229.それは、かなり厄介な事だったり
俺達はいま洞窟の5階層目にやってきた。
4階層目に地底湖が広がっていたので、てっきり洞窟の一番しただと思っていたが、地底湖の位置とは別方向に更に下への通路があった。その通路を進んでたどり着いた場所は、2層目3層目と同じ様な雰囲気をまとっていた。要するに、これはアンデッド系の住処なのだろう。
「ダンジョン内で階層別に出てくる魔物が異なるのって、こういう法則で成り立ってるんだな」
「えっと、それはどういう事?」
ポツリと呟いた言葉を、隣に居たユリナさんが聞いてきた。ちなみに先程エレリナに腕を引かれて移動した流れで、現在隣にいるのはユリナさんだ。正確にはユリナさんの右に俺、左にエレリナがいる。そんでもって最後尾にはヤオがいる。
「えっとですね……一つの洞窟で階層別に出てくる魔物が異なるのって、どういう法則でそうなっているのかなって。それでまあ、この洞窟は階層の主たる種族や地形の影響が大きいなって」
「そうね。ダンジョンのよっては、何故きちんと魔物別に区分けされてるのか不明なところもあるけど、ここは説明がつくわね」
この世界でのダンジョンは、ある法則で大きく二つに分けられる。LoUの世界で造られたダンジョンと、仕様案すらなくこの世界で生まれたダンジョンだ。LoUで造られたダンジョンは、色々な法則をけっこう無視をして構築されている事が多い。イベント効率や、実装タイミングなどにより、本来は同居することがない魔物が同じ場所にいたりする。そういった情景は、そのままこの世界でも反映してしまっている。だがこちらで生まれたダンジョンは違う。制限がなかれば魔物も階層を自由に移動し、洞窟内でも弱肉強食の秩序が生まれてしまう。
そんな中でも例外はある。それがこのヤマト洞窟だ。
1階層にいたオーク種は、いわゆる一般的な魔物だと言える。そこそこの知性を持ち、狩猟などを行う集団民族系の魔物だ。だが、2階層3階層はアンデッドが居座っており、そこにオークが行くことは無い。時折降りてしまうオークもいるようだが、そういった者は遅かれ早かれアンデッドの洗礼をうけて朽ちてしまう。
じゃあ逆はどうか。強さを単純比較するならば、2階層のアンデッドが1階層のオークを圧倒してもおかしくはないはずだ。だがそうなっていないのは、ひとえに“アンデッドだから”というのが大きい。この世界のアンデッドも、あたりまえだが強い陽射しの下に出るようなことはない。そして、陽射しのみならず太陽の陽射しを受けた空気が充満する場所、すなわち洞窟1階層もアンデッドにとっては禁忌地なのだ。
それゆえに1階層と2階層では、それぞれの特性により区分けがされている。
そして先程みた4階層。あの地底湖の水が、屋外にあるリーベ湖の水と同じような性質をもっているらしい。そうなると、いわばあそこはちょっとした聖水に近い湖のようなもの。当然3階層のアンデッドがやってくるはずもない。
そして今いる5階層も、どうやらアンデッドの群生地か。ならば同様に4階層へ行く者はいないだろう。ある意味4階層はダンジョン内での安全マージンが確約されたフロアということだ。丁度いい休憩場所になるだろう。……あまり賑やかしくしてほしくないから、店をだしたりするのは禁止しよう。
ともあれ、そんな理由で明確に出現魔族の区分けがされているのだが。
「なんかこの階層は、同じアンデッドでも骨ばかりな感じする」
戦闘を歩いているミズキが、ワンパンで骨を崩しながら言う。別段ミズキが強すぎるのもあるが、上の階層にでてきたオーク種やアンデッドよりも弱いのだから仕方ない。
「こういうのって、奥に進めば進むほど強い魔物がいると思ってた」
そう言いながら、同じように一撃で斬り伏せていくゆき。まあ、そのあたりは俺も同感だが、ゲームと違って徐々に強いバランス設定なんてしてないだろうに。だから、ここで弱い魔物が増えているのは。
「ゆき、油断しないで。おそらくはこの先に、これらを統括する強者が居る」
「そう考えるのが正解だと思うわね」
エレリナとユリナさんが、経験測からこの先に強者がいると言う。この辺りをうろついているのは、その配下であり見張りだと。ならばそれを倒しながら進んでいるので、本当になにかいるのならこちらにも気付いているだろう。
だとするなら、そろそろミレーヌたちへの警護を強化しておいたほうがいいか。
「ミレーヌ、そろそろホルケを呼び出して乗っていてくれ。フローリアもだ」
「わかりました。まだ特に疲れたとは思いませんが、カズキさんがそう言うのなら何かしらの理由があるのですよね」
「ああ」
俺が頷くのを見てミレーヌがホルケを呼び、その背中に乗る。こうすればまずよほどの魔物じゃないかがいり、ミレーヌが襲われることはない。フローリアにも騎乗してもらった。元々冒険者ではない二人だから、ここまで自分の足で歩いてきたことを褒めるべきだろう。
「あとユリナさんは……エレリナ、少しダイアナに乗せてもいいか?」
「もちろんです。ダイアナ、来て。…………さ、ユリナさん」
「はいっ。ふふ、ダイアナさんよろしくね」
呼びだしたエレリナのペガサスを、そっと撫でて騎乗する。馬車の御者ができるように、当然乗馬の心得もあるようだ。一人で乗ってもバランスをくずすことなく、やさしくたてがみを撫でたりしている。
エレリナさんは冒険者ではないが、準冒険者と呼んでも差し支えないくらいの技量はある。でもやはり本業は冒険者ギルドの社員なので、フローリアたち同様にここからは非冒険者として扱うことにする。
「それじゃあ心構えはいいかな。でも何より一番の目的は調査だ、いいな?」
俺の言葉に皆が頷いて答える。
それを確認して、改めて進む。そしてたどりついたのは広い空間だった。先程の地底湖があった場所と同じか、さらに広い。ただこちらは湖はなく、ただただ広いだけの場所だ。
そして嫌でも目に付くのは、奥の方で静かに横たわっている──骨。それ以外は何もいない。
だが誰一人気を抜いているものはいない。なぜならその骨が、どう見てもドラゴンを形成しているようにしか見えないからだ。
「この広間に入ったら、あれが動き出すのかしら」
「多分そうかと。ユリナさん、アレが何かわかりますか?」
「あれはスカルドラゴン……スケルトンのドラゴンね。元になっているドラゴンによって差異はあるけど、少なくともBランクか、それ以上ね」
「この洞窟のボスとしては、まあ及第点かな」
思っていたほどの強敵ではなく、少しばかり拍子抜けしてしまった気もする。だが、あまりに強い魔物が氾濫してるようだと、それはそれでクエストを組みにくい。ならばこれは、ちょうどいい塩梅の着地点だったのかもしれないな。
「どうやらここが最下層っぽいな。じゃあ、最後のボス戦といくか」
流石に最後は自分で行こうと思い前へ出る。皆もそれはわかっていたので、俺の後ろからついてくる。
武器を構えて歩くのは、俺、ミズキ、ゆき、エレリナの4人。既にホルケを呼び出してあるので、万が一の心配も不要だが一応ヤオは待機させている。
ある程度近づいた時、ずっと横たわっていたスカルドラゴンの骸骨の中に光が灯される。それがまるで目のようになり、そして首を持ち上げ──立ち上がった。
「さすがに……」
「大きいね……」
ずっとよこたわっていた体が、思いの外素早い動きで立ち上がる。その高さは思ったよりも大きく、かなり広い天井でも飛び上がれば頭がつくほどだ。
見た感じ、スレイス共和国のブルグニア山でみた火竜と同じか、もしかしたらそれ以上かも。こちらが骨のみでそう思えるのだならば、生前のドラゴン時はもっと大きかったかもしれない。
「これ、ひょっとしたらBランクどころじゃないかもしれん」
「そう? 確かに大きいけど、それだけじゃないのかな」
もしかして、という俺の言葉にミズキはあっけらかんと答える。だがゆきとエレリナは、俺と同じように少しだけ気を引き締め直した。だが、次の瞬間。
「っ! 来ますッ!」
攻撃の気配を察したエレリナが叫び。それを聞いて反射的に動いたタイミングで、俺達がいた場所に骨が連なった尻尾がふりおろされていた。思った以上に速い。あと力がある。
だが速さでいうなら、おそらくはミズキに勝てるものはいないだろう。余裕をもって交わしたあと、すぐさま行動を開始する。一瞬で近寄り挨拶代りに右足へ拳をたたきこむ。
「まずは一撃…………えっ?」
だが、攻撃を放ったミズキからは驚きの声が聞こえた。何がおきたかとそちらを見るも、既にスカルドラゴンから間合いを取って離れていた。
その行動にヘイトをミズキに向けるスカルドラゴンへ、同様に今度は左足へ狩野姉妹が同時に槍を突き立てる。さすがに双短剣では戦いにくい相手と思ったのだろう。……だが。
「えっ!?」
「これは……!」
同じように驚いて距離を取る二人。何か様子がおかしいようだ。ならばと俺も、するはずだった手加減をやめてちょっと本気で攻撃をする。
俺の武器も以前ギリムに作ってもらったものだ。無難だが剣なので、何に対しても柔軟に使いこなすことができる。一気に駆け寄り、最初ミズキが攻撃した右足へ攻撃を繰り出す。ちょっとばかり本気の攻撃で、なんだったら足の骨を切り離すか砕いてやろう……そう思った一撃。
……だが。
「なっ!? この感じはっ……」
振りおろした剣がスカルドラゴンにあたる瞬間、その攻撃がまるで打ち消されたかのように止まった。それはあまりにも異様な光景だ。叩き斬る勢いの武器が、弾き返されるでもなくその動きが無効にされたのだから。
だが俺はこの現象を見たことがある。この世界において、誰よりも近くで目にしたことが。
「まさか今のは、物理攻撃の完全無効化……?」
茫然と呟く自分の声に、改めて驚いてしまった。目の前のスカルドラゴンが行った行動。それは俺が──正確にはGMキャラの俺がパッシブで発動する、ダメージの完全無効化そのものだった。
やばいな。これ、Bランクどころか、Aでも足りないかもしれんぞ。




