251.それは、のんべんだらりと散歩して
朝風呂から出て、少しのんびりとした時間を過ごす。そして待ち合わせの時間少し前に、俺は着替えて旅館フロント前の休憩場所へ。しばらくすると皆も着替えてやってきた。
今から少しぶらりと温泉街を散歩するのだが、スレイス共和国の時とは違い私服で来るように言った。まあ、浴衣だと本当に近所くらいしか移動できないからな。
でも俺個人としては、温泉にきて宿泊した人は浴衣で過ごして欲しいという気持ちは強い。風情があるというか、そういうレベルの話なんだけど。……うちの領の温泉宿の浴衣を着てると、領地のお土産屋とかでいろいろサービス付けたりとか考えてみるか。
「カズキお兄様、お待たせ~」
「おっと」
わはーっと笑顔でミレーヌが抱きついてくる。その光景を見ていた他所の人々が、最初驚いて、次に微笑ましそうな顔を浮かべる。ミレーヌはどう見ても外国人にしか見えないが、それがド日本人の俺に兄呼びして抱きついたのだ。それに驚くも、抱きついたミレーヌの嬉しそうな顔を見て微笑ましく思ってしまうのだろう。
もちろんフローリアでも同じ事になるのだろうが、ほんの3歳ほどの差ではあるが旅行先という事で、少しだけ……そう、本当に少しだけ自重してくれているようだ。簡単に言えば、よそ様の目があるところでは自重する、と。
「では、お兄様。そろそろ行きましょうか」
「あ、そうだな」
笑顔のフローリアが寄ってきて、ぎゅっと俺の手とつかむ。……あれ。思ったより自重してない。とりあえずそのままフロントへ行って、部屋番号を言って少し外出してくる旨をつたえた。外出の際に言っておけば、連泊客の場合そのタイミングで清掃などをしてくれるらしい。
そうだよなぁ、連泊する場合のベッドシーツやらゴミ箱処理やら、いろいろ行う方式も考えないといけなかったな。おそらくはスレイス共和国の温泉でも同じような気遣いはあったかもしれないが、やはり現実の世界の方が俺が理解しやすい気がする。
「お気をつけて」
フロントさんが、丁寧なお辞儀をしながら送り出してくれた。
「はぁー……いいよね、この光景!」
楽しげに言うゆきや俺たちの前には、温泉街のあちこちから立ち上る湯気は、以前みたのと同じような感じをうける。ただ、当たり前だが温泉街は千差万別、立ち上る湯気だって決して同じではない。同じではないが、そこに流れる空気というか……独特な雰囲気はやはり似たようなものがある。
宿から出て、少し賑やかなお土産などの店がならぶ街道をあるく。温泉街という事もそうだが、ここが登別──北海道ということもあって、以前異世界で見た温泉街とは屋台の品も違っていた。
「お兄ちゃん、アレ何?」
「んー……あげいも? いもを揚げたモノか?」
「はいはーい! 私におまかせー」
屋台を見て聞いてきたミズキへの返答にこまっていると、ゆきが元気良く言って来た。どうやらこっちの地方のものらしく、俺よりもゆきのほうが詳しそうだ。
「あれはジャガイモを茹でて、衣をつけて揚げたものだよ。北海道はジャガイモの名産地だから、他にも芋をつかった食べ物たっくさんあるから」
「ほぉ、ならば片っ端から食ってみないといかんかの」
食欲が刺激されたのか、ヤオが興味をしめしはじめた。実際のところ、俺もけっこう興味があるのでこれはのっておくことにする。
とりあえず皆で色々な食べ物を物色する。じゃがバターだとかべこ餅だとか、北海道の方へ来ないとなかなか見ないようなものを片っ端から制覇していった。
「ふー……こうしていると、時間の経過を忘れそうになるねぇ」
「お前まだ15歳だろ。年季の入った感想を述べやがって」
「まあまあ。でもミズキちゃんがそういうのも分かる気がするわー」
そういって気持ち良さそうな顔をするゆき。俺達は軽い食い散歩をした後、ちょうど見つけた足湯でのんびりとしてた。軽く食べて、少し休みながら足を暖めているせいで、まだ午前中だというのにうっかりすると眠くなるほどの感覚におそわれていた。
もちろん全員が足をつけているのだが、そこで少し気になった事をヤオに聞く。
「ヤオは蛇だけど、その姿のときは感覚は人間と同じになるんだっけ?」
「まあ、そんな感じじゃな。まあわしほどになると、別に蛇のまま湯に入っても問題ないがの」
「ふーん。動物とかもお湯に浸かると気持ちいいとか、そういうのあるのか」
「あるんじゃない? 温泉街の足湯とかに猿が入ってるのとか見たことあるよ」
俺の呟きにゆきが追加情報を教えてくれる。あーなんとなくわかる。猿って普通に湯船にもつかるくらいだからな。
「そうなると……ヤマト領の足湯だけど、馬車馬とかの厩舎にも引いたほうがいいかな。別に足湯ってだけじゃなく、身体を拭くための湯に使ってもらってもいいけど」
「いいんじゃないかな。馬もきっと喜ぶよ」
「……カズキ、少しいい?」
「うん、いいよ」
ゆきのとなりにいたゆらが話に入ってきた。何か思いついたのだろうか。
「それでしたら、帰ったら又スレイス共和国の温泉辺りにでも出向いて、ダイアナに足湯に浸かってもらうのはどうでしょうか? ダイアナでしたら私との繋がりで、ある程度の喜怒哀楽の感情が伝わりますので確認もできますよ」
「そうだな……ペガサスではあるけど、同じようなものかもしれないな」
「エレ──ゆらさん、そうやってお兄様との次の旅行の確約を取っているのですね。ずるいです。私だって、愛馬のプリマヴェーラなら契約などなくとも気持ちくらいわかりますわ」
「あ、私も! キークはちょっと違うけど馬みたいなものだし……」
「いや、アレは麒麟だろ」
「いいの! キークも同じだもん!」
馬と同じに言われてしまったキークではあるが、ミズキが愛情をもって接してるのは知ってる。
「お姉ちゃんが行くなら私も! 私とルーナも!」
「ホルケはダメですか? ホルケの反応も知っておいたほうがいいと思うんですけどっ」
気付けば皆が私も私もと、出かけるときは私を忘れずにアピールをしてきた。
「とりあえず皆落ち着いて。正式に旅行みたいな事をするなら、ちゃんと皆にも伝えるから」
俺の言葉に皆が、まあそうだろうねという感じで頷く。
「それにだ。もし誰か一人をまた温泉に連れて行って……という話になって、それに自分が選ばれたとしても多分皆を呼ぼうって言うだろ? ここにいる全員が」
「まあ、そう……かな」
「……ですね」
ちょっとノリではしゃいじゃって恥かしいなぁという顔を皆うかべる。それがまたなんとも気恥ずかしくも心地良く感じてしまう。
「まあでも、もちろん気持ちは嬉しい。だからってわけじゃないけど、まだまだこれからも色んなところに旅行したいと思っているから」
そう言って皆の顔を見る。少しはにかみながらも嬉しそうな笑みを返してくれた。
……うん、丁度いいくらいの休憩になったかな。そう思ってそろそろ上がろうかと思ったときだった。
「んーあ~……なんか、だるいのぉ……」
「へ?」
ふと声のする方をみるとヤオがぐでーとしていた。あれ、どうしたんだ? そう思いながら、少しばかりヤオと温泉についての過去の出来事を思い返してみる。
「あれ? ヤオって案外温泉でのぼせるタイプだっけ?」
「いえ、今回の旅行ではそこまでの事は……。湯船でお酒もたしなんでましたし」
よく一緒に入ってお酒を酌み交わしていたゆらはそう言う。たしかにその状況にくらべたら、今足湯につかるくらいでのぼせるのはおかしいかも。
そう思いながらヤオの横に目をやる。そこには先ほど屋台などで買った食べ物の紙くずなどが。
……もしかして。
「もしかしたら、食事をすることで血液循環が活発になったところに足湯での効果が入り、ヤオの元々の体質的なのぼせラインを丁度超えちゃったとか?」
「えっと、人間であれば眠くなる所、ヤオさんだったから影響が大きくのぼせてしまった……と?」
「おそらくは」
「と、とりあえず足湯から揚げて、冷ましましょう」
「そうだね。ヤオ、もちあげるぞ」
とりあえずざっと持ち上げて、近くのベンチに座らせる。ゆらを呼んでストレージからタオルを出してもらってさっと足を拭く。次は冷えたお手拭を出してもらう。ゆらはエレリナとしてメイド仕事をしている際、このストレージに便利なものを幾つか入れていると聞いていた。その中に、温かいお絞りや冷えたお手拭などを常備しているとか。そのお手拭を出してそっと足首にかぶせるようにあてる。乗せた瞬間、一瞬ヤオの身体がびくっとなったが、別に拒絶反応とかではないようだ。
しばらくそのままにしていると、
「おっ、治まったぞ」
そう言ってムクリと起き上がった。確かにのぼせたような表情はすっかりきえ、普段通りの自信満々な顔を見せている。
「ふむ。どうやら皆に世話をかけたようじゃな、すまんかった」
「たいした事じゃないから気にしなくていいぞ」
素直に謝るヤオだが、別にこれくらいは迷惑でもなんでもない。だから気にするなと言ったが、今度は足にのっている手拭いに目がいった。
「これは……」
「私のですよ。お礼がしたいのであれば、また一緒にお風呂で酌を交わしましょう」
「おお、勿論じゃ。うむ、お主──ゆらはいい女子じゃな」
「ありがとうございます」
嬉しそうな声で礼をするゆら。どうやら今回の温泉旅行で、酒を酌み交わしての意気投合がかなり強いようだ。ゆらは狩野の忍びだから、一瞬脳内でガマガエルならぬヤマタノオロチに乗る忍者の光景が浮かんだ。なんかすげえ強そう。
でもそういえば……。
「ゆきは酒って飲まないのか?」
「ん? 私はまだ17歳だよ」
「いや。その以前の経験もあるし、あと異世界では飲酒の法律とかないだろ?」
「まあね。でも元々そんなに飲まないからね。あっちでは一応15で成人だから、そこから飲酒する人が多いらしいけど」
「なるほど」
再び俺はヤオとゆらを見る。
「そういえばこの地方は、寒さが厳しい季節があって、それでいい酒がつくられるそうじゃ」
「そうなんですか。それは吉報ですね。それで、どのようなものかはご存知ですか?」
「聞いたのでは、なんでも積雪の中の洞窟で寝かせた酒じゃとか……」
「いいですね。……幾つか買って帰りたいものです」
「そうじゃな」
そう言って二人が目をキランと輝かせて俺を見た。正確には、俺という財布を見た。
いかん! やられる! 俺のサイフが!




