24.そして、愛は注がれる
「こ、この子は…………」
呆然とした様子で呟くミズキ。だが困惑した表情の中にうっすら見える高揚した感情と、戸惑い半々喜び半々の声は、今この瞬間にわくわくしているのをごまかせない。
今俺たちがいるのはマイホーム内のミズキの部屋。
そこに俺と部屋主のミズキがいて、開いたドア越しに廊下から両親が覗き込んでいる。
あの後俺はさっそくペット機能の実装に着手した。
元々各オブジェクトの構造体には、今後のアップデートによる他構造体へのリンク機能を用意してあったので、ペット機能くらいの追加であれば問題なく可能だった。
なので早速当初の予定通りのペット機能を実装した。このペット機能も実は拡張予定があり、いわゆる猟犬などのように戦闘時のパートナーとして随伴できるようになっている。
ただし、今回はまず普通のペットのみだ。今後パートナーとしての機能を実装する際、専用の動物もしくはモンスターを実装する予定だ。
「お兄ちゃん、この子……」
「どうだ、かわいいだろ?」
ミズキの目の前にいるペットが「?」という感じで首をかしげる。
前にリアルの世界で色々な動物を見て、その中でもミズキの目を釘付けにした相手だ。
ミズキがどう反応していいのか喜色の表情で困惑していると、目の前にいたソレはペタペタとよって来た。
そっと手を伸ばして触れる。そして、その表面をなでると表情から一切の迷いが消えて笑み一色に。
「お、お兄ちゃん! この子、えっと……」
「ああ、そいつの名称か?」
大興奮でなでなでするミズキに笑って教えてやる。
「そいつは、『ペンギン』って言うんだ」
ミズキへの贈り物ペットは、ペンギンに決まった。ここでリアル世界ならばどの種類を、という話になるのだが生憎LoUのこの世界に何種類ものペンギンを実装するつもりはない。なので、十把一絡げで『ペンギン』だ。
今回ペットとして実装したのは、とりあえずペンギンと後は何種類かの小鳥のみ。これは、別にペットという愛玩動物的ポジションは、それだけしか不可という意味ではない。元々この世界にいる動物をペットにしたいのであれば、好きにすればいいのだ。
ただ、今までこの世界にいなかった動物を改めて実装する場合、それがただ愛でるための動物なのか、それとも生息するモンスターなのか線引きをしておかないといけなかった。
無論、今回実装したペンギンと小鳥達の分類はペットだ。
「うわっ……うわぁ……あははっ」
興奮しながらさわり心地の良い毛並みをふさぁふさぁっと撫でているミズキ。その様子をどうしたものかと両親が廊下から覗き込んでいる。
「カズキ、そのあれ……」
「あのペンギンがどうかした?」
「ペンギン、というのね。あれの食事とかって……」
「ああ、それは大丈夫。あれは特殊な召喚獣だから何も食べなくてもいいよ」
そう。今回ペットとして実装する上でやったのは、召喚獣という属性の追加。
基本的な仕組みは普通の召喚獣と同じで、主の魔力で召喚することができるのだが、このペットの召喚獣は戦闘目的ではなく、あくまで愛玩用であり無闇に魔力消費をしない仕組みになっている。
そのためミズキのように魔法を使わない人間でも、魔力自体は誰でも必ず持っておりそれを僅かに消費し、ペットをずっと出現させることが可能になっている。
普通の動物とは色々違ってくるが、別に情操教育用に用意したわけじゃない。そんなところまで、へんな拘りをして手間が何重にも増えるのは避けたいからな。
「うん、あなたの名前は今日からペトペンよ。よろしくねペトペン」
いつの間にかミズキが名前を考えていたようだ。ペットの内部ステータスには、主人からつけてもらった名前の項目もあったので丁度いい。もし改めてつけない場合は名前=ペンギンという、ちょっと寂しい状態になってしまうところだったけれど。
気付けばすっかり仲良くなったようで、ペンギン改めペトペンもミズキに擦り寄っている。両親も餌含めて安心したのか、もう覗いてはいなかった。
頃合を見計らって、ミズキにもペトペンが召喚獣である事と、その特性として餌とかが不要で魔力供給だけでいい事も教えた。ちなみにペンギン本来の性質もあるので、生魚を与えると当然喜んで食べる。その場合は食べた分は魔力消費を抑えられるという事なども伝えた。
まあ、たまには魚をあげてみるのもコミュニケーションの一つとして、大いに有効ではあるが。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「ん? どうした?」
「お兄ちゃんは何かペット飼わないの?」
ミズキがペトペンときゃっきゃしながら、ふとそんな事を聞いてきた。確かに俺はどうしたいとか、考えたこと無かった気がする。
元々俺だって動物は嫌いじゃない。というか、結構好きだからこそ、ペット機能の実装も着手した節がある。
ただ、パートナー機能のも考えないといけないし、他にもやってみたいことが段々できてきたからとりあえず自分のペットは保留かな。
「ひとまず俺はいいよ。ミズキを見てて羨ましくなったら考えるよ」
「ふふーん、そんな事いってると明日にでも飼いたくなるかもよ?」
ねー、と甘えた声でペトペンを撫でるとミズキと、きゅっきゅっと可愛い声で鳴きながらミズキに擦り寄るペトペン。……うーん、見てると本当に羨ましくなってくるな。
ここにいると、即効で流される気がしてきた。よし出かけよう。
「あ、お兄ちゃんどこいくの?」
「ちょっと王都内を見てくるだけだよ。先日あんなことがあったからな」
「それじゃ私も。行こ、ペトペン」
「え」
言うが早いか、ミズキはさっと愛剣を腰に携えて外出準備をする。
そうか! せっかく飼ったペットだから、さっそく散歩に行きたくなったのか。そのタイミングで俺が外出なんていったから、これ幸いと便乗してきたんだな。
しかしこれは裏目ったな。余計にペットが飼いたくなるんじゃなかろうか。
まあ、召喚獣ならそれほど手間じゃないだろうけど、飼い始めるとかまいすぎて支障が出ないか心配なんだよなぁ。
「お兄ちゃん、準備できたよ」
「……おう。んじゃ行くか」
「うん! ペトペン、行こっか」
きゅっと返事をしてミズキの後ろをよちよちと付いてあるくペトペン。後で庭にペトペン用の水場でも造ってやろうか、と思うくらいには可愛いな。ちくしょう。
まず王都の中央道へ行ってみた。
すでに粗方片付けられているものの、所々に補修の痕跡が残っていたりする。
時々ある新しい屋台は、きっと先日の件で壊れてしまったから新しくした屋台だろう。既に昼屋台の大半は通常営業を始めている。まあ、こっちの世界ではモンスターの戦闘は、ある意味日常なんだろう。
中央道の半ばにある噴水広場で、ミズキにソフトクリームをねだられて購入。
噴水の淵に腰掛けてソフトクリームを舐めていると、ペトペンが何かミズキにきゅきゅっと話すように鳴いている。それにミズキはうんうんと頷く。あれ、ペット機能って意思疎通みたいな設定したっけ?
なんだろうなぁと思ってみてると、ペトペンは俺たちからちょっと離れた淵の上に移動。そしてそこから……飛び込んだ。
どうやら噴水の中で水浴びしたかったようだ。やべえ、楽しそう。
実際噴水の中で泳ぐペトペンを見て、ペンギンを知らないであろう子供達が興味津々で見ている。
一通り泳いで満足したのか、すすすっとミズキの所まで泳いでくる。そして水の中で立ったペトペンの脇にミズキが手を入れてだっこ状態で持ち上げる。
「楽しかった?」
ミズキの質問に、きゅんきゅんっと嬉しそうに鳴くペトペン。手もパタパタと羽ばたくように動かし至極満足そうだ。
休憩もすませ再び王都見回りと証した散歩へ。噴水広場にあつまった子供達は、最後までペトペンを見て目を輝かせてたな。今日は子供にペットをせがまれる家庭が増えそうだ、ごめんなさい。
中央道のたどり着く先にある王城の正門。今日は何の用事もないので、当然ここには寄らない。
「お兄ちゃん、お城に用事あるの?」
「いや、無いぞ。というか、俺なんかが城に入れるわけないだろ」
こっちのカズキはな、と心の中で付け足しておく。
まあ、GM.カズキの方であっても勝手に入ってるんだけどな。フローリア様以外の人達に、GMに対しての認識ってあるのかな。今度フローリア様に会ったときにでも確認しておくか。
「でもお兄ちゃん、あの時……」
「どうでもいいだろ。ホレ行くぞ」
「あ、待ってよ」
用事もないのに城の正門付近にいるのは、あまりよくないだろうと思い早々に立ち去ることにした。
城門前広場を東に抜け、そのまま少し南下していく。着いた場所は、以前デーモンロードが召喚された広場だ。
既に清掃されほとんど痕跡が残っていないが、一部植物などが不自然に枝折れしていたるする。
改めてこの場所をゆっくり眺めてみる。……うん、結構広くていいかもしれないな。
実はここに、ちょっとした憩いの場みたいなものを作りたいんだ。
この世界がLoUをベースにした異世界なのはもう理解したし、今回のペットの実装を見て外部からの仕様変更もある程度可能なのはわかった。
ただ、だからと言って俺の一存で好き勝手しすぎていいものでもないと思う。
なので今回、今までのようなパッチでの実装もするが、いくつかはこっちのルールに則ってやろうかと思っている。
というわけで。
「ミズキ、ちょっと行く所が出来た」
「ん? どこー?」
「ちょっと、商業ギルドまで」
「……は?」
首をかしげるミズキ。その横でペトペンも「?」といわんばかりに首をかしげていた。
……お前ら、仲いいなホント。




