193.そして、到着した……けれど?
お待ちかね……なのかな? ともかく昼食タイムだ。
今回は前々からエレリナに頼んで試作してもっておいたインスタント麺、日本でいうなら袋乾麺タイプのインスタントだ。手軽な食料として旅に冒険にどうかと思い、その有用性を今回テストもかねて食することにしたのだが、思いのほか皆からの期待が高い。
「みんな、期待してるとこ悪いけどインスタントだし、そこまで凄いモノでもないぞ?」
「うん、わかってるよ。でもね、なんかこういう場所で食べるのって楽しいじゃない」
ミズキの言葉に皆も頷く。んー……そんな大それたもんじゃないんだけどなぁ。
とりあえず、まずは普通にお湯を沸かす。一応普通の旅行者でも可能な行動をという事で、魔法とかでお湯を即沸かしたりとかはナシで。
「ねえカズキ。器はどうすればいいの?」
「おう、それなんだけどな……」
そう言ってストレージから、一つだけ金属製の容器を出して見せる。冒険者たちが野宿とかするときに使っている食器の一つだ。
「普通はこれで食べる。これに麺を入れて、お湯をそそいで戻して……だな。だが、この器ではいろいろと不足している要素がある。……ゆきなら分かるか?」
「えっとね、上に蓋がないから湯気が出ていっちゃう? あと鉄の器だからすぐ冷めちゃうよね」
「正解だ。まあ、蓋をすれば大分よくなるから普通の旅行者はそれでいい。だが今回は……」
そう言って容器を戻し、別の器を取り出す。今度は蓋もある器だが、先ほどとの一番の違いそれは。
「あっ! 丼だ! もしかしてラーメン丼?」
「おう。大正解」
笑いながら俺は折りたたみ式テーブルに丼を出してならべる。ざっと全部で11個。ストレージに入れてたからいいけど、コレ普通に持ち歩くのちょっと悩むかな。
丼を置くたびに、皆が興味を示して手にとっていく。そうしなかったのは和食文化を知ってるゆきとエレリナだ。あとミレーヌもだな、ミスフェアは彩和文化が広まってるからね。
「とりあえずこの丼に……エレリナ、麺を頼む」
「はい」
俺の言葉を聞いて、今度はエレリナが11個の乾麺を取り出す。よく見ると丁寧に5個一括りで梱包してあるぞ、丁寧だな。それを個別で器の中にいれていく。
「まあ、後はこれにお湯をそそいて蓋をして少し待てばいいんだけど」
麺がはいった丼の中へ、俺が更に何かを落とすのをみて皆が視線を集める。
「カズキ、これは……乾燥させた野菜、ですか?」
「こっちは干し肉っぽいけど……」
「おう。乾燥野菜と干し肉だ。まあ、干し肉はショウガとかを少し使ってるけどな」
「カズキくーん、お湯沸いたよー」
ぞうこうしている間に、お湯が沸いたよとユリナさんの声が。こういった野営的な場所での炊事準備とかは、やっぱり冒険者必須スキルなのでユリナさんは得意などうな。まあ、多分エリカさんも出来るんだろうけど。
沸いたお湯を丼にそそぐ。麺の上にのせた野菜や肉へかけるようにして入れる。ちなみにこの丼は特注のため、内側にお湯の目安ラインが引いてある。まあ、この器を推奨する理由の一つでもある。
全ての丼にお湯をいれて暫し待つ。時間としては2~3分が妥当なところ。そろそろいいかなという頃合で、皆は蓋をあける。
「おぉ~~~っ!」
そして皆一様に楽しげ声をあげてしまう。普段ならはしたないとか言う場面かもしれないが、今回ばかりは一種の遊び的要素もあるので仕方ないということで。
「それじゃあ食べよう」
俺の言葉で食べ始める皆。すぐさま「美味しい」という声を出す者もいれば、「何コレ!?」と驚く人もいる。前者はいつもの面子で、後者は受付姉妹とエルフコンビだ。
中でも冒険者ギルドの受付嬢であるユリナさんは、このインスタント麺に対してものすごく関心を集めていた。冒険者の携帯食として、かなり優秀なのではないかと。
皆が半分くらい食べ進めて、すこし落ち着いたところで俺は口を開いた。
「今回、一緒に乾燥した野菜や、干し肉なんかを入れてみたけど、他にもやりようで色々な楽しみ方ができるんで覚えておくといいかも。味付けに味噌をいれたり、具に乾燥した貝やキノコを入れるとかな」
「彩和だったら海苔があるよ、焼き海苔!」
「冒険者なら、捕らえた獲物の肉を入れるのもアリかな」
あわせる具材話を出すと、すぐさまそれで華やかな会話が広がる。エルフコンビは、とにかく珍しかったのか延々とずるずる啜っているのが面白かったけど。
ともかく試作品が普通に食せることがこれで分かった。今後は味のバリエーションや具、容器も含めた形態性を考えていかないといけないな。
ちなみに食後の食器は、川から汲んだバケツの中で食器を洗った。その水も最後には、一度浄化の魔石で綺麗にして、そして川へ流しておいた。普通の冒険者ではこれは出来ないだろうけど、こういう場合の立つ鳥後を……な事はちゃんとしておかないと。
食事を終えて出発するとき、今度は再び2号車へと乗った。
すると早々にマリナーサとエルシーラに、インスタント麺のことをいろいろ聞かれた。何で出来てるのかという質問から始まり、なんでお湯で戻るのか、どうやって固めてるのか、お湯が変化したスープは何なのか、他にもいろいろと。
幸か不幸か、同じ馬車には試作品をお願いしていたエレリナも乗っていた。なので時々エレリナにも話に参加してもらって答えていた。それにミレーヌも加わって、男がまじった“ほぼ女子会”は、なんとも色気の無い食べ物の話で終始してしまった。
食べ物の話から、そのうちお互いの故郷の話になり、エルフの里と彩和の話題が多くなった。頃合を見計らって俺は御者の隣席へ行く。そうか、こっちはユリナさんか。
「あ、カズキくん。さっきのアレ、おもしろいねー」
「そうですか。気に入ってもらえたならなにより」
先ほどもそうだったが、携帯食量として優秀だと、ユリナさんがかなり気に入った様子だ。まあ、この世界での携帯食ってのは、さっきの具にした方が一般的だからな。随分豪華な食事にも思えるわけだ。
せっかくなのであの商品を、ヤマト領で扱う予定だと話した。すると大層くいついてきて、王都の冒険者ギルドでも少し扱ってみたいとの話になった。その時は、商業ギルド──エリカさんの方とも話を通してやることになりそうだ。
のんびりとユリナさんと話をしていると、ヤオから念話が届いた。うん、便利だね。
『主様よ、そろそろスレイスに着くとの事じゃ』
『わかった』
ヤオからの連絡を聞いたタイミングで、1号車後部に設置された鐘がなる。
「そろそろスレイスですか」
「ええ、そうみたいね」
ただ、気になることが少し前らある。それは、
「ユリナさん。スレイスって、こんなに寒かったですか?」
「おかしいわね。私は直接来たのは初めてだけど、エリカは『涼しくていい場所』って言ってたわ」
なんだろう。ちょっと寒暖の激しい土地なのか、それとも悪い時期だったのか。
少しばかり肌寒さを感じているうちに、馬車はスレイスの正門前にまで来た。なので俺は前方の1号車の馬車へと移動する。御者席でエリカさんに、先ほどと同じように聞いてみる。
「んー……確かに涼しい国だけど、こんな風に寒いことはなかったような……」
釈然としない感じで俺達は正門の兵士に身分提示をする。
こちらが出したモノを見て、すっと姿勢を正す兵士。まあ、さすがに入出国時はお忍びでも正式に報告しないといかんから。
「大丈夫です。どうぞお通り下さい!」
敬礼をする兵士に見送られてスレイス──正式にはスレイス共和国へ入国した。
……のだが。
どうも、人々に活気がなくて暗い感じがする。たしか涼しいこの地は、同時に温泉も豊富でそれでにぎわっているはずだ。もともと、それが目当てできたんだから。
だが、周りの人々はどうにも暗い感じが否めない。
「……エリカさん、ちょっと俺その辺りの人に話を聞いてきます」
「ちょ、気をつけてよ?」
「はい、大丈夫です」
返事をして速度を落としてくれた馬車から飛び降りる。そして目の前にある屋台のおじさんに声をかける。なんかこの人も少し暗い感じがする。
「おじさん、ちょっといいかな?」
「なんだ? もしかして、今日ここにやって来た旅行者か?」
「うん、そうなんだけど……って、なんか皆の雰囲気暗くない? どうしたの?」
「ああ、実はだな……」
困り果てた様子のおじさんが言った事は、俺達にとっても大いに困惑する事態だった。なんせ──
「ここスレイスの温泉がな……出なくなっちまった」
目的地についたら、目的が無くなっていたんだから。




