239.そして、心を掴むは食にあり
「と、ところでエリカさん。ヤマト領での特産品というか、お土産とかを扱う件ですけど」
「ふー……。ええ、大丈夫よ」
少々エキサイトしていたエリカさんだが、一通り言いたい事を言えたのかようやく落ち着いた。なので次の話に入ろうとしたのだが。
「ヤマト公爵、ここでは何ですので奥の部屋で詳しくお話いたしましょう」
「あ、はい。わかりました」
言葉を改めて、奥の方へいって話をすることに。これは、まだあまり公に話さないほうがよいだろうという判断と、部屋でなら爵位を無視して気軽な会話ができるだろうという、その二つの意図があるのだろう。エリカさんに連れられて商業ギルドの奥の部屋に移動した。
「……よしと。これで普通に話せるわね。あー、カズキくんが爵位なんてもつから大変よ」
「そんなこと言われても……」
「うそうそ。でも私やユリナから見れば、フローリア王女様との事も含めて、ようやくだねぇって感じだったわよ」
「ははは……親しい人からはよく言われてます」
少し気恥ずかしいが、まあ一過性のものだしこの気分も少しは楽しめるようになった。幸せバカっていうのはこういう事なんだろうな。
でもまあ、今日はそんな惚気話をしにきたわけじゃない。
「それよりも、先ほど話そうとした件ですけど」
「そうだったわね。えっと……ヤマト領での特産品の流通ね」
「はい。それについてですが──」
そういってストレージから出して見せたのは、以前温泉旅行に行った際に往路で食したインスタント麺だ。その形状に見覚えがあるエリカは「ああ」と声をあげる。
「以前もお話しましたが、このお湯を注いで3分待てば食べられるインスタント麺。まずはこれです」
「なるほどね……。確かにこれは、冒険者の携帯食として優秀な食品になるわね」
「はい。そしてコレを応用または拡張するための案はこれです」
そう言って続けて取り出しならべたものに、エリカさんは楽しそうな笑みを浮かべる。その中には以前も使ったラーメン用の乾燥具材もあったが、他にも初めて見せたものもある。
「これとかは前に使った乾燥野菜よね? こっちは乾燥した肉。一緒に入れてお湯で戻すヤツと。これは……中にはいってるのはインスタント麺かしら?」
「そうです。以前はまだ開発中だったので梱包されてませんでしたが、製品はこうやって個別に袋にいれます。そして──」
隣においてある少し大きな梱包の塊に視線をうつす。
「こちらはコレが5個まとめられた製品です。この商品は用途的にまとめ買いをしてもらいたいので、こういう形状の梱包も用意しておきました。こっちの5個の方を、少しだけ割引します」
「なるほど……何個か欲しい人なら、こっちの大きいほうが1個の値段は安くなるわけね」
「はい。元々これは乾燥加工したものなので、かなり日持ちがします。まとめ買いをしても、賞味期限が切れるまでには食すことになると思います」
こっちの世界では防腐剤とかそういったものはないけど、それでもきちんと保存すれば一年くらいもつっぽい。まあ、販売時にせいぜい数ヶ月目安にしておけば問題ないだろう。
「以前食べたときは、一人一人器にいれてお湯を入れて食しましたが、大人数ならば鍋などにいれて煮ればすぐに食べられます。冒険者の野宿の食事にこれがあればかなり有効かと」
「なるほどね。たしかにストレージに鍋とか入れてるパーティーなら、これがあればちょっとした具材をたすだけで十分食事になるわね」
「それとこれなんですけど──」
そういって俺がエリカさんの前にずずっと押し出した商品。
「これはですね、通称『カップ麺』といいます」
「かっぷめん?」
そう。今回持参した中でも、少しばかり苦労した作品……それがこのカップ麺だ。
その形状は現実のカップ麺を完全に参考にしたが、中に入ってるものはどうしても制限されてしまう。なんせこっちではスープや生具材の小袋なんて用意できないからな。だから具材は乾燥、スープは粉末形状でのみ提供する形だ。
とりあえず実際に見せたいので、エリカさんにお湯をお願いした。丁度部屋の外にいた後輩の受付職員であるアイナさんにお湯をお願いして待つこと数分。せっかくなのでとエリカさんに言われ、アイナさんの分も作り食してもらうことにした。
「あのエリカさん。これはいったい……?」
「これは今度ヤマト領で売り出そうとしている携帯食料よ。作り方はお湯を入れて3分まつだけ」
「は、はあ……」
インスタント麺まどまったくしらないアイナさんは、どういう反応をしていいのか迷ったような生返事。まあ、実際に食してもらってからの反応が楽しみだからね。
ちなみにこのカップ麺は、容器も蓋も紙でつくってある。容器の紙は少し厚めだが、蓋の方は薄い紙が2重になっている。内側の紙は少しだけ熱伝導率の低い材質でつくってあり、外へ熱をにがしにくくしてある。
そして待つこと3分。さあどうだろうと笑みを浮かべてあけるエリカさんと、まだよく理解できてないアイナさんが蓋をあける。
「おお、いいわね」
「え? え? これ、なんですか?」
綺麗にもどった具材が、丁度いいくらいのスープに浸った麺の上にのっている。その見栄えと、開けた容器からただよう香りに満足げなエリカさん。
それとは違い、目の前の容器の中に見えるものが理解できないアイナさん。だが、それがなにやら魅惑の食べ物だと理解したのか、無意識に喉がなってしまう。
「どうぞ、食べてみてください」
「ではさっそく…………んっ、んん~!」
「ど、どうなんですか?」
以前すでにインスタント麺を食べたことのあるエリカさんは、何の躊躇も無くずるずると食べる。猫舌だったりすると少しアレだなと思ったが、どうやら問題ないようだ。
「美味しいわ! すごく食べやすいし、味がしっかりとしみこんでる!」
そう言ってまたズルズルと食べる。その様子をみてアイナさんも、すっとつまんで口に運ぶ。そしてつるつるっと飲み込んで──
「!? な、なんですかコレ!」
驚いて、今度はさっきより多めに麺をつかんですする。2回、3回と啜り、具をつかんで食べる。そして少し容器を傾けてスープを飲む。
「ふふ、どう?」
「美味しいです! これ、美味しいですよ!」
「ありがとうございます」
笑みを浮かべて、夢中になって食べるアイナさんに俺をのべた。まったく前知識なしの人にこうも喜ばれるととっても嬉しい。現実世界ならカップ麺を満面の笑みで食べる女性ってどうかなとか思うけど、こっちでは珍しい美味しい食べ物でしかないからなぁ。
とりあえず二人が食べ終わるのを待つ間、目の前にならべた製品などを手にとって考え事をする。さすがに食事中の女性を凝視して待つのは紳士じゃないからね。
しばらくして二人とも食べ終わる。その顔をかるくほてっており、何か万国共通の“美味しいラーメン食べましたよ”という顔をしていた。
だが、アイナさんはふとこちらを見て真剣な顔をする。
「あの! ヤマト公爵様っ!」
「は、はいっ、なんでしょうか?」
改まって公爵様呼びされておもわず声がうわずってしまった。横でエリカさんが軽くふきだしてるのが見える。恥かしい。
「こちらのコレ、ええっと……」
「カップ麺ですか?」
「そうです! このかっぷめんは、どこで売っているのでしょうか?」
「これは今度ヤマト領で売り出す予定の商品なんです」
「そうなんですか……」
俺の返答に、目に見えて気落ちするアイナさん。若い女性がカップ麺をかえずに気落ちする構図って、なんか不思議な気がするな。まあ、随分と気に入ってくれたしフォローはしないと。
「といっても、この商品の生産販売をヤマト領から開始するというだけで、行く行くは各地で販売も予定していますよ」
「本当ですか!」
「ええ。このカップ麺もそうですが、こちらのインスタント麺……こちらは鍋や自前の器にいれて作る商品なんですが、これらは日持ちするので各地へ流通させますよ。今日はその相談をしたくて、こちらに来たんですから」
「そうなんですね! では、近いうちにこれが王都でも購入できるようになると」
「はい。値段も一般の冒険者が気軽に購入できる携帯食としての範囲に収まるくらいを予定してます」
「はぁあああ~……」
今度は行って、なんとも嬉しそうなカ顔をうかべるアイナさん。んー……どうしようかな。こんなに幸せそうな顔してくれるなら、もう一つの話もここで出しちゃうか。
そんな事を考えていると、エリカさんと目があった。さすが商業ギルドのサブマスター。俺がまだなにか商談を持ちかけるだろう雰囲気を察したようだ。
「……えーっとですね、実はもう一つ食べていただきたいものがありまして」
「えっ!? まだ何かあるのですか!?」
驚くアイナさんとは別に、エリカさんは「やっぱりね」と小さく呟く。
「先ほどの乾燥した麺を使った商品ですが、基本的な部分の材料は小麦粉と卵です。そこにヤマト領で得られる清水をつかって練り上げて作ってます。その小麦粉と卵と水。この素材を使って、まったく違う食べ物をもう一つ作り、それもヤマト領の名産にするつもりです。あ、お皿を一枚……これくらいのサイズを用意できますか?」
「あ、はい。すぐに取ってまいります」
何が出るんだろうと期待に満ちた目をしたアイナさんは、すぐさま立ち上がり皿を取りにいく。お願いしたのは直径30センチほどの皿だ。
部屋からアイナさんが出て行ったタイミングで、エリカさんがこっちをみて話しかけてくる。
「ねえカズキくん。あの子に……アイナにしようと思っているんだけど」
「えっと、何がですか?」
「アレよ。私がヤマト領に移った後こちらでの後釜にしようって子」
「ああ、なるほど」
それを聞いて、今こうやって一緒に食べていることの意味を理解した。となると場合によっては、ヤマト領と王都での流通管理は、アイナさんを通すことになるのかもしれないな。
そんな話をしていると外でパタパタとやってくる足音が聞こえた。
「おまたせしました。これで大丈夫でしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
俺の言葉に安心した顔のアイナさんが、テーブルの上に皿を置く。ちなみにカップ麺以外のものは既にストレージにしまってある。カップ麺の容器だけがのこっているのは、『紙なので燃えるゴミとして処分をします』という事を伝える為だ。
その事をまず話し、そしてわきにおく。そして皿の上にストレージから出したものは。
「これが先ほど言いました、基本材料に同じものを使用した──ケーキです」
「わぁっ!」
「はぁっ!」
二人がガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。見つめるは眼前の更にのったホールケーキ。
その表情は、先ほどみた満面の笑みをさらに昇華させた極上の笑み。
あー……やっぱり女の子はこっちの方がいいよねぇ。




