215.それは、約束された息抜き
目の前で展開された衝撃の光景。それは、武術の心得が皆無の王女が、巨躯を誇る八岐大蛇を拳一つでふっとばすという物だった。
だがそんな仰天映像よりも、俺の関心は別の所にあった。
『カズキの……馬鹿ぁぁぁあああッ!!』
先程フローリアは、そう叫びながら拳を奮っていた。
気付くと俺は無意識に走りだし、フローリアの手をとっていた。そして──
すっと意識が戻る。見えてくる景色は、見慣れ見飽きた俺の部屋。ここ最近は壁のポスターもタペストリーも替えてないので、本当に見飽きた光景になってしまっている。
「はぁ~…………」
つい漏れる深い溜息。とりあえず、あの場からフローリアを連れて現実にやってきてしまったが、この後どうしようか全く考えてない。
『主様。なんとなく付いてきてしまったが、わしは他の部屋にでもいたほうがいいかのう?』
『あ、うん。そうしてもらえるか?』
『了解じゃ。用事がすんだら忘れずに呼んでくれや』
そう念話で伝えると、ヤオはすたすたと部屋を出て行く。一瞬どこに行くのかなという疑問がわいたが、ここ最近の言動からリビングにテレビを見に行ったなと察する。もしかしたら、今迄もこちらで夜を明かしているタイミングで色んなBOXを見ていたのかもしれない。
まあ、それはともかく。
「えっと、フローリア? その、さっきのアレは……」
どう声をかけていいのかわからないので、恐る恐る声をかけてみる。何も断らずにこちらへやって来たことも問題かもしれないが、それ以上にどうしても気になる。俺としては身にお覚えがないが、何か気付かない落ち度があるのなら教えて欲しい。
そう思って、ある程度の覚悟を持って声を駆けたのだが。
「ふふっ。ちょっとした冗談ですわ。……半分は」
半分は本心!?
どう返事してよいものやらと戸惑っていると、笑顔のまま「冗談です」と重ねた。もう、どこまでが冗談なのかわからんよ。
「本当に気にしないで下さい。正直な事を申しますと、最近はヤオさんばかりお相手なされているようで、私達5人は皆少しばかり寂しい……というだけですので」
「あ、いやそれは……そう、かもしれないな。ごめん……」
別にヤオを意識して贔屓していたとかではない。だが、常に従えることが可能な従者としてかなり重宝してしまっているのは否めない。念話もさることながら、色々な事が新鮮だったともいえる。思い返せば、これまでなら俺や他の子たちがやっていた役割を、ヤオに任せてしまっている部分も多くなった。
「私たちもヤオさんの事は大好きですので、羨ましいとは思いますが微笑ましくも感じてます。ただ、少しばかり寂しいと感じることもありましたもので。申し訳ありません、ただの我儘です」
少し悲しそうな笑顔でそう締めくくる。ああ、気が回らなかったな。
スレイス共和国での温泉旅行も、思い返せばヤオと一緒に行動していた事が多い。深夜に襲ってこようとした賊を捕縛した時、そしてその後少し夜景散歩した時。皆を起こすのはしのびないからと、ヤオと二人で出かけていたことには変わりない。
「いや、俺がちゃんと気遣いしないといけない事だった。これからはもっと気を付けるようにするよ。まあそうすぐに出来るほど俺は利口じゃないけど」
「……わかりましたわ。では、さっそく今を堪能させて下さいね」
そういってニッコリ笑顔で、俺の膝の上に横座りしてくる。その流れるような動作に気を取られ、あっけにとられているうちにしっかりと抱き着かれている。
「は? え? 今? え?」
「はい、今です。少しばかり抜け駆け気味ですが、カズキに苦言を呈した役目を終えたご褒美ということで」
ご褒美なら仕方ないのかな、とぼんやり考えながらなんとなく目の前にあるフローリアの頭に目がとまる。これほど近くで彼女の髪の毛を見ることはそうそうない。滑らかな金髪で、日本にいる間では見ることもかなわないほどの艶やかさを誇っている。もしかしてこの髪の毛にも、聖女としての魔力が作用しているんだろうか。そうでなければ枝毛の一つもないのは不思議すぎる。
いかんいかん、いくら許嫁とはいえまだ14歳の女の子の髪の毛を凝視するなんて。それなら成人してればいいのかとか言われると、それはそれでダメなんだろうけど。
「……わかった。それじゃあ二人でどこかに行こうか。他の子たちは、また今度二人で出かけるようにするよ」
「わかりましたわ。ではその時は、また私もお願いしますわね」
「了解です」
ちゃっかりしてる。でもまあ、そんな感じなのがどこか納得できる。
とりあえず俺達は外出用の服に着替え、ヤオに出かける事を伝えて外出した。
ちなみにテレビに映っていたのは、光の戦士たちが集って戦うアニメだった。あれって劇場版だろ、本当に手広く見てるなぁ。
既に何度か歩いたデパートまでの道のりを、フローリアに腕を組まれた状態で歩く。フローリアは14歳なのだが、LoUでのイラストの影響か、それとも外国人によくある大人びて見える設定か。少なくとも16歳以上に見えるため、一緒にあるいていてもさほど犯罪臭がしないのは助かった。これがミレーヌだと流石に無理か。となると、その場合はどこに連れて行けばいいのか──
「いたたたっ!?」
「カズキ? 今ほかの女性のことを考えていましたわね?」
「えっ、なんで分かる……いたたたっ!」
「本当にそうなんですか?」
いわゆる『デート中に他の女の話をする云々』というレベルのミスだ。とはいえフローリアに嘘は通じないし、そもそも嘘をつきたくない。なので素直にミレーヌと出かける場合の懸念を感じたと話した。
「仕方ありませんわね。でも、そういう事を考えるのはこのデートが終わってからにして下さい」
「うん、そうするよ」
軽い小言で終わってので、それ以上は考えないことにする。だけど、何かしてないとまた余計なことを考えてしまいそうだなぁ。
なんとか必死に、フローリア以外の事を考えないようにしていると、いつしかデパートに到着。目的は着いてから決めればいいと思っていたが、到着してもさして用事が思い浮かばない。でもまあ、それならそれでブラブラしてればいいだけだ。
「フローリア、何か見たいものとか……って言っても思い浮かばないか」
「そうですね。ここには何度か来ましたが、文明が根本から違いますので」
「まあ、とりあえず見て回ろう。何か気になったものがあったら言ってくれればいいから」
「わかりました。それでは行きましょう」
そういってそのままデパート内へ。途中エスカレーターに乗るときは、組んでいる腕を離して残念そうにしていたが、すぐに動く階段という事で笑顔になる。このデパートに来ると、他の子たちもそうだけど、エスカレーターやガラス張りエレベーターは、デパート中央吹き抜けの噴水広場を見下ろせて、結構楽しみなスポートみたいになっているらしい。
とりあえず上の階から、ぐるぐると降りてくることにした。
「カズキ! これはっ……!」
フローリアがとあるお店で立ち止まり、そこにある商品を手にとって震えている。その商品というのは、女の子が変身して戦うアニメの変身アイテムだ。以前フローリアとミレーヌが作品を見て大ハマリしたアニメの玩具である。当然アニメという媒体も説明し、空想の産物であるとの理解もしてもらった。だがそれはあくまで現実の話。向こうの世界ではその夢中熱を抱き過ぎて、二人での強力魔法=合体必殺技と言い張って魔物を倒したことさえあるほどだ。
そしていま、目の前にあるのはアニメで何度も見たアイテム。……いやいや、さすがにソレを向こうの世界にもっていくと色々大変なことになるだろ。電池だLEDだプラスチックだと、到底あちらにはない素材ばかりで作られてるし。
服とかなら多少は世界の融通がきくかもしれないけど、さすがに無理だと説得した。最後は渋々あきらめてくれたけど、こういう文化が幼少時にないから、一度こじれると大変だなと思ったよ。
この後は、書籍コーナーで足が止まった。
転生者のゆきや、彩和出身のエレリナなら読めるかもしれないけど、フローリアには無理なんじゃないかと思ったが、目的は“読む”よりも“見る”だった。そして彼女が興味をもったのは、星座と神話の本。夜空の星座とそれにまつわる神話が書き連ねて有る本だった。聞いたところ、彩和での文字=日本語を翻訳できる人物がミスフェアになら居るとか。確かにあそこなら彩和との貿易をしているし、食堂にも日本語が溢れていたな。
そういった人はアルンセム公爵を通せば都合がつくので、日本語書籍でも問題がないらしい。ただ、それでも文明差で翻訳できない語彙もあるため、出来る限り星座や天体図が多い本を選んでもらった。もちろんお金は俺が出した。これくらいはね。
この後、ブティックやらペットショップやら電気家電コーナーやら見てまわった。デパート内にあった自転車コーナーでは、やけに興味津々だったがさすがにドレスひるがえして疾走する王女はシュールだろ。
あとジュエリーコーナーで、艶やかな目で指輪の前に引っ張っていくのはやめて下さい。その覚悟をするのは今じゃありません。
そして、最後に行きたいところがあるとフローリアが言う。珍しい何だろうとおもったら、お腹がすきましたと。たしかにそうかもしれないが、ならどこかで食べるかと聞くと。
「ヤオさんも呼んで、三人で回転寿司に行きませんか?」
「えっと……いいのか?」
「はい。今日はもう十分に楽しみました。なので最後はヤオさんも一緒にお食事したいです」
「わかった。ありがとうな」
フローリアからの申し出でもあり、すぐにヤオに連絡をとる。この世界でも念話で話ができるのは、非常にありがたいことだ。あとちゃんと召喚式で呼べるので、女子トイレの個室に入ってるフローリアの所に出てもらった。さすがに男子トイレに呼ぶのはアレだし、店内はカメラがあるから呼ぶ場所にこまるし。
やってきたヤオとの三人で回転寿司へと入り、のんびりと食事を楽しんだ。ヤオは寿司は知っていたが、店内をぐるぐると回るのは初めてらしく、面白いと楽しんでいた。結構にぎわっていたので、本来の回転寿司としての楽しみが味わえてもらえてよかった。
最後にヤオが、
「このぐるぐると回る仕掛け、寿司以外でもやったら面白いかもしれんのぉ」
そう言ったのがちょっと驚きと感心を呼んだ。
確かに面白そうだ。寿司でやってもいいけど、工夫してヤマト領での商売に活用できたらいいな。




