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210.それは、本質を見ることとなる

「なんじゃいきなり、無粋なヤツじゃのぉ!」


 ヤオが両手両足の鞭を振り、こちらへ強襲すべく伸びてきた9つの頭をはじき戻す。さっそく戦闘開始かと思いきや、ヤオが不思議そうな顔をして動きを止める。


「どうしたヤオ、戦わないのか?」

「う~む……なんか様子が変じゃ。見た目からして、あの火竜のところでぶちのめしたドラゴン(もど)きの同類かと思ったのじゃが」

「ドラゴン擬き……? ああ、あの時のドラゴンゾンビか」


 それは弱った火竜を倒そうとしていた、あのドラゴンゾンビの事だ。言われてみれば目の前のヒュドラも、体の随所が朽ちているように見える。ゾンビ化した魔物という括りで見れば同じに見えて不思議じゃない。だがヤオの言い様では、アレとは異なる物だと言っているように聞こえた。


「なんというかこやつは……まだ意識があるように見えるんじゃ」

「意識がってことは、こいつは自分の意思で動き攻撃してきていると?」

「んー……それも少し違うかのぉ」


 そう言いながら再び攻撃を仕掛けるヒュドラの首を、鞭で容易くはじく。


「実はな、こやつから全然殺気を感じんのじゃ」

「ええっ!? こんだけ攻撃してきてるのに?」

「うむ。あれだけの躯体で鎌首を振り回されたら、さすがにこの姿の鞭では逸らすくらいで精一杯のはずなんじゃ。だがな……」


 そう言ってまた襲ってくるヒュドラの首を鞭で押し返す。だがその光景はあまりにも異様だ。いかにも強力な大蛇の首数本を、鞭で軽く叩く様にして押し戻してしまったのだ。ヤオは確かに強いし、今俺がGMキャラだから更に上乗せされてはいるが、ここまで圧倒的な数値差は出ないはずだ。


「この通りじゃ。こやつ、正気を半分失っておるようじゃな。本能だけでこちらに攻撃を繰り出しておるが、そこに意志を込めた殺意が微塵もないぞ。それに……ほれ、あの腰のあたりを見て見ろ」

「腰? 大蛇の腰ってどこだよ……って、ん? あれは……」


 蛇の腰ってのがよくわからないが、とりえず9つに分かれている部分が首元だろう。とすれば、それよりももっと尻尾方向の背中側だろうな……と視線を移すと。


「何かまとわりついているのは……」

「おそらく、火竜の所で見たあの黒い霧じゃ」


 そう、ここからだと見えにくいのだが、このヒュドラの腰と思われる部位辺りに、あの忌々しい黒い霧のようなものが纏わりついていた。これは一体何なのだと思ったが、何にせよこれは対処しないといけないものだと考える。


「なぁヤオ。もしかしてあのドラゴンゾンビも、ああやって黒い霧に纏わりつかれたなれの果てなんじゃないのか? どういう原理かしらないが、ああやって宿り主に死ぬまでまとわりついて、その身をゾンビのようにしてしまうと」

「有りうる話やもしれんな。その後は、また宿り先を求めて移動するとかかの?」

「厄介極まりないな。なら一番優先すべきは、やはりあの栗霧の消滅か」


 もしそうするならば、どうしても呼ばないといけない人物が一人いる──フローリアだ。

 聖女としての力を持ち、過去に2回あの黒い霧を消滅させたことがある。もし同じことをするのであれば、フローリアを今すぐここへ呼ばなくてはいけない。

 いや、それ以前にその行動は正しいのか? ある意味それはヒュドラを助けることになるのだ。助けた瞬間に襲い掛かられて、万が一フローリアに危険があったら悔やみきれないだろう。

 しかしあの霧はやはり見過ごせない。俺は意を決してヤオに話しかける。


「ヤオ。俺はあの黒い霧を消すために、今からフローリアをここへ連れてこようと思う」

「あの王女をか? 出来るのか?」

「ああ。ちょっとした裏ワザがあるから、おそらくはいけるはずだ。そこで一つだけ聞きたい。俺がログアウトしてすぐログインしなおした時、ヤオはこの世界のどこに出るんだ? 俺の側か? それとも最後にいた場所か?」

「基本的には最後にいた場所じゃな。ただ、時々主様が近くにおらんから、自主的に傍に行くが」

「なるほど、了解だ!」


 ヤオの返事を聞いて、俺はすぐさま登録コマンドを発進する。


「『//logout』」






 視界に映る景色が、薄暗い洞窟内から見慣れた自分の部屋に戻る。


「それで、どうするんじゃ?」

「今からまたGMキャラでインをする。しかし俺は別の場所に出るから、ヤオはさっきの場所に居てくれ」

「なるほど。わしに王女を連れてくるまでの時間稼ぎをしておれというのじゃな」

「そういうことだ。でも安心しろ、すぐに戻ってくるから」


 ヤオはしかたないのぉという視線を送るも、俺のお願いを聞き入れてくれた。さぁ、それじゃあログインし直すか。

 俺はすぐさまマウスカーソルをGMキャラに会わせる。そしてクリックしてログインをした。






「えっ!? カ、カズキ!? いきなりどうしたのです?」


 ログインしてまだ視界が白フェードから完全に移行し終わってないのに、俺の耳に聞きなれた声が飛び込んでくる。声の主はフローリア、そしてここは──王城のフローリアの部屋だ。

 初めてGMキャラでこの世界にインしたとき、本当のランダム出現で俺はこの部屋に出た。そしてフローリアと知り合うこととなった、色んな意味で思い出の場所だ。そしてその時のやり取りで、ここに出現場所登録をしていたのを思い出したのだ。

 振り返るとフローリアが驚いた顔でこちらを見ている。おおっ、さすが城内にいると綺麗なドレスを着ているな。今日はたしか自室にいると聞いていたので、これがいわゆる自宅着なんだろうが……いやはや、王族のソレは庶民とはレベルが違うな。

 いかん、少し見惚れてた。この時間もヤオがおさえこんでくれているのだから、さっさとせねば。


「フローリア、黒い霧を見つけた。いまヤオが抑え込んでいるヒュドラに纏わりついている。それを消滅させたいから、今すぐ来てくれないか」

「!! ……わかりました、行きましょう」


 こちらの言葉を瞬時に理解し、表情を引き締めて返事を返してくれた。着替えている時間は惜しい。ヤオなら大丈夫かと思うが、逆にヒュドラの方が限界にきているように思えたからだ。フローリアを両手で抱える、いわゆるお姫様だっこだ。……おおっ! お姫様をお姫様だっこしたぜ! なんか謎解きでもしたような腑に落ちた気分だ。


「行きましょうカズキ」

「……はい」


 いかん、意識がちょっとそれてた。すぐさまポータルが出せる様に地上に移動する。GMキャラなら座標を三次元移動できるので、空を飛ぶ──というか移動して中庭へ。そしてそこから、今ヤオがいる洞窟の前に設置したポータルへ。

 すぐに洞窟の中へ入る。入口から漏れ出る臭気は皆無ではないが、最初見た時と比較するとほんの薄っすら残り香がある程度のものだった。無論俺やフローリアが発する光に触れると、何もないように消えて行ってしまう。俺達は足早にヤオの元へと向かった。


「ヤオ、来たぞ!」

「ヤオさん、お待たせいたしました」


 広い洞窟に巨躯を這わせるヒュドラ。それを上手に抑え込んでいるヤオがいた。俺達が声をかけるとゆっくりと振り向き、


「うむ。本当に早く来た…………。お主らは何をしておるのじゃ?」


 俺達に疑問を投げてきた。あーうん、俺もその質問を自分に問いかけたいね。だが当事者の片割れであるフローリアはニコニコしながら。


「ふふっ、カズキがどうしても私を離したくないっようでしたので、おとなしく抱き上げられているのですわ」

「主様よ、わしの仕事をあたえて自分は嫁と逢瀬とは……ちぃとばかり不満じゃぞえ」

「──はぁ!? いや違う違う!」


 そうあわてて弁解するも、俺は城からここへ来るまでずっとフローリアを抱えていたのだ。お姫様だっこをした状態でずっと。もちろん下心で、ではない。フローリアを走らせるよりも、俺が抱えて走った方がどう考えても早いと思ったからだ。

 だがこういう場合、俺が……というか男が何を言っても説得力がないのが世の常。まあ、しかたないかぁと思っていると、トンッとフローリアが俺の手から降りてヤオの方へ。


「……ではヤオさん。私がアレを浄化しますので、この方が暴れないようにお願いできますか?」

「いいじゃろう。主様よ、いいか?」

「ああ、頼む」


 俺の返事を聞いて、ヤオがその本来の姿へ戻る。そして黒い霧の部分に触れないように、がっちりとヒュドラをおさえこんだ。ヒュドラが9つの首に対し、ヤオは8つの首と8つの尻尾。単純な数勝負でも勝っているが、それぞれ個々の力具合でも目に見えてヤオが勝っている。抑え込まれ振りほどこうとしているらしいが、微動だにしない様子は歴然とした差を表していた。


「それでは──」


 上手に抑え込みながら、黒い霧が張り付いている部分をフローリアの手がとどく場所にくるようにヒュドラを置く。そこへ手をかざしたフローリアが浄化をした。

 浄化はすぐに終わった。過去2回みたものに比べ、規模が小さかったというのもあるが、それ以上にフローリアの浄化能力が勝り過ぎているからだ。

 とりあえず黒い霧を消し去ったが、もうヒュドラは虫の息というところだろう。先程までヤオに抗おうとしていたようだが、今はそのそぶりすら見せない。

 そんなヒュドラを見てフローリアは少し考える様子をみせ、そして。


「ヤオさん。念のためもう少し、こちらの方を押さえておいてくれますか?」

「うむ、かまわぬが……どうするんじゃ?」


 ヤオの質問には答えず、意識を集中させる。そして、


「【荘厳なる聖域(サンクチュアリ)】」


 ヒュドラの周囲に光魔法の結界が張られ、みるみるその体についた傷が回復されていく。


「なっ!? フローリア、一体……」

「…………ふむ」


 驚く俺と、何か得心がいったようなヤオの呟き。

 この回復魔法は、ヒュドラの傷がいえるまでずっと続いた。



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