230.そして、振りぬかれる概念の剣
スカルドラゴンが見せたのは、まさに物理攻撃の完全無効化だった。それは俺がGMキャラを使っている時のパッシブ能力であり、この世界においては問答無用のチートクラスの力だ。
だがその効果を、この世界で生まれたはずの存在が有している。少しばかり混乱気味だ。
「それなら……『//cc』!」
一瞬にしてキャラを切り替える。GMキャラの『GM.カズキ』だ。そして手にするはGM専用武器の天羽々斬。この世界にくるようになってからも、何度か振るった愛刀だ。
それを構えて、一呼吸。気持ちを落ち着かせて、飛び込む。
「これならば……どうだっ!」
もう一度同じ場所──スカルドラゴンの右足首へ、閃光のごとく一閃を振りぬく。GMの力と刀の力で、何の抵抗もなく足首が寸断される……はずだった。
「くっぅ!?」
だがその期待は、天羽々斬がスカルドラゴンに触れた瞬間に消え失せた。触れた瞬間、まるで運動エネルギーをゼロにされたような衝撃を受ける。いや、正確にはまったく衝撃を感じられなかったというのが正解か。まるで大きな岩に棒を押し当て、その状態から降りぬこうとしているような感じさえうけるほどだ。
どういう理屈かわからない。でもこれは、完全に攻撃が無効化されている。どう対処していいのか迷っていると、後方で見ていたヤオからの念話が届く。
『主様よ、めずらしく苦戦しておるようじゃな』
『ああ。よくわからないが、このスカルドラゴン……攻撃が通らないみたいなんだ』
『ほぉ……それは興味深いのぉ。ちょっとわしに代わってくれぬかえ?』
『……わかった。でも洞窟内だから、崩落とかさせないでくれよ』
『了解じゃ!』
そう返事が返ったところで、今度は直接耳にヤオの声が届く。
「主様よ! 交代じゃ!」
そしてすぐに気配が俺に追いつき、追い越していく。そのまま両手両足で、全ての鞭を振り打ち抜く。だがその攻撃も、どうやら全て無効化されたようだ。
「ふむ。面白いではないか」
前方にいるためその表情はうかがい知れないが、いかにも愉悦にひたったような笑顔を浮かべているような声を出すヤオ。その隙にと、俺は皆が居る方へ一旦後退した。
「ユリナさん、少し聞きたいことが」
「え? えっと、カズキくん……よね?」
質問しようと話しかけたユリナさんは、何故か俺を見て少し怪訝そうな顔をする。……ああ、そうか。ユリナさんにはGMキャラを見せたことなかったか。
「はいカズキです。この姿に関しては聞かないでくれるとありがたいです。それで、ちょっと聞きたい事が……」
「……とりあえずカズキくんだと。それで、何かしら?」
「スカルドラゴンって、物理攻撃の無効化とかそういった系統の能力ってありましたか?」
「確か……どちらかと言えば魔法耐性が非常に高くて魔法攻撃が通りにくく、状態異常系の耐性も高いはずよ。むしろ物理攻撃が主な有効手段のはずね」
「やっぱりそうですか……」
ユリナさんの返答は予想通りだった。スカルドラゴンの基礎になっているドラゴンの骨格は、たしかにそこいらの魔物より強力だが、物理攻撃を打ち消すほど強くはない。それに既に死んで骨となっている存在が、組み合わさって立ち暴れる時点で、一番の動力源が何かしらの魔力系統なのは一目瞭然だ。それだけの強力は魔力行使をしているスカルドラゴンは、魔法攻撃への耐性が高いのは理にかなっている。
しかしアレは、なぜか物理耐性が異常な状態だ。
「もしかしたら、逆に魔法攻撃のが通るとか?」
「さて、どうでしょうか。あれだけのアンデッドです。魔法攻撃のスペシャリストでもいないかぎり、有効な魔法攻撃での討伐は困難ではないでしょうか」
ゆきの案をフローリアが否定する。フローリアは確かに神聖魔法は強いが、攻撃という面では有効だとは言い難い。
「あ、あの! 私が弓で魔力矢を撃ちこんでみるのはどうでしょうか?」
今度はミレーヌが申し出てきた。たしかに矢へミレーヌとフローリアの魔力を乗せれば、それは強力な光魔法の攻撃に匹敵するかもしれない。ただ、
「それは少し待っててくれ。もし倒せず中途半端なヘイトをあつめて、スカルドラゴンのタゲがミレーヌに集中したらちょっとまずいから」
「そうですか……」
フローリアやミレーヌが魔物のメインタゲになる事態は、正直避けたいと思う。無論そうなっても必ず守るつもりだが、どうしてもという事態でもないかぎりは極力避けたい。
ただ、そうなると今の時点で有効な手段があるかどうか。
話し合いっている間も、ヤオが足止めをしてくれてはいる。いつのまにか八岐大蛇の姿になり、全身でスカルドラゴンをおさえこんでいるが、やはり物理攻撃は通らないようで防戦気味だ。
こうなったら、やはりミレーヌに頼むしか……そう考えていたところへ。
「ねえお兄ちゃん、ちょっといい?」
「ああ、どうした」
「アレって……スカルドラゴンってことは、一応“ドラゴン”なんだよね?」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
この期に及んで何を確認してるんだと、少しだけ呆れた返事をしてしまう。だが、ミズキはそれならばとまた口を開く。
「それなら、以前ドラゴンと戦った時の方法は使えないの?」
「以前? 火竜のところでドラゴンゾンビと戦った時か?」
確かにアンデッドのゾンビという括りは同じだ。だが、どう考えて今目の前にいる相手は別格だ。そもそも、その時と同じことで倒せるならとっくにヤオが倒している。
そんな事を思ったのだが、次にミズキが口にした言葉で俺は本気で驚いてしまった。
「ううん。それじゃなくて、彩和の山の中でドラゴンと戦った時。あの時、私に貸してくれた武器があったでしょ? えっと、何て言ったっけ?」
彩和の山でドラゴン? そういえば、そんな事もあったかも。でもって、その時に武器を……。
「あああっ!? 『ジークフリート』かっ!!」
「そうそう、それ。たしか別名が──」
「ああ。別名──『ドラゴンスレイヤー』だ」
そう言って、ストレージから一振りの剣を出し──掲げる。
かつてミズキが掲げた時と同じ様に、強い光が洞窟内を照らす。
そして離れて戦っていたスカルドラゴンが、ジークフリートに急激に意識を向けてきた。
掲げるジークフリートを俺の目の前にもってきて、俺にターゲットを意識させる。先程まで力比べをするようにしていたヤオへの興味は、既に一切なくなっていた。
『ありがとうヤオ。どうやら勝てそうな手段が見つかった』
『むむ、そうか。強固な壁を相手にしているようで、面白いか地味なのかわからんかったが、ある意味経験にはなったぞ』
そう言ってヤオがすっと横にどく。強大な拘束がなくなったスカルドラゴンは、一度大きくのけぞって広場の空気を大きく振るわせる。おそらくはドラゴンでいう咆哮をあげたのだろう。そしてこちらを見て、いい気に走り寄ってくる。その見た目と巨躯からは想像できないほどの速度で。
だから当然俺も前へでる。そのため両者の接触は、一瞬だった。
初撃と同様にすばやく剣を振る。狙うはまたしても右足。
だが、今度は自信があった。確実に振りぬいて切り捨てれるとの自信が。
別に三度目の正直とかではない。
この世界での、優先順位に自信があったのだ。
一番強いのは、当然俺が有している力。プログラムを介して世界の理を無条件で決めてしまっているのだから。そこに必要な理由も理屈も存在しない。
そしてこの世界で生まれたスケルドラゴン。それが俺と同じ理抜きの特性を持っているハズがない。何かの条件が組み合わさって、物理攻撃を無効にしているとしても、それだけだ。
ならばどうすればいいか?
答えは理由がある無茶を、理由がない無茶で打ち破ればいい。それが──ジークフリート=ドラゴンスレイヤーだ。
スカルドラゴンはアンデッドだが、その名前に“ドラゴン”とついている。そして、このジークフリートが持つ特性は、その名の通りドラゴンスレイヤー。ドラゴンを──殺す。
一閃。
先程までは傷一つつけられないと思った足首へ、あっさりとジークフリートが通り振りぬける。遅れて加重により切断面がズレて、スカルドラゴンが大きく倒れ込む。
そうなるだろうと信じていた俺は、倒れこんだ頭へ走り込む。
その目に瞳はないので、驚愕しているのか困惑しているのかわからない。
だが、それを確認する術はない。
なんせ──
「これで……終わりだッ」
倒れ込んだ頭の中心へ、ジークフリートを突き立てる。そしてまばゆい光が一瞬ほとばしり、そして次の瞬間繋がっていた竜骨の拘束が絶たれて砕けるようにはぜた。
改めて確認するまでも無い。
ヤマト洞窟のボス討伐、完了だ。




