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247.そして、旅の恥は……やっぱり恥ずかしい

 夕食も済み、各々部屋へ戻って休憩中。こういった旅館に宿泊すると、新聞のテレビ欄のコピーがテーブルにおいてあったりするけど、これはまあ現実(こっち)だけの慣習。異世界(あっち)じゃテレビとか、そういう電波による情報伝達文化とかないし。

 ちらりと番組表を見ると、局数の違い故に内容も色々と違ってることに気付く。特に深夜帯はローカル番組が多いようだ。

 まあ、ここまで来てテレビ観賞するでもなし。風呂に行く前同様に、俺は窓側の広縁にいきそこでのんびりと過ごす体勢になる。

 まだここに来て数時間だが、既に幾つか接客を通しての気遣いなどを感じている。これはどの国どの世界でもある事なのだが、こと日本という国は相手を気遣う傾向が強い。これは元々民族習慣的なものもあるが、良さげな部分はちゃんと教育していきたい所だ。

 ふと外を眺めていると、なにか口が寂しい気がした。思い返してみると、以前ならばこういう時はコーヒーとかを飲んでいた。ルームサービスでも……いや、ついでだから売店を覗いてみるか。宿のお土産とかどんなもんがあるのか知りたいし。

 そう思って腰を上げたところで部屋をノックする音が聞こえた。そして、


「さあ、カズキお兄様! お風呂へ行きますよっ」

「ちょっとミレーヌ、はしゃぎすぎですよ」


 嬉々とした笑顔のミレーヌと、それを嗜めながらも笑みをこぼすフローリアがやってきた。ああ、そろそろ一休みしたから風呂へ行く頃合いか。


「えっと、その風呂っていうのは……」

「もちろん、約束した家族風呂ですよっ」

「やっぱり……」


 厳密には約束をしてはいないのだが、会話の成り行き上そうとらえても仕方ないか。まあでも、ここでの家族風呂──貸切風呂ってのを見ておく必要もあるからな。だからまあ、行くのも吝かではない。そういうことだな、うん。


「……よし、それじゃあ行こうか」

「はいっ」

「ふふ、ではまいりましょうか」


 廊下に出て部屋の鍵をしめる。その鍵は持ち歩き用の小型カバンにいれようとするが、


「あ、カズキお兄様。鍵は私が預かっておきますよ」

「へ? ……ああそうか、ストレージか。こっちにいる間は俺は使えないからなぁ……」

「安心して下さい。こちらでのお兄様のお世話は、私やミレーヌでばっちりサポートしますから」

「はいっ」


 笑顔で宣言する二人にかるく気おされるも、とりあえず鍵をミレーヌへと渡す。そしてすぐにストレージにしまう。そして、さあ行こうかという状態になったところで、右手をミレーヌが、左手をフローリアがそれぞれ握る。まあ、いわゆる両手に花というヤツだ。まだまだ“華”ではなく“花”だけど。


「そういや家族風呂って、場所どこだっけ? さっきの浴場の近くかな」

「私達が案内しますよ」

「先程、ミレーヌと見てきましたから」

「そ、そうか。じゃあお願いしようかな」

「「はいっ」」」


 返事とととも、掴んでいた腕にぎゅっとしがみついてくる二人。まあ、楽しそうだしいいか。

 二人に案内されて進んでいくと、途中で浴場案内板があり『大浴場』『露天風呂』『家族風呂』などの文字が書かれている。


「こっちか。えっと、他の皆は……」

「たぶん先についてますよ。ほらあそこに」


 フローリアが指さす方を見ると、ミズキとヤオがいた。……ん?


「ゆきとゆらは一緒じゃないのか?」

「誘ったのですが、どうにも今回は遠慮したいとの事で……」

「そうか。まあ、それなら仕方ないね」


 前回は嬉々として混浴したのに、今回は何がダメなんだろうか。そう思ってミズキたちの側へ行くと、どうもミズキが少しこちらを窺うようにしている。なんか様子がおかしいな。


「ミズキ、どうかしたのか?」

「あ、いや、ん~……なんでもない、かな。あはは……」

「いや、何でもなくなさすぎだろ」


 不自然に動揺するミズキを訝しげに思いながらも、何か俺が見落としてるんじゃないかと思い始めた。なんだろうか。家族風呂で混浴するのなんて、スレイスの温泉で何度かやってるし……。

 そう思った時、俺はある事に気付いた。

 そう──今回俺は、ある物を持ってない。本来それは正しいのだが、いかんせん異性と混浴という事に慣れてなかったので、異世界(あっち)での混浴が俺にとってのデフォルトになってしまっていた。

 その辺りを確認すべく、フローリアとミレーヌに聞いたのは。


「えっと、二人とも……水着は?」

「ありませんよ」

「ここの温泉では禁止です」


 ……………………あああっ!?

 しまった! 本当にしまった!!

 温泉で水着禁止なんて、それこそ当たり前じゃないか。確かに許可している温泉もあるけど、やはりそういうのを許可しない方針こそが普通で王道で基本だ。


「え、えっと……ゆきやゆらが今回パスした理由ってのは……」

「さあ、なんでしょう? ここではお二人は“狩野”姓なので、家族ではないという理由では?」


 少しとぼけたような顔でフローリアが言う。いやいや、ゆきもゆらも絶対恥ずかしいからだろ。あれ、そうなるとゆきと同じくらいの歳のミズキはなんでいるんだ? 少しばかり聞きにくいが、まあ兄妹という事で何気に聞いてみると。


「その……師匠が『家族風呂なら家族で入るものじゃ!』と言いまして……」


 ヤオ……いらん気遣いを……。

 しかしこれはどうしたものか。さすがに11歳のミレーヌや、どう見てもソレと同じくらいのヤオはともかく。ミズキとフローリアは日本でなら高校生あたりの年齢。そのあたりの思春期的な感情や羞恥などを鑑みるに、混浴は難しいのではないかと思うんだが……。

 だがそんな葛藤をバッサリするのは。


「カズキお兄様どうしましたか? はやくお風呂に入りましょう」

「あ、ああ、そうだね……はは……」


 苦笑いを浮かべる俺は、思いの外強い力でミレーヌとフローリアにひっぱられて行く。っていうか、フローリア、今ブレスレットで腕力アップしてたよね? ものすごい力でひっぱられたんだけど!?

 なすすべなく脱衣室まで来てしまった。全員が入ったところで、ミレーヌが内側からカギをしめる。これでもう、完全に家族風呂とその脱衣室は隔離状態だ。


「ようし、それじゃあのんびり入ろうかのう。ああ、そうじゃ主様よ。注文しておいた風呂用の酒、わしが飲んでもええかのぉ?」

「え? ああ、酒ね。うん、いいよ」

「うむうむ、感謝感謝」


 そう言って衣服をぱぱっと脱いで、たたっと浴室の方へ走って行ってしまった。それを「まったくもう……」とボヤきならが拾ってカゴに入れるミズキ。なんかヤオのお母さんみただな妹よ。


「では私たちも入りましょう」

「そうですね。カズキお兄様、入りましょう」

「……そうだね」


 まあ、ここまで来たら入るしか選択肢はない。なので決意をして、ぱっと服をぬいでささっと手ぬぐいで隠す。よし、結構手早くできたしほとんど見られてないだろう──そう思って皆の方を見ると。


「…………アレが、カズキの──」

「…………カズキさんの──」


 ──見られてた。すごい見られてた。思わずこの旅行での決め事の“兄呼び”が欠如するくらいの衝撃があったようだ。その衝撃の理由はさすがに聞く勇気はないけど。

 そして、その時俺はある事に気付いた。

 この世界では俺は、ごくごく凡庸な一般人に戻る。だが彼女達は、向こうでのステータス──身体能力をそのままこちらにも持ってきている。となればミズキは……


「…………見た……バッチリと……アレがお兄ちゃんの──」


 わあああ!?

 とんでもなく見られてた。バッチリと、この上なく、完璧に。具体的に言うなら秒間60フレーム以上の観察眼で見られてた。

 くうう……恥ずかしい。これが公開処刑という状況か……。

 ミズキは暫し茫然としながらも、深く息を吐いてゆっくりと上げていた腕を降ろす。……? 降ろす?


「いやー……驚いた。あんまり驚いたから、おもわずお兄ちゃんの写真を撮っちゃった」

「ナニしてんだおめえはよぉおおおッ!?」


 思わず声を荒げてミズキへ向かおうとするも、すでに裸+手ぬぐいという恰好なので躊躇が生まれた。そのわずかな間にフローリアとミレーヌがミズキにより詰める。


「ミズキ! わ、私にも写真のコピーを!」

「ミズキさん! 私にも私にもお願いしますっ!」

「ちょっとまておまえらあああーッ!?」


 脱衣室に響く俺の声。それを聞きながら浴室のヤオは、


「まったく、(おこさま)は騒がしいことじゃのお」


 そう漏らし天窓から見える十六夜の月を眺め、そっとお猪口を傾けるのだった。




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