228.それは、繋がりの話と証
「……さてと。とりあえずあの湖大蛇らしい生き物は何だろうね」
おそらくは何かしらの考えがありそうなヤオと、元の姿にもどったサラスヴァティに尋ねてみる。サラスヴァティ自身は言葉を発することはできないが、フローリアにある程度の意志を伝えることはできるので間接的に会話も可能だ。なのでこの2人(2匹?)に聞いたのだが。
「よしよし、怪我なぞしてはおらんな? 大丈夫じゃったかの?」
「ヤオちゃん、ペトペンに過保護すぎだよぉ」
「仕方ないじゃろ、かわいいのだから。なあ?」
無事戻ってきたペトペンを見るなり、ヤオはずっと抱きしめている。そしてペトペンもヤオにあやされるのが結構好きらしく、きゅっきゅと楽しげにしている。以前スレイス共和国の温泉旅行へ行ったのをきっかけに、この2匹は随分と仲良くなった。元々召喚獣なのでお風呂などはいらなくとも清潔なのだが、一緒にお風呂にはいったり寝たりしているらしい。その仲良し度合は主のミズキも驚くほどとか。
「ヤオ、可愛がりたいのはわかるけど……で、どうだ。何かこころあたりはあるか?」
「そうさのう……。わしは直接見てはおらなんだが、さきほどの蛇と以前湖で見た蛇……同じではないのかと思っておるのじゃが」
「そうなのか。確かに湖底にあった神殿らしき建物やその行動。類似点は多いから、同じ種類の魔物だとは思うが……」
「いや、主様よ。そうではなくじゃな……」
ペトペンを撫でていた手を止めてこちらを見るヤオ。
「おそらくは、あの湖にいた蛇と同じ個体だということじゃ」
「へ? 同じ? あのリーベ湖で見たヤツとか?」
「うむ。おそらくはだがな」
俺ももしかして……という考えはあった。状況があまりに似ているというのもあるが、そうそう同じ湯緒な物がそんなに存在しているのかとも思えたから。だが、そうなるとどうして気になるのは。
「ユリナさん、こことリーベ湖ってそんな簡単に行き来できるほど近いと思いますか?」
「ううん。今いるここが多少ヤマト領より西側とはいえ、リーベ湖はここよりはるかに西にあるはずよ。以前の旅行でどれだけ離れてるか知ってるわよね。まあ、水面高さは同じくらいかもしれないけど……」
「え? この地底湖とあのリーベ湖の水面って、同じ高さなんですか?」
ゆきが驚いたような声をあげる。俺も一瞬そう思いそうになったが、ふと王都からミスフェアへ初めて移動したときの事を思い出して納得をした。なぜなら、
「この王都やヤマト領より、さらに北は少し高くなっているのだけれど、その先はしばらく下り坂になっているのよ。そしてその先にミスフェアはあるの。つまり王都にくらべて、ミスフェアは随分と土地が低いのよ」
「そうなんですか。そういえば私、ミスフェアと王都の間を自分で移動したことないかも」
ほぼ毎日顔をみせるが、基本マイルーム機能で遊びにくるから、普通の馬車移動での苦労を知らないようだ。まあ、無理に走ってくる必要ないからな。
「そういうことだから、おおよその感じだけどこことリーベ湖の水面高さはほぼ同じくらいね。でも、さすがに地中で繋がっているというのは、規模が大きすぎて現実的ではないわね」
「……と、ユリナさんは言ってるけど」
「そうじゃな。こことあちらが直接は繋がってはいない。その意見にはわしも賛成じゃな」
「え? でもそれじゃあ──」
そういうことだろうと聞こうとするが、俺の反応を予測していたヤオが遮る。
「言ったじゃろ主様よ。直接はと。つまり──わしは間接的にはつながっておると思っておる」
「間接的には繋がっている?」
「何を驚いておるのじゃ。先程も主様の転移がどうこうと話しておったではないか」
「まさか……あの湖大蛇が転移してるってことか!?」
さすがに驚いた。転移魔法はこの世界には存在するが、魔物が使うという発想はしたことがない。まあ実際に使っているかは不明だが、もし本当に同一個体なら何かしらの移動手段があるのだろう。
移動手段、という考えになったとき。思い付いたのはあの建物だ。もしも、あの建物が──
「ヤオ、もしかしてあの建物……」
「可能性の話じゃが、もしかするともしかするのう」
「えっと、どういう事です?」
想像が浮かばないようで、フローリアたちは未だ理解できずという顔をしている。そんな中、俺とヤオ以外にもう一人可能性を思い付いた人物がいた。そう、ゆきだ。
「つまりアレだよね。あの建物の中に、転移する魔法か何かの仕組みがあって、こことリーベ湖を任意に転移していると」
「おそらく」
ゆきの言葉にヤオが頷く。俺も同じことを考えた。あの建物自体が何か意味があるのか、それとも中になにかあるのか知らないが、少なくとも無関係ではないだろう。そういえば、あの湖大蛇が現れる前に室内から光が漏れてきたが、あの光は転移などによって起きた発光現象かもしれない。
「……もしアレがリーベ湖のと同じなら、基本的は害はないかな。あっちの湖大蛇も普通に湖畔で過ごすだけなら、何もしてこないようだし」
その辺りの話は、旅行に同行した際の行道でマリナーサとエルシーラがウンディーネに聞いたようだ。その時点ではまだ湖大蛇の事は知らなかったが、湖に集う精霊たちからは迷惑をかける魔物の話をきかされなかったので、おそらく湖にとっては守護獣みたいな存在なのだろう。
「これは一度あの湖大蛇にちゃんと話しておくか。そのうちここに冒険者が通うようになると」
「そうじゃな。先住の場所に人間がお邪魔するのなら、先んじて知らせておく必要もあるじゃろう」
「とりあえずそれは後日にしよう。できればマリナーサたちにも同席してもらうとして……だ」
俺はひとつ溜息をつく。そしてフローリアを軽く睨む。
「フローリア。ああいう心臓に悪い事はできるだけやめてくれ」
「あ……。ごめんなさい。その、サラスヴァティがあの姿は実体がないので、例えなにかあっても私自身はまったく怪我とかしないと言われたもので……」
「それでもだ!」
「っ!」
思わず声をあらげてしまう。たとえその事を知っていたとしても、フローリアの姿をしたものが怪我をおったりするのは見たくない。むしろ、本体ならLoU用イベント調整の結果ダメージ消しロジックが動作するが、あの状態ではそれは機能するとは思えない。だからこそ、普段はしないような心配をしてしまったともいえる。
「……そう、ですね。ごめんなさい」
「あ、うん。ちょっと言い方がきつかった。こっちこそごめん」
二人してシュンとしてしまう。なんというか、フローリアってやはり王女で聖女でお姫様なんだよ。そういう子が目の前で、本気で反省をしてるとそれ以上何も言えなくなる。自分でも甘いと思うけど、そういう表情をさせるのはダメだなって思うわけだ。原因はどうであれ。だから──
「あっ……」
その俯いた状態の頭にそっと手をおく。その感触でフローリアが顔をあげてこちらを見る。少し泣きそうになっていた表情が、驚きの色合いを濃くしてこちらを伺う。
「俺は心配性なんだよ。もしフローリアになにかあったらって。だから俺の手が届かないような時は、できるだけ無茶をしないでいてくれると助かる」
「……手が届く時は、無茶をしてもよろしいのですか?」
「ほどほどに、な」
「わかりました。では、ほどほどで……」
そう言って体をこちらに寄せようとするフローリア。だが、その体をがしりと回りにつかまれて動きをとめる。
「はいフローリア、そこまでー」
「今日はもうフローリア姉さまはダメですー」
「カズキの独り占めはみすごせませんなぁ」
ミズキ、ミレーヌ、ゆきに捕まれて俺から引き離される。不服だと文句を口にするも、さすがに少し反省しまようねーとかなりイイ笑顔ですごまれてフローリアが大人しくなった。
なんだこの展開と思っていると、すっとエレリナが横にきて説明してくれる。
「要するに羨ましいんですよ。フローリア様の心境は、カズキに心配をかけてしまったという事よりも、自分を大切に思ってくれているという事実のほうが上回っていると。そして、ほかの子たちもそれがわかってしまっているので、僅かな嫉妬と“迷惑かけたのにずるい、私も!”という気持ちが溢れてしまっているんですよ」
「はぁ……そうですか。…………で?」
「……何がですか?」
「いえ、なんでエレリナはこんなに密着して腕に抱き付いているんですか?」
そうなのだ。皆の心境を説明してくれるのはありがたいけど、なぜにこんな密着する必要があるのかわからない。だってその……エレリナは5人の中でも唯一ともいえる大人の女性で、それ相応に……いや、かなりスタイルがいい。こうして抱き付かれると、当然ながら──
「あーっ!? お兄ちゃん、何してるの!」
「カズキ! というか、お姉ちゃん!? ずるいっ!」
「エレリナ、いつのまに……」
フローリアを引き離していた3人がこちらの様子に気付いて声をあげる。いや、俺がしてるわけじゃないんだけど、こういうのって言い訳聞いてもらえないんだよね。
「主様、この階層はとりあえずこれで十分じゃろ。そろそろ進むぞ」
「え、あ、うん?」
「ほら行くよカズキくん。どうやら次の階層は斜め横に向かって別の区画に広がってるっぽいから」
「なるほどこの湖の下に階層があるわけではないのですね。では行きましょうカズキ」
「は? え? あ、ちょっと待って引っ張らないで!」
思いがけず強い力でエレリナに引かれながら俺は4層目の地底湖フロアを後にした。
最初ここに来た時は、間違いなく癒しの空間だと思ったのに、いざ過ごしてみたらえらく気苦労をする場所になってしまった。
……ここが、こんな忙しい気持ちになるのは俺だけであることを祈ろう。
ここ暫くは内容的に異世界側ばかりになっていますがご理解下さい。今後逆に現実側ばかりが続く事もありますがその時もお願いします。




