246.それは、積み重なる小さな心配り
一先ず軽く温泉を楽しむ。露店風呂も幾つかあり、それとは別に家族風呂も用意されていた。
まずは一番スタンダードな感じの露天風呂に入ってみる。入り口に男女の暖簾があり、それで別々になっているのを見て懐かしい銭湯を思い出す。まあ、小さい頃に何度か行った事がある程度で、いつしか全然いかなくなったものだ。
そういえば会社の近くにもあったかな。俺は止まり仕事の時は風呂に入らず延々仕事してたけど、どうしても入らないと落ち着かないって同僚は朝風呂によく言ってたっけ。
とりあえず入ってみた露店風呂だが……色々と勉強になった。当たり前のことだが、露天風呂の中は外から覗けないようになっている。周りに木や、木製の塀などを拵えたり、宿の建物側からはある程度視界を遮るひさし等が設けられていた。ただ、そのひさしも空全てを覆うようなことをせず、夜になれば星空を堪能できるようになっている。
後、俺は利用しなかったが、どうやらお風呂につかりながらお酒が楽しめるらしい。利用する場合は、決められた分量と種類のお酒という制限がつくが、幾つかの地元のお酒を温泉で嗜めるとかで人気だとか。特に北海道という事から、冬だと温泉で雪見酒というシチュエーションが大盛況らしい。おかげで雪が深い冬であっても、やってくる客が多いので駅から宿までのロードヒーティングも整備が拡大してるとか。
うーん……やっぱり現実はすごいな。向こうの温泉もよかったが、こう……あれだ、心配りというかそういう部分では、やはり日本の温泉街は一歩も二歩も進んでる気がする。
最初に部屋に入った時に置いてあった地元産のお茶菓子も、用意されていたお茶と一緒に食べてみたらすごく美味しかった。その話をしたところ、ミレーヌとヤオがいる部屋には、さらに地元産のスナック系お菓子があったとのこと。10歳前後ならお茶菓子より、お菓子の方が好むだろうという心配りだろう。
こうした配慮とか気遣いの教育みたいなものを、ヤマト領での温泉宿には取り入れたいものだな。
『主様よ、楽しめておるかの?』
『ああ、もちろん。……そっか、湯船に使ってるからゆきのスマフォでの連絡は出来ないのか』
『そういうことじゃ。それで、こっちでゆらが湯船で酒をたしなみたいと言っておるのじゃがどうじゃ? できればわしも少し飲んでみたいんじゃが……』
『ああ、ゆらは大丈夫だけど……お前はここでは10歳前後にしか見えないから無理だろ? あ、でも余所の人とかが誰もいないのなら大丈夫か』
『おおっそうか! 今ならわしらだけじゃぞ。なら、わしも少し飲んでいいかの?』
『そうだな。ゆらに少し分けてもらってなら』
『ありがとうじゃ! では──』
そう言って通信が切れた。まあ、少しくらいなら大丈夫だろ。しかし、ヤオ──八岐大蛇が酒を飲むって聞くと、どっぷり飲んで泥酔してる情景が思い浮かぶな。まあ、少しだけなら大丈夫だろう。
この後風呂を出る際ヤオに念話を送ったところ、ちゃんと普通に会話できる状態で返答がきた。どうやら酒は楽しんでいるようだが、泥酔して前後不覚になるような飲み方はしてないようだ。
先にでて部屋に戻り、広縁──窓際のスペースで椅子に腰掛ける。旅館の部屋には、なぜか障子でくぎられた窓側の区画があるんだけど、ここに座って外を眺めるのって好きなんだよな。
ここの宿は、そこが畳敷きになっている。そこにテーブルと椅子があるんだけど、ついついそこでお茶を飲んでると時間経過を忘れるほどに。
そういえばこの広縁、スレイスの温泉宿には無かったなぁ……。
そんな事を考えながら、ずずっとお茶を飲んでいるとノックの音がして、すぐさまゆきが入ってきた。
「カズキー……って、何窓際でお茶飲んでるの?」
「いやなぁ、旅館といえばこの窓際だろ」
「あー、わかるー。なんかそこいいよねぇ」
そういいながら向かいの椅子に座る。一人部屋ではあるが、広縁には椅子が2つ置いてあった。その方が見栄えがいいからだろうか。
「あ、そうだ。皆お風呂あがったから、夕食に行こうって」
「おっと、もうそんな時間か。んじゃいくか」
ゆきを連れだって廊下へ出ると、同じくらいのタイミングで皆も出てきた。全員そろったところで、ぞろぞろと移動して向かうのは食堂。ここの宿は、食事は基本的に食堂へ足を運ぶようになっている。どうしてもという人には、部屋へ個別の配膳もあるそうだが、大抵の人は食堂へ行くのを選ぶ。
なぜならば──
「わぁ……何これ、何かのパーティーでもしてるの?」
「いえ、これは……ビュッフェでしょうか?」
「うーん、おしい。これはね『バイキング』だよ」
「バイキング……?」
この宿の夕食は、バイキング形式になっているのだ。バイキングと言っても、やはり北海道。元の食材がいいため出来上がる料理も非常に美味しいとの評判だ。なによりここ、昼間は宿泊客以外の人たちに向けてのランチバイキングもしているらしい。
何故なのか調べてみたら、昼間は宿泊客の出入りがあるため朝食や夕食に比べかなり数が減るらしい。それならばいっそランチは一般開放したらどうかという話になり、地元素材を使ったランチバイキングを行ったところ、大好評になったとか。今ではそれ目当てで来る人も大勢いるらしい。もちろん宿泊客も利用できるので、連泊する客はほぼ間違いなくランチバイキングを楽しむとか。
俺とゆきで日本式のバイキングの説明を皆にする。そして何よりヤオが目を輝かせたのは“食べ放題”という部分だった。まあ、さすがに全力で満腹になるのは勘弁してくれと釘を刺しておいたけど。
ともあれ、皆で座れる席を確保したのち料理を取りにいく。どんな料理があるのかは予約を取るための前調べで知ってはいるが、やはり直接見るのとでは違うからな。
まずは軽くぐるっと見てみようと流していると、ゆらが声をかけてくる。
「カズキ、どう感じましたか?」
「そうだなぁ……うん、やっぱり色々と細かい気遣いがあるかな」
「ですね」
そう言って俺達は並んでいる料理を見る。並んでいる料理は、肉を中心とした料理、野菜を中心とした料理、惣菜、デザート等いろいろと並んでいる。その中には、オムレツだったり寿司だったりもあり、年齢性別関係なく誰しもが楽しめるよう豊富なメニューがそろっていた。
「ゆらはどう思う? これだけの料理を作って並べるという工程の手間とか」
「……案外、アリだとは思いますね」
俺の質問には、その実ヤマト領での宿で同じことをやってみた場合どうだろか、という意味も含まれている。もちろんゆらはそれを理解していたのだが、返答は“アリ”だと返ってきた。
「そう思った理由は?」
「この食堂の光景だけを見れば、随分と贅沢な食事風景にみえないこともありません。ですが、こうやって食堂へ集まらずに個々の部屋へ食事を配膳した場合、その手間はとても大きいものです。ましてや宿泊の建物が平屋ではなく上階があるのであれば、その配膳手間はなおの事大きくなります。それならば配膳の為の浪費用を極力抑え、その分を料理や食堂でのサービスにまわせば効率的です。食事に関してのトラブルも大幅に軽減できます」
「……うん、大体俺が思ってるのと同じ考えだね」
「ただ、このバイキング形式というやり方は、確実に需要よりも供給過多になります。それはつまり、食事を無駄にするという事。それを考えると一概に賛成というわけには……」
そういってゆらは顔を少し陰らす。やはり公爵家でメイドをやってきただけあって、そういう無駄を出すことを気にしてしまうんだな。だけどヤマト領でなら話は別だ。
「大丈夫だよ。余ったモノも無駄にはしない。余ったといっても“食べれなくて余った”というわけじゃなく、“誰も取らなかったので余った”だけなんだから、無論そのまま食べるよ。もし大量にあまったとしても、ストレージにでも一時保管してどこかで配ればいい。ああ、もちろん一度ひっこめた料理をまたここに並べるなんてことはしないよ。まあ、出来るだけ余らせないでやりくりできるのが理想だけどね」
そう言って笑いかけると、ようやく納得してくれたのか「はい」と返事をして微笑んでくれた。なんとも生真面目なゆららしいなぁと、ある意味では関心をしてしまった。
とりあえずざっと見て、ようやく自分が食べたいものを取りに行く。二人とも根っこが和の人なのだろう。お寿司と御惣菜、そして味噌汁をとった。
「あら、こちらの味噌汁は白みそですね」
「ん? ……ああ、そうか。彩和のあの辺りって、赤みそが主流の地域だっけ」
ゆきやゆらの故郷は、こっちでいう三河だとゆきが言っていた。ゆきが生前いた北海道は基本的に白みそで、転生した所では赤みそが主だと。一口に“みそ”と言っても、なかなかに違いがあるものだな。向こうの世界でも地域で違ってる文化風習があるなら、中継街ではなおさら気をつけないといけないかも。帰ったら、王都の南にあるメルンボス交易街をもう一度視察してきたほうがいいか。今度はそういう部分に注意を向けて。
俺達が席に戻るころには、皆はとっくにもどってきていた。取ってきた料理を見てるだけで、いりいろと面白い。
ミズキはわかりやすい若者チョイスだ。唐揚げとかポテトフライとか。それに揚げ物なんかもいくつかチョイスしてあり、ロールパンとスープが置いてある。
対してゆきは、これも若者トイスだが和が強い。こっちにも唐揚げ「ザンギ!」……あー、ザンギがあるが、あとは魚や山菜の天ぷらとか惣菜だ。そして姉のゆらと同じように味噌汁でごはん。
フローリアは、なんとも上品にまとまっている。肉類は生ハムと、粗挽きのウインナーが少し。サラダと、あとは軽くパスタがある。パンとスープはミズキと同じか。
ミレーヌも上品だが、こちらは領地であるミスフェアが彩和の文化が強いためか、けっこう和寄りになっている。ゆきのチョイスからザンギをぬいてサラダを追加したような感じだな。
ヤオは──うん、わかってた。色んな肉料理こんもりだ。鶏、豚、牛、……ん? これは?
「ヤオ、これって何の肉だ?」
「む? なんじゃったかのぉ……」
「あっ! ジンギスカンどこにあった?」
何だろうと疑問を浮かべるヤオに、ゆきが嬉々として聞いてきた。ああ、そうだった。北海道といえばジンギスカンじゃないか。
「そっか、ジンギスカン……羊か」
「ほほぉ、羊とな。あの毛がふわふわした生き物じゃな。どれ…………はあ、これはまた豚とも牛とも違う肉じゃな」
「え、そうなのですか? ヤオさん、私も少しよろしいですか?」
「あっ、私も食べたい!」
「こらこら、欲しければ自分でとってきなさい」
わっと瞬時にして盛り上がり、そしてすぐに席を立ってジンギスカンを取りに行く。どこにあるか知るためにヤオもつれていかれてしまい、残っているのは俺とゆらだけ。
「なんとも賑やかしいもんだな」
「カズキは煩いのは苦手?」
「まあ“煩い”のはね。でも今のは賑やかって感じだから、むしろ好ましいよ」
そう言って、料理の前でわいわいとやっている皆を眺める。うん、微笑ましい。
「ではそこに入らなかった私はどうですか? 好ましくないですか?」
「……は? いやいや、そんな事は……」
「ふふふ、冗談ですよ。カズキの事はもう上限なく信用してますから」
「──もう、勘弁してくれ」
そういって深く息を吐き出す俺を見てゆらが笑う。その、ごく自然な笑みをみて俺も笑みをこぼす。
そんなことをしてる間に、皆が帰って来る。そして席に着く前に、俺とゆらの前に小皿をおく。
「はいお兄ちゃんの分」
「これお姉ちゃんの分だよ」
ミズキとゆきが俺達の分のジンギスカンを持ってきてくれた。見れば皆おなじように、小皿に盛ったジンギスカンが席に置いてある。ヤオも新たに小皿が置いてあるのは、きっとそういう事なのだろう。
「ありがとう皆」
「皆さん、ありがとうございます」
俺とゆらが礼を述べると、皆笑顔で肯いて席に着く。
それを見て、俺は改めて口をひらく。
「では皆、あらためて──いただきます」
俺の声に続き、みなが手をあわせていきだきますの復唱をした。




