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240.そして、立つ鳥跡を惹きつけて

「ふぅ……美味しいです……」

「本当です、美味しい……」

「ううっ、あんまり食べると晩御飯が……でもやめたくない……」


 声を抑えているのだが、自然とわいわい姦しい感じになっているここは、王都の商業ギルドにあるとある一室。最初はエリカさんに、ヤマト領で先行販売する予定のインスタント麺についての商談をしていたのだが、カップ麺の試食になって彼女の後輩であるアイナさんも同席してもらった。

 そこで二人に食べてもらったカップ麺が好評だったのと、このアイナさんがエリカさんの後釜候補らしいと聞き、それならばともう一つ食べてもらいたいと取り出したのがホイップと苺のスタンダードなホールケーキだった。

 エリカさんもアイナさんも、こういったスイーツに目が無いのか一気にテンションMAX。ただ、さすがにホールは多いなと思っていたところ、商業ギルドの女子社員で食べさせて欲しいといわれた。今日勤務している女子社員はあと6名とのこと。8名となればホールケーキを等分するにはピッタリだ。なのでエリカさんとアイナさんは固定で、あとは3人ずつ2回に分けてこちらに来るようにしてもらった。

 そしていざ試食が開始された途端、冒頭のような状況になったのだ。

 最初は軽く食べてもらうだけのつもりだったが、皆があまりにもうれしそうな顔をするので、楽しくなって実はもう1個ホールを追加した。こちらはシンプルなチーズケーキのホール。

 呼ばれてきた受付さんの一人が、チーズケーキを半分ほど食べたところでこちらを見て、


「あのっ、これってヤマト公爵がお作りになったんですか?」

「えっと……レシピを教えたのはそうだけど、実際に調理してくれたのはミスフェア領主の家のメイドさんだよ」

「カズキくん、それってエレリナさん?」

「あ、うん。そうかエリカさんは前の旅行のときに会ってたか」

「旅行って……この前エリカ先輩が話してくれた温泉旅行ですか?」

「そうよ。スレイスの温泉、楽しかったわぁ……」

「いいなぁ、わたしも行きたいです……」


 ……なんかすげえ。一つの発言から、どんどん色んな話題に派生していく。いつものメンバーとは違う賑やかしさがちょっと気後れしてしまうくらいに。

 ともあれ3人ずつケーキを食べてもらう事を2回おこなった。エリカさんとアイナさんは、1回目と2回目で1個ずつ食べていた。他の人が食べてる時に見てるだけなのはイヤだったんだね……。


 ちなみにこっちの世界だが、スイーツの類がないわけではない。王都の噴水広場にはソフトクリームの屋台がある。ちなみにこのソフトクリーム、屋台で売ってはいるけど製法は特殊な魔法器具でつくられているのでよく知られてないらしい。箱に牛乳や砂糖や氷といった材料をいれると、よくあるソフトクリームが出てくる機械と同じ動作をするようだ。

 なぜこんな曖昧な仕組みなのかというと……一言で言えば、LoUのフィールド画像でソフトクリームの看板絵があったせいだ。そのためこの世界では“ソフトクリームは屋台で売っている”という認知がされてしまっていた。とはいえ既に十分な浸透具合と、この特殊な機器は王室管理品ということらしいので、これを個人で独占するようなことはないらしい。


 だが、そんな感じでスイーツといえば、このソフトクリームか果物を使ったものが主らしい。

 あとはホットケーキのような焼き菓子に蜂蜜をつけたりとか、おおよそ見た目にもこだわったスイーツというものはほぼない。

 一時期LoUで期間限定で流通してたスイーツ系アイテムは、こっちの世界では見当たらない。一応生成に根拠がないものは、存在しなかったことになっているようだ。


 その為か、俺が出した苺のショートケーキとチーズケーキは、エリカさんやアイナさんはもちろん、順次試食してもらった6人からも大絶賛を受けた。不満といる意見はほぼなく唯一あったのが、


「この2つは随分と味が違うから、一緒に頂く紅茶も違うともっと美味しいかも!」


 ……と、どちらかというとナイスアドバイス的な言葉だった。

 ともあれ突然の呼び込みで食してもらったが、結果はこれ以上ない成功だったといえる。

 そんな彼女たちが部屋を出て行き、残されたのは俺とエリカさんとアイナさん。


「あのー……エリカさん、なんで私はここに残らされてるんですか?」


 皆が業務に戻っていった中、一人だけまだ待機させられているアイナさんは、いまいち状況がのみこめない様子だった。まあむりもない。これから彼女にとっての、結構重要な事を話すのだから。


「アイナ、非常に大切なお話があります」

「は、はいっ」


 姿勢を正したエリカさんがアイナさんに呼びかけると、その声色から何かを察したのか改まった表情を浮かべるアイナさん。それを見て軽く一息ついたエリカさんが話し始める。


「実は──」


 エリカさんが主体となって、本題へと入った。

 ヤマト領が正式に稼働するにあたり、新たに商業ギルドもヤマト領にも設置する事。そしてそこのギルドマスターにエリカさんが行く予定がたっていること。ついでに冒険者ギルドではユリナさんがギルドマスターになり、今迄以上に両ギルドが連携して運営していくとの事。ふむ、それは知らなかった。

 そしてアイナさんにとって一番重要な話へ。エリカさんが異動することにより、サブマスターが空席となる話をした。そのへきて、アイナさんがはっとした表情を浮かべる。


「まっ、まさか……」

「──ええ。次の商業ギルドのサブマスターには……アイナ、あなたにお願いしたいのよ」

「無理ですっ、無理ですってば!」


 脊髄反射で応えるアリナさん。まぁ、俺から言うのもなんだけどその反応は正しい気がする。今までごく普通に受付嬢だったのに、いきなりサブマスター……というのは驚きを禁じ得ないだろう。


「なぜかしら? 私が貴方の年齢だったときには、もうサブマスターをしてたわよ」

「で、でも……でもぉ……」


 いきなりすぎて少々涙目になっているアイナさん。助けをもとめるように俺の方もチラチラみてくるけど、さすがにこればっかりは俺はなんの助言もできないぞ。

 予想通りとはいえ、なかなか受けてもらえそうにない状況に、エリカさんははぁっと溜息をついた後話しはじめた。


「──アイナ。サブマスターという肩書で及び腰になっているけど、実際には今の業務と左程変化はないのよ。確かにギルドマスターが不在の時の責任者となったりもするけど、そうじゃなくても基本的に業務配分はかたよらないようにされているでしょ?」

「ええ、まあ。そうですけど……」

「もちろん少しは業務が増えるけれど、その分御手当が出るから収入は増えるわよ」

「それは……嬉しいけど、でも、んー……」


 なんとかエリカさんが懐柔しようとするも、やはりそうすぐには首を縦にはふってくれない。俺としてはアイナさんが受けてくれるということは、エリカさんがヤマト領へ安心してこれるってことになるので、是非ともお願いしたいところなのだが。

 そう思っていると、アイナさんがちょっとだけ違う方向での意見を口にする。


「というかエリナさん、ヤマト領へ移るってことは──さっきのケーキとか、いろんな美味しい食べ物を毎日食べられるってことですよね!?」


 ……えっ。そこが重要なの? 驚く俺とは違いエリナさんは、笑顔を浮かべて言う。


「さすがに毎日──は、ないんじゃないかしら。うふふっ」

「嘘です! 絶対に毎日ケーキ食べるつもりです!」

「……それならアイナがヤマト領の商業ギルドマスターになる?」

「それこそ無理ですよぉ~!」


 食への想いからくる悲鳴をあげならが、アイナさんが駄々をこねる。だが、これを見て俺は思い付いたことがった。正確には思い付くというより、アイナさんを説得できる手段足り得る話があることに気付いたのだが。


「アイナさん、少しいいですか?」

「は、はい。なんでしょうか」


 公爵である俺に話しかけられたアイナさんは、あわてて態度を改めて背筋を伸ばす。その様子を苦笑しながらも、エリカさんが「おっ?」という感じの表情を見せる。どうやらこちらの意図に気付いたか。


「先程のケーキですが、あの他にも幾つかスイーツを作りヤマト領で販売する予定です。そこでなんですが……」

「は、はい」

「そのスイーツを、ここ王都でも販売するための流通と管理。それを任せられる人材を探しています」

「…………はい。へっ? あ、はいっ?」

「アイナ、落ち着いて」

「だってさっきのケーキって、ええ? ヤマト領から持ってくるとなると数日……でもそんなに日持ちする食べ物じゃないですよね……あれ? ええ?」


 少し間をおいて、俺の言葉を理解しようとして軽くパニックになる。横でエリカさんが笑っているが、アイナさんはそれに気付かないであたふたしている。


「アイナさん」

「えっと、えっと……」

「アイナさんっ?」

「あ、はっ、はいぃ! すみません!」


 少しだけ声を大きくして呼びかけるとようやく気付いてくれた。もちろん怒っているわけじゃなく、面白おかしいい状況なんだけど。


「少しいいかな? エリカさん、外にでましょう」

「りょうか~い」


 俺の申し出にエリカさんはニコニコしながら立ち上がる。どうやらちゃんとわかっているようだ。どこへいくのだろうと不思議におもっているアイナさんを連れて、俺達は商業ギルドの裏側から外へ出た。こちらはギルドに用がある業者さんたちの受け口でもあり、基本的に午前中が稼働時間で今は人もいない。


「それじゃあ、とりあえずヤマト領」


 さっと【ワープポータル】を設置する。ぼわっとひかる地面を見て、アイナさんは驚きの表情を浮かべる。


「それじゃあアイナ、お先にどうぞ」

「へっ!? エリカさん、これなんですか!?」

「いいからいいから、えいっ」

「ひゃあああっ!?」


 ドンっと背中をおされてアイナさんはたたらをふみ、ポータルに乗ってしまう。それにより当然のごとく転移をしてしまう。


「エリカさん、無茶しますね」

「あはは、驚くかなーっと思って」

「そりゃ驚きますよ。俺達も行きますよ」

「はーい」


 すぐさまヤマト領へ行くと、少し離れたところで周りをきょろきょろするアイナさんがいた。


「あっ、エリカさん! 何ですかアレは!? ここどこですかっ!?」

「さっきのは特定の場所への転移魔法で、ここはヤマト領よ」

「えええっ!? 転移!? ヤマト領!?」


 大きな声で驚き、ぐるりともう一度まわりを見る。急ピッチで整備されている領地と、その横にながれている大きな川。


「ここがヤマト領……じゃあこれがノース川で……」


 茫然としながらも、ヤマト領の位置は頭に入っているらしく、横に流れるのがノース川だとつぶやく。

 しばし唖然としていたが、ようやく落ち着いたのか俺の方を見て興奮気味に声をあげる。


「これってつまり、王都とヤマト領を一瞬で行き来できる手段があるってことですよね? じゃ、じゃあ先程言っていたヤマト領で造ったスイーツを王都で販売って話は……」

「そうです。王都とヤマト領は、魔輝原石に両地点を設定した【ワープポータル】を記録し、それをつかって商品流通をしてもらいます。要するに、両方の場所で同じものを同じタイミングで扱えます」


 魔輝原石に関して、あれから色々調べた。結果エルフの里に行ってご神木の古代エルフから詳しく聞けた。どうやら大きさに意味はあまりないらしい。大きくても小さくても、塊で“1個”という認識で、1個に一つの魔法が記憶できるとか。大きさは魔素タンクみたいなもので、使用者が魔力を持っている場合は意味がないのだとか。

 なので魔輝原石は、ドワーフに頼んでこぶしサイズに切り出すのがいいとか。結果として10個ちかい魔法を覚えさせるアイテムを入手したことになった。なので商業使用にも踏み出せた。


「じゃ、じゃあ私が王都に居ても……」

「はい。できたばかりのケーキを入手できますよ。そして、その商談に関しては信頼できる相手を求めているのですが……」


 そう言ってエリカさんを見える。あとは上司の説得だけだと。


「私がアイナを推したの。あなたなら信頼できるし──」

「し?」

「それにスイーツの流通もあるなら、いつでも好きなように自分の分を買えるでしょ?」

「はい、はいっ」


 かなり食い気味に、そして前向きになってきた。なので最後の一押しを俺からする。


「もしアイナさんが流通の窓口になってくれるのなら、割引は無論のこと新作スイーツの試食とか色々お願いしますよ」

「やります! 私がやります、やってみせますっ!」


 今日出会ってから一番元気な声で、アイナさんのやります宣言を聞いた。というか、そんなにも気に入ってくれたのか。これならエリカさんの異動に関して順調そうだ。

 冒険者ギルドのユリナさんも、問題なく進んでくれてたらいいんだけどなぁ。




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