに。勿論何も後ろめたいことなどないのだが、このフローリアのオッドアイを見てると、気持ちが吸い込まれるような不思議な雰囲気になる。それにしても、やっぱり綺麗だなぁ……顔立ちも可愛くて、こう見てるとなんだが……。
「カズキ、ちゃんと目を見て下さい」
「……ああ」
「しっかりと正面から……そう。そしてそのまま私を抱えるようにして……そのまま顔を近づけて──」
「ずるいです、フローリア姉さまっ!」
「は!?」
ミズキの声がなかったら、流れ的にキスでもするような雰囲気だった。あぶねえぇ。それにしてもフローリアってばなんと大胆な。というか俺チョロすぎるだろ。精神的なパラメータは現実も異世界も変化ないけど、周囲の景色が思考に影響するのかもしれんな。
ゆきも、フローリアがこんなに食いつくとは思ったなかったようで、ほんの軽い冗談だと焦り顔で説明していた。それを見ていたミズキが俺の横にきて話し始める。
「きっと、色々と心配だったんだと思うんだよね。私ももしかして……って思ったから」
「何の話だ? そもそも俺は陽光ちゃんに会ったばかりだし、そんな気持ちも──」
「わかってる。でもね、フローリアや私達が感じてるのはそこじゃないの。もっとこう……お兄ちゃんの──というか『七尾和樹』の気持ち」
「えっ」
ミズキの口から出た七尾和樹に軽く息が切れる。そして、なんとなく理解する。
「私達がお兄ちゃんに大切に想われてるのはもう信じてる。でも、こっちに来て同じ世界同じ空気をすってる人との繋がりを、どこか恐れている私達もいるの。いつかお兄ちゃんが──」
ミズキの言葉をさえぎって抱き寄せる。言おうとしている事はわかってる。俺が、元の世界に戻ってしまい、自分たちから離れることがあるんじゃないのか──と。
もちろんそんなつもりはないし、考えたこともない。だがそういう気持ちがわいても不思議じゃない。
いつしか皆が俺とミズキを見ている。俺達の会話を聞いていたのか、堂々とミズキを抱きしめているにもかかわらず、どこか不安気な視線をこちらに向ける。
抱きしめているミズキの背中をぽんぽんと軽くたたく。そしてそっと離れるが、ミズキが手に抱き付いたままはなれてくれない。しかたないので、そのまま皆の方を向く。
そして──大きく息を吐いて、俺は言った。
「大丈夫だ。さあ、帰ろう。俺達の家へ。そして──帰ろう、あちらの世界に」
俺の言葉を聞いても、不安な目を向けたままの皆。……だが、一人だけ気付いた者がいた。俺があの世界に行けるようになってから、一番近く一番長く一緒にいる人──ミズキだ。
「……うん、うん! 帰ろう!」
嬉しそうに、涙目をして頷くミズキ。その様子を見て、今度はフローリアが何かに気付いたように声をあげる。
「カズキ……今、『帰る』と言いましたか?」
「ああ」
「それはあちらの世界、私達の世界へ……と?」
「ああ、そうだ」
「っ!!」
フローリアも目から一筋の涙を流す。その口から語られた事は、
「カズキはこれまで、一度も私達の世界へ行くことを“帰る”と言ってくれませんでした。こちらの世界へ来るときは“戻る”と言い、いつもこちらに自分の居場所があるかのように……」
そう言ってフローリアが、目にためた涙を決壊させながら聞いてくる。
「で、でも……カズキは、カズキの世界、はっ……」
「ああ。俺が帰る場所は……皆と暮らすあの世界だ」
「カズキッ!」
感極まって抱き付くフローリア。右腕に抱き付いていたミズキもいつしか顔をうずめて泣いている。離れて見ていた皆も、どこか心に引っかかりがあったのだろう。笑顔を浮かべながらも涙を流していた。
俺ってこんなにも心配かけて──そして、想われていたのか──。
「ありがとうみんな。そして、改めてよろしく」
「「「「「はいっ」」」」」
俺の言葉に皆が返事をする。
いつもと同じ聞きなれた返事。なのに、いつもより心の側で聞こえた──そんな気がした。




