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253.そして、できる事できない事

昨日、一昨日と更新をお休みして申し訳ありませんでした。

 ハイキングコースにもなっている散歩道を存分に満喫した後、俺達は温泉街へ戻った。

 後から聞いた話だが、山のもっと奥の方……人は中々踏み入れられない程の所に、野生の熊などもいたとヤオが教えてくれた。どうやら途中で使った足湯から、水脈経由で山全体の気配を探ってみたらしい。

 まあ北海道だから……というわけではないが、熊がいるのは順当だろう。なんせ東京でも、奥多摩とかなら熊がいるくらいだからな。


 そうそう。宿へ戻る途中で、何度か温泉たまごが作れる所を見た。源泉の涌き地にちょっとしたお湯貯めなどが設けられて、ザルやネットなどに入った卵を購入して自分であたためるという感じだ。

 言葉にしてしまうとさほど魅力的には感じないが、実際温泉地にきて目の前でもうもうを湯気が出る温泉と、卵を一緒にみるとやりたくなってしまうのが人情だ。案外手軽なレジャー感覚で行えるのも、人が集まる理由なのかもしれない。


 宿に戻ってきた俺達は、フロントに帰った旨を伝え部屋に戻る。確かにベッドシーツは綺麗になっていたし、清掃後らしい清潔さが部屋に戻っていた。

 それならば夕食までごろ寝でもしていようかと思っていたが、まあ温泉宿にきて休むなら風呂にはいったほうがお得だろうと思い、朝にも入った露天風呂へ行くことにした。




 ここの宿は日替わりで男女の露天風呂を切り替えているので、入るのは今朝と同じ湯船だ。とはいえ、朝日と夕日では、向きも角度も温度も違う。同じ湯船のはずなにに、随分違う感じがする。そうやって見てみると、湯船から見える庭の木々の構図も時間経過を意識した配置のようにも見えた。心安らげるための緑の庭が、妙な圧迫感とか漂わせてたら嫌だもんな。


 湯船につかりながら、今日までに気付いた事なんかを軽く思い返す。今回の旅行の目的は、後々にヤマト領でも運営予定としている温泉宿に関しての調査だったが、当然そればかりを目的にせず“まずは楽しむ”という事が大前提だ。そして、何が楽しかったかを考えていくことで意味がある。だがそれ以外にも、普通に過ごすだけで気付く気遣いなど、参考にしたいと思わせる出来事はいくつかあった。

 そうやってのんびり考え事をしながら風呂を楽しんでいると、


『なんじゃ主様よ、今日はまた長風呂じゃのぉ。じき夕飯じゃぞえ』

『え? もうそんな時間か? 悪い、考え事をしてたから時間を忘れてた。俺もすぐ行くって皆に行っておいてくれ』

『了解じゃ』


 ヤオからの念話で改めて時刻に気付く。みれば軽い夕焼け空だったのに、既に星が見えやすいくらいの空へと遷移していた。んー……お風呂とちがって露天風呂は屋外にあるし、緑が近くて空気が澄んでるとなかなかのぼせることがないな。露天風呂に時計みたいなものがあったほうがいいかも。まあ、日本の露天風呂だとそういうのは情緒が無いって事にもなりかねないが。あ、でも札幌の時計といえば……。


「いかん、さっさと出るって言ったのにな」


 思わず自分に言い聞かせるようにボヤきながら俺は風呂を出る。やはりプログラマー気質なんだろうな、気になる事なんかがあると延々と考え込んじゃうってのは。




 この宿の食事は基本バイキングだ。とはいっても、朝夕で異なるのはもちろん、同じ夕食であっても昨日と今日では違うメニューもある。一応固定メニューもあるのだが、入荷した肉や野菜による変化や、俺達のように連泊する人が飽きないようにする工夫だとか。まあ、まったく同じであっても全種類を制覇するには2~3日じゃ無理だけど。

 さて、皆はどこにいるのかなー……と思っている、いち早く俺を見つけたミズキが手を振っていた。この世界じゃ俺の能力は、ごく普通の一般人。手を振ってるのはミズキだけだが、ゆきやゆらも気付いてこっちを見ている。ヤオはまあ、気付いてるけど食事に夢中で……おや? フローリアが誰かと話しているな。

 一瞬こんな温泉宿でナンパか!? と思ったが、よくよく見れば初老の上品なおばあさん方だった。とりあえず近づいていくと、俺に気付いたフローリアとミレーヌが笑みをうかべこちらを見る。それにつられてこっちをみたおばあさん達も、笑みをうかべて会釈をしてので俺も返した。


「遅れてごめん。えっと、こちらの方たちは?」

「はい。露天風呂で知り合ったのですが、色々なお話をして下さいまして。それでまたここでもお会いしましたのでご一緒してましたのですが……」

「うん、いんね。旅行先での出会いってのは、人情の表れだからね。どうも、この子たちの同伴者の七尾和樹です」

「あら、ご丁寧にどうも。ふふっ、とても素敵なお嬢様方と知り合って、さらにはお兄さんともご一緒して、ごめんなさいね」

「とんでもないです。私達は遠方から旅行にきたので、こうやって話す機会は貴重ですから。……っと、俺の席は──」

「お兄ちゃん、こっち。あと私はおかわり取りにいくから、お兄ちゃん一緒にいこっ」

「おう」


 ミズキがいる席の隣は、一つ空いてその次がゆきだった。なるほど、料理をとってくる間に、うっかり埋まらないようにしてるのか。……というか、この面子相手に前触れなく近寄ってくるのは無理だろう。このおばあさんたちみたいに、先にお風呂で知り合ったとかじゃないと。

 俺とミズキは料理を取りにいった。自分のトレーに小皿を乗せ、とりあえずという感じで取っていく。そうしながらも、少し気になったのでミズキに話しかけることにした。


「なあ。あのおばあさん達とは、どういう感じで知り合ったんだ?」

「えっとねぇ……フローリアとミレーヌが湯船につかっていると、『とっても綺麗ねー』という感じで気さくに話しかけてきたの。最初は私やゆらさんたちも警戒してたけど、そうやら本当にお話大好きできさくなおばあさん達らしくて。よく一緒に温泉旅行をしているお友達仲間らしいよ」

「ほぉ……。年を召してのんびり生きる人なら、そういうのもありか……」


 ふと視線を向けると、楽しそうに話をしていた。そういえば、フローリアもミレーヌもあちらじゃ王族貴族で、そうそう皆が気楽に話しかけることは少ない。まあ本人はすごく親しみやすく、王都内などでも平気でうろうろしているので、余所の国の王族とかにくらべたら格段に接しやすいのではあるが。それでも、やはり遠慮してしまう部分はあるのだろう。

 だがこの世界で彼女達は、旅行にきた外国人の女の子でしかない。しかも、話しかけてみたら普通に言葉が通じるので、そうなったらお話好きなご婦人方には人気もでるわな。フローリアもミレーヌも目上との会話は成れているけど、あそこまでフレンドリーな会話をすることは稀だろう。純粋に楽しんでいるのが表情から見てとれる。

 俺とミズキが戻ると、フローリアと話していたおばあさんが俺に声をかけてきた。


「お兄さんが、フローリアちゃんたちの従兄(いとこ)なんですってね」

「はい。彼女のおばあ様がフランス人なんですよ」

「あら素敵ね。フランスなんて私行ったことないわ」

「ふふっ、実は私も行ったこと無いんですよ」


 おばあさんの言葉に、フローリアも笑顔で乗っかる。どうみても外国のいいとこのお嬢様にしか見えないフローリアが、実は祖母の故郷に行ったことがないという話は、なかなか面白かったようでそこからはそれぞれの故郷の話で盛り上がった。

 そうやってすごすうちに、俺も知らず知らず異世界(あちら)での思考が身についてるなぁと思ってしまった。こうやって旅行先で知り合った人たちと、とりとめのない……でも楽しい会話をするということが、あまりなかった。でも今笑顔を見せてる彼女達こそ、本質なんだろうなぁと実感せずにはいられない。できたら俺の領地では、どこにいてもこんな風に過ごして欲しいと思った。




 食事をして、部屋に戻り例の如く広縁で涼む。まあ、またもう少ししたら家族風呂へ行くことになるのだろう。それまではのんびりしようじゃないか。

 そう思っていたら来客が。誰かと思ったらフローリアだった。


「さっきはお疲れ様。楽しそうでよかったよ」

「はい。皆さんとても優しくて、お話も面白くて。とても貴重な体験ができました」


 向かいの席にすわってニッコリ微笑むフローリア。金髪で綺麗なオッドアイの美少女が、温泉宿の浴衣を着てる姿は似合っているようでもあり、ミスマッチでもあり。芸能人が温泉宿をレポートしている時の風景みたいなもんかも。


「それで、どうかしたの?」

「あ……はい。その、お願いといいますが、相談といいますか……」


 発言に関してはいつもハッキリ述べるフローリアにしてはめずらしく、どう切り出していいのか悩んでいるような感じだ。とはいえ、これで無理に聞きだすことはしない。彼女ならちゃんと自分で落ち着いてしっかり話してくれるから。


「……カズキにお願いがあります」

「うん」


 旅行中に許可した“お兄様”呼びではなく、普段通りカズキと呼んだということは、旅行事ではなくあちらの世界、それか王女としての話、その両方という感じだろうか。


「私のおばあ様を、是非一度フランス──故郷へ連れていってあげられませんか?」

「……ええっ、それは……」


 驚いた。まさかそんなお願いを言ってくるとは。

 だが……これはどうだろうか。正直なところ、その願いも気持ちも分からないでもない。おそらくはゆきが北海道へ来て、生前の空気を感じで懐かしくもあり、寂しくもあり、でもやはり圧倒的に嬉しいというのを見ていたのだろう。

 その気持ちを、大好きな祖母に味わってほしい……と。

 ……だけど。


「……ごめんフローリア。それは、出来ない」

「っ!! そう、ですか……」


 俺の明確な言葉に、大きく落胆するフローリア。

 本音を言えば俺も叶えてあげたいとは思う。だが、現実問題として難しい。

 まず何より、フローリアのおばあ様を現実(こっちの)世界に連れてきてよいものか。確かに中世フランスで生きていた後、転生をしたのは聞いている。だがそのころとは何もかもが大きく変化してしまっている。そんな場所に連れて行って大丈夫なのか。

 それに気持ちとしても色々と問題はある。まずおばあ様をこの世界に連れてきてしまったとしても、移動は飛行機だろう。正直なところ、おばあ様に長時間の空の旅は過酷だ。また、かなり裏ワザだが魔輝原石のクセサリを作り、そこに【ワープポータル】を登録する手もある。俺はこっちでは魔法は使えないが、他の皆なら同じ様に使えるはずだ。だが、さすがにこれは密入国だろう。可能だからといって、やっていいわけじゃない。

 他にも色々な理由があり、結論としてダメだと俺は判断した。

 これに関しては苦渋の選択だが、さすがに譲れない。フローリアもこちらの世界での事なので、残念そうな顔をするが異論を唱えることはない。でもやはり、心苦しい。


「……ごめん」

「はっ!? そ、そんな! 私の方こそ、無理なお願いを申してしまいました……」


 俺の謝罪にも、恐縮するフローリア。……うん、やはり彼女のこういう顔は見たくない。


「その、おばあ様をフランスへ行かせてあげることは出来ないけど、あちらでなら色々な所へ連れて行ってあげたいと思う。スレイスの温泉もそうだし、海向こうの彩和とか。もちろんヤマト領が整備されたら、是非とも遊びにきて欲しい」

「……はい、そうですね。ありがとうございます」


 そういって、少しだけ笑みを取り戻した顔で返事をしてくれた。ごめんね、お願いを全部叶えてあげられなくて……。そう思ったらどうしてもじっとしてられなくて、立ち上がりフローリアの隣に。


「カズキ? どうしました……え?」

「ごめんな」


 座っているフローリアを、中腰でそっと抱きしめた。うまく言葉にできないけど、そうしたいと思ったのだ。驚いたフローリアは、最初はびっくりするだけだが、すぐにそっと手を伸ばして抱き返してくれる。


「ううん。ありがとう……」


 フローリアの感謝の言葉を聞いた後も、俺達はしばらく抱き合ったままだった。

 その胸中には、もっともっとしっかりとして、責任を持って領地運営していこうという思いが強くなっていた。



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