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197.そして、熱き源泉の復活なりて

 唐突に現れたドラゴンゾンビは、ヤオが軽く捻って討伐した。

 あまりの力量差に不満かとも思ったが、思いっきりやれたのが楽しかったらしく、終始ニコニコ笑顔になってくれたので一安心だ。


 さて、ここからこそが本題だ。

 当初の懸念どおり火竜はある理由によって衰弱していた。その理由となっていた黒い霧は、フローリアとミレーヌの神聖魔力で霧散させた。結局まだその正体はわかってないが、ひとまず今は置いておく。

 俺達の一番の目的は、ここからスレイス共和国へ流れている温泉水の復活だ。


「その前に……ヤオ、皆に鞭を握らせてくれ」

「なんじゃ鞭をか? ……ああ、なるほどじゃな」


 ヤオが人数分の鞭を伸ばして、皆の前に差し出す。それをどうするのだろうという顔で皆手に取る。全員が掴んだところで俺は念話を開始した。


『どうだ? 皆聞こえるかな?』

『ッ!?』


 頭の中で幾つもの、声なき声が聞こえる。ヤオ以外のほぼ全員が驚いて息を呑んだのだろう。


「カ、カズキこれは……?」

『これは念話といって、頭の中で考えた事がそのまま伝わる会話術だよ。とりあえずこれから火竜と話すので、その会話を皆にも聞いていて欲しいんだ』

「わかりました。このヤオさんの鞭を握っていれば、私達もカズキたちの念話を聞けるのですね」

『なるほど。面白い現象ですね』

「わ! い、いまのは……」

「今の声はエレリナですか……」

『はい、そうですミレーヌ様。忍びの術に似たようなものがありますので』

『……これなら……うん、できた。忍び会話の要領で声に出さずにやればいいんだね』

「これはゆきちゃんか……」


 エレリナとゆきは、似たような忍術と同じ要領であっさりと念話をしてきた。まあ、このあたりのセンスというか(すべ)は忍びならではってことかな。

 といっても今回は皆が話を聞ければそれでいい。念話に参加することまでは要求しない。


『皆いいかな。そろそろ火竜と話すので聞いていてくれ』


 そう言って皆を見ると、静かにうなずき返してくれる。今は声をあげて返事するのがはばかれると思ったのだろう。……なんかミズキはちょっと眉間にしわ寄ってる。アイツなんとか念話しようと必死になってるな、まったく。


『ミズキ、チャレンジは後にしろ。……さて、お待たせした火竜よ』

『気にすることはなし。わしにとってこれくらいの時間は、瞬きにも満たぬ』

「……!!」


 火竜の声が響き、ヤオ以外は皆そろって驚きの声をあげる。とりあえず皆にも声が届いてるという確認にもなったので、俺はそのまま会話を続けることにした。


『私達がここに来た最大の理由は、スレイスに流れている温泉を元に戻すためだ。以前は温かかった温泉の水が、今ではすっかり冷たくなってしまった。それを前のように戻したいんだ。……どうだろうか?』

『なるほど、そういう事か。……ならば心配は無用じゃぞ。そちらを見よ』

『えっと、何が……って、ああ!』


 火竜に言われるがまま側を流れる川を見る。一見なの変哲もなく流れているだけのように思えたが、よくよく見ると先程までと明らかに違うところがあった。それは──


「湯気が出てる……」

「……うん。ちゃんと温かい──熱いくらいだね」


 ミズキとゆきがすぐ側まで行き、川の水に触れてみる。そしてまぎれもない温水に、どこか楽しげな声が返ってきた。ちなみに少しくらい離れてもヤオの鞭は届くので、二人は握ったままだ。


『……えっと。つまり火竜(あなた)の体調が回復したので、また元のように温泉も復活する……ということでいいのかな?』

『そうなるのであろうな。どうやらわしが不調だったせいで、その国の者達にも不便を強いてしまったようだ』

「それは仕方の無かったことです。それよりも、これからの事を考えなければ」

『……そうだな。重ねて感謝いたす聖女よ』


 自分の口で思いを語るフローリアに、火竜が改めて礼を述べる。そうえば以前も古代エルフに同じような事を言われてたし、やはり聖女という存在はすごいのか。

 だが、フローリアのいう事はもっともだ。これからを、きちんと見据えないと。


『あの黒い霧……アレについて何か知らないか?』

『申し訳ないが、わしには皆目見当もつかぬ。ただある日纏わりつかれ、振り払うこともできず難儀しておったほどだからな。もしアレを消してもらえなかったら、永劫続くはずの命を消されてしまったやもしれぬ』


 その言葉を聞いて、どこかひっかかるような気がした。別に火竜の発言に疑問が有るとかではなく、何か別の事とつながるような…………あっ!?


『火竜よ! 先程古代エルフと知り合いだと話してくれましたね!?』

「ええっ!?」

「古代エルフ様とですか!?」


 大人しく念話に耳を傾けていたマリナーサとエルシーラが、先程ヤオの八岐大蛇姿を見た時に負けず劣らずの驚きを披露する。まあ、驚くわなぁ。


『ああ。して、それがどうかされたか?』

『少し思ったのですが……あの黒い霧、私達が見たのは今迄2回。始めが古代エルフ、次が火竜(あなた)です』

『ふむ』

『まだ確証はありませんが、もしや火竜や古代エルフといった、この世界では神に近しき崇められる存在の所に現れるのではと思いまして』

『なるほど』

『なので、もしご存じであれば火竜や古代エルフの他に、同じような存在──神聖視される存在に心当たりがあれば、教えてもらえませんか?』


 俺の願いを聞いた火竜は少し目をとじて、何かを考えるような雰囲気をだした。寿命が莫大な火竜にとっての“ちょっとの時間”ってどれだけだよと、少し気になったがすぐに目を開けてこちらうを見る。


『わしが知ってるのは2つだ。一つはここより南東にある山の湖に住まう大亀だ。人間には湖の(ぬし)と呼ばれているそうだが』


 湖のヌシ……? それってスレイスで首相と話してた時に思い浮かんだ、山頂湖のヌシのことか? とりあえずヌシが大亀ってことはわかった。……火を拭き出しながら回転飛行とかしないよな?


『後は──あやつか。火吹き山と呼ばれている場所に住まう、氷結不死鳥(アイスフェニックス)じゃな』

『アイス……フェニックス?』

『ああ。少し変わり者でな、その全身を覆う炎は全てを燃やすのではなく、全てを凍結させる極寒の炎となっておる。もし敵対でもしたらわしとあやつは天敵じゃろうがな』

『そうはならないと?』

『うむ。わしもそうだが、あいつも戦うことは好まぬのでな』

『そ、そうなのか!? お主が全快したら本気の勝負が存分に楽しめると思ったのに……』


 悲壮な声をあげてヤオが残念そうにする。まあ、この火竜ってば強そうだけども。


『分かりました。ならば近いうちにその場へ行って異変が起きてないか確認してきたいと思います』

『ふむ。ただ……あの霧が水に潜れないのであれば、ひとまず山頂湖の方は問題なかろう』


 そう言って視線をマリナーサとエルシーラに向ける。


『ただ、火吹き山の炎の結界はわからぬ。古代エルフの張った結界を弱らせて抜けてきたのであれば、同じような事が無いとも限らない』

「……わかりました。一度火吹き山の方へ様子を伺いに行くことを考えます」

『あれ? エルシーラは火吹き山って知ってるの?』

「はい。かつてそう呼ばれていた活火山を知っています。最近はずっと沈静化していたのは、そのアイスフェニックス様がいたからなのでしょう」


 どこか心酔するような目で、決意のほどを語るエルシーラ。なんか教祖を前にした信徒みたいで、なんでも肯定しそうな勢いだ。

 とにかく、これでスレイスの温泉問題は解決か。すでに源泉からお湯が流れ出していると思うから、もうスレイスでは色々と復旧が始まってるかもしれない。


『色々と教えてくれてありがとう。それではもう行きます』

『礼を言うのはこちらだ。助かったぞ、強く優しき者達よ。もしも助けが必要ならばわしを呼べ。その時は此度の恩を必ず返す』


 そう言うと、火竜の首元から何か小さな輝きがこちらへやってきた。俺の前で止まり浮かんでいるので、そっと手を差し出す。それは手のひらにおりると、一枚の小さな鱗となった。火竜の鱗だ。


『これはわしからの信頼の証だ。もし力が必要なときはこれに触れて念じればよい』

『……わかった。ありがとう』


 もう一度礼を言っておれたちは噴火口洞窟を後にした。

 山のすそ野へと降り立った時、すでに周囲の雰囲気は変化していた。寒々しくうっすらと立ち込める霧はきえ、周囲の草木がきちんと若い緑色を取り戻していた。

 そして──


「温泉、復活してるね」


 温泉用水路から立ち上る湯気を見て、ミズキが嬉しそうに言った。

 スレイスへ続く温泉用水路からは、今迄のもの悲しさを押しのけるほどのアツアツな湯気がたちのぼり続けていた。



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