20.それは、愚かしいほど超越して
今週仕事の都合で毎日更新が出来ない可能性があります。
できるだけ更新を目指しますが、20:00に更新が無い場合はご了承ください。
『デーモンロード』
LoUプレイヤーが己の持つ最大戦力をつぎ込んで、ようやく撃破できたレイドボス。その強さの根源は、体力や知識という部分もあるが、一番の問題はその性質だった。
対外敵ダメージを基本的に半減するという黒いオーラを纏っており、素でさえ強固な体躯なのが更に厄介な固さになっている。更にはHPが半分以下になると、特定のダメージ以外は90%カットするようになり、パーティー内容によっては絶望的になる事も。
そんな相手が今、目の前にいる。
当然こんな街中にいるはずの無いモンスターだが、これが召喚石によるものだとしたら考えられないことではない。ただ、その確率は恐ろしく低いものだ。もしそれで引き当ててしまったのなら、人生最大の運を使ってしまったことだろう。
ただ、その運が自身の為にならなかったのは、最高に不運だとしか思えない。
「……お兄ちゃん、あれは何……?」
追走してきたミズキが声を震わせて呟く。普段のような余裕を微塵も感じないことから、目の前にあるものが理解の範疇を超えている何かだということは、本能的に感じ取っているのだろう。
「お前は逃げろ。あれは今のお前じゃ絶対に勝てない相手だ」
「え……じゃあ、お兄ちゃんは!?」
「俺はあいつを壁の外へ誘い出す。ここじゃ被害が広がりすぎる」
これが普通にゲームのLoUならば、街の中で召喚したモンスターを外へ出すことは出来ない。なぜならばこういった街とフィールドの境目の壁は、データを切り替えるための境目でもあるからだ。故にフィールドでモンスターに襲われた場合、街へ逃げ込むことで離脱可能な事も多い。
まあMMOによっては、モンスターにタゲを取られている場合は、別エリアへの移動不可という制限が発生するケースもあるみたいだが。
あと、場所を移動する理由はもう一つ。
移動が目的というよりも、移動することにより他者の視線を外しキャラを切り替える為。
本来ならトッププレイヤー達と共闘すべきランクの敵だが、今ここでそれを理解して実行できそうなキャラはいない。ならばGMに本来の役割である、ゲーム内騒乱の沈静化を行わせる必要があるわけだ。
「……お兄ちゃんは、あれを倒せるの?」
「方法はある。だからお前は退避しててくれ」
「………………」
俺の言葉が半信半疑なのか、震える瞳でこちらを見続けるミズキ。だが、そんな余裕はないと判断したのかすぐに頷いて下がっていく。
「……約束だよっ!」
「ああ」
俺の返事を聞き、一気に距離を離して遠巻きにみる他の冒険者のところへミズキは戻った。おそらく俺があいつを外へ誘導することを伝えているのだろう。
デーモンロードの方は、一瞬大きく動いたミズキを捕らえるも、その前でずっと自分を見ている俺に視線を向ける。
さすがに最強クラスのレイドボス。正面からじゃまるで勝てる気がしない。
だが、まずは誘導のためにヘイトを稼がないと。
「【アイスジャベリン】!!」
複数の氷の槍を精製し、相手に向かって撃つ魔法だ。もちろんこれでダメージを与えられるとは思っていないし、出来るわけないことも承知だ。だが、多少魔力でコーティングしてあるので、普通のアイスジャベリンよりも強度は高い。そのためデーモンロードに当てることにより、十分こちらへのヘイトを稼ぐことができた。
十分なタゲ取り状況を確認したので、次は外への誘導だ。この位置からなら、街の東側にある門が一番近い。デーモンロードに対し頻繁に小魔法を連打しながら、序所に王都の東門へ誘導する。
思ったよりも直線的に追尾してくるので、広場から東門までの道程で被害を広げなくても済んだ。
王都の東端である門にたどり着いた。一足先に門を出て外のフィールドへ。外へでても、街の中にいるデーモンロードの姿は確認できた。この境目を感じないのも、こっちの世界ならではの要素か。
そのまま誘導して、門から外へ誘い出す。そして暫く誘導して、王都からかなり引き離すことができたことを確認する。
そこで俺はすばやくメニューを開き、[ログアウト]メニューを──
「ぐがっ!?」
──押せなかった。
一瞬メニュー操作のために視線を外した瞬間、体にものすごい衝撃が走って吹き飛ばされた。
かろうじて見えたのは、デーモンロードが手にしている王笏で叩き飛ばされたんだという事。
慌てて起き上がろうとするも、体が痺れて動かない。かろうじて動く視線で確認しようとすると、視界に映るUIのHPバーの横に麻痺状態アイコンが表示されている。
どうやらデーモンロードの王笏は、打撃による麻痺効果があるようだ。
……やばい。本当にやばい。
今のこの状態では、回避も反撃も一切行えない。ここで死んだらどうなる? 普通にリアルへ戻るだけなのか? それとも……?
ほんの僅かな時間にそんな思考が横切るも、気付けばデーモンロードが俺を見ている。そしてゆっくりと腕を掲げ、その手にある王笏で……
「目標、前方の大型悪魔族! 撃てーッ!!」
号令と共に大量の攻撃魔法がデーモンロードへと降り注いだ。一瞬何事かと視線を俺から外す。頭を動かすことは出来ないが、おそらく後方から沢山の攻撃魔法が降り注いだのだろう。
何が起きたのか分からず困惑する俺のそばで、今度は聞き覚えのある声が聞こえた。
「【荘厳なる聖域】」
瞬間、体に流れ込んできたのは穏やかな魔力。
神聖魔法【荘厳なる聖域】。聖なる光の壁に囲まれた結界を作り、その中にいる人物の傷を癒す上級魔法だ。
視界の全てが白で覆われているかのような状況の中、ゆっくりと体の麻痺も解除されていく。
なんとか起き上がり声の主を見ると、そこにいたのは予想通りの人物。
「フローリア、様……」
「カズキ様、ですよね?」
GMではなく、一般市民の冒険者カズキを見たフローリア様は、迷う事無く俺のことを言い当てた。これもやはり魔眼の力なのだろうか。
何故ここにと思ったが、先ほどの魔法群から察するに、宮廷魔術師団と王宮騎士団を引き連れての討伐隊なのだろう。だが、何故フローリア様までがこんな最前線に。
「何故、こんな所に……」
「本当は傷ついた皆さんの為に同行したのですが、戦っている貴方を見て思わず……」
「なんて無茶なことを……」
「先に無茶をしたのは、カズキ様の方ですよ?」
それを言われてしまうと何も言えない。【荘厳なる聖域】のおかげでデーモンロードの力も、この中にまでは及ばない。
それだけでフローリア様の力の凄さをうかがい知ることが出来る。いくらイベントキャラとはいえ、ここまでチート級設定だったとは。
だが消費MPが大きい【荘厳なる聖域】の維持は、いくらフローリア様でも流石に無理だ。
「フローリア様、あと少しだけ……お願いします」
「はい、わかりました」
こちらの意図を察してくれたのか、何も聞かずに頷くフローリア様。
そして、今度こそ俺は[ログアウト]を選択した。
視界に入る景色は自分の自室。
いつもなら、まずは一度休憩を取るべきタイミング。
だけど、そうじゃない。いくら向こうの時間が止まるからって、それは出来ない。
所詮こんなのはただの自己満足でしかない。
でも、そうしたい時ってもんが、あるんだから仕方ない。
PCモニタに表示されてるキャラ選択画面。
選ぶのは当然、GM.カズキ。
さあ、GMの仕事の始まりだ。
そして──私事の始まりだ。
城のフローリア様の部屋に出た俺は、すぐに窓の外へ視線を向ける。
探す必要などない。離れたここからでもわかる。王都の外に立ち上る、とても強い神聖魔法の光柱が見えるのだ。
ありがたい、視認目標があれば即たどり着くことが出来る。
俺は【ムーブ】を使い一瞬で光柱の中へ到達し、続けてそのまま地表にいるフローリア様の前に移動する。
「お待たせしました、フローリア様」
「お待ちしておりました、GM.カズキ様」
表情に疲労を浮かべながら、フローリア様は笑顔を向ける。
「後はお願いします。……カズキ」
「わかったよ。フローリア」
俺の返事に満足したフローリアは、【荘厳なる聖域】の持続を停止する。それと同時にその場に座り込んでしまう。限界近くまで持続していたのだろう。
ゆっくりと空気に溶けていく光の柱の中から、俺の姿が見えるようになっていく。
その俺を見たデーモンロードから、どこか戸惑うような気配を感じた。
俺は何でもないようにデーモンロードの方へ歩み進む。
光の柱から出てきた俺に、フローリアに随伴してきた師団が困惑と期待の視線を向ける。
デーモンロードは本能的に危機を感じたのか、今までよりも遥かに速く強い力で王笏を振り下ろす。
何者をも動きを封じ粉砕する、強大な麻痺能力をもった一撃。
それが俺めがけて叩きおろされた。
だが、たかがそれだけの事だ。
振り下ろされた王笏は、俺の髪に触れた瞬間、空間に座標を固定されたようにピタリと止まった。
その停止具合はあまりにも不自然で、どんな物理法則もありえない状況だった。
そりゃそうだろ。触れた瞬間、全ての運動ベクトル値を無にしたんだから。なんだったら論理否定で、そっくりそのまま返してもいいんだけど。
だがデーモンロードに、そんなプログラムによる無茶な物理介入など理解できない。
振り下ろした王笏が、ぶつかる瞬間に動きを完全に止めてしまい、握り込んだ手に不快な衝撃を受けて困惑するばかり。
ここで通常のモンスターなら逃げるという可能性もあったかもしれない。
だが、残念ながらレイドボスであるデーモンロードに、『逃亡』という考え──アルゴリズムは登録されていなかった。
再び構え振り下ろすも、先ほどと同じように俺に触れるタイミングで、ピタリと止まってしまう。
理解できない力に対し、躍起になって何度も王笏を振るが、結果はまったく変わらなかった。
(ボスモンスターなのに、随分学習しないAIに組んじまったな)
今度また新しいMMOでも作る機会があったら、多少疑似思考する学習型AIでも組んでみるか。そんなことを考えながら、何度目かの降りおろしに対して手をのばす。
掌にベクトル反転式を構築してかざし、振り下ろされる王笏を受けるように触れる。瞬間、全力で打ち込んだ力を真正面から反発されデーモンロードの腕が真後ろにはじかれ、上半身がのけぞり大きく後退する。
なんとか転倒は免れたようだが、まったく想像できない状況に困惑しているのか、デーモンロードが躊躇しているかのように動きが鈍る。
(それじゃあ、さっさと終わらせよう)
自分の収納の武器カテゴリを見る。当然ながらGMならではの、チート級武器が並んでいる。未実装のものから、GM専用武器まで様々だ。
ずらりと並ぶ武器の中から、俺が取りだしたのは……一振りの刀剣。
元々実装予定はなく、俺がただ持ちたいがためにデータ化した武器──神剣・天羽々斬だ。
収納から取り出し、目の前でかざしながら鞘から抜く。ただそれだけで抜き身の刀身からあふれる力強さを感じる。
それを感じたのか、逃げるという選択肢のないデーモンロードは、おそらく無意識だが及び腰に。
実際問題、この天羽々斬とGMの力を使えば、レイドボスだろうが一瞬で討伐……というか、消去は簡単だ。
これがゲーム内イベントならば、展開にいろいろ悩む所なのだろう。
だが、これは……この世界では現実なんだ。
(今のこの世界の人達には、こいつの相手はまだ厳しそうだ)
ゆっくりと天羽々斬を上段に構える。
そして迷いの無い一刀を振り下ろす。
そこに派手な演出も、爽快な効果音も、壮大な曲もない。
だが、それだけで目の前にあったものは消えた。
夢でも見ていたのかと思うほどに、そこには何もない。
何の前触れもなく、この戦いは幕を閉じた。
(久しぶりにGMの仕事をしたな。ちょっとイリーガルだったけど)
振り返りフローリアを見る。
それに気付いたのか、こちらを見て微笑んでくれる。
そういえばミズキはまだ王都の中かな。早々に顔を見せないとまたうるさいかもしれん。
そんな事を考えながら、俺はログアウトをした。
あっさりですが、GMの仕事なのでこのくらいの塩梅です。




