198.それは、己の役割を自覚する事へ
「フローリア様、この度は本当にありがとうございます」
無事に役目を終え、戻ってきた俺達はまずスレイス共和国の首相であるエリントさんの所へ行った。とはいえ、既に温泉の復活の話が広がっており、街のあちらこちらから湯気が立ち上る状況。当然首相に耳にも届いており、笑顔でのお出迎えとなった。
「ただ今戻りましたエリント首相」
「本当に感謝の言葉もありません。立ち話もなんですので中の方へ。皆様もどうぞ」
報告に同行した俺とミレーヌも中へ通された。あまり大勢で行っても仕方ないので、他の人は一足先に宿に戻ってもらった。
そして、今回の事を説明することになったのだが……俺達は予め話し合いで、幾つか事実を伏せて話すことにした。といっても伏せるのはヤオ事や、俺が起こせる少しばかりインチキじみた事象についてだ。当たり前の事だが、黒い霧についての事は首相には話すことにした。当然、国の上層部のみの話として、国民に無駄な不安をあおらせないように注意も添えて。
一応の解決をみたが、俺達から聞かされた話で首相の顔に少し陰りがさした。まあ、根本から解決したわけじゃないから不安もあるのだろう。だから俺は火竜からもらった鱗を見せた。信頼の証として譲り受けたもので、これに念じれば火竜と連絡が取れるものだが、実は火竜からもこちらへ連絡が取れるそうだ。もし火竜にまたなにか異変があれば、これを通して教えてくれるとのこと。その事を首相に話したら、ようやく安心したような表情を浮かべた。
とりあえず、これで本当にこの件は完了した。
帰る際に何かお礼がしたいと言われたが、元々そういう事を俺達は皆求めていないので辞退した。だがそれでは、あまりにも自分たちが心苦しいと。だが今回は俺達も、火竜との繋がりを持てたことが大きかったので、それで十分に自分たちに益があったとして話を収めた。まあ、どんなお礼だったのかという興味はあったけどね。
「あ、カズキくん、おかえりー」
温泉宿に戻ると、入口すぐのロビーにユリナさんとエリカさん、あとはマリナーサとエルシーラがいた。なんか今回の旅の年長組がほぼそろっており、温泉宿という雰囲気とあいまっていい感じだった。
……あれ? というか──
「ユリナさん、エリカさん。その服は……」
「あ、これ? さっき温泉入ってきたんだけど、湯上りの服を選べれたからね」
「せっかくなんで、彩和の風呂上りスタイルってことで、浴衣にしてみたの」
そういって二人がかるく科を作って微笑む。おほぉ……これは……。
「カズキ? 何をだらしない顔してるんですか?」
「カズキさん? 私を目の前にしてどういうつもりですか?」
「い、いや、何を言ってる。だらしなくなんてないぞ?」
思わず奪われた視線と意識は、一瞬で呼び戻された。いや、そんなつもりは全然ないんだけど、これはあまりにも旗色が悪い。何か別の話題、話題……あ。
「そ、そういえば、マリナーサとエルシーラはどうしてここに? 他の人達は?」
「ここに居ない人達は皆温泉に入ってますよ。どうやら元々水に微量に含まれていた魔素が、温かいお湯の熱をすばやく伝達したらしく、私達が戻ってきたときには宿の温泉は入れるようになっていました」
「そうですか。では私達も早く入りたいですね」
「はいっ、楽しみです」
マリナーサの言葉に、フローリアとミレーヌも嬉しそうにする。ようやくスレイス共和国の名物である温泉に入れるのだから無理もない。実質一日おあずけされていたようなものだし。
楽しげな話をしていると、今度は少しだけ真面目な顔でエルシーラが口を開く。
「私達がここにいたのは、カズキを待っていました」
「俺を? 何かあった?」
「カズキにお願いがありまして。私とマリナーサを、帰還させてもらえませんか?」
「帰還? ……もしかして、火吹き山にいるアイスフェニックスの様子確認に?」
「はい。何もなければ良いですし、もし会う事ができたのなら火竜様や古代エルフ様の件をお話しておこうかと」
そう言ったエルシーラの表情は真剣だった。それは横にいるマリナーサも同じ。
二人の表情は決意をした目を宿していて、これはもう気持ちが固まっているなとわかる。
「……わかりました。本当なら旅行が終わったあとで思ったんだけど、二人がすぐにでもと希望するなら今すぐに」
「はい、ありがとうございます」
「途中までですが、楽しかったです」
話が決まったという感じになったところで、フローリアとミレーヌが残念そうに声をかける。
「マリナーサさん、エルシーラさん。またご一緒して下さいね」
「とても楽しかったです。馬車でもずっとお話できて、本当に楽しかったです」
「フローリア様、またエルフの里に来てください」
「ミレーヌ様なら、古代エルフ様とも仲良くなれますよ」
少しばかり名残惜しげな別れの会話を交わし、そして俺とマリナーサとエルシーラは宿の外へと一度出る。あまり人がいる場所じゃないほうがいいと思い、少し木陰となっている所へいく。
「場所はどこに?」
「ダークエルフ集落の洞窟前へ。今回の調査隊はそちらで編成しようと思います」
「わかった。マリナーサは?」
「私もそちらへ。私とエルシーラは、アイスフェニックス様にお会いできた時、話をする役目がありますので」
そう言った二人を見て、俺は少し申し訳ない気持ちになる。自分も同じ場所で、同じ話を聞いていたのにすぐに行動を起こしたのはこの二人だ。俺もそうすべきなんじゃないのかと。
どこか後ろめたいような、そんな気持ちを抱えてしまっていたが、そんな俺を見た二人は何故か微笑んだ。
「この役目は私達の役目。カズキは気にしないで」
「いや、でも……」
「元々の発端は、里のご神木に纏わりついた黒い霧。その件であなた達を巻き込んだのは私」
「それに今回の火吹き山の調査は、私達ダークエルフにとってはよくある事よ。だから気にしないで」
「そう言ってもらえるとありがたいが、でも二人をしり目に温泉でのんびりなんて……」
どうしても自分に納得いく理由が出せない俺を見て、エルシーラがすっと手を前につきだして──
「あいたっ!?」
デコピンされた。え! デコピン文化あるの!? いや、今それはどうでもいくて!
「カズキは今何のために温泉きてるの?」
「え?」
「将来ヤマト領にここでの体験経験を活かして、良い領地に、国するためでしょ?」
「あっ……」
「私達の役目があるよう、カズキにはカズキの役目があるのよ。今回の経験をしっかりいかして、ヤマト領を素敵にしてよね? もし出来なかったゆるさないんだから」
「……そうだな。わかった、約束する。ヤマト領は絶対にいい所にする」
「うん、楽しみにしてるね」
「少しくらいのサービスもね」
「ああ」
二人に励まされた俺は、ダークエルフの洞窟前の【ワープポータル】を開く。二人は笑みを浮かべて手をふりながらポータルへ入っていった。
そうだな、俺は俺の役目を果たさないと。
二人を見送って俺は宿へ戻る。ロビーにはまだユリナさんとエリカさんが居て、どうやら何か飲んでいるようだ。
「カズキくん、おかえりー」
「二人は?」
「ダークエルフ集落の近くへ行きました。えっと、フローリアとミレーヌは?」
「二人なら温泉にいったよー」
「カズキくんも行ってきなよ」
「そうですね、では」
まだあまり深い酒じゃなかったようで、普通に会話して解放してくれた。なんかこういう場面って、絡み酒な感じがしてたけど杞憂だった。そうそうベタなお約束なんてないってことかな。
階段を昇り自分の部屋へ向かう。この温泉宿は浴衣も用意してるように、けっこう和風──彩和の雰囲気をとりこんである感じだ。とはいえ完全に木造だけの建物じゃないあたり、日本でいう明治時代のモダンな雰囲気があって、ある意味貴重な体験をしている気がする。
さて、俺も温泉を楽しもうかなぁと自分の部屋に戻ると。
「ああ、カズキおかえりなさい」
「おかえりなさい。さあ、行きましょう」
「へ? な、何?」
フローリアとミレーヌがいた。あれ? 温泉行ったんじゃないの?
不思議に思い聞いてみると、微笑みながらフローリアが答えてくる。
「カズキが来るのを待っていたんですよ。私とミレーヌには、特別に別の湯を用意してあると言われまして。それで伺いましたら男性側もあるとの事なので、そちらをカズキにと」
「え? いいのか? それって王族や貴族用じゃないの?」
「だからこそですよカズキさん。何より今なら男性側は利用者がいないので、他の男性を気にせず入れますよ」
「あ、それは魅力だな。のんびりと温泉か……」
「きまりですわね。入口までは同じだそうなので行きましょう」
そう言われて俺はさっと準備をする。準備といっても替えの下着と、部屋に置いてあった浴衣だけ。
あとの入浴に必要なものは、全部浴室や更衣室にあるらしい。まあ、そのあたりの気配りが温泉宿だね。いわゆる銭湯とかスパではこうはいかない。
「楽しみですね」
「ねーっ」
俺の前を手を繋いであるくフローリアとミレーヌ。元々血縁ということもあり、本当に姉妹にも思える二人。だが、当然ながら住む場所も違うので、一緒にお風呂にはいることはめったにないとか。それ故に二人とも楽しみでしかたないようだ。
廊下を歩いていき、いわゆる大浴場を通過して特別な方向けの温泉へ到着。男女二人の護衛がいて、フローリアが声をかけると、元々正していた姿勢をさらに綺麗に構える。
「お待ちしておりました」
「どうぞごゆっくり」
そのしぐさから、フローリアとミレーヌが王女と領主令嬢だと知っているのだろう。そして、それと一緒に来た俺についても先だって聞いていたのか、最敬礼で通してくれた。
「さて、ここで一旦おわかれですね」
「そうだな。じゃあまた後で」
「ええ、また後で」
「はい、またね」
浴場への入り口は、よくある男女別だ。垂れ下がっている暖簾に“男”と“女”と書かれている。風呂というか温泉という分野に関しては、かなり和風だ。
更衣室に入ってもその感想は続いた。置いてある脱衣カゴのビジュアルとか、どう見ても日本の温泉宿そのものだった。
とりあえず服を脱いで、手ぬぐいを腰に巻く。湯船に入るときは外さないといけないが、たとえ一人でも気恥ずかしいのでせめてもの気持ちだ。
準備をして、浴槽の方の扉をあける。そこは──
「おおっ、露天風呂!」
周囲を木々で覆われた空間。内柵が組まれているが、どうやら素材は竹のようだ。湯船に流れるお湯は小さな滝のようになっている部分と、もう一つは……獅子脅しか。ここだけガッツリ日本っぽいぞ。
「すごいな……完全にここだけ日本だ……」
「綺麗ですね。心落ち着くといいますか」
「素敵な温泉に連れてきてくれて、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ……は?」
思わず返事をした後で、なんで俺は会話をしたんだと疑問がうかぶ。
だってさあ、俺間違いなく男湯にはいったよ? 暖簾に“男”ってあったもん。
結果はわかっているけど、おそるおそる振り向く。そこには──
「なっ、なんで二人がここにいるんだよ!?」
期待を裏切ってか、裏切らずか、バスタオルを巻いたフローリアとミレーヌが、それはもう楽しそうな顔をこちらに向けていた。
……前言撤回。ベタなお約束なんて、すぐ傍にありました。




