243.それは、出発前準備の幕間に
ともかくこれで、ユリナさんも無事ヤマト領へ来れる算段が立った。もっともその話は王女であるフローリア直々に話が通っており、どうころんでも来ることに変わりは無かったが、新領地の出発として余所に迷惑をかけての開始は避けたかったというのが強い。
ちなみにユリナさんに後任の確認をしたところ、自分の後輩でよくお世話をしている子がいるとか。その子も中々に優秀で、十分にサブマスターの後任足り得ると。だが何よりの決定打は、その人物──ルミエさんが商業ギルドのアイナさんの親友だという事。二人は家が隣で幼馴染だとかで、ある意味この王都にずっと住み続ける可能性が高い人物でもある。あと、ヤマト領の両ギルドもそうだが、王都でも両ギルドの連携をもっと密にすべきだという意見もあり、それを補佐するという役割もあるらしい。
こんな感じで、ヤマト領の両ギルドに関しては基礎準備ができたと思う。
領地に関しての資産運営は、最初はグランティル王国の領地であるため、それに沿った方針で進める予定だ。無論領地毎に決める税などは、改めて検討する必要はでてくるが。そういった部分は、フローリア伝いで信頼のおける管理者を寄こしてもらえるようになっている。しばらく領の統治などは助っ人に頼ることになるが仕方ない。
正式な領地発表の後は、以前にもまして整備や工事が進められた。まだ正式な運営は先だが、既に先を見越して商業ギルドで土地を都合してもらっている人も多い。また、この地が祝福を授かっているという話もいつしか広まっており、それならばと病院などの公共施設も建設する話が持ち上がっている。新たに生まれる小さな領地だというのに、神木から生まれた祝福の樹に、精霊が集う程の清い水、そしてなにより聖女が住むとなるこの地は、もやは聖地ともみなされているとか。
またフローリアの従妹であるミレーヌもヤマト領に住む話もいつしか広まり、聖女と同等の力と資格を持つ彼女までもがいるならば、それほど神聖な地になるのだという声も聞こえる。将来は、本当の意味での聖地めぐりとかで人がやってきたりすのだろうか。……そういう雰囲気を損なわないお土産とかも考えたほうがいいのかな。
……ここ最近は、こうやって領地主体で色々なことを考えてばかりいた。
それに関しては皆も理解してくれているのでいいが、やはり少し前までに比べると会う頻度も幾分下がったような気がする。かくいう俺も少し寂しかったりして。
そんな訳で領地にも関係し、尚且つ皆と一緒……というか、皆がいてくれる事で意味がある事をすることにした。
──そう。いよいよ、現実世界の温泉旅行である。
行先は既に北海道の登別温泉に決めて有る。そしてゆきの──生前名・菅野雪音の故郷である小樽にもよっていく予定になっている。以前はその寄り道に関し、そこそこ重い感情が乗っていた感もあるが、どうやら本当に吹っ切れたようで、
「私の遺骨が納められている墓石を、ピッカピカに磨いてきてあげるわよ!」
と笑顔で意気込んでいた。
そんな少し不思議な旅行を、すでに数日後に控えている。宿屋は無論、往復の交通手段も既に予約して準備は万端だ。
ちなみに北海道へいく手段だが、今回は新幹線でいくことにした。異世界の皆には飛行機での移動より、電車での移動のほうがいいだろうという事になったからだ。残念ながら新幹線が小樽まで繋がるのにはまだ何年もかかるので、函館であちらの在来線に乗り換えての移動になる。
宿も移動も既に準備万端、となればあとは……
「あとは旅行用の服よね!」
というゆきの一声により、今日は久しぶりに全員で現実にやってきている。ちなみにこの旅行中、ヤオもずっと人間の姿をとって同行することになっているので、ヤオの分の服も買ってあげることになっている。
まあ、こっちの世界でも結構なお金持ちになっているので、少しばかりの無駄遣いなら何ともない。……いやいや、これは無駄遣いじゃないな。有意義遣いだ。
そんなわけで俺達一行は──
「まあ、カズキが私達を連れてくるならここが無難よね」
「そう言ってくれると助かる……」
なんとなくゆきに慰められた俺達がいるのは、いつもの駅前のデパートだ。とはいえ、ゆきが言うには基本的にデパートで服を買うのが一番確実なんだとか。自分たちの様な一見客でも、女性相手の服売り場ではしっかりと対応してくれることが多いし、何よりデパートは商品の鮮度や数が命。それに日本のデパートでは男性が気を使い、婦人服売り場は女性専用フロアも同意だとか。デパートの中で女性がいちばん伸び伸びとできる場所とも言っていた。
案の定、皆は売り場につくと無意識に笑みがこぼれていたりする。
「じゃあゆき、悪いけど皆の事よろしくな」
「オッケー、まかせといてよ!」
ゆきに予備の財布を渡しながらお願いをする。この財布はこっちの世界でゆきが使うための資金が入っている。こういう場所で俺が払うよりも、ゆきにお願いしたほうがスムーズだからだ。さすがに他の人には頼めないので、こういう時はゆきの前世知識は大助かりだな。
「じゃあ俺は適当にうろうろしてるから。終わったら電話でもしてくれ」
「はーい。んじゃみんな、いきましょうかね~」
そういって皆をひきつれてブティックフロアをずんずんと行ってしまった。こちらでの連絡用にとゆきにはスマフォも渡してある。とはいえ、さすがに好き勝手はしないようにとのお願いはした。単なる俺との連絡手段としての道具なのだからと。とはいえ、こっちに居る時は自由につかわせているので、既にかなりいろんなアプリが入ってるらしい。俺の持ち物ではあるが、一応プライバシーということで見た事はないんだけど。
さて何をして時間をつぶそうかと思ったが、無難にデパート1階のフードコートでコーヒーを読みながら時間をつぶすことにした。周りをみても休日だからなのか、家族連れも多く見られる。中には家族の買い物待ちをしてるらしきお父さん方の姿もちらほらと。まあ、多分今の俺は同じようにみられてるんだろうけどなぁ。
特にすることもない俺は、スマフォで適当にニュースサイトを流し見していたのだが。
「あれっ? 七尾さんじゃないですか?」
「えっ!?」
そんな声に思わず反応してしまう。久しぶりに耳にした自分の名字だが、さすがに20年以上もつきあいのある名前で、ちゃんと自覚があって内心ほっとしている。
「俺ですよ、以前LoUでお世話になった……」
「ああっ!! デザイナーの──」
思わず握手を交わしてしまう。いわゆる意気投合したオタク気質の人間は、よく握手をするっていうアレだな。こんなとこでするとは思ってもいなかったけど。
彼は以前より会社のゲームでお世話になった入るデザイナーさんだった。LoUではお世話になったが、実はそれ以外も以降も、ちょいちょい仕事をお願いしている人だ。まだ異世界に行くようになったばかりの頃、どの程度干渉していいかの判断なしにアイテムなどを実装してやろうとデザインしてもらったりもした。
「どうしたんです、こんな所で」
「いやいや、どうしたのはこっちの台詞ですよ。七尾さん、今どうしてるんですか? もうLoUも終わって、ライブスもないんですよね?」
「あ、うん」
彼が言うライブスとは、LoUの製作ブランドだ。会社名は有限会社ライブワークス……倒産しちゃったけどね。
「今は今迄の備蓄というか……貯金があるし、アプリとかでの収益があるから問題ないよ。無駄に贅沢しなければ普通に生きていける感じ。そっちこそ、今どうなの? 仕事減ってない?」
「ああ、聞いて下さいよ。少し前からやってるアプリの仕事なんですけど……」
「けど?」
「なんか盛大にコケて起き上がれずに、半年で終わりそうなんですよぉ……」
「うわ、さすがアプリ業界。でも半年か……人気アニメ原作でも1年で消えるの多いからなぁ」
お互い顔を見合わせて、同じタイミングで溜息をつく。言い古された溜息をつくと幸せ云々という言葉だが、幸せな人は溜息なんてるかねぇよ。
「でもまあ、今ンとここっちも貯蓄があるからなんとか。ほんと、LoUに助けられましたよ。またなんか新しいゲームの話とかないんですか?」
「あー……今はないかな。でも色々と考えてるから、もしかしたら試作でデータを頼んだりはするかも。もちろん以前と同じくらいの歩合で支払もするよ」
「本当ですか? なら是非またお願いしますよ」
「こっちこそ、よろしく」
そう言ってまた握手をして別れた。彼の手にさげられた袋は、このデパートにあるおもちゃやの袋だ。たしかプラモデルが趣味だとも聞いていたから、きっとそうだろう。その話を聞いた時、通販でもいいんじゃないの? って聞いたところ、
『こういうのは、実物みてからじゃないとダメですよ』
と言われた。まあ、俺もそういうのが分かるので納得したけど。
しかし……そうか、苗字ねぇ。
こっちの世界で旅行するとなると、ちゃんと名前が整っていたほうがいいのか。
フローリアとミレーヌは、まあそのままでいいか。見た目もだが外国人であれば不自然ではない。後は、俺も含めて全員日本人容姿だな。エレリナもこっちでは目立たないように、本来の仮野ゆらとして行動しているし。ゆきは当然狩野ゆき。
となると、苗字がないのはミズキとヤオか。なら二人には俺と同じ七尾姓でいいか。こっちに来た時は、それぞれ『七尾ミズキ』『七尾ヤオ』と呼んでもらうか。
そうやってぼんやりと考え事をしていると、ゆきから電話がかかってきた。どうやら買い物がおわったらしいと。なので1階エレベータフロアの噴水広場で落ち合った。
その際、皆にミズキとヤオにはこっちでは『七尾』姓を名乗ってもらう事を話した。ゆきは納得顔をし、エレリナも大方の予想がついたので理解したような感じだが……。
「ずるいですカズキ! 私もカズキと同じ名乗りを!」
「カズキさん! 私も! 私もナナオを名乗りたいです!」
なぜか現実でしか使うことのない七尾姓に、フローリアとミレーヌがくいついた。嬉しくもあり、恥ずかしくもありだが、そんな些細なことでも羨ましいのか?
ちらりとミズキを見ると「うふふっ」という声が聞こえてきそうな笑みをうかべてた。あれま、なんか勝ち誇ったような顔をしてらっしゃるぞい。




