205.そして、領地拡張の新たな一手
宿に戻った俺達は、各々自由に夕食までの時間を過ごした。俺は部屋から見える温泉街を、何をするでもなくぼーっと眺めていた。あちこちから立ち上る温泉の湯気とか、屋台並びを闊歩する環境客とかを眺めているのは結構いい。昔から、案外こうやって時間を潰すのは好きだった。
他の皆は何をしていたのかはよく知らない。まあ、何人かはまた温泉に入ってきたとか言ってたが。いくら温泉街とはいえ、一日そう何度も入るもんなのかね。
そんな感じで、存分に休みを満喫した俺達は、夕食後にもう一度皆で家族風呂にはいった。今回は洞窟のときと同じように、ユリナさんとエリカさんも一緒なので水着混浴だ。……マリナーサとエルシーラに声をかけて、もう一度二人にも入ってもらいたいかな。……純粋な思いで。それだけだよ、うん。
翌日。三泊四日の予定が終わり、俺達が帰る日。
宿の前には二台の立派な馬車が止まっていた。無論、俺達が乗っている馬車だ。一緒に旅をしてきた馬たちも元気溢れる様子。ここの湯があったのか、毛並みが最初よりもよく見えるほどだ。
帰りの道では、馬車の順番を逆にすることにしている。2号車が前で御者がユリナさん。1号車は後ろで御者はエリカさん。だが、乗るメンバーは少し変更した。往路と違いエルフコンビが居ないからだ。
2号車にフローリア、ミレーヌ、エレリナ。1号車にミズキとゆき。俺とヤオは、どちらかが1号車でもう片方が2号車という事になった。俺とヤオは念話で連絡できるので、走行中の連絡は俺達が行うからだ。なので停止時や緊急時は、俺かヤオを呼ぶようにユリナさんたちに言ってある。
とりあえずは俺が前側の馬車、2号車だ。
こうして俺達は馬車に乗り込む。宿の前にある馬車は、派手さはないがシンプルで上品な設えのため、通る人たちからも大いに注目を集めていた。
おまけに宿の主人他、仕事が離れられない従業員以外が総出で見送ってくれた。あと、首相やその付き人もわざわざ見送りにきてくれた。あまりにも人だかりが出来てしまったので、仕方なくフローリアとミレーヌが顔を出して手を振ったら、それきっかけで大歓声が沸いてしまった。どうやら“聖王女様がお忍びで遊びにきている”という噂が流れていたらしい。結局出発はしたものの、国の正門を出るまでずっと両脇に人垣が続き、笑顔で手を振る二人という図柄が続いた。生半可なアイドル顔負の人気っぷりだな。
ともかく。こうして俺達は温泉の国──スレイス共和国を後にした。
復路の馬車内の様子は、思いの他清々しい感じだ。どうも『旅行帰りの車内』というと、電車だろうがバスだろうが、半分以上がだらけて寝てるイメージが先行する。
もっとも、この旅行は趣味以上に実益を求めるも、『温泉に行く』という真っ当なリフレッシュ旅行なので、当たり前といえば当たり前か。それにまあ、学校行事とかじゃないんだ。時間に縛られた旅行でもないしな。
「カズキ、少しいいですか?」
「ん?」
馬車がスレイスから出て、時間にして30分ほど経過したところでフローリアが話しかけてきた。
すでに周囲には人が住んでいる気配もなく、ただ延々と国を繋ぐ道だけが走っている状態だ。表情を見るとそこまで深刻な話題ではなさそうだが、走行中の馬車ってのは密談には最適だな。
「今回の旅での目的の一つであるユリナさんとエリカさんの、ヤマト領での両新ギルド発足における責任者……つまりギルド長としての勧誘についての報告です」
「ああ、そういえばそんな話もあったな。悪い、初日のゴタゴタで失念していたよ」
「そう思いましたので、僭越ながら私たちでお二人とお話を交わしましたので、その報告をします」
うっかりのポカだったが、それに気付いてくれたフローリア達が、率先して話を進めてくれたのか。もうなんか、俺の思考パターンとかが把握されすぎてんな。
「お二人に新領地であるヤマト領、そしてカズキと私達、また現時点で分かっている領地状況と、予定として確定している部分の説明をしました」
「え? いつのまにそんな情報を纏めてたの?」
「私がやりました」
あっさりと言うエレリナ。いや、なんか問い詰められた犯人みたいなセリフだけど、内容はまったく逆で褒めるべきことだ。メイドの仕事に秘書スキルとか、そういう技能もあるんだろうか。たまに忘れるけどエレリナって、ミレーヌの専属メイドではあるけど、本質は彩和の狩野最強クラスの忍者なんだよな。
「エレリナにまとめて貰った資料と、私とミレーヌからの要望を伝えて、ヤマト領の将来の助力をお願いしました。無論、強制ではなく任意である、無理に勧誘はしないという旨も添えておきました」
「まぁ、王女様直々の申し渡しだと、それは王命だから断れないもんなぁ」
というか、普通の平民なら王族と話すだけでも平常心保てないんじゃないか。あの二人は一応、王都ギルドのサブマスターも兼任してるらしいから、元々ある程度はなれていたっぽいけど。
「それでお二人の返事ですが『前向きに検討したい』だそうです」
「……ほお?」
なにその政治家みたいな返事。いや、この場合の使い方が普通なのかな。
もう少し詳しい話を聞きたいというと、エレリナが説明をしてくれる。
「申し出は大変嬉しいと。ですが急な事なので、自分達が抜けた後の王都のギルドをまかせられる後釜が、まだ磐石ではないとの理由です。サブマスターでありながら受付嬢をしているのも、常に直接見聞きして情報判断すべき立場にいるとお二人はおっしゃってました。今お二人がそのまま抜けると、両ギルドともギルドマスターへの負担が大きくなりすぎて、そのうちまわらなくなる恐れがあるとか。なので自分達が抜けても大丈夫な人材をきちんと育成した後、改めて申し出を受けたい……という事のようです」
「……つまり、自分達が抜けても問題ない状況になれば、きてくれるってことか」
「はい、そうなります」
そうか……中継街とはいえ、ヤマト領は後々に国にしていく予定もあり、既に祝福も受けた地だ。おそらくきちんと運営すれば、領地に見合う以上の成果をあげれるだろう──商業は。
だが冒険者ギルドはどうだ。幸か不幸か、周囲を覆う土地は守護獣のバフォメットにより管理されているから、周辺地域での魔物退治とかは期待できそうにない。西側には川が流れてるし、そなると……川? 川の向こうには何がある? 当然領地とは別の土地がある。なんせヤマト領の西側は川を境にしているんだから。だけどもし──
「カズキ、どうしましたか?」
「カズキさん?」
ふと黙り込んだ俺を訝しげにフローリアとミレーヌが声を掛ける。だが俺は思いついた事をすぐに確かめたくて、立ち上がって御者席側の扉をあけて外へ。
「あら? カズキくんどうしたの?」
「ユリナさん、新領地──ヤマト領の話を聞きましたよね」
「あ、うん。改めて聞かされたうえに、あの話は私もエリカも驚いたわよ」
軽く苦笑いを浮かべるユリナさんの隣に座る。
「とりあえずその話自体は今は置いておいて。その領地の西側にある川は知ってまか?」
「知ってるわよ、ノース川よね」
「ノース川?」
「あら、聞いたことなかった? グランティル王都の北側……新領地の西側ね。そこにある山はノース山。山頂にある湖はノース湖って呼ばれてるわ。そしてそこから流れる川がノース川」
そんな名前あったのか、知らなかった。っと、それよりも本題だ。
「そのノース川の西側の土地って、魔物とか生息してますか?」
「ああ、あの辺りに? いるわよぉ、結構な数。それに恐らく強いのも」
さすが冒険者ギルドのサブマスター。前に魔石の話を聞いたときもそうだったけど、ユリナさんはかなり色んな知識を有している。というか、かなり優秀すぎて後釜の育成とかできるのか?
いや、それよりも今の発言に気になることが。
「恐らく強いの……ですか?」
「うん。あの辺りのノース山周囲の樹海にね、存在は確認したけどまだほぼ手付かずの洞窟──ダンジョンがあるのよ。なんせ場所が場所でしょ? 王都からは地形の都合で行くのは困難だし、ミスフェアまでの道を通り途中で川をわたって向かっても、到着した時点で随分消耗しちゃってるからね。まともに探索をしようって人はいなかったわ」
「なら、もし領地をきちんと整備して、川に橋をかけて西側の地へ向かいやすくすれば……」
「新規ダンジョンだもん、好奇心の強い冒険者でごったがえすわね」
やっぱりそうなるか。さすがに洞窟の存在は予想してなかったが、手付かずの大地に魔物がいるんじゃないかという予測はしていた。それに橋をかけても、土地自体が祝福されているのと、バフォメットが守護している限り、領地街へ入り込んでくる可能性はおそらく皆無だ。
「領地の範囲を、川の西側および洞窟周辺まで拡張してもらうか……」
「……なんかカズキくん、すごい事をあっさり言うね。自分の納める領地を王都の周辺からごっそり持っていこうなんて事、普通は考えようとしないよ」
「ハハハ、まぁフローリアもいるし問題ないかなーって……」
「おまけに王女様たちとも、そういう事になってるし……あーあ、私に来るのは仕事の話ばっかり……」
「あ、えっと、戻りまーす!」
ユリナさんが行き送れ恋話モードになったので、そそくさと室内へ戻る。
そしてフローリアたちに、今外で話していた内容を伝える。……最後の愚痴以外を。
皆もその考えには賛同してくれ、フローリアは帰城し次第、すぐにヤマト領の範囲調整を実施してくれるとの事。
「それにしても、川の西側ですか……。王都でも北側の地は度々話を聞きますが、結局何もできなくて長らく手付かずでしたからね。冒険者もそうですが、色々と新しい発見もあるかもしれませんね」
「未発見の──新種の魔物とか、ですか?」
「魔物に限りませんよ。普通に動植物すべてですし、洞窟で新しい鉱石もあるかもしれません。今まではあまりに採算が取れないので話題にもなりませんでしたが、ヤマト領が運営すれば間違いなく散策範囲ですからね」
フローリアから現時点でのノース山周辺の話を聞き、それを元にどうしていこうかという話をした。
そうして暫く走行していると、御者側扉の呼び出し小窓があいてユリナさんの声がした。
「皆さん。もうすぐ休憩予定地の川の側になります。カズキくん、1号車への連絡お願いね」
「わかりました」
1号車のヤオに川の側の休憩予定地へつくことを念話で伝える。
川の近く……ああ、往路でエレリナさん製のインスタント麺を食べた場所か。あれも上手く生産して、領地の名物みたいにしていきたいな。




