225.そして、階層の危うきに近寄らず
気を取り直して洞窟の探索を再開した。何故か俺の右側にフローリア、左側にミレーヌという配置になり、おまけにずっと手を握って離してくれない。それを見てミズキが多少ずるいとか文句を言ったけど、そのことをユリナさんに笑われて恥ずかしそうにしてた。
そして洞窟の方だが、まず最初の階層ではほぼオーク系の魔物のみだった。ハイオークやオークアーチャーが主で、時々洞窟特有の蝙蝠系や甲殻虫系の魔物が出る程度。ただ、やはりそれらも以前砂漠の洞窟で出てきたものより強い個体で、先日皆に配った武器が丁度役に立った。普通の武器だと、まともに攻撃が入らないような魔物もいたりした。
洞窟内は特に分岐もなく、多少左右に何度か曲がったりはしたが、基本的に一本道という感じだ。だが、ある程度歩き進めていくとどうにも違和感を感じた。そして、それはどうも俺だけじゃないらしく。
「……カズキ。少し前からパタリと魔物に出会わなくなった気がするんだけど」
「あ、私もそう思った。お兄ちゃん、どう?」
「俺もちょっと感じてた。いくらなんでも出会わないなって……」
よくにぎわった洞窟では、前をいくパーティーが倒してしまいなかなか戦闘にならないケースはある。だがその場合も“戦闘跡”には出くわすのだが、今回それもない。まあ今回のこの洞窟、間違いなく俺達以外の冒険者パーティーはいなんだけど。
とはいえ、ここで考えていても仕方ないので更に進む。だがそこからすぐの所で、下方へ向かう階層間通路……要するに階段の役割をする道にたどり着いた。
「これで最初の階層は終わりですね。ということは……」
「そういう可能性がある、というわけですね」
「ん? エレリナ、ユリナさん、どういう事ですか?」
ここで最初の階層が終わりだと気付いたとたん、二人が何か分かったような反応を見せた。残念ながら俺にはまったく予想がつかないので、俺は聞いてみたのだが。
「まだ憶測にすぎませんが……おそらくは次の階層にはオーク種はいないかと思います」
「それか、ごく一部の例外を除いて……かな?」
「そうですね。アレを例外と呼んで良いかは判断つきませんが」
「……わかった。とりあえず次の階層へ行けばわかるんだな?」
俺の言葉に二人が頷く。俺以外のミズキやゆきもわかってないようだ。いや、どうやらヤオは薄々勘付いているっぽい。まあともかく次だ。
通路を降りて次の階層へ。ゲームみたいに親切に階段があるわけじゃないが、感覚でここが次階層だなとわかる。なんせ──
「カズキ」
「ああ。上の階層とは空気の種類が違うな」
あからさまに空気のよどみが激しいのだ。オーク種は魔物ではあるが、別段空気が穢れた場所に好んで住んでいたりはしない。人間や亜人には劣るが、ある程度の知性をもち弓や斧などの武器も使う。そんなオークたちがいるような気配がこの階層にはない。その代りに、
「……やはり、アンデッド系の魔物がいますね」
そう言ったのはエレリナだ。やはりという事は、予想していたというのだろう。
「エレリナ、どうしてそう思ったのですか?」
「はいミレーヌ様。前の階層にて階層間通路付近にオーク種がいなかったのは、次の階層にオーク種とは異なる別の種族がいる可能性を示していました。そして、それはオークによってもある程度の脅威がある存在であり、本能的に避けて然るべき場所ということになるのです」
「ほらカズキくん、あれを見て」
「えっと……あれは……ゾンビ?」
ユリナさんに言われて奥の方へ目を向ける。そちらからずるずると引きずる様な音とともに、ゆっくりした動作の魔物がやってくる。間違いなくゾンビだろう。
「ええ。でも正確にはアレは、オークゾンビよ」
「オークゾンビ……?」
「そうよ。つまり前の階層から何かの拍子に降りてきて、そしてここでゾンビ化してしまった存在よ」
ユリナさんいわく、おそらく以前はオークも階層間通路付近にいたのではないかと。そして、その幾つかは通路へ進み別の階層へと足を踏み入れた。だが、その別階層にてゾンビ化する何かがあり、結果そのままそこで徘徊するゾンビとなったか、元の階層に逃げ帰って二度と寄らないようになっていったか。そういう経緯があり、最初の階層は最後の方全然オーク系と出会わなくなったらしい。
最初の階層での、エンカウント率激減の原因はわかった。でも、そうなると。
「この階層に、オーク種をゾンビ化させるだけの魔物がいるってことですか?」
「ええ。これまでの流れから考えて、そう結論付けるのが自然ね」
そんな話をしている間にもオークゾンビは近寄ってきたが、いかんせんゾンビの歩み。さっきまで戦っていたハイオークの方が生き生きとしていたので、まったくもって危機感が無い。
「ほいっ」
腹パンならぬ頭パンをくらわすミズキ。ただ殴るだけだと頭がふきとんでしまうだけなので、あたる瞬間少しだけナックルに蓄積した魔力を拡散放出し、魔物の全身に振動を与えて身体を崩壊させている。それにより目の前でオークゾンビが崩れ落ちる。これで終わり……かと思ったが、そうでもなかった。
「お兄ちゃん、何か来るよ」
「ああ。何が居るか確認したいから、一度下がってくれ。ゆきもだ」
一番前に出ているミズキと、そのすぐ後ろにいるゆきを下がらせる。ちゃんと空気を呼んでフローリアとミレーヌが両手を解放してくれたので、俺が一番前にまで行く。
そのタイミングで、暗闇からザクザクと足音を立ててやってきた者が。
「……スケルトンか?」
「違うわ、これは多分……ワイトね」
「ワイトですか? ユリナさんそれは一体?」
骨頭という外観から単純にスケルトンかと思ったが、ユリナさんがその間違いを正す。
俺は当然知っているが、あまりメジャーな存在ではない。フローリアたちはどうやら知らないらしい。
「ワイトというのは、高貴な身分の者の死体に悪霊などが乗り移って生まれる魔物です。その手に触れられると昏倒するとか、命を吸われるなどと言われています。またワイトに触れられた者は、ワイトになるとも言われてます。つまり……」
ちらりと先程までオークゾンビの死体があった付近の地面を見る。
「あのオークゾンビも、もしかしたらこのワイトの影響で生まれた……と?」
「おそらく。この階層にオークたちが降りてこない一番の理由はそれですね」
「そうかぁー……。なんか面倒くさい相手だな」
この洞窟探索を正式クエストにした時、2階層目でこんな少し面倒な相手に出くわすのか。いわゆるエナジードレインという能力だが、ワイトの場合は生命力の吸収以上にレベルダウン効果が痛い。俺達のパーティーでなら当然ワイト程度の攻撃はあたらない。だが、そうじゃない普通の冒険者パーティーにとっては、ワイトはちょっと厄介な存在だ。少なくともBランク相当だ。
「とりあえず遠距離で倒せる手段が欲しいところだな。この洞窟の2階層目にくる場合は、ワイト対策をしっかりしないと命取りだということも明言するべきか」
「そうね。ヤマト領の冒険者ギルドでクエストを組む場合の注意事項ね」
そういってユリナさんが自分用のメモをとる。将来的にそのメモを活用するのは、おそらくはユリナさん本人なんだろうけど。
「カズキさん、遠距離ってことは私がやってもいいですか?」
「あ、ちょっとまってミレーヌ。えーっと、ゆき……でもいいけど、今回はエレリナ」
「はい。槍ですか?」
「理解が早くて助かるよ。よろしく」
俺の言葉にエレリナがストレージにしまってある槍を取り出す。そして、
「ミレーヌ様、少し魔力をお願いします」
「はーい」
ネイビーの穂先がついた槍に、ミレーヌがそっと手をふれるとほのかに淡く光る。その色は、洞窟で倒したラピスアンタレスの外殻と同じだ。
「ありがとうございます。では」
礼をしてすっとワイトの前に出る。意識はないが、敵対認識をしていたワイトは目の前にきたエレリナに強く反応を示した、正確にはそのやりに込められた、ミレーヌの魔力に。
ワイトが声にならない叫びで空気を振動させる。そして狙いをつけてエレリナに手を伸ばす──が。当然それが届くこともなく、手を貫き、腕を砕きながら、ワイトの本体を槍がつらぬいた。瞬間、ガラスの模型かのように骨のかっそくが砕け散る。地面には吹き飛んだバラバラの骨と、中心にあったと思われる魔石が落ちていた。先程のオークゾンビは魔石がなかったが、こいつは出すようだ。
「カズキ、これでよかったですか?」
「うん、バッチリだよ」
そうエレリナに労うと目立たないが、緩やかに微笑みを返してくれた。ともあれ、ワイトに関しては万が一を想定して遠距離からの無効化手段を用意すべきだな。うちのメンバーなら最長でミレーヌの弓だろう。同じようにミレーヌの神聖魔力をとばせばあっさり片が付く。だが、これも普通のパーティーではそうはいかない。なにより“洞窟探索”という目的で弓を持ちこむ冒険者は少ないだろう。ましてや、ミレーヌのように魔力矢を正確に放てる者はかなり稀有だ。ならば槍のような突き武器で、ワイトの間合い外から相手をする手段を用意するべきだろう。しかしこうなると、2階層目は神官職は必須かもしれんな。聖水を持ちこんだりするなら何本あっても足りなくなるだろうし。
「んー……まだ2階層なのに、全然毛色が違って普通の冒険者には難儀かもしれんな」
「どうかしらね。ヤマト領から行くことが出来るようになれば、見返りを考慮してもまだまだ冒険者にとって苦にもならない範疇じゃないかしら」
少しばかり気にしてると、ユリナさんがあっけらかんと楽観的な意見を言った。
「ただ、1階層目でオーク種がいて、2階層目でアンデッド種がいる洞窟。しかもどちらも結構な上位種というのは、なかなか見ない構成ね。でも、その方が冒険者は燃えるんじゃないの?」
そう言ってユリナさんは、ゆきやエレリナといった熟練の冒険者に視線を向ける。
「ですね。それにまだわからないけど、こんな調子でさらに次の階層があったら、今度はなにが仕込んであるのか楽しみです」
「私も同感ね。何より情報の無い洞窟に潜る行為、それこそが冒険の基本であり、価値ですから」
そろって楽しいとの感想をもらす狩野姉妹。
まあ、二人は俺と違って基本的にこの世界で生まれ育った冒険者だ。そんな彼女たちが楽しいと言っているのだ。少し俺がインチキすぎるからと、この世界の冒険者を侮り気味にみてたかもしれない。
「……そうだな。よし、せっかく未知の洞窟探索だ。どんどん行こうか」
俺の言葉に皆が「はい!」と返事をする。
まあ、俺もこういう探索って大好きなんだよね。




