23.それは、案ずるが拍子抜け
とりあえず知りたかった事を聞き、俺はログアウトして戻ってきた。
さて、どうしたものだろうか。
フローリア様はGMについてや、別の世界への認識があったからまだよかったけど、ミズキはそういう方向性の知識は一切ないんだよな。そもそもリアル世界のように、書物やネットで物語が溢れているわけじゃないから、冒険譚のみならずありふれた物語に触れる機会すら少ないのだろう。
とはいえフローリア様をこちらの世界に、少しだけとはいえ案内したからミズキも連れてきてやりたいなとは思うわけだ。妹だからというだけでなく、やはり俺自身が仕様設計時から深くかかわっているキャラだから愛着あるってのも大きいんだよな。
そんな事を考えながら、とりあえずLoUを一度きちんと終了。
自分で設計したとはいえ、ミズキについて何か嗜好とかの設定がなかったか見直してみることにする。
仕様関係のデキュメントを探していくつかのフォルダをチェックしていた時、ふとログ保存用のフォルダが目についた。
そういえばGMの仕事……というより、運営の仕事をしばし怠っていた気がする。
元々LoUのサービスが終われば、その後はログが増えるはずもないし、運営がチェックしなければいけない理由もないだろう。
それに、サービス終了後に俺だけがスタンドアローン状態で遊ぶのだから、わざわざ保存ログをチェックする必要もないはずだったのだ。
何の気なしにフォルダを開いてみる。
各種ログが残っている。会話情報や行動情報、武器やアイテムの入出記録など様々だ。
本来これらはゲーム内で発生した問題確認などに使うのがほとんどで、延々記録をとりながらも一切確認せずに保存期間を過ぎて破棄される場合がほとんどだ。
俺の会社では基本的に、会話ログは2週間。それ以外は1ヶ月ほど保存期間があり、それだけの間経過すると自動で削除されるようになっていた。特別に運営イベントが開催された時などは、保存期間が延長されたり別場所にバックアップされることもあった。
……今って、会話ログってどうなってるんだ?
普通であれば俺の発言のみが累積されていくのだろうが、あの世界ではチャットではなく会話で進行している。されがきちんと残るものなんだろうか。
とりあえず一番新しい会話ログを開いてみる。というか、新しいという時点でもう更新されているってことじゃないか。
ログの最後の方を見てみる。そこには確かに俺=GM.カズキの会話があった。ただ、一緒に会話をしていたフローリア様の会話も記録されていた。
名前と発言時刻付きで会話が記録されている。時刻はどうやらリアル側の時刻のようだ。
しかし……これはいいのか? もしかして、他の人達の会話すべて記録されているのか? MMOのプレイヤーの会話ならわかるが、あの世界の住人の会話がつつぬけなのは、倫理的にどうなんだろう。
そう思いながらログをざっと遡ってみると、あることに気が付いた。
──俺がインしている場所しか記録がない。
どこか少しだけ残念な気もしたが、よかった。
うっかり見れてしまうと歯止めが利かなくなる恐れもあったしな。
でもこれだと何か事件があった時、時間をさかのぼって原因解明に役立てたりとかは無理か。
可能であれば、あのデーモンロードを召喚した人の過去を、少しばかり調べてやろうと思っていたんだけどな。
……調べると言えば。
少し上の階層のフォルダへ移動し、そこにある会話ログチェック用のアプリを起動する。
俺やその周囲は特になにもなかったけど、サービス終了間際のプレイヤー達のチャットがちょっとだけ気になったのだ。
チェッカーに会話ログファイルを指示して、NGワード系の検索をする。
普通ならばあまり該当データがなくほとんど表示されないのだが、今回は予想通りずらー…っと該当発言が出てくる。日付は最終日、時刻はもうすぐサーバーダウン……という終了間際だ。
おそらく何人かのプレイヤーは、最後だからとイタズラでNGワードを打ちまくる遊びをしていたんだろう。何がダメで、何がいいのか。ダメな単語もスペースを入れたりしてみたらどうか、とか。
サービス期間中ならば注意や警告レベルの内容もあったが、もう済んでしまったこと。何より、最後の最後まで楽しんでくれたのなら、これくらいで目くじらたてることもないだろう。
チェッカーを終了して、改めてサービス終了時の会話ログを開く。
どんな下らない事を書き残してくれたのかな、と思って。
だけど。
そこにあったの言葉の多くは、『ありがとう』って言葉だった。
“いままでありがとう”
“楽しかったー!”
“ありがとおおおおおおおおお”
“ありがとうございました”
“ありがとう”
“ありがとう”
………
……
…
延々と、そんな言葉で埋まっていた。
終わりを惜しむ声、次はどこの何へ移ろうか、何が心残りか。
そんな怒涛の会話が、ものすごい量書き込まれていた。
そして、いよいよサーバー切断の時間というところで、カウントダウンの数字が大量に書き込まれていた。
通信ラグのせいか結構バラバラだけど、それがいかにもらしくて。
なんだかものすごく嬉しかった──ありがとう。
俺は久しぶりに、少しだけ、泣いた。
改めて、LoUとそれに連なる世界が好きになった。
そうなってくるとやっぱり、ミズキに対して結構な隠し事をしてるのが心苦しい。
割り切って全て秘匿するのでなければ、理解できる範疇で話してしまったほうがいいのかもしれない。こっちの世界の知識とかで、どう説明しても無理がることも多いだろう。PCのオンラインゲームだとか、そういった分野ではどうあがいても説明できそうにないだろう。
だがフローリア様の認識みたいに異世界という概念でなら、ある程度寄った話が出来ると思う。
きっと、今がいいタイミングなんだ。
全てとはいかないが、俺はミズキに話すことにした。
──結論から言うと、あっさりと話は終わった。
以前ミズキを連れてきてしまったあの部屋、あそこをミズは魔導機器のあふれる秘密の部屋だと認識している。だからそこをもう一歩だけ踏み込んだ話にする。
フローリア様の認識は『神の国』だったが、そういった呼び方をせず『異世界』とし、普段自分たちが住んでいる世界とは別の世界という認識だけを持ってもらう。
そして、俺は色々と調べた結果この世界についての知識を持っている……という事にした。
それでまず様子を……と思ったのだが、ミズキ的には「ちょっと知らない国にきちゃったでーす」くらいの感覚らしかった。
おかげで気分はちょっとした旅行にでも来た、くらいの気軽さだ。
ならばついでに、元々の計画を実行してやるぞ──と。さて、楽しんでくれるかどうか。
「なあミズキ。動物園……行ってみないか?」
「お兄ちゃん! あれは何、アレアレ!!」
「あー、それはシマウマといって……」
結果。大はしゃぎです。
向こうの世界にはあまり娯楽がないのと、家畜や農耕用に動物を飼う以外はあまり見る機会がないというのが一番の要因らしい。
世界の環境が厳しいので、本来なら穏やかに生きる動物であっても、過酷な世界で生きながらえるために強くなるか、競争にまけ死に絶えるかの道しかなかった。
こんな風に沢山の動物が、のんびりと飼育されている風景は、まさに異世界なのだろう。
ちなみにどうでもいい知識だが、シマウマってのは馬よりロバに近い種だ。
とありえず、喜んでもらえてよかった。今はこの世界への理解とは、そういう話は後回し。
なので園内を存分に堪能してもらうことにした。途中で買ったソフトクリームに、ものすごい反応を見せられた時はちょっと焦ったけど。今後、向こうの世界でもソフトクリームをねだられそうで怖い。たしか王都の中央通りで看板を見たような気がしたけど。
存分に動物を堪能してもらった後、ついでに付属の水族館へ寄った。
こちらはペットというよりも『水の中にいる生物を見る』という、向こうの世界がなかなか味わえない体験をしてもらうためだ。
いくつもの巨大な水槽を横から眺める。そんな体験は向こうの世界では不可能だ。
その中に泳ぐ幾多の魚たちを、目を輝かせてながめるミズキ。何だろう、満天の星空を眺めているような、そんな気持ちなのかもしれない。
その後、イルカやアシカのショーなどを堪能した。
動物園も水族館も、存分に楽しんで満足してくれたようだ。
もちろん、俺の目的も忘れていない。
色々と見て廻る中、時折あふれんばかりの笑顔を見せていたミズキ。
そんな視線を向けられた動物を今日はいくつか見た。おかげでなんとなくミズキの好みが把握できた気がする。
……うん。結構カワイイのが好きなんだなぁ……。
よしっ!
それじゃあ後はペット機能実装と、ミズキが好きそうな動物のペットデータ実装だな。
喜んでくれるといいんだけど。
「それじゃあミズキ。帰ろうか?」
「うん! お兄ちゃん、帰ろう!」
本日は無事更新。
できれば土日で書き溜めをしておきたい所です。




