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256.そして、進みだす心は家族の絆

追記:自宅PC環境がほぼ復帰しました。明日(5/15)から定期投稿を再開致します。

 電車での移動なので、30分ちょっとで小樽へ到着。さすがに北海道の観光地である札幌と小樽間だけあって、移動手段は電車バス等々色々あるし本数も多い。

 とりあえずは小樽駅近くのホテルへチェックイン。さすがに今日御墓参りをして帰るのでは寂しいので、この旅行で小樽でもう一泊することになっている。勿論ここでの宿選びはゆきにアドバイスをもらったが、どうやらここ最近は小樽駅周辺もホテルが増えたとかなんとか。以前は札幌で宿を取り、小樽へは日帰りをする人が多かったのを懸念して市ががんっばってるらしい。

 そういう市町村運営話を聞くと少しドキリとするが、さすがにヤマト領周辺は気軽に日帰りできる距離にに国はおろか町も村もない。だからまあ、尚のこと宿や旅行者への対応をしっかりとしないといけない。


「えーっと……あ、こっちだね」


 小樽駅についてからは、もう本当に水を得た魚も逃げるほどの自信をうかがわせ、みんなをバス乗り場の方へと案内するゆき。とはいえ行き先は墓地──お墓参りだ。

 ゆきの生前である菅野家が所有しているお墓の墓地、そこへ行くという事だ。元々ゆきの祖父母を含め、代々そのお墓に納められているので、恐らくは自分もそこに入っているんだろうという事らしい。

 ちなみにそこへ向かうバスは駅から1時間に3本出てるとか。一瞬俺は「そんだけ?」と思ったのだが、ゆきは「3本もあるから便利だよね」との事。……そういえば、俺東京に着てからまともに電車やバスの時刻表って見てないな。始発と最終の時間を見たことがあるくらいかな。

 待つこと数分。やってきたバスに乗り込み、俺達は目的地へと向かった。




 墓地に着きバケツに水をいれ柄杓(ひしゃく)もつっこんでおく。そしてゆきの案内で墓地を進む。

 他の誰も口をひらかない。以前は『皆でゆきのお墓をお参りにいこう』とからかい気味に話していたが、当然ながらそんなことはしない。

 そして一つのお墓の前で立ち止まる。そっと身体を伸ばして墓石の側面を確かめる。


「……うん。新しく彫ったと思う戒名がある。多分、これで間違いない」


 俺たちの方をみてそういったゆきの表情は、思ったような沈痛な感じはしなかった。とはいえ何を言っていいのかという気もしたので、つい無言の時間が経過する。


「あれ? えっと、どうかしたの?」

「いやその、こういう時どういう返事すればいいのかなって……」


 ちょっと困ってるんだよ的な返事をすると、一瞬あっけに取られた顔をみせるも、すぐにぷっと吹き出してしまう。


「あっ、そっか! ごめんね! なんというかね、本当に何と言うかな……辛いとか悲しいとか、そういう感情はもう無いんで安心して。ここに来るまでは私も不安だったけど、前もって考えすぎて疲れちゃったのかな。実際ここに来て──」


 ゆきが視線をお墓に向ける。


「こうやってもやっぱり実感ないし、多分あってももう何も感じないかな。ここに入ってるご先祖様に対する気持ちと多分同じ」

「……そうか」


 ゆきがストレージからお墓に添える花を出したのを見て、俺たちもお墓の前へ。結構掃除がされているのか、目だって汚れてはいなかったので、皆で墓石の上から水をかける。一人一回ずつ。一通りかけたところで、花を添えた筒をお墓の前にゆきが添える。そして数回、ゆきが水を墓石にかける。

 そしてじっくりと手をあわせるゆきにならい、俺たちも皆手をあわせる。俺たちが皆顔をあげてからも、ゆきだけはしばらく手を合わせ続けていた。




「……皆ありがとう。それじゃあ、帰ろうか」


 そう言ってふりかえるゆき。表情に変化はないように思えたが、やはりどこかスッキリとした雰囲気が感じられた。これで本当に気持ちが切り替えられたのかもしれない。

 さて帰ろうと、バケツなどを返却するため引き返そうとしたときだった。


「えっ────」


 ゆきから息が止まるような驚きの声が漏れる。その視線が向けられている先は、どこかの家族が花を持ってこちらに歩いてきていた。両親らしき人物と一緒にいた高校生くらいの女の子は、こちらを見て「?」という表情をうかべる。


「えっと、どちら様でしょうか?」


 その声を聞いたゆきは、俺の背中にかくれた位置で漏れるような声で呟いた。


「お父さん……お母さん……陽光(ひかり)……」

「!?」


 瞬間俺たち全員が気付く。この人達はゆきの……生前の菅野雪音の家族だと。

 まさかこんな形で会うことになろうとは。勿論今ここにいるゆきは姿も年齢も違うので、例え家族でも気付くことはないだろう。というより、何故このお墓にお参りして花まで添えているのか、それをどう説明したらいいのか……そんな事を考えていると。


「はじめまして、私は狩野ゆらと申します。……雪音さんとは、生前仲良くしてい頂いておりました。遠方に住んでいますので、中々ご挨拶に伺えなくて申し訳ありません。本日は都合をつけて、こうして参った次第です」


 すすっと前に出て、会釈をしながらゆらが挨拶をする。それ切欠で、簡単にこちらが旅行で北海道に来たので、その足でお参りに来たとの話をする。


「それは遠いところから、ありがとうございます……」

「ありがとうございます。雪音もきっと喜びます」


 両親は感謝を述べて頭をさげる。お墓参りにきたのは事実だが、本当の事を伝えることが出来ないのは心苦しく感じた。そんな両親とは別に、妹である陽光ちゃんはじっとゆらを見ていた。


「……お姉ちゃんに似てるかも……」

「よく言われました」

「でも、お姉ちゃんより美人です」

「くすっ、ありがとうございます」


 二人の会話で空気が和む。ゆきのそれぞれの姉妹が言葉を交わす。そんな不思議な現象を、これまた不思議な気持ちで俺達は見ていた。

 そんな時だった。ゆらが俺の後ろにいたゆきの手をひき、ずいっと陽光ちゃんの前に引っ張り出した。


「わっ!」

「……えっ!?」


 驚いてたたらをふむゆきとは異なり、その姿を見て言葉を失い飲み込む陽光ちゃん。


「そんな、でも……顔も違う、けど…………お姉ちゃん…………」

「っ!?」


 流石にこれにはゆらも驚きを隠せない。だが、陽光ちゃんはすぐに首を横に振る。


「そんな訳ない……ごめんなさい、変なこと言って……」

「ううん、大丈夫だよ……」


 そういってゆきはそっと側により、陽光ちゃんを抱きしめる。それに一瞬驚くも、そのままそっと抱き返す陽光ちゃん。

 その光景をみて俺はゆきの両親にそっと頷いて、少しこの場から離れることにした。




「今日、雪音のお墓参りに行きたいと言い出したの陽光でした」


 二人から少し離れた場所へ移動し、しばらくして口を開いたのはゆきのお母さんだった。


「雪音が死んでからも、陽光はいつも笑顔を見せていましたが、どこか無理してる感じで辛かった。よく二人で趣味等で言い合いをしてましたが、その喧騒もぱったりと消えてしまい、どこか抜け殻のようになってしまったような気さえ……」


 苦渋を搾り出すようなお母さんの言葉。


「ですが先日、急に陽光が『今度一緒にお墓参りに行く!』と言い出したのです。私も主人も驚きましたが、雪音が亡くなって以降、陽光が自分でそんな事を言うのは初めてでした。でも行くのは、何故か今日のこの時間だと言い張って。今日は平日なので、陽光は学校、主人は会社があったのですが……」

「陽光があんな風にわがままを言ってくれたのが嬉しくて、今日は会社をお休みしてきたんですよ。そうしたら、見慣れない人達が雪音のお墓に花を添えてくれているじゃないですか。驚きましたけど、どこか納得してましたね。雪音が教えてくれたんだなって」


 そう言って再び両親は頭を下げる。そして、顔をあげると視線を遠くにいるゆきと陽光ちゃんに向ける。そちらでは、もう打ち解けたようで仲良く笑みを浮かべている二人が見える。


「私達も、前を見る頃合かしら」

「……そうだな。陽光を理由に、俺も前を向くのを恐れてた気がする」


 そう言って両親はそっと寄り添って、遠くで笑みを浮かべる二人を見ていた。ただ一つ言えるのは、その瞳に映ったのは間違いなく両親の娘だったということだ。




 あの後、暫くしてゆきが此方へと歩いてきた。それを見てゆきの両親は、もう一度感謝の言葉を述べてから陽光ちゃんの方へと歩いていった。途中ですれ違う両親とゆき()は、軽く会釈をするのみ。


「……お疲れ様。もう、大丈夫かな?」

「うーん、大丈夫は大丈夫なんだけど……」


 予想に反して、言葉を濁すゆき。その反応を見て、俺はまさか……という疑念がわく。


「まさか……自分が姉の生まれ変わりだって話したんじゃないだろな?」

「さすがにそれは無いよ、うん」


 すんなりと否定したことで、俺の言葉で驚いた皆もすぐに安堵の息を吐く。

 だが次のゆきの発言で、俺達はどうしたらいいのか迷うことになった。


「でもまあ、多分陽光は私が菅野雪音だって事、わかちゃったと思うけどね」

「はあああっ!?」


 ゆき曰く、さすがに面と向かって会話してるとわかちゃったらしいと。直接的な聞かれ方はしなかったけど、間接的に私達姉妹じゃないと通じないような会話をしちゃったとか。向こうもなんとなく事情を察して、詳しくは聞いてはこなかったらしいけど、


「また小樽(こっち)に来たら家に遊びに来てとか言われちゃった」


 テヘッとポーズをとりながらも、嬉しそうな表情を見せる。

 どこかふざけた格好だけど、その相貌から溢れた温かなものは、きっとこの先も忘れることは無いのだろうと思った。



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