204.それは、甘く冷たいご褒美
洞窟奥にある『秘境温泉』で、俺達は水晶壁に景色を映して入浴していた。皆思い思いに景色を投影していったが、ミズキが召喚獣のペンギンであるペトペンを呼び出し、お試し気分で壁に触れさせた。すると壁に、凍えるほど冷たそうな海とそこに浮かぶ氷の島が映し出された。どうみても南極である。ペンギンの故郷が南極にでも設定されてるのかな。
暫く風呂に入っていたが、さすがに最初からずっと入っている俺は少し長湯か。そう感じたので、皆に断って先にあがった。皆が出てくるまで、少しだけ待つのもかねてヤオのところへ。
「む。なんじゃ、もう湯はいいのか?」
「ああ。というか結構入っていたぞ。待たせて悪かったな」
「気にすることはないぞ。わしの年月感覚からすれば、瞬きの時間にも等しいものじゃ」
そういって笑みを見せる。その表情の偽りはなく、本当になんとも思っていないのだろう。
しかしまあ、一緒に来ておいて一人だけ別にしてしまったのは心苦しいところだ。なので、
「それじゃあ……『//singleout』」
自分だけログアウトさせる命令だ。ただこの命令は設定後に、少しだけ仕様の認識が変化した。
というのも、
「おっ? なんじゃ主様、急に転移してどうしたのじゃ」
ヤオは他の人たちと違い、俺に触れていようがいまいが、一緒に転移してきてしまうのだ。
「いや、一人見張り役をさせてたヤオに申し訳ないから、何か美味いもんでもおごろうかと……」
「気にせんでもええと言うたじゃろうに。……まあ、でもそうしてもわしに何かを与えたいというのじゃったら、こちらも受け取らんわけにはいかんじゃろうな、うむ」
言葉ではいいといいながらも、こちらの世界へ来たという事=珍しく美味しいものが沢山という図式がなりたっているらしく、すたすたと部屋の出口の方へ向かうヤオ。喜んでくれそうでよかった。
リビングへ行ってヤオがテーブルにつく。といっても、すぐには出さずまずはジュースを飲んで、少しだけまってもらう。その間、いつのまに覚えたのか、テレビリモコンを操作して見始める。おそらくゆきがレクチャーしたのだろう。もしかして、他の皆もテレビをいじれるのか?
「主様よー、何をくれるのじゃー?」
「んー……ちょっとまっていてくれ……よし」
冷凍庫より取り出したものを、電子レンジにいれる。そして稼動。
ピピピという操作音と、動き出して唸る機器にヤオが不思議そうな顔を向ける。
「そのウンウンうなっている箱はなんじゃ?」
「これか? 電子レンジって名前の機械で、食べ物を温めたりするものだ」
「あたためる? 主様よ、今からあったかいモノが出てくるのか?」
「ふっふっふ。それはだな……あ、そろそろいいかな」
電子レンジを稼動させて、まだ30秒もたってないが止めて取り出す。
そして、さっとテーブルの上……正確にはヤオの前に置く。
「ほぉ、なんじゃこれは。見たところ温かい食べ物じゃなさそうだが……」
「まあ食べてみろ。ほれスプーン」
「うむ。では……いただきます」
スプーンで一口。そして──
「美味いのじゃ! 口の中でふわっと解けた! それになんじゃ冷たいぞ」
「これはアイスクリーム。普段はカチカチに凍らせておいて、食べるときにこんな感じにするんだよ」
「ふむ、うまい、うまいのう!」
ヤオが夢中になって食べてるのは、なんの変哲もないただのバニラアイスだ。多少サイズが普通より大きめなので、加熱時間を少しだけ多めにとったけど。電子レンジでの加熱は、短時間だと微妙にシャーベット風に柔らかくなり、面白い食感になって食べやすくなる。
せっかくなので、今回はヤオにお礼とお詫びみたいな感じで食べさせてあげた。
「……そういえば主様よ」
「ん?」
アイスを食べていた手を止め、不意にヤオが声をかけてきた。なんだろうと思ったが、すぐにアイスを食べるのを再開しながら話を続ける。
「温泉の国に来る途中に立ち寄った湖があるじゃろ?」
「ああ、あったな。えーっと……確か……ああ、そうだ『リーベ湖』だ」
リーベってドイツ語で“愛”って意味なんだよな。ド直球だから覚えてた。
「その湖なんじゃがな、おそらくは湖の底に遺跡があるぞ」
「へ? い、遺跡!? 海底遺跡……じゃない、湖底遺跡!?」
「うむ。あそこでペンギンを呼び出して潜らせておった時、わしもすこし“眼”を借りて水の中を見てみたのじゃ。そのとき視界の遠くに、自然隆起としては不自然な構造物があったからの」
「そうなのか? それじゃあミズキも気付いてるってことか?」
「いや。水の中での視界は予想以上に悪い。わしやあのペンギンは“何かあるな”位には気付いたが、あやつでは認識できてないじゃろう」
そうなのか。ミズキの視認能力はズバぬけているとは思う。だが水中にそういった人工物があるってことを考慮してないと、目の前に出てこない限りは見落とすか。
「どうもせんかもしれんのじゃが、一応気付いた事なので知らせたほうがいいかと思ったんじゃが」
「ああ、ありがとう。ヤオが教えてくれなくえれば絶対に認知しなかっただろうな」
そういいながらも、俺はどうしようかなぁと考える。このどうしようかなぁは、行く行かないの判断ではない。それ以前の手段の考慮だ。だって水中だろ? 興味はあるけど無理じゃないかこれ。
「ヤオ。水中でも息継ぎできるようになる方法って存在するのか?」
「……ああ、そうか。主様たちは水中での活動に不慣れじゃったか」
事も無げにいうヤオ。ということは、ヤオにとっては問題にならない事なのか、羨ましい。
「そうじゃなぁ……あのエルフたちであれば、精霊の力などで何かできるやもしれんな」
「そっか。そういえばあの二人、どうなったかな。といってもまだ昨日の今日か。様子を見に出発したばかりかな」
「そんなとこじゃろうなー……あーむっ。はぁ、終わってしまったのじゃ」
「……思った以上の快ペースだな」
けっこう会話をしていたと思うが、気付けばヤオにあげたアイスは空になっていた。話していようがいまいが、一定ペースでパクパクと食べていたらしい。おまけに人間とちがって、アイスクリーム頭痛が起きないようだ。ちなみにこのアイスクリーム頭痛、医学的な正式名称だとか。わかりやすいけど安直だな。
「まあ、リーベ湖にもポータルは設置したから、次は好きに来れるから慌てなくていいかな」
「そうか。それじゃあ戻るとしようかのう」
「もういいのか?」
「まあな。このアイスクリームは内緒なんじゃろ? わしだけ主様を独占しても皆に悪いしのう」
笑顔で残ったジュースを飲み干して立ち上がるヤオ。まあ、そう言われると照れくさいが、あんまり突出して特別扱いはしないほうがいいからな。
ささっと片付けをして、俺とヤオはログインをして向こうへ。
出た場所は秘境温泉の入り口そば。ここでヤオは見張り仕事をしていた。
俺がここに来てすぐログアウトしたので、今はまだ温泉から出てきた直後という時刻だろう。なので、もう少しここでヤオと話をして皆を待つことにした。
さて、どのくらい待つのかなと思ったのだが、思いの他すぐに皆出てきた。待っている俺達を見て、こちらにやってくる皆。
「おまたせしました。……あら? ヤオさん、お口のまわりにデザートの食べ後がありますわよ?」
「んへ? ど、どこどこ? アイスクリームは綺麗に拭いたはず……」
「ふふーん。ヤオちゃんアイスクリーム食べたんだ? ねえカズキぃ、なんでヤオちゃんがアイスなんて食べてるのぉ~?」
「ぐっ、それは……」
フローリアの引っ掛けと、ゆきの言質取りからの追求。あっさりと俺がヤオを連れて一旦ログアウトしてたことがばれた。
とはいっても、別に怒っているとかじゃない。どちらかというと、俺がそう行動するように皆が仕向けていた節があるくらいだから。おかげで旅行から帰ったら、みんなでアイスを食べる約束を取り付けられたけど。
ちなみにユリナさんとエリカさんは「?」という状態だったが、さすがに説明できないね。
まあ、こんな感じで秘境温泉の洞窟探索は終了した。まあ、俺達にとってはちょっとばかし洞窟廊下の長い温泉って感じだったけど。
ちなみに洞窟を出たところで、入る時にも会った警備兵さんにまた会った。俺達が印象的で覚えていたらしく、無事出て来たことに安堵してくれてた。しかしその後、俺達が最奥の秘境温泉まで行って来たというと、今度は心底驚いていた。
んー……。やっぱり俺達って、かなり規格外なんだろうな、きっと。




