227.そして、あの日の続きがこの場所で
洞窟の4階層目に広がる地底湖。見たところ危険は無さそうだが、出来れば水中も調査しておきたい。そしてその手段として、以前同様にペトペンによる水中調査をしようと思ったのだが、今回はそれに加えてフローリアが参加を申し出た。
少し前にフローリアが主従契約したヒュドラ改めサラスヴァティは、神聖な魔獣となって聖女の僕となっている。その素性には水の女神の使いとしての要素もあり、主であるフローリアを水の中で自由に行動させることが可能なのだ。
だがさすがに未開地での湖探索で、フローリアを行かせるのはためらいがあった。なのでワンクッションおいた策がとられることになった。
「じゃあまず、王女よ。あやつを呼び出すがよい」
「はい。サラスヴァティ、お願いします」
そのフローリアの声にこたえるように、目の前にサラスヴァティが現れる。それを見てユリナさんは、
「ヒュドラ……ですよね。でも、魔物というよりもこの雰囲気は……」
おそらくは以前の旅行でよく見たホルケなど、それら召喚獣と同じような感じをうけたのだろう。最初見た瞬間はおどろいたものの、すぐさま纏う気配が穏やかな為冷静な発言をする。
そして同様に初めてサラスヴァティを見たミレーヌやエレリナも、驚いてはいるが“大蛇の従魔”の先駆者であるヤオを見ているので、思ったよりもすんなりと受け入れていた。
だが、俺は少しばかり驚いている。
「えっと……なんか少し小さいように見えるんだけ?」
「はい。元々の大きさでは屋内では呼べませんし、なにより威圧感が強すぎましたので」
「それで大きさを変えられたから、少し小さくしてみたと」
今目の前にいるサイズは、以前のよりも大分小さい。人間と比較するとそれでも大柄だが、部屋の中に呼び出しても大丈夫なくらいの大きさになっている。
「それでヤオさん、次はどうすればいいのでしょうか」
「手をとって意識をこやつと同調させてみよ。主様よ、意識を移すと王女の身体から力が抜けるから支えてやってほうがよいぞ」
「そ、そうか」
ヤオの言葉に慌てて、フローリアを抱きしめるような感じで支える。フローリアから「あらっ」と嬉しそうな声が聞こえ、ミレーヌから「むぅ~」と不服そうな声が漏れる。しかたないだろ……。
「これで意識を一時的に送り込めば、こやつが王女のかわりに動いてくれる」
「そう……なんですね……ん、んん……」
ゆっくりと目をとじたフローリアから、すっと全身に力が抜けてもたれかかってくる。そこに意識は感じない。そして、目の前にいる召喚獣サラスヴァティが光に包まれて──
『これは……私──だけど、サラスヴァティの中…?』
目の前の光が収まり、そこにフローリアの姿が現れる。おれの手で抱えている姿と同じだが、どこかうっすらと光の膜を帯びているように見える。言葉も話せるようだが、声がどこか反響したような声になって聞こえる。
「うむ、できたようじゃな。こやつも蛇じゃからの、他の姿を借りる術があるじゃろう。それを応用したまでしゃ」
『そうなんですか? じゃあこの子も人間の姿に?』
「いや、こやつだけでは無理じゃな。こうやって主人が力を貸せば、それらしい姿にならなれるが」
『なるほど……でも、ふふっ、面白いですね』
そう言ってその場で少しくるくるとステップを踏む。フローリアは決して運動音痴ではないが、格別優れているというわけでもない。だが、今目の前にいる彼女は、およそ普段では見せない運動能力を見せている。これはフローリアの姿になっている獣魔がもっている運動能力か。
「こやつは水神の御遣いということじゃからな、その身体であれば水の中でも自由にうごけるじゃろ」
『わかりました。それではペトペンさん、お願いしますね』
ミズキが呼び出しておいたペトペンにそう告げる。水中探索ならやはりペトペンだということで、同行することにしてもらった。ペトペンも今目の前にいるフローリアの姿のサラスヴァティが、一緒に水にもぐれるとわかったのだろう。嬉しそうにきゅっきゅと返事をしている。
「じゃあフローリア、お願いする。何かあったら無理せず戻ってこいよ」
『え、ええ。行ってきます……』
少し緊張した返事をして、フローリアは水へそっと足をつける。そしてゆっくりと水の中へ身体を沈めて……
『……すごい。特に何もしてないのに水に浮いてます』
岸から少し離れたところで、水面の肩から上を出したフローリアは、そのまますーっと離れていき、そしてちゃぽんと音をたてて一気にもぐった。さて、どうだろうか……と思ったのだが。
「へえー……フローリア楽しそう」
「え? あっ! ミズキさん、ペトペンさんの目を借りてますか?」
「私も見たい!」
ミズキがいつものようにペトペンが見てる視界を覗いていた。そして、それを知ってるミレーヌやゆきも私も私もとミズキと手をつなぐ。俺も水中のフローリアを見たいなぁと思ったけど。
「主様はそこで王女を守っておらんとだめじゃぞ」
と言われたので、しかたなく見るのはあきらめた。そのかわりと言ってはなんだが、俺の手の中でそっと寝ているような状態のフローリアを見る。あー……、うん。本当にすごく可愛い。思わず見惚れていると、俺の視界に誰かが近寄ってきたのが見えた。慌てて顔を上げるが、「しー」っと指を口に当てたエレリナがいた。ミズキたちは水中に夢中なので、こっちの様子に気付いてないようだ。
「こうして寝顔を拝見しますと、フローリア様とミレーヌ様はやはり似てますね」
「たしかにね。でも、別に何時見てもそうなんじゃないの?」
「そうでもないですよ。表情には性格の違いが微妙に出ますので、ミレーヌ様の方がやはり活動的な雰囲気が強いです。でも、こうたって目をお閉じになられてますと、瞳の色の違いもわかりませんので」
「そういや二人って、同じ色のオッドアイだけど左右逆だったっけ」
そんな話をしながら、フローリアとミレーヌを見る。だが、その時少しだけ妙な緊張が生まれる。
「今、何か見えたよね?」
「うん」
「……ミズキ、どうした?」
「えっとね。今何か見えたような……んー……あっ!」
ペトペンの視界を見ているミズキが声をあげる。一緒にみていたミレーヌやゆきも、軽く息を吸い込んだように驚いている。
「主様!」
「ああっ」
ヤオがすばやく動いて鞭をミズキの腕にまく。そして別の鞭を俺とエレリナに飛ばす。俺達はそれをつかみ、すぐに目を閉じて水中の映像を見る。
そこには──
「これって……」
「うむ。まさかとは思うが……」
映し出された水中映像。そこには、およそ水中にあるとは思えないものがあった。どこかの寺院を思わせるような建造物。そう、それは。
「これってあの湖で見たのと同じ建物に見えるんだけど」
「そうですね。私もそう思えます」
「だよね。すごく似てる、というかソックリ」
ミズキの言葉にミレーヌとゆきも同意する。側にいるエレリナも「同感です」と肯定。
ここに居る皆が同じなのではとの考えをもつ。それならば──
「ミズキ! 注意しろ! もし本当に同じならその建物の中には……」
そう。あのリーベ湖では建物の中を探ろうとした瞬間、入り口から正体不明の魔物が襲撃してきたのだ。状況から湖大蛇と名づけたが、その正確な正体は今だ不明だ。
だから不用意に近付くのはダメだと言おうとしたのだが。
「ちょっ、フローリア! 何してんだ! ああ、声が届いてない!?」
ペトペンの視界に映る建物の入り口へ、すっと水中をすべっていくフローリアの姿。何をしてるんだ、まさか……と思ってみていたのだが。
入り口の前へいって、ドアを……開けた。
「おいいいい!? 何で!? 何で開けたあ!?」
もし同じならば次に何がおきるのか想像して、おもわず声をあげてしまう。もしここの仕組みがあの湖と同じなら、同様に湖大蛇が出てくる可能性が高い。
……だが、しばし待っても何も出てくる気配がない。もしかして、同じ文明や文化ではあるが、あそことは別の所在であり、ここには湖大蛇はいないのでは?
そんな考えに至り、少しだけ気を抜いたその時。
「気を抜くな主様! 来るぞッ!」
「っ!?」
瞬間、開かれたドアの向こうから強い輝きがもれる。そして、次の瞬間入り口から、かつて湖の底で見たのと同じ大蛇が姿を現した。
ヤオが叫んだ瞬間、ペトペンとフローリアはすばやく建物から離れたので、飛び出してきたその大蛇の頭がかすめるようなこともなかった。
……ん? ヤオの声にフローリアも反応した?
「なあヤオ。あのフローリアって、こっちの声聞こえてるのか?」
「何を言っておるのじゃ主様よ。その腕に抱えてる本体に聞かせればよいじゃろうて」
「はあ!? じゃ、じゃあさっき止めようとした時の声とかも聞こえてるのか?」
驚いて聞き返した俺に、聞き覚えがあるけど聞き覚えのない声がした。頭の中に響くように。
『ふふっ、もちろんよ!』
驚いて目を開いて、そして抱えているフローリアを見る。そのフローリアは目を閉じてはいるが、魔力かなにかを通してこちらと会話しているように感じる。まさか……。
「フローリア。もしかして、こうやって抱きかかえてれば話せるのか?」
『あら。カズキったら私のこと抱きしめてくれてますのね。ふふっ、少しくらいなら好きなことしてもかまいませんわよ』
「……どこかの地べたに下ろしてやろうか」
『じょ、冗談ですわよもうっ』
ふてくされたような声が帰ってきた。その感じに、さっきの緊張が完全にふっとんだが、それにしても……だ。
いくら何でもマイペースすぎるだろう。実際にもぐっていたのはフローリア本人じゃないにしても、やはりあの姿が襲われるところとか見ちゃうと、俺は冷静ではいられないんだからね。




