199.それは、積み重ねるお約束
──ゴシゴシゴシ。
「カズキさん、こんな感じでいいですか?」
「あ、うん。……ミレーヌ、あのな?」
「カズキ。上手く洗えないのでじっとしてて下さい。それともこっちを見たいんですか?」
「……なんでもないデス」
やっぱり、こうなるのか。
思わずありきたりな『どうしてこうなった!』を叫びそうになるも、なんとか踏みとどまった。だが、心境としては何一つ進展していない。本当に、なんでだよぉ。
俺は今背中を洗ってもらっている。もちろん俺がお願いしたわけじゃない。
この風呂は、貴族など特別な人向けの家族風呂だった。それをフローリアが知り、ミレーヌと協力して俺をここまで連れてきたようだ。
一瞬俺は謀られたかと思ったが、落ち着いて考えると二人は嘘はついていない。
『今なら男性側は利用者がいない』
『入口までは同じだそうなので』
『ここで一旦おわかれ』
『また後で』
──また後で。
確かにその通りすぎる。嘘は一つも言ってない。けれど、基本思考から導くと、確実に誤解するような言い回しをしているようにも取れる。……あの二人、王族貴族でありも詐欺技能も高いって、どんだけ将来有望な人材だよ。
「……カズキ、背中お流ししますね」
「カズキさんの背中って広いですね」
フローリアが石けんを洗い流すその側で、ミレーヌがぺたぺたと背中をたたく。無論全然いたくないし、どちらかといえばこそばゆい。シチュエーションも相まって最高に恥ずかしいくらいだ。
「さあ、それでは今度は私達を……」
「ちょ、ちょっと温泉に入りたいな。わるいけど、俺は湯船に……」
「あ、カズキさん!」
なんとか理由をつけて離脱して湯船へ。とりあえずさっさと入って温まって出よう。それが一番いいと思う。なので背中を流してくれた二人には申し訳ないが、これ以上なにかある前にさっさと立ち去ることを最優先事項にきめた。よし、とりあえずはまわりを見ないようにして……。
「カズキ、おとなり失礼します」
「カズキさん、一緒に温泉だね」
「どぅあああっ!?」
驚いて立ち上がろうと思ったのだが、足を延ばして入っていたのと、何気に肩をおさえられて立ち上がれなかった。一瞬の気の緩みをつかれ、二人に左右から挟まれるように座られた。右側にフローリア、左側にミレーヌだ。左右から両腕にぴたりとしがみつくように密着されている。
これは色んな意味で、ヤバいのではないのか? そう感じて思考をフル稼働させようと思った時、視界に何か白いものがチラリと見えた。
一瞬タオルか何かと思ったが、先程彼女達が身体に巻いていたバスタオルとは色が違う。なので思わず俺は視線をフローリアの方へ向けてしまう。向けた瞬間『しまった!』と思ったが、俺の目に映ったのは予想していた光景ではなかった。
「………………水着?」
「あ、これですか?」
フローリアが身に着けているのは白いワンピース型の水着だ。あっけにとられていると、すっと立ち上がって俺の正面に立つフローリア。同じように左側にいたミレーヌも俺の正面に。こちらは同じ形状のピンクのワンピース型水着だ。
「これは、以前皆でデパートへ行った時に購入したものです」
「あの時ですよ。ピラミッドを攻略した後に、一度皆でむこうへ行った時の」
「……ああ、あの時に」
「はい。ゆきさんから水着について教えてもらい、購入しておきました」
「宿のオーナーさんの許可はもらってますので、ここで着ても大丈夫です」
なるほど、ゆきの入れ知恵か。おまけに水着着用での入浴許可もとってあるのか。このあたりの、ド定番お約束はぜったいにゆきの仕込みだな。
「なんだ二人とも。水着着てるなら先に教えてくれればいいのに」
「私はその予定でしたが……」
「ゆきちゃんが、『バスタオルで水着を隠しておくように』って言うものだから」
やっぱりだ。というか、そこまでゆきの仕業か。ヤレヤレだぜ……と、軽くボヤいていると、目の前の二人が何か聞きたそうにこちらをちらちら見てくる。
ああ、そうか。この構造で俺が言うべきことなんて一つしかないだろうが。
「二人とも、とても似合っていて可愛いよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「はい、ありがとうございます」
実際のところ、二人はとても似合っている。フローリア=白、ミレーヌ=ピンクというのは、どうやら仲間内で決めた色らしく、ジャージもその色で持っていると言っていた。
ご満悦になった二人は、正面からまた左右にわかれて抱き付いてきた。うん、なんかさっきよりも密着してきてる気がする。これは長居はダメだと思う。よしここは心を鬼にして……。
「カズキさん、私達今回がんばったと思いませんか?」
「カズキ。少しだけでいいから、このままで……」
「………………ハイ」
ムリでした。
結局、俺はしばらくそのまま二人に抱き付かれて湯船にゆられていた。
「おかえりー! カズキ、随分ごゆっくりだったねー」
あの後、ようやく解放され着替えて廊下へ戻ると、再び左右から二人に抱き付かれた。まあ今更だし、旅の恥は云々だしと半ばヤケになって部屋へ戻った。そんな俺達を出迎えたのはゆきの意味深な発言。こいつ全部わかってて言ってるな。
「……お前なぁ」
「あはっ。フローリア様、ミレーヌ様。どうでしたか?」
「ばっちりでしたわ!」
「うん、楽しかったよ!」
「それは何より!」
フローリアとミレーヌが嬉しそうに答える。まあ、確かに悪い気はしなかった。ちょっとばかり気苦労もしたけど。
「フローリア様。お三人がお使いになられた“家族風呂”というのは、私達も利用可能なのでしょうか?」
「ええ。カズキとその許嫁である私達5人、後は……ヤオさんもですわね」
「…………んあ?」
言われてはじめてヤオに気付く。ずっとおとなしかったので寝てるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。何かポカーンというかポケーというか、全身の力が抜けまくってリラックスしているような感じだ。
「ヤオ、どうかしたのか?」
「んー……別にどうもしてないぞよー……んー……」
とても何もないようには見えないが、少なくとも何か不調を訴えているのではないようだ。
どうしたものかと思い見ているとエレリナが、
「どうやら、ここの温泉がヤオ様の体質と非常に相性が良かったみたいです」
「温泉が?」
「はい。最初はヤオ様が蛇ということもあってか、温泉──つまり温かい湯につかる事に若干抵抗があったようなのです。しかしいざ触れてみると、温泉に含まれる火竜由来の魔素が心地よかったらしく、延々と湯船につかっており、いつの間にかあのようになってました」
「……つまり、のぼせてるのかな?」
「おそらくは」
蛇って変温動物だろうに。今は人型になってるせいかもしれないが、蛇がのぼせるって事あるのか。
「お兄ちゃん。次は私と一緒に入ろうね」
「あ、ずるい! 私も一緒に入る」
そして、次はミズキとゆきが一緒に入ると言ってきた。んー……まあ、二人も水着を着るっていうからいいか。俺だって、決して嫌なわけじゃない。というか、むしろ……ねえ? でもそれを素直に言うわけにもいかないじゃないか。
のぼせて寝そべるヤオをひざまくらして、かるくうちわであおぐエレリナがこっちを見る。
「カズキ。その次は私とヤオが一緒してもいいかしら?」
「あ、うん。そのときはよろしく」
「はい。ご希望とあればよろしくしますよ」
そう言って微笑まれた。なんだか、蛇ににらまれたカエルの気分だ。
そこで寝そべってる大蛇なんかより、エレリナのほうがよっぽど蛇じゃないかと思った。




