241.それは、初めてのケーキ作り
今回の話、ほぼケーキ作りで終わっております。物語としては進行してませんので、幕間のエピソード的に思って下さい。
どうにか商業ギルドでのサブマスター委任は無事にいきそうだ。
ただ、その決め手になったのがスイーツ……ケーキだというのは、微笑ましいというか一抹の不安とでも言うのか。
とはいえそのケーキだが、ヤマト領での生産販売を目指す為に作ったものなので、かなりの自信作だったことは否めない。
しかしまあ、ストレージにしまっておいた試作のホールケーキを2つも消費してしまった。まだあと数個あるけど、いきなり2個もなくなったと知ったら皆は「誰にあげたのですか!?」と聞いてきそうだ。
──そう。あのケーキは、少し前に皆で造ったものだ。俺のストレージ内は時間がとまるので、新鮮なものは新鮮なまま、焼き立てなら焼き立てのままとっておける。
あのケーキを作ったのはたしか……そうそう、公爵位を受けるよりもっと前のとある日だったな。何度か造り慣れた位の時につくったのだが、初めて皆で造った時はなかなかに大変だった。確かそれは──
「ではケーキ作りを開始しようと思う」
そう言って俺が声をかけるのは、いつもの皆である。ミズキ、フローリア、ミレーヌ、エレリナ、ゆき、そしてヤオも人間の姿でここにいる。
そんな俺達がいる場所は、ミスフェアのアルンセム公爵──ようするにミレーヌの家。普段来た時にとおされる応接間ではなく、今日は特別に厨房を使わせてもらっている。ある程度の充実した厨房があったほうがいいと思い、結果王城かここくらいしか候補がなかった。さすがに城の厨房はどうかと思ったので、ミレーヌにお願いしてこちらでの運びとなった。
全員にエプロンをつけてもらい、手をあらって準備万端になったところで。
「では、今回の作業指揮だが……ゆきにお願いする」
「了解! まかせてっ!」
そう言ってゆきが皆の前に立ち、俺は少し下がる。なぜゆき主導で行うのか。それは、これから作るのが“ケーキ”だからである。こちらの世界では、貴族が食す焼き菓子などは当然プロの職人が行う。とはいえ、スイーツ関連のレシピなどは現実に比べて非常に少なく、味も見栄えも劣っている。極論、現実世界の家庭で作るスイーツが、こっちの世界のプロの仕事に勝っているのだ。
その秘密は、やはり正確なレシピ。
どういった素材を、どれだけの分量使用して、どれだけの時間調理すればいいのか。
俺達の世界ではあたりまえのレシピも、こちらでは突き詰めた回答ともいえる内容だったりする。
今回やりたいのはそのレシピを用いて、こちらの世界での食材や道具や設備できちんとしたケーキができあがるのか、という疑問への挑戦だ。
そんなわけで、今回のリーダーはゆきにお願いした。元々以前は少しくらいお菓子作りをしていたようだし、なにより現実世界でのレシピを一番理解できるのも彼女なのだから。
という訳で、彼女を中心としてケーキ作りが始まった。
そんな中やはり一番手際がいいのはエレリナだ。普段からミレーヌお付きのメイドである彼女は、アルンセム公爵家の優秀なメイドとしても才をいかんなく発揮していた。
ケーキを作るうえで一番の基礎であり重要なスポンジケーキ。それを作るための材料を測る段階で、すでに大きな差がでた。普通であれば測りを使い分量を調べる薄力粉や水や牛乳。そういった部分を、軽く手でかかげるだけで正確に測っていた。それはエレリナ特有のスキルとかではなく、毎日の積み重ねによる家事能力そのものだ。試しにとエレリナがパパッと仕分けた薄力粉を測ってみると、ぴったりレシピ通りの分量だった。むしろ、測りを使って作業している他の4人より正確だったりするほどだ。
全員が分量を量り終えた。ちなみにヤオはミレーヌと一緒に作業をしている。なんかちびっ子コンビが楽しげに作業をしている光景はほっこりしてしまい、ついついスクショを撮りまくったりして。
そんな事をしている間にも、次の作業へ進んでいく。その中で薄力粉をふるいにかけている時、ミレーヌが聞いてきた。
「ゆきさん、この作業は何でしょうか?」
「ん? ああ、薄力粉を均一にしているんだよ」
「均一……? えっと、それはどういう……」
「まあまあ、とりあえずそれを振っていればわかるよ」
そう言われたので、とりあえず黙って振るい続けるミレーヌ。少しずつふるいの中の薄力粉が下の器へと落ちて行くが、大分ふるい落とした段階でミレーヌがあることに気付いた。
「あの、何か粉が固まっているみたいです」
「それじゃあコレで、上から軽く押して下に落としてみて」
そう言ってゆきはヘラを手渡す。それを使ってミレーヌは、そっと上から押し込んで薄力粉をふるいの下へと押し出す。何度かやっていると、残っていた粉のダマは全部下へと落とされていた。
「うん、いいね。それじゃあもう一度この粉をふるいにかけてね。2回目はさっきよりもさらさらと全部落ちるはずだから」
「は、はい」
素直にもう一度ふるいにかけると、その通りにすんなりとすべての粉がふるいを通る。それを見て満足そうな顔をしたゆきが説明をする。
「今やったのは、さっきみたいに固まってる粉を全部サラサラの状態に戻す作業ね。あれをしないと、ケーキの中に粉の塊ができたり、膨らみ方がかたよって硬くなったり、とにかく美味しくない事がおきるんだよ」
「そうですか……。エレリナも料理の時は、こんなことを毎回しているの?」
「献立によって、ですね。でもその料理に合わせての下ごしらえや調整は必ずしていますよ」
「そうなんですね……」
エレリナの言葉を聞いて、料理の苦労を感じたのか尊敬するような目を向けるミレーヌ。それが嬉しいのか少し照れくさそうにするエレリナ。んー、なんだろう。すごく楽しそうだけど、俺少しばかり場違い間があるかもしれん。
ほっこりした空気の中、スポンジケーキ作りが進んでいく。材料を器に入れながら、順次ダマができないよう万遍なく攪拌していく。十分まぜあわさったところで、いよいよスポンジケーキの型枠を手にする。
鉄製の丸い板と、そのサイズで輪っかになっている鉄板だ。その内側に紙をあてがって切り取り、表面に油を塗る。それをオーブン用からスライドした鉄板にのせて、そこへ先程の材料を流し込む。流し込む作業を見せる為に、最初ゆきとエレリナが実演し、続いてミズキとフローリアが行う。最後にミレーヌとヤオのコンビが流し込んで完了。そのまま鉄板を奥へ押し、オーブンの扉をしめて焼き始めた。
これでスポンジケーキは焼きあがるのを待つだけ。
なのでケーキのもう一つのメイン、生クリームの作成へ着手した。
先程と同じように分量をレシピ通りにきちんと測る。ここが重要だということは、あらかじめ徹底しているので皆真剣だ。
いち早く測り終わったエレリナは、すぐさま鉄の器──ボウルと同等の調理器具に氷水をうかべ、その中に一回り小さいボウルをいれる。その中に材料をいれてすぐさま撹拌しはじめた。うん、やはり一人だけプロ顔負けの腕前だな。
それを見ていた皆も、順序氷水入りボウルへボウルと材料を入れて撹拌する。皆無言になって作業している光景を一人じっと眺めている俺はいささかバツが悪い気もする。
そんな中、エレリナにつづいて撹拌しおわったゆきが、
「ねえカズキ。ハンドミキサーみたいな調理器具って作れないかな?」
「ハンドミキサー? ああ、あのかきまぜ棒が回転するアレか」
「かきまぜ棒って……まあ、そうなんだけど」
普段料理をしない俺だと気づかないけど、ゆきからしてみればこっちの世界はかなり調理器具が不便なのかもしれない。ミキサーみたいな電動器具もそうだけど、スライサーやピーラーみたいなものや、安全性を向上させたおろし金とかも無かったりする。んー……動力不要な台所用品って、もしかしたらいい商売案になったりするのか?
そんなことを考えている間に、全員が生クリームを作り終えた。最後におわったのは意外にもフローリアだった。ミレーヌ達はヤオが撹拌役をしたため、あっというまに予定の7分まで終わった。気付かなかったら、材料を追加して戻す手間が増えるところだったぜ。
とりあえず出来上がった生クリームを、一旦冷蔵庫へしまう。
さあ、最後は彩用の素材だ。
そんな訳でまたまた取り出したのは色々なフルール。もちろん取り立て熟れたてを考慮して、一番おいしいタイミングでストレージ保存してあったものだ。
目の前にあるのは、苺、リンゴ、桃など。後はキウィに似た果物など、こちらの世界特有のフルーツだ。
それらを見て皆が目をかがやかせる。そんな皆にゆきからの指示がされる。
「こちらのフルーツをケーキの飾り及び、スポンジケーキの中に挟む具材にします。中に挟む方は平切りにして、生クリームといっしょに挟むので大きさに注意すること。上にのせる飾り付けの場合は、苺などはそのまま、桃などは8等分か、さらに半分くらいにするように」
そう言ってゆきが苺を手にとる。それを見て皆もまずは苺を取る。苺はやはり飾りのメインということで、これだけはあらかじめ個人別に皿に取り分けておいた。
苺を丁寧に洗いヘタを取る。取り終わったら、飾り付けの時の目安にするためか大きさ順に容器の中にならべている。
あちらの世界で皆が見たケーキは、常に均一で綺麗に整ったものばかりだった。さすがにいきなりあそこまでのものは作れないが、皆すこしでもあれを目指して真剣なのだろう。
ケーキの中に入れるフルーツの準備もおわり、さあ次は……という所でオーブンから音がした。どうやらスポンジケーキが焼きあがたようだ。
途中何度かミズキやミレーヌが中を気にしていたが、空きあがる前に開けると絶対に失敗すると教えたら驚いてみようとするのをやめた。まあこれは脅しではなく本当のことなので。
さて、そんなスポンジケーキだが……結果は、驚くほど上手に焼けた。その出来栄えに関心しているとゆきが、
「何か、以前私が電子レンジで焼いたときより美味しそう……」
などと呟いていた。
ともあれこれで土台のスポンジケーキもできあがった。さあ、仕上げだ……と思ったのだが。
「ああっ!?」
「うぉ? な、なんだ? どうしたゆき?」
とつぜん大声をあげたゆきを皆がみる。ユキはそんな視線を気にスツこともなく、少々青ざめたような顔をしている。何かとんでもない失敗でもあったか?
こういう場になれているのか、エレリナがすっとゆきの前に行く。
「どうしたのゆき、正直に言いなさい」
「あー……と、その、言いにくいんだけど……」
「ええ」
観念したようにひとつ深い息を吐いて、ゆきがポツリと話はじめた。
「スポンジケーキを切ったりデコレーションしたりするのって、できたら一日経過したほうがいいかなぁ~って……その……」
「………………」
ゆきの言葉で皆が何とも言えない沈黙をする。
要するにだ、今ここでケーキは完成しない──そういう事だ。
「ご、ごめんね。楽し過ぎて、スポンジケーキを冷ます工程をすっかりわすれてた……ごめん」
目に見えて落ち込むゆき。雰囲気からして誰も怒っていないのだが、どうしたらいいのだろうという空気にはなっている。
ここは何かうまくまとめようかと、俺が思った時。
「では! どうでしょう皆さん、明日も集まって続きを致しませんか?」
楽しそうに手を胸の前であわせて、笑顔でフローリアが言う。それを聞いて皆も「いいね」「やりましょう」と笑顔を返す。
「というわけですが、ゆきさん」
「は、はい」
「明日はケーキ作りの二日目のご享受、お願い致しまわすわ」
軽い会釈をして微笑むフローリア。そんな様子を見ていた俺は、安堵した影響なのか少しだけ思い付いたことがあった。ちょうどいいと思って俺も口をひらく。
「ゆき、ありがとうな。すごく大事な事を知ることができたよ」
「へ? 何を?」
「ケーキ作りをするとき、土台のスポンジケーキを前日に焼いておかないといけないってことだな。つまり今日の分は昨日、明日の分は今日という感じで前日に焼き上げておく必要があるってことを知れたわけだ。これは今後を考えたらすごく重要なことだぞ」
「あ、うん。でも今回はその、私のうっかりで……」
「別にいいだろ。それで今回誰か迷惑におもってるか?」
そう言って周りを見る。わかっていることだが、誰ひとりとして文句など言うハズもない。
「また明日も一緒にケーキ作りだもんね。楽しみにきまってるよ!」
「ミズキちゃん……」
「私も楽しみです! それにこんなに厨房でわいわい騒いだのも初めてです!」
「ミレーヌ様……」
「なんじゃったら、また明日も焼くかのぉ? そしたら明後日もケーキ作りじゃぞ?」
「ヤオちゃん、無茶ばっかり……もうっ」
「ふふっ、正直楽しくて過ぎる時間が寂しかったですわ。それを延長して下さったんですから、感謝しておりますわ」
「フローリア様、ありがとうございます……」
皆が“ただ気遣って”ではなく、本心で楽しんでいることを伝える。
「ゆき」
「はい、お姉ちゃん……」
「明日の仕上げで、どちらがカズキが喜んでもらえるケーキに仕上げられるか勝負しましょう」
「えっ! あ……うん。わかった。負けないよお姉ちゃん!」
「ずるい! 私もその勝負に参加します!」
「でしたら私もですわね」
「おっ、ならばわしらも参戦じゃぞ」
「はいヤオさん! 一緒に一番目指しましょう!」
先程までの空気はどこへやら、いつのまにか明日は出来上がったケーキ勝負ということに。
既にもう頭の中ではケーキの飾りや仕上げの構想をしているのだろうか。あーでない、こーでもないと、何かを考えるような雰囲気を皆していた。
うん、やっぱり微妙な顔してるよりもこうやって活き活きしてるほうがいいな。そう思って笑顔でいる俺を見て、フローリアが冷静に……だが、とんでもない事を言い放った。
「カズキ。明日のために体調は万全にしておいてくださいね」
「へ? まあ、別にどこも具合は悪くないけど……」
「いいえ、そうではなくてですね」
彼女が何を言ってるのかわからないと思っている俺に、フローリアが笑みを浮かべる。……え。なんで今ここでそんな、笑みを浮かべるんですのん?
俺の中で浮かぶ疑念に、にっこにこのフローリアから出てきた言葉は。
「カズキは勝負の判定者です。明日は全員のケーキ、頑張って食べて下さいね」
「………………え」
思考が止まった。普通にとまった。
えっと、明日俺……ケーキを……5個? ホールケーキ……生クリームたっぷりのケーキを?
…………え?
今まで感じたことも無い感じをうけて、声も出せずにたたずむ俺の目にうつるのは、明日のためにとより一層張り切っている皆の姿だった。
この世界の胃薬って、どんなもんかなぁ……。




