254.そして、密かに広がる謎の言葉
フローリアとの会話の後、俺は今日も家族風呂へと向かった。てっきりフローリアも一緒にいくのかと思っていたのだが、
「今晩は私、同行しませんよ」
と言われた。とすると、はたして誰が……。そう思って行ってみたところ、そこで待っていたのはヤオとゆら、そしてゆきだった。
「えっと、今日はこの面子で入るのか?」
「あら。私達姉妹ではご不満?」
「いや、そういう事じゃなくてだな……」
堂々とした返答のゆらに、こちらが焦りを覚えてしまう。なんせこの家族風呂、水着はダメだったはず。となれば、当然湯船につかるときは裸となってしまう。その事は当然聞いているハズなのに。それに昨日は、それが恥ずかしいから辞退したという話だったはず。それについて聞いてみると、
「そういえば、そうだったわね。……主に、ゆきが」
「え? ゆらは恥ずかしいとか思わなかったの?」
「そうですね……。まったく恥ずかしくない、といえば嘘になりますけど」
そう行って微笑みながら俺を見て、
「でも自分が将来を託す人ならば、恥ずかしいとは思いませんよ。それに──」
「それに?」
「あえて堂々としていれば、カズキなら気を使ってそんなにジロジロ見ないですよね?」
「あ、いや、それはその……」
妙に痛いとこをつかれて返答に困る。確かに恥ずかしがって隠そうとしていると、ついついチラ見してしまう気もする。逆に堂々とされてると、こっちを見張ってるようにも感じで視線を向けることも出来ないかもしれない。
「ふふ、ごめんなさい。でも、私は見られて恥ずかしい身体だとは思っていませんから」
そう言って先に中へ入っていく。それをみてヤオもついていく。どうやらヤオは、現実では飲酒許可が出ているのが女性陣ではゆらだけという事で、風呂で酒を酌み交わすならゆらと一緒がいいと思ったらしい。
二人がさっさと入ってしまい、入口には俺とゆきが残った。
「あ、あのねカズキ。私だけその、仲間外れみたいなのはやだなーって……」
どうやら自分だけ家族風呂に入れないのは、ちょっと寂しいとかそういう感じらしい。ただ、異性と混浴することへの羞恥心は、多分一番強いんじゃないのかぁと思っている。
「……ともかく入ろう。安心しろ、恥ずかしいだろうからそんなにジロジロ見ないから」
「んー……その言い方だと、ある程度は見るって宣言してるようなもんだけど」
「まあ、そのあたりは、なるようになれだ」
「……はぁ。まあ、仕方ないか。それに精神的な事言えば、私はお姉ちゃんよりも上だし」
覚悟を決めたというより、諦めましたという表情と声で、トボトボと中にはいるゆき。それを見て俺も脱衣所へ入るが、当然緊張してるに決ってるぞ。
──とはいえ、温泉の効果は絶大で。
お互い服を脱いで、その素肌に少しは目を奪われるも、なんとか気力をしぼって湯船へ。そして、一度風呂に入って景色や星空を眺めていると、後はまあ気持ちがゆったりと落ち着いてくる。
ヤオとゆらは、すぐ側で早速お酒を酌み交わしている。昨日とかは少し離れていたのでよく見てなかったけど、湯船に桶が浮かべてありそこに徳利とお猪口が入っている。湯船の中で誰かが暴れでもしないかぎり、ひっくり返る事もそうそうなさそうだ。
そんな事を考えていると、反対側に座っているゆきが声をかけてきた。
「カ、カズキ。その、何を見てるの……?」
「ああ。お風呂で出すお酒って、どういう感じで提供してるのかなって」
返事をしながらも、思考に意識を持って行かれていたので、そのままぐるっと視線をゆきに向ける。
そうなれば、当然目に飛び込んでくるのは彼女の姿。歳も17ということで、色々と出るところは出た女性としての魅力が出てきてる身体だ。ときどき抱き付かれたりして、けっこう胸があるなぁとは思っていたが、こうやって実際に見てみると思ったよりもあるのかもしれ──
「きゃあああ!? ちょっ、カズキ! じっと見過ぎ! えっち!」
「……あ。いや、それは…………うん、見た」
「もうっ! んん~……やっぱ恥ずかしいから、あまり見ないで……」
「あ、ああ。わかった」
正直ちょっとばかり惜しいなぁとは思ったが、仕方ないので天窓から夜空を眺める。こんな言い訳はズルいかもしれんが、フローリアやミレーヌの裸を見るよりも、ゆきやゆらの裸を見る方が健全な気がした。……うん、もちろん自分勝手ない言い訳だよ。
とりあえず顔を上へ向けて星空をじっと見てる。するとゆきが、
「あのね、こっちを見ないでその……手、いいかな?」
「あ、ああ。いいよ」
そう言うと、湯船の中にある俺の手にそっとゆきが手を重ねる。その感触をうけて、そっと掌を返して握り返す。そのまま二回ほどにぎにぎしていると、どちらからともなく指の間が広がって、気付けば指を組んで繋ぐ──恋人繋ぎになっていた。
だから気付いた。ちょっとだけ、その指に力が入っているのが。恥ずかしいとか、そういう事ではない別の力が。
「どうかしたのか?」
だから聞いた。いつのまに、反対側にいたヤオとゆらの声が遠い。何かを察して離れてくれたか。
「明日はいよいよ、小樽だよね」
「ああ。午前にチェックアウトして、昼にはもう小樽市内だな」
そう言った瞬間、繋がった手が更に少し強く握られた。
「もう大丈夫。気持ちの整理もできた。今はもう楽しみでしかない。ないはずだけど……」
弱々しく心情を吐露するゆき。まあ、人の本能的な感情なんて、自分で重い道理に出来ないからな。
「きっと大丈夫だと思う。あの時、ゆきが見せた涙と気持ちは本物だった。たぶん寂しいとか、そういう気持ちはわくと思うけど……それでも大丈夫」
「そう、かな」
どかか弱々しく感じる声が聞こえる。だから俺はゆっくりと顔をゆきにむけ、その目を見る。
「そうだよ。ゆきは自分が思ってるよりずっと強いよ」
「くすっ、何ソレ。そこは“俺がいるから”とか言う場面じゃないの?」
「あー……いや、俺ってそんなに唯我独尊なイメージ?」
「そうねぇ、少なくとも異世界では」
「まじかぁ~……」
ちょっとヘコんで視線をまた天井へ戻す。少しだけゆきの方を見たけど、終始顔をみていたので今度は何もいわれなかった。よく女性は、男性の視線位置に敏感だというけど、アレは本当らしい。
「でも…………うん。ありがと」
「……おう」
強く握られた手が、やさしくギュッとにぎられた。その手につたわる温度は、温泉ともゆきの手の平とも違う、何かを込めた温かさに感じた。
そして……そんな手につたわる感触に、俺は少しだけ疑問をもった。
「……なぁ、ゆき」
「ん? 何?」
俺は天井をみたままゆきに話しかける。
「さっきこの──俺の手を掴んだときだけど」
「えっ、あ、うん。それが?」
あぁ、やっぱりか。このゆきの反応で、なんとなく予想がついた。でもまあ、ちゃんと確認しておこうじゃないか。
「湯船の中にある俺の手を、どうやって迷わず握ったんだ?」
「……えっと、知りたい?」
どうやら俺が何を聞きたいのか、ゆきも勘付いたのか言葉が控えめだ。
「ああ、知りたいかな」
「えっとね……その……」
しばし言葉を模索しているのか、沈黙の時間が流れる。
そして、ざっという水音がした。並の具合から手を水面にでも出したのだろうかと思ったら、よこから『パンパンッ』と柏手の音が聞こえた。ん? 何か拝んでるのか?
そう思った俺の耳に聞こえたゆきの言葉は、
「なかなか──ご立派でした」
……。
…………。
………………。
「はあああッ!? な、何を、何を言ってるんだお前はッ!?」
「私も見られたんだもん、当然の権利でしょうが!」
家族風呂に、俺が私がお前があなたがと言葉が飛び交う。
その光景を見ながら、のんびりとお猪口を交わす二人の姿。
「主様はご立派らしいぞ」
「そうですか。では近いうちにご相伴預かりましょうか」
「かかかっ、本当に主様の周りは賑やかで楽しいのぉ」
その後、仲間内だけじゃなく何故かユリナさんやエリカさん、更にはマリナーサやエルシーラにまで“カズキはご立派”という謎ワードが浸透していったのであった。
本作はR指定をしたくないので、記述可能な範囲はこのレベル位に留めます。




