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192.それは、ゆっくりと進める心で

 宿で皆と話した後、俺はもう一度色々とみてまわった。といっても、今回は店をはしごとかではなく、この街での“宿泊施設”としての状況を見て見たくなったのだ。

 俺達が乗ってきた馬車と馬は、宿に隣接されてた専用の家屋に置かれている。一般的な馬車であれば、その隣にある屋外の馬車置き場……要するに駐車場におかれるのだが、さすがに王家の立派な馬車。一応お忍び用で正式な王家の紋章や装飾はないが、かなり高位の貴族筋の馬車だというのは、わかる人がみればわかるものである。

 ここの宿屋の人物も、そのあたりをきちんと見れるようで、到着してすぐ屋内の馬車置き場へと案内したそうだ。ちなみに馬も側にある室内厩舎につながれている。こちらも馬車同様、最上級の扱いをされている。

 人と同じように……いや、それ以上に走り続けてきた馬には休息が必要だ。だが、当然ながら中継街なのでここでずっと休んでるわけにもいかない。人間が出発すると言えば、それに従って動かねばならないのだから。

 そっと馬たちの側へ行って優しく撫でる。触れた手が少し温かく感じるのは、馬の体温が人間より1~2度高いからだろう。すっとすべらせた掌が心地よい。


「どうもありがとうな。スレイスまでもう少しだから明日また頑張ってくれ。向こうについたらゆっくり休んで、また帰りにしっかりと走ってもらうから」


 両手で首をかるく挟むようになでて、正面から顔を見る。心なしか返事をしてくれたような気がした。

 そんな風に軽く馬たちと触れ合っていたときだった。


「いい馬たちだな、お前さんところの馬たちか?」

「はい、そうです」


 厩舎に入ってきた男性が話しかけてきた。どうやらこの宿での、馬車点検や馬の世話を仕事にしているらしい。俺達が来た時、馬車も立派だが馬が賢く音無しかったので感心したという。

 馬の寝藁を確認して、傍にある水桶の水を入れ替える。世話をしながら色々と話してくれたので、この場所の必要性とかも思いのほか知ることができた。


「……本当なら、こいつらも少しばかり放牧できるような場所があればいいんだけどな。近くに川か湖でもあって、ちょっと駆けられる広さでもあればしっかり休ませてやれるのによ」


 そう言いながら、目を細めてやさしく馬の顔をぽんぽんと触る。馬の方も気遣いがわかるのか、軽く嘶いてその手に顔をおしつけて返事を返す。


「本当に賢い馬だな。それじゃあな」


 そう言って男性は厩舎から出ていった。その姿を見ながらも、先程の言葉を思い返す。なるほど、宿の馬の休憩場所として厩舎があれば良いというわけでもないのか。幸いにもヤマト領はまだこれから造っていく段階だし、水も豊富に流れている。宿における施設として、さらに考慮していく必要がありそうだ。

 馬たちに俺も挨拶をして、厩舎を出た。さて次はどうしようかなと思っていると。


『主様よ、晩御飯だから戻ってこいと嫁達からの伝言じゃ』

『わかった。今宿の側だからすぐ戻る』


 ヤオから念話で戻ってこいとの催促がきた。あたりまえだがこの世界に電話はない。魔力消費で念話のように言葉を送る術はあるらしいが、相互会話を気楽にできるほどではないとか。俺とヤオが話せるのは、どうやら主従関係による影響と、ヤオが人語を操れるという条件が合致した結果らしい。要するにテイムしたペットと意思疎通できるけど、会話まで出来ない状況の上の段階って訳か。

 すぐ側にいたのでさっさと部屋に戻り、フローリア達と合流して宿の食事をとることに。宿での食事は、いわゆる地方の素材を郷土料理として提供してくるもので、非常に美味しかった。

 ……ヤマト領も、なにか郷土の名産みたいなもの作れたらいいかも。




 明けて翌日。

 晩御飯のあとも色々と見て街や宿のことを研究し、夜も更けたところで就眠。特に問題もなく翌日は予定通りの出発となった。

 一応お忍びで身分を隠してはいたが、宿の者にはフローリアやミレーヌを知っている者がいたようで、結果出発時は従業員総出で見送られてしまった。恥ずかしいと言ったら、「今後カズキもこうされる立場になるのです、早くなれて頂かないと」と笑顔で諭された。……これは精神的になかなか難易度あるな。


 改めてスレイスへ向けて走る馬車は、本日も快適に感じられた。他の馬車がどうなのかはしらないが、この馬車にある衝撃緩衝器具が働いているせいか、知識として知ってるほど馬車の揺れや振動を感じない。さすがにヤマト領で馬車を売るのはどうかと思うが、グランティル王国やミスフェア公国との中継をする、いわゆる乗合馬車みたいなものを運営する予定なので、それらはこの位の乗り心地を実現させたい。


「どうしましたカズキ。考え事ですか?」


 俺の様子に気付いたフローリアが声をかけてきた。本当に状況を把握できるお姫様だな。


「少しな。ミストと先程の宿、それに街並みとかを見て、ヤマト領に活かせる情報の整理というか」

「あ、そうなんだ。てっきり暇だなってボケーってしてるのかと思った」


 笑いながらちゃかしてくるのはゆきだ。現在1号車にのっているのだが、他はフローリアにミズキ、ゆきにとヤオという同じメンバーだ。あと御者もエリカさんなので、行きの最初とまったく同じだな。


「そういえば、こんな風に馬車でのんびり移動って初めてだよね」

「いつもはカズキの召喚獣とかで、どこでもお構いなしに飛んでいっちゃうし」


 ミズキとゆきが楽しげに話す。まあ、俺だって移動行程を楽しむ旅だってんなら、普通にするけど。


「ともかくミストでは色々勉強になった。おまけに早速野盗にも襲われそうになって、そっち方面での対策とかも考慮しないといけないと知ったしな」

「ヤマト領での兵士を募るとか、そういう事ですか?」


 そういう事情にも詳しいのか、フローリアが当然のように聞いてくる。まあそれが普通なのだが、ことヤマト領に関しては少しだけ普通じゃない。


「無論領内の警備として兵士は構えるつもりだ。でも、道を含めた周囲はちゃんと守護者がいるから」

「ああ! バフォメットさんですねっ」


 嬉しそうに手を合わせて笑みをこぼすフローリア。元々好奇心旺盛なフローリアにとって、ヤオと同じように意思疎通を図れる存在はとても好ましいのだろう。


「そういえば、バフォメットさんと言えばですね……」

「ん? どうかしたのか?」

「あのヤマト領が“祝福の地”という認識が広まり始めて、その地を守護する存在だからということで“聖獣”とか“神獣”と呼ばれているそうですよ」

「ええ……バフォメットがか? それは……本人としても複雑だろうな」


 基本的にバフォメットは、悪魔寄りの崇拝者が崇める存在だ。まあそもそも守護者をしていう時点で、かなりイレギュラーではあるのだけれど。


「突発的な力作業とか、よく業者さんに力を貸してくれてるそうですよ。子バフォさんも皆さんに人気とか」

「……なんかLoUのベータ時代しってると、戸惑いがハンパないね」


 フローリアの報告を聞いていたゆきが、自分の知ってるバフォメット像と照らし合わせて苦笑い。まあ、俺もそんな気持ちが多少するけど。大分なれてきたけど。




「カズキくーん」


 御者席へのドアの覗き窓がひらいて、そこからエリカさんの呼ぶ声がきこえた。声に緊張感とかもないので、緊急な要件とかではなさそうだが。


「どうしました?」

「用件というかね、もうすぐ少し大きな川にさしかかって橋をわたるんだけど。せっかくならその付近で昼食とかどうかなって思って」


 なるほど。話に夢中になってたけど、もうそんな頃合いか。


「そうですね。それじゃあお願いします」

「りょうかーい。あ、川の手前と向こう、どっちにする?」

「ええっと……念のため向こう側にしましょう。俺達の目の前で川が氾濫したり、橋が落ちるなんてことはないとは思うけど」

「そうだね。人の上に立つ者は、万が一を考えておかないとね」


 何気なくエリカさんの言った言葉が、思いのほか俺に強くあたった。領を国を支えていくようになったら、どれだけの人の上に立つことになるんだろうと。

 エリカさんは手元のレバーをひいて、後ろの2号車へ合図を送る。そして少し速度を落として橋を渡り、そこから曲がって少し上流へ。この辺りは同じように馬車を休めている人も多いのか、少しばかり開けた土地があって2台ともそこへ停まった。


「未来の領主様なんでしょ? しっかりしないとね」

「あ、うん……」


 笑って俺の頭をぽんぽんと叩いて、エリカさんは馬車を降りて行った。すぐにユリナさんと会話する声が聞こえてきたので、2号車にここでの休憩を伝えにいったのだろう。

 ちょっとだけエリカさんから言われた事を考える。まだ先だとは思うが、いつか来る未来だ。


「お兄ちゃん!」

「わっ、な、なんだ」


 ちょっとボーっとしてたところに、不意打ちでミズキが呼びかけてきた。ちょっと上の空すぎたな。


「エレリナさんが作ったインスタント麺食べるんだよね? ねっ?」

「あ、ああ、そうだったな」

「アレって面白いよねぇ。お湯いれただけであんな風になって」


 楽しげにはしゃぐミズキを見て、俺も思わず笑みがこぼれる。

 大勢の人達の前に、まずはこの目の前の皆の幸せ、だな。



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