252.そして、想い想われ散歩道
追記:本日(5/9)の更新をお休み予定でしたが、用事か解決したので本日分を20:00目安で更新します。
結局、ヤオとゆらのお願いを無下には出来ず、何本か結構いい値段する酒を購入した。
とはいえ、俺自身は結構嬉しかったりする。……いやいや、性格がマゾいって事じゃないぞ。ヤオはまだしもゆらも、俺に対しここまで砕けて物を言ってくれるようになったのが嬉しいのだ。
どうもゆらは食事にこだわりがあるのと同様に、お酒とかにも結構煩いようだ。そんな中、今回やってきた北海道というのは、地酒は無論だがビールやワインといったアルコール関係全般に精通した土地だ。その事を知ってたようで、どうやら宿にあった観光やお土産案内のお酒の記事をチェックしていたらしい。
やはり地酒とかは需要が高いのか。だが酒となると、簡単にお土産として用意は出来ないかもな。お酒なら米、ビールなら麦とかから醸造する方法をちゃんと確立しないといけないし、何よりその米や麦をどうにかしないと。他所から買ってきて作るのでは、ヤマト領の酒って言えないしな。まあ、領地の田畑を開墾して作物を得る予定はあるんだ。そこに米や麦も入れて、年単位での予定を立てるしかないか。
そんな事を考えていると、思案顔をしていた俺が気になったのかゆらが話しかけてきた。
「あの、やはり少し買いすぎたでしょうか……?」
「ん……ああ、違う違う。考え事してただけだよ。それくらいの買い物なら全然平気」
「そうですか、よかった。それで何を考えていたのですか?」
「ヤマト領でも可能であれば地酒の製作を──」
「いいですね!」
「わしも乗った!」
「はやいよっ!?」
ゆらの意外な一面と、ヤオの最もな一面を再確認した俺は、帰ったら他との兼ね合いも考えて考えないといけないなと感じた。
「それにしても、本当に平和ですね……ぺろっ」
足湯にもなる源泉からなる足湯の川沿いを散歩しながら、手にしたソフトクリームを舐めているフローリア。
「本当ですね。こちらに魔物がいないのは知ってましたが、こんな山道でも何もいないんですね……ぺろぺろ」
同様にソフトクリームを舐めるミレーヌ。というか、俺達一行は今全員がソフトクリームを舐めている。というのもゆきが、
「本当に美味しいから! 食べればわかるから!」
そう力説する北海道のソフトクリームを、そこまで言うなら……と全員が口にしたところ。──美味かった。なんというか、食べ慣れたチェーン店の味と違って、本当に新鮮な牛乳のスイーツだった。異世界にもなんちゃってレベルでのソフトクリームはあるが、もしこれが売り出せたら革命だ。……さすがに無理だけど。
おかげで現在、皆ソフトクリームを食べながらの散歩中。食べ歩き行為は、さすがに王族にはどうかと思ったのだが、なんの抵抗もなくすんなり実行してしまった。今更だけど、フローリアが王女だ聖女だと言われながらも、最近少しばかりはしたなくなったとか言われてないよな? ちょっとだけ心配。
まあ、そんな感じでゆるゆるした空気感で、俺達は川沿いの散歩道をハイキングよろしく歩いている。
「でも、そうだな……登別って言えば“クマ”ってイメージだけど」
「いやいやいや! それは熊がいっぱいいる観光地があるだけで、別に野良熊が放し飼いになってるとかじゃないからね」
そりゃそうだ。確かに北海道は自然は多いけど、だからって人が住む場所にめったやたらに野生動物が出てくるわけじゃない。
「まあ多少は野生動物もいるけど、そう頻繁に会えるわけじゃないからね。あと、地域によって居る居ないもかわってくるし……」
「もしこの辺りで動物が出てくるならどんなのがいるの?」
ミズキが興味深げに聞いている。王都の憩い広場でも、動物たちとよく遊んでるし、この中でも動物好きレベルはかなり上位なのだろう。
「んー……登別だと、まあ普通にキツネやアライグマとか? まあ、もっと山奥ならクマもいるかもしれないけど」
「そういえば、私はアライグマを見ました」
「え? ど、どこでです!?」
「宿の茂みに」
「ずるいっ! なんですぐ教えてくれなかったのぉ!」
ミレーヌがずるいずるいとゆらに文句を言う。まあ、その場に誰もいなかったから、伝えようがなかったのだが。とりあえず、宿に帰ったら一緒に探しましょうと約束をして落ち着いた。もしかしたら、半野生で宿で飼っているわけじゃないけど、認知して棲みついてるのかもしれないな。
「猪はおらんのか? アレは鍋にすると、熊よりも美味いんじゃが」
鍋の具材前提でヤオが聞いてくる。まあ、蛇であるヤオにとっての娯楽は基本が食なんだろう。
「猪は北海道にはいないわね。他にも熊だって、ヒグマはいるけどツキノワグマはいないわよ」
「それはどうしてでしょうか?」
気になったのかフローリアがゆきに問いかける。俺もその生態系区分は知ってたけど、別に気にしたことはなかった。そういうものだ、という風に思っていたからだ。
「ええっとね……確か大昔は、北海道と東北……ってわかんないか。カズキの家がある方の大地ね。この二つはもともと別の大陸と繋がってて、たしか長い年月をかけて地盤が移動して今の地形になったの。だから近い場所にあるように見えて、元々全然別のところからやってきた土地なんだよね。それでそこに住む生態系も違いがあるとかなんとか……」
「そういえば、そんな事習ったな。確か動物の生態系を区切るラインが……えっとブ……ブ……」
「ブラキストン線!」
「そうそれそれ! おおっ、なんか課外授業でもしてる気分だ」
「本当、あはは」
俺とゆきがわいわいと話している横で、他がみなポカーンとした顔でこっちを見てる。とくにフローリアやゆらのそんな表情はあまりにも珍しい。
「えっと……こちらの世界では、そんな賢者みたいな知識が普通なのですか?」
「いや、別にこれくらいは趣味の知識の範囲かと……」
「そうだよね。学校に通ってればこれくらいなら習うし……」
「学校、ですか……」
ゆきの口からでた“学校”という単語に、フローリアが少しばかり考え込む。その様子を見て、おおよそではあるがその理由がわかった。
「フローリア。ヤマト領に学校を造りたいと思ってる?」
「……かもしれません。おそらくは、こちらでの“学校”とは違いますが、きちんと知識を持った大人が子供たちに色々と学ばせるための施設、そういうものを設立するのはどうかと考えています」
俺の目をみてしっかりと言い切るフローリア。たしかに異世界には、教育を一手に引き受けるような施設はない。だが有ると無いで考えるなら、俺は有るに越したことは無いと思っている。
そしてこういう場合、施設の初期投資だ運用費だ、そしてなにより教員などの人件費。そういった問題が発生するだろう。
実現の目処はどうだろうか。工事費用などは初期投資を含め、俺が工面してもいいだろう。もちろん工事自体はちゃんと向こうの業者に任せるつもりだ。
次は何を学ばせるか。あっちで難しい数学や、あまり目にすることない科学などを教えても無意味だろう。それよりも、必要なのは生活にあった知識だ。将来商人になる人でも、算数レベルができれば上等だろうし、日常レベルの読み書きでいい。むしろ冒険者となるなら、子供時代に体育のような教科で基礎体力を育むのもいいだろう。あとは道徳とかかな。
そうなってくると後は教師──指導者だが。そうだ、冒険者ギルドや商業ギルドの人達に相談してみるのはどうだろうか。人材の紹介でも、シフト調整して掛け持ちの二束のわらじでもいいし──
「お兄ちゃん? そろそろ戻ってきて?」
「…………あ。す、すまん、少し考えに没頭してた」
ミズキの声でふと我に返ると、俺の顔を覗き込むようにしたミズキと目があう。どうやらまた色々と考え込んでいたようだ。
皆はどうしているかなと思ったが、いつのまにか素足になって横を流れている川に足を浸していた。よくみると、余所の観光客もたくさん同じようにしている。なにより川からはほんのり湯気があがっており、これが源泉利用の足湯だったことを思い出す。
皆が足をつけているし、ミズキも進めるので俺も一休みして足湯に浸かる。どうせなら、この体勢になってから考え事をすればよかったなぁと思ったけど。
しかし、よくよく見ると皆またソフトクリームを舐めている。だけどクリームには明るい橙色のような感じになっており、よくみるスタンダードではなさそうだ。
「メロン味だよ。北海道ソフトでメロンは王道でしょ?」
俺の視線に気付いたゆきが教えてくれる。あれ、そうなのか?
「メロンっていうともっと緑なイメージがあるんだけど」
「そういうのもあるけど、ホラ、北海道の名産メロンって果肉はこんな色でしょ?」
「あー……言われてみればそうかもな」
思い出すのは北海道はおろか、日本でも有数なブランドメロン。たしかに食べる部分は緑じゃなかったなぁ。そんあ事を考えてる間にも皆は美味しそうに食べている。……そうかぁ、こっそりストレージにしまってあったんだな。おかげで随分前に買ったはずなのに、今つくったばかりみたいに見える。後ろを通り過ぎる他の観光客がうらやましそうに見てるし。
あと、俺も当然持ってないからうらやましい。でもない物ねだりも恥ずかしいので、足湯だけを堪能してぼけーっと前をみていると。
「……はい」
「ん?」
ふと目の前に、少し舐めかけのメロンソフトが差し出された。隣に座っているミズキだ。
「あっ、ミズキ! そういう事をするのですか!?」
「え? ……あ、ちがっ、そういうつもりじゃ……」
フローリアの指摘に、一瞬不思議そうな顔をするもその後あわてだす。おそらくは、そういう事なのだろうと気付いたけど、ミズキ自身がそれを考えていなかったことを知り、逆に俺は落ち着く。
「うん、ありがとうなミズキ。んっ……と」
「あっ! ……えっと、うん」
ミズキの差し出すメロンソフトを、少しかじるくらいの感じで一口食べる。
その味はもちろん美味しかった。でも、何か美味しいだけじゃ感じない温かみも感じた。




