207.そして、旅終わりて次の路へ
リーベ湖でちょっとしたゴタゴタはあったが、特に何事もおきず無事皆で出発。
あの湖底神殿は興味あるけど、特に用事がないなら不用意に近付かないことにした。さきほど現れた湖大蛇だって、こちらがいきなりやってきたから警戒したのだろう。元々あそこに棲んでいて、湖の中での秩序を保っているのなら横槍は無粋ってもんだ。
あのどう見ても地上建造物って遺跡は興味あるけど。まあ、俺は考古学も地層学も明るくないから、そういう方向で検証するこは出来ないんだけど。
後──これは全く違う話だが。
今目の前で呼び出したペトペンと遊んでいるミズキ。ミズキとフローリアには、強力な強い召喚獣をあげてない。というも、当初はLoUでの実装予定だったペット機能を応用し、二人に愛玩用の動物をあげるだけの予定だった。それが少し防衛的な意図も絡め、強い召喚獣を与えるように途中で切り替えたからだ。……少し?
だからこそ最近少し思うのは、二人も強力な召喚獣がいたほうがいいんじゃないかということ。
これは二人に戦力をどうこうという話じゃない。まあミズキに関しては、一概にそうとも言い切れないかもしれないけど。だが目的は、二人の自衛手段の強化だ。実際ミレーヌがホルケと主従関係を結んでから、彼女が危険な目にあう可能性はほぼ皆無になった。フローリアも是非そうして欲しい。
そんな事を微動だにせずずっと考え込んでいたのだろう。すぐ目の前にゆきが来て、俺の顔を覗き込んできた影で視界が暗くなるまで、それに気付かなかった。
「わっ!? な、なんだ?」
「やっと気付いたー。どうしたの? なんかずっと考えてたけど」
そう言うゆきから視線をはずすと、ミズキもどうしたという顔でこっちを見ていた。あとペントンはじーっと見て「?」という感じで首をかしげた。ちくしょう、なんかかわいいな。
「いや、ちょっと考え事してただけだ。なんでもない」
「そう? 悩みがあるならちゃんと言ってよね? 聞いて面白かったら笑ってあげるから」
「……酷すぎる」
ゆきにちゃかされてこの話はこれで終わった。まあ、ちゃんと与えたい召喚獣も用意してないし、このあたりは旅行が終わって落ち着いてからでいいか。
苦笑いを浮かべながら、ペトペンと遊ぶ二人にまじる。ストレージから新鮮な小魚をだしてやると、キュッと一鳴きしたペトペンがせがむように見てくる。よぉし、今日はもう考え事しないで楽しもう。
その後の帰路は、特に何事もなく平穏だった。
温泉旅行ということで疲れをとったからというのもあるが、やはり“旅行”という事を意識すると、帰りはどうしても大人しく休む感覚が強い。身体的には十分な休息をとっているが、精神的にはひと段落ついた的な心境なのだろう。いつしか馬車のうち壁にもたれて、俺は軽く寝てしまった。
『──っ。……様よ、寝ておるのか? 主様よ!』
「わっ! あ、え、えっと……ヤオか?」
ヤオからの念話で起こされた俺は、あわてて声に出して返事をしてしまう。それを見ていたミズキとゆきは、最初は驚くもすぐニヤニヤ笑みを浮かべる。くぅ、恥かしい……。
『ふむ、起きたようじゃな。そろそろミスフェアに着くとの伝言じゃ』
『あ、ああ。もうそんな所なのか。わかった』
ヤオとの念話をきって御者席にいるエリカさんのところへ。ここにいると恥かしいから居心地悪い、というのもあるんだけどね。
御者席にいるエリカさんに、そろそろミスフェアだとの連絡を一応する。まあ、態々言わなくともわかると思うけど流れで。
そして到着。
ミスフェアの正門前に到着し、フローリアやミレーヌが顔を出す前に衛兵達が出迎えてくれた。馬車を見れば、誰が乗ってるか一目瞭然か。
そしてまずはアルンセム公爵の屋敷──つまりミレーヌの家へ。出迎えてくれた公爵と婦人に挨拶をし、そのまま中へと通してもらい応接間に。フローリアとミレーヌ、そして俺とヤオの四人が座っている状態。最初は俺も立っていたのだが、「カズキは座ってください」と言われたのでそうした。いや、別に尻に敷かれてるわけじゃないよ。新領主としての立場を考えてだよ、うん。
ヤオが座ってる理由? まあ、ヤオだし。
座った俺にフローリアが視線を向けてくる。ああ、俺が何か言うべきなんだな。
「えっと、まずは皆旅行お疲れさまでした。往路も復路もちょっとしたアクシデントがあり、何よりスレイスでの温泉騒動は色々と驚いたと思いますが、無事何事もなく安堵しております。途中、マリナーサとエルシーラが途中で抜けてしまいましたが、またいつか二人も呼んで、またどこかへ行く、何かをするといった事が出来たら良いなと思っています。色々とつもる話もあると思いますが、まずはゆっくりと休みましょう。どうも皆さん、お疲れ様でした」
そう言って頭を下げる。うん、こんな感じでいいだろうか? あまりこういう経験がないけど、旅行帰りとかで言われたような事を適度にまとめてみたんだけど。
だが、そんな心配は不要だった。俺が「お疲れ様でした」と頭をさげると同時に、皆からも「お疲れ様でした」との返事と拍手が帰ってきた。あ、いや、なんか照れる……。
「いい締めの挨拶でしたわ、カズキ」
「うん。カズキさんっぽいというか、なんというか」
「でも普段のお兄ちゃんより、少し余所行きな感じ?」
「だよね。ちょっと学校の先生が遠足帰りの挨拶してる感じだった」
「……ゆきの発言が微妙に分かりにくい気がする」
フローリア達が楽しげにそう言ってきた。まあ、俺自身ちょっと背伸びした挨拶っぽかった気がする。でもそうか、学校の先生だったか。これはお約束の『帰るまでが遠足です』も入れとくべきだったか?
「カズキくんありがとうね。なんか久々にこんなのんびりしちゃったわ」
「ホントホント。御者するって条件で、こんなに楽しませてもらって最高」
「いえいえ。こっちこそ、二人が御者をしてくださって助かりました」
ユリナさんとエリカさんからも改めて御礼を言われた。でも二人のおかげで助かったのは本当だ。御者も含めてよく知ってる人ばかりっていうのは、それだけですごく気分が楽になるし。
「さぁ、十分休んだから明日からまた仕事よ」
「ええ。それに──」
「それに?」
こちらをちらりと見る二人に、俺は「?」という表情を向ける。それをみてクスッと笑みを浮かべた二人からは、
「それに、ちゃんと現場判断のできる後輩を育成しないとね」
「そうそう。私達が、もしかして……という場合のためにね」
そう言ってこちらを見る二人は、シンメトリーな微笑みでウィンクをした。ああ、そうか。二人もかなり前向きに取り組んでくれるつもりなんだ。
視線をフローリアたちに向けると、彼女達もその意図が伝わったようで、どこか充実感溢れる笑顔をしていた。
こうして、俺達の温泉旅行……正確には、温泉旅行“その1”は終了した。
さて。
とはいえ温泉旅行“その2”はすぐに出発しない。それはそうだ。
まずメンバーは現実世界を知ってる6人で、おまけにこちらの時間経過がとまるので、乱暴な言い方をすればいつ行っても問題はない。
でもまあ、温泉旅行から帰ってすぐまた行くのは、いくらなんでも情緒が足りないよな。そんなわけで、暫く間をあけることにした。
そうなるとまず俺がやることは2つ。
一つはヤマト領の現状確認だ。さっそく翌日見に行ったが、王都の職人さんの作業進度には目を見張るものがある。既に領地の中央を通る道はしっかり整備され、それと交わる東西に伸びた道も出来ていた。さらに仮設ではあるが、将来的に領地の中心とな宿を検察する場に、寝泊り可能な建物が設置されていた。そこは既に水周りも整備され、王都とミスフェア間を移動する旅人に、休憩や寝泊りなら十分な場所が提供できるようになっていた。
まだ飲食店がないのだが、代金を払えば常駐している工事業者達がその場で料理をしてくれる。さすがにこういった場所にくる男達だ、自炊もかなりの腕前らしく皆満足してくれると。
後、いつのまにか旅行者たちにささやかれてる事が。
この新領地の左右に延びた遊歩道の両脇に、天の祝福を授かった樹が植わっており、その両方をお参りするとよいことがある……とか。
誰が言い出したのかしらないが、ここを通る多くの人が一旦馬車を降りて、徒歩で往復してお参りをするようになっているらしい。まあ、確かにご神木からの苗木だったけど、いつのまにそんな事に。
また、領地内に流れている水路に、飲料可能としている水路もある。そこで汲まれた水は身体にいいとか、料理が美味しくなるとかで、水を汲む容器を持ってくる人も少なくない。
……なんか、領地運営がまだ始まってないのに、色々と話が進みはじめてるなぁ。
とりあえず現状を確認して、色々と対応することにした。
仮ではあるが、食事処の仮設とそれ専用の人材を王都から派遣してもらった。その辺りはフローリアに話したのだが、派遣された人達は場合によってはヤマト領へ移っても良いと言う人だとか。工事業者さんからは希望移住者を募ってるが、この人達にも応対してあげよう。
他にも当初の予定より、何段か前倒しになってしまったが、予定していた領地運営と開拓案を実施するようにした。これが一つ目。
二つ目は、火竜から聞いた火吹き山のアイスフェニックスの件だ。
マリナーサとエルシーラが見に行っているはずだが、はたしてどうなったか。日付的にもそろそろ見てきた二人が、ダークエルフの集落に戻ってきたかな。
なので確認をしに俺は行くことにした。ただ確認するだけなので、一人で……まあヤオがついて来るから二人だけで行くことにした。
ミズキにその事をつげ、俺とヤオはダークエルフの集落がある洞窟前へ。
ポータルで転移して目の前にある洞窟。この奥にダークエルフが住んでいるのは知ってるけど、なんか洞窟って入るのわくわくするんだよな。
俺はそんな気持ちを抱きながら、再びダークエルフの集落へと足を向けた。




