194.そして、救うための冒険へ
スレイス共和国に着いた翌日。
「お初にお目にかかります。スレイス共和国の首相エリント・ソフラーです」
「初めまして。グランティル王国王女、フローリア・アイネス・グランティルです」
俺達の目の前で一国の長と、もう一国の長の娘が言葉を交わす。
このスレイスに着いたところで、住民より“温泉が出なくなった”という話を聞いた。そのため本来の温泉でのんびりするという目体ではなく、その件についての詳しい話を聞くことになった。
当然お忍び旅行ではあったのだが、身分を明かして即国の代表人物へと取りつぐこととなった。その際に、フローリアと共に現在同席しているのは、俺とミレーヌのみ。ミレーヌはミスフェア公国領主令嬢であり、当然こちらの首相も見知っていたようだ。俺に関してはフローリアより、王都とミスフェア間の新領地の領主との説明がなされ同席を認められてた。
「それでエリント首相。こちらへ来てすぐに民より『温泉が出なくなった』と聞かされました」
「はい、そうなんです。ですが……原因がまったくわかりません。この地は古くからの源泉があり、これまでお湯が絶えることなどありませんでしたので……」
どこか悲壮感漂うな表情の男性。まあ、温泉でにぎわっていた都市で、その温泉の供給が絶たれたとなれば、本当に死活問題以外の何物でもないしな。ここの源泉は、まさに命の源だったというわけか。
「では今は、そこ温泉は枯れてしまったということですか?」
「あ、いや……枯れたというのとは少し違うというか……」
もし温泉が枯れてしまったのならどうしようもないかも。そう思っていたのだが少し違うようだ。
「温泉は出なくなった……のですよね?」
「はい。出なくなったといいますが、正確には『温泉ではなく水になってしまった』という状況です」
「つまり今でも水源から水は出てくるが、それがお湯ではなく水になってしまったと?」
「そうです。今現在、このスレイスで湧いていた全ての温泉はただの水になってしまってるのです」
そう言って深くため息をつく首相。
一方、俺は今の話を聞いて、何か違和感のようなものを感じた。
「少しよろしいですか?」
「あ、はい。なんですかな?」
基本的に首相と王女の会話だったが、どうにも腑に落ちなくて質問をする。
「私がよく聞く話ですと、“温泉が出なくなった”という場合、多くは温泉が枯渇してまう……つまり、水すら出なくなることが多いのです。なので可能性の話ですが、この温泉の温度低下は何か原因があると思います」
「そ、その原因とは一体……」
「それはわかりません。なので、まずはその源泉へ赴いて調べるべきだと思います」
「源泉、ですか……」
ごく当たり前の提案だと思ったのだが、なぜか源泉と聞いて首相の顔が曇る。
「首相、どうかされましたか?」
「あ、いえ。ここの源泉となりますと、近くにある山ブルグニアのふもとにより流れ出る水源となります。そこから流れ出る水源の中の一つに温泉がありまして、それを温泉用水路で国へと引いています」
「ならばその山へ出向いて調査ですか」
「そうなると思いますが、あの山には、その……」
「何か気になることでも?」
気になったフローリアが聞くと、少し考えた後重々しく口を開く首相。
「あのブルグニア山には、はるか昔よりドラゴンが居るとの言い伝えがありまして……」
「ドラゴンですか?」
「はい。この辺りははるか昔は一面を氷で覆われるような、凍土の地だったといわれております。しかし、いつしかあのブルグニア山に住み着いたドラゴンが、この地の気候に影響を与えて住みやすい地へと変えたといわれております」
「……ということは、そのドラゴンに何かあったのではないかと?」
「はい。この国の者なら、その言い伝えは子供でもしっております。なので、ドラゴンに何かあったのではないかと思いながらも、どうしてよいものかと手をこまねいている始末です」
「……ここから、その山は見えますか?」
「はい。そちらの窓から見える山がそうです」
その言葉に、俺たちは窓際へいって山を見る。ふむ、確かに立派な山が見える。山頂だけじゃなく、山全体がうっすら白く見えるのは、現在の気候が影響しているせいだろうか。
そういえばヤマト領の側に流れるあの川、下流はグランティル王国の方へ行って大陸南へ向かってるけど、上流は王都北側の森林にある山の山頂湖につながってたな。たしかそこにも、いわゆるヌシみたいな存在がいたはずだし……。
「あの山にいるドラゴンに何かあったと、この国の皆さんは思っているわけですね」
「そうです。もしくは、最悪の場合は……」
言葉を詰まらせる首相。つまりそのドラゴンが不測の事態におちいって、万が一死んでなどいたら温泉も絶望的になってしまう。何より今回のような事態は国でも初めてで、どう対応していいかわからないと。
窓からじっと山を見ていたが、少し試したいことがあったので首相たちに振り返る。
「首相、少し試したいことがあります。よろしいですか?」
「ああ、かまわないが……何をするのだ?」
「ここに私と主従契約をしている者を呼びます。その者の力で少し見たいものがあります」
そう言って窓から山を見ながら、
『ヤオ、聞こえるか? 悪いがいますぐ俺のところへ来てくれ』
『む、そうか。主様の願いなら仕方ないのう』
『何かやってたのか?』
『この国の上手い食べ物を食しておっただけじゃ』
『……すまん。今度何かくわしてやるから』
『うむ、心得た』
そして直ぐに俺の隣にヤオが現れる。フローリアとミレーヌは笑顔で手を振ったりしているが、首相をはじめとするスレイス国の人たちは一様に驚いていた。
「きたぞ主様よ、何の用……」
さっそく説明をしようと思ったのだが、ヤオはすぐに窓際へいき外を見る。見つめるのは話の中心になっているブルグニア山だ。
「ほほぉ、龍──いや、竜か。こんな場所に立派な火竜がいるようじゃな」
「なっ……」
いきなりドラゴンの事を言われ驚く首相。……ん? 火竜?
「ヤオ。あの山にいるのは火竜なのか?」
「なんじゃ知らんかったのか? あそこにいるのは、かなり歳を重ねた火竜じゃぞ」
「そうか……もしや、寿命で老衰してしまったとか……?」
言い伝えになるほど生き永らえてきたのなら、そういう事もありえるのではと思った。だが、
「いいや、あの山の火竜はまだ寿命ではないぞ。じゃが……」
「何かあるのか?」
「よくはわからんが、どうにも何か様子が変じゃな。病気やもれん」
「!?」
ヤオの言葉に首相が驚いて立ち上がる。
「そ、それは本当ですか?」
「確証は持てん。じゃが、あの山の火竜は普通ならまだまだ元気なはずじゃ。ああいったその地に根付いた存在は、寿命が尽きるときはその地も徐々に衰えていくはずじゃ」
「つまり、その火竜が陥ってる原因を解決すれば……」
「おそらく温泉も戻るじゃろうな」
「お願いします! どうか、どうかこの国を救ってください!」
その言葉を聞いた首相は、フローリアをはじめとする俺達に頭を下げて懇願した。
国を救うというのは、温泉を戻すこと、それすなわち火竜の件をなんとかして欲しいということだ。
まあ、乗りかかった船でもあるし。何より温泉が復活してくれないと、俺達がここに着た意味もなくなっちまうしな。
あの後首相から詳しい話を聞き、俺達は急遽ブルグニア山へ向かうことになった。
とりあえず皆と合流するために取った宿へ戻る。既に俺達以外は部屋にいて、外へ情報収集に出ていた人も戻ってきていた。
ユリナさんとエリカさんは、この国の各ギルドへ行って情報収集をしてきてくれた。
冒険者ギルドでは、既に山のドラゴンがどうかなったのではとの話が出ており、その様子を探索にいくべきかの議論がなされていた。もし本当にドラゴンがいた場合、この国にいる冒険者では何もできないので、どうしたものかと悩んでいるとか。
商業ギルドの方は、温泉が出ないのと急激な気温低下による影響で、観光客の足が大幅に鈍って問題が出て来ているらしい。こちらの涼しい気候を利用して生産していた作物にも影響が出始めているとか。
他にも街や宿の人に聞いても、皆今後どうなるのかとの不安を隠せないでいた。
そんな中、首相より聞いたドラゴンと温泉の話を皆にした。
そして正式にスレイス国より、ドラゴンの様子を見に行って、対処をする要請を受けたことも、
「──という訳で、急な話ではあるが、ブルグニア山へドラゴンの様子を確認しに行くことになった」
俺の言葉に皆神妙な顔で頷く。
「といっても、ユリナさんとエリカさんはお留守番お願いします」
「うん、わかったわ」
「がんばってね、皆」
流石に同行するわけないと分かっていたので、二人とも素直に了承してくれる。
「今回は調査が目的だ。ヤオが感じた様子では、ドラゴンはどうやら病気や怪我といった、不測の事態におちいっている可能性が高い。もし何かあった場合は、俺やヤオが応対する。怪我とかそういう話だった場合には……」
「私達ですね」
「はい、がんばります」
「たのむよ、フローリア、ミレーヌ」
神聖系魔法を駆使するのであればフローリアなのだが、この二人は少し特殊でお互いに魔力供給が可能なようだ。そのため手を繋いだ状態で、魔法を使うとその効果は何倍にも増加する。相手がドラゴンともなれば、もし回復魔法などをつかっても効果が薄い可能性もある。それらを考慮しての二人体制だ。
後の皆は全体護衛だ。ドラゴンが本当に動けないとなると、それによって保たれていた魔物たちの秩序が崩れている可能性もあるらしい。それによって好き勝手暴れる魔物を警戒する必要が出るとか。
宿から外に出る。晴れているのに、どこか暗く感じてしまうのは気のせいじゃないのだろう。
それじゃあ行こうか。鬼が出るか、蛇が出るか。
……まあ、出てくるのは竜だし、蛇は隣にいるけどね。




